王侯貴族の国 UNITED KINGDOM イギリス   2013/5〜6

在位60周年を祝うイギリスの女王エリザベス2世は、グレートブリテンおよび北部アイルランド連合王国(イギリス)の君主であるだけではなく、 カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、ジャマイカ、バルバドス、バハマ、グレナダ、パプアニューギニア、ソロモン諸島、ツバル、セントルシ ア、セントビンセント・グレナディーン、ベリーズ、アンティグア・バーブーダ、セントクリストファー・ネイビスの合計16か国の君主を兼ねている。 まさに、英国は大英帝国であり、今尚、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵などの階級 (法的身分) が現存する階級社会でもある。



バッキンガム宮殿にはエリザベス女王と夫であるフィリップ公爵の2名しか住んでいないが、そこには約500名の使用人が働いていると云われている。 その給料を含め年間経費が52億円必要とされる英王室に対して、政府からの王室費が支払われなくなった。しかし、英王室は銀座の一等地にあたる リージェントストリート界隈の土地持っている。この土地の賃貸料が約40億。また、全国の宮殿その他財宝などを使用していない時に解放し、拝観料を 取っている。この拝観料を含めると年間100億円以上の収入がある優良企業なのだとか。政府からの王室費などなくても全く問題ないのだ。

英王室の資産はイギリス全土に無数に所有する土地、建物等で9,000億と云われるが、そんなものではおさまらない。戴冠式で使用される王冠、手に持つ杖や 玉には、全世界の植民地からせしめた世界最大級のダイヤ、エメラルド、ルビー、真珠がぎっしりと飾られており、その価値は評価できない位の天文学的な もので、これだけでも現在の価値は数兆円と云われているのだ。実に大権力と大資産を誇る英王室であることか。ちなみに、女王は英国国教会の首長でもある。

国名が UNITED KINGDOM。Kingdom、王国、王の国。王候貴族か平民か「服装を見れば身分が分かる」とまで云われる英国とはどんな国なのか?



Scotland     Edinburgh(スコットランド エディンバラ)


深い歴史が刻まれたスコットランドの首都。グラスゴーに次ぐスコットランド第2の都市で、地名は 「エドウィンの城」 の意味。美しい中世の町並みは世界遺産。

 


<Old Town ・ Royal Mile ロイヤル・マイル>

 
ロイヤル・マイルとは、エディンバラ城からホーリールード宮殿に続く1Mile=1.6kmのハイ・ストリート沿いの地域

アダム・スミスの像

市庁舎、この地下に中世の古い街並みが
そのまま残っている
この界隈で最古の建物




<New Town ・ Princes Street Gardens>

新市街からエディンバラ城を見上げる

新市街のシンボル
文豪スコット・モニュメント




Edinburgh Castle エディンバラ城


キャッスル・ロックという岩山の上に建つ古代からの要塞で、6世紀からの古城は1314年の戦闘で、教会堂以外殆んどが破壊された。
教会堂以外の現存する城は、14世紀から16世紀に建て替えられたものとのこと。1861年以来毎日午後1時に空砲が鳴らされる。



この城中に現存する最古(12世紀)の
建築物=セント・マーガレット教会堂
城から眼下に広がるエディンバラの街並の眺望は素晴かった。

典型的なノルマン建築のこの小さな教会堂は、1124年に即位したデイヴィッド1世によって
亡くなった母=スコットランド王妃聖マーガレットのために建設され、王室教会堂として使われた。

   

  



The Palace of Holyroodhouse  ホーリールード宮殿


かつては、アウグスティヌス派の寺院があった跡地に1128年にデイヴィッド1世が宮殿を建設させた。
エリザベス女王の夏の避暑のために使われている。正式名称はホーリールードハウス宮殿。女王不在時には拝観料をとって開放している。

 
女王不在でもバグパイプの音色も美しく衛兵の交代式が毎日行われる。


女王滞在時にのみ屋根に旗が揚がり、噴水から水が出るとのこと。不在のため旗なし、水なしだが、観光はOKだ。

  
かつての寺院の修道院跡が廃墟として残っている。

この庭園で園遊会が開かれるとの事。まァ、園も遊かり(縁もゆかり)もありませんが。




England


Lake District 湖水地方  Grasmere グラスミア


湖水地方は16の大きな湖と小さな無数の湖からなるカンブリア(Cumbria) 地方の国立公園。
氷河期に形成された山や湖の自然が守られ、美しい景勝地である。

ワーズワース
(William Wordsworth 1770〜1850年)
ダブコテージ(Dove Cottage)
ワーズワースは湖水地方をこよなく愛したイギリスの代表的なロマン派詩人で、サウジー、コールリッジらと共に 「湖水詩人」 として知られている。
ダブコテージはワーズワースが最も執筆した時期、1799年から10年間暮らした家で、今も当時のまま保存され博物館となっている。



     『TO THE CUCKOO』 (郭公 カッコー鳥 Wordsworth)

  おお、陽気な訪問者よ! 確かに汝だ          ただ谷間へとあどけなくも呼びかけるが
  汝の歌を聞き、わたしは喜びにみたされる        太陽の光にみち、花々のかおりにみち
  おお、郭公よ! 汝が鳥であろうはずはない       汝はわたしに、かの秘密の物語をかたる
  彷徨える聖なる声ではないのか?            地上を離れた想像の時をもたらす
  みどりなす草のうえに横たわって             みたび歓迎の言葉を、春の寵児よ!
  二重のさけび声をわたしは聞く               わたしにとって、汝はまさに
  丘から丘へとその歌は通り過ぎる             鳥ではなく、不可視の存在である
  ひとたびは遠く、ひとたびは近く              その霊妙な声は神秘の精髄である


ワーズワースにとって、詩の霊感をもたらし、彼に生きることの喜びを教えてくれる鳥が「郭公」であった。

ちなみに、日本では商売がはやらないなど、お客が来ず、さびれたさまのことを「閑古鳥が鳴く」というが、
この閑古鳥とはカッコウのことである。此処からも解るように、古来日本人はカッコウの鳴き声に物寂しさを
感じていたようで、松尾芭蕉は「憂きわれをさびしがらせよ閑古鳥」と読んでいる。




Lake District 湖水地方  Windermere ウィンダミア


    
私には殆んど興味はないが、『ピーター・ラビット』 の著者 Beatrix Potter ビアトリクス・ポターも湖水地方に魅了された一人だ。


ウィンダミア湖クルーズ 天候にも恵まれ、美しい景観に時の過ぎるのも忘れる。







ウィンダミアの街並
ウィンダミアの図書館




Lake District 湖水地方  Kendal ケンダル


  
晴天・無風の早朝、橋と街並みが川面に綺麗に映り込んだベストショットが撮れた。ケント川とストレイモンゲイト橋(Kent River & Stramongate Bridge)

  



ヨークシャー地方 ハワース


エミリー・ブロンテ(Emily Jane Bronte 1818〜1848年) の 『嵐が丘』(1847年 Wuthering Heights)の舞台。当初はブロンテ3姉妹の姉のシャーロットの
『ジェーン・エア』の方が評価は高く、妹のアンの 『アグネス・グレー』 と共に発刊された 『嵐が丘』 は悪評だったが、没後徐々に評価が高まった。

ブロンテ博物館


父パトリック・ブロンテが牧師をして
いた 『パリッシュ教会』。ブロンテの墓もある。

8月にはヒースの花が咲き乱れるという


ハワースの街


古くから神戸にあった 『キングス・アームス』 と
同名の店ロースト・ビーフが有名だった神戸の
イギリス・レストランとの関係は不明
まるでアンティークのモーリス・マイナー




Chester チェスター


約2000年前の西暦79年頃、ローマ軍がウェールズの攻撃に備えてディー川のほとりに基地を築いて定住したのがチェスターの始まり。
街をぐるりと取り囲むローマン・ハーバー城壁の中に16世紀・ヘンリー8世チューダー朝時代の街並が広がる。

   
城壁の一部は古代ローマ時代のものが残っており、この城壁の上を歩いて回ってチェスターの街を一望出来る。 ヴィクトリア女王即位60周年記念時計台(1897年)。

ディー川のほとりに城壁都市はある。

赤い砂岩のチェスター大聖堂

中世の面影を残す街の大通

白壁に黒い梁の建物がチェスターの特徴である。

『ザ・ローズ』 と云われる2階建てのアーケードが続いている。 ここはショッピング・ゾーンで、雨でも濡れずにここを歩いて買い物が出来る




Stoke-on-Trent ストーク・オン・トレント    Wedgwood ウエッジウッド


『ザ・ポテリーズ』 陶器の街ストーク・オン・トレントで、ウエッジウッドの手書きの絵付けの見学と食器の買い物を愉しむ。
私は以前よりマイセン派ではなく、Royal Crown Derby の Royal Antoinette か Wedgwood の Turquise を初めとした各シリーズを愛用している。


イギリス陶芸の父 『ジョサイア・ウエッジウッド (1730〜1795年)』
1759年にウエッジウッド社創設。1790年古代ローマのカメオ・ガラス・ポーランドの壺 (西暦25年頃) を真似てジャスパー・ウエアを完成。

   

私はコーヒーも飲むが紅茶にも目がない。ここ4年位はドイツ・Ronnefeldt ロンネフェルトの Irish Malt をミルクティー (砂糖なし) で戴いている。
この紅茶、アッサムティーにアイルランドのスコッチウィスキーの香りとカカオをブレンドしてあるとかで、香りが非常に高く(強く)コクがある。
ドバイの世界唯一の7ツ星ホテル 『バージアル・アラブ・ホテル』 でも使用しているという話を最近聞いた。何時もは神戸の紅茶専門店で買っていたが、
去年はウイーンでたまたま売っていたので買い込んできた。でも、もうそろそろ無くなりそうなので手配しなければ。これ以外は物足りないのでね。


私が日常使用している Wedgwood



Stratford-upon-Avon ストラトフォード・アポン・エイヴォン


William Shakespeare (1564〜1616年)

ストラトフォード・アポン・エイヴォンはコッツウォルズの村々への入り口であり、劇作家ウィリアム・シェイクスピアゆかりの地。

  
1564年、シェイクスピアは裕福な革手袋の商家の息子としてここで生まれた。

  
観光客向けにシェイクスピアの 『ロミオとジュリエット』が演じられていた。

シェイクスピアの妻 Anne Hathaway アン・ハサウェイの実家。アンが26歳の時に18歳のシェイクスピアと結婚するまで住んでいた農家。


ストラトフォード・アポン・エイヴォンの中心、シェイクスピアの生家のある通り
シェイクスピアが洗礼を受け、また眠っている 『ホーリー・トリニティ教会』


Cotswolds コッツウォルズ Chipping Campden チッピング・カムデン
         Hidcote Manor Garden ヒドコート・マナー・ガーデン



庭を野外の部屋に見立て、生垣で仕切るスタイルを最初に行った庭園として有名。1948年から、自然保護団体ナショナル・トラストによって管理されている。

  

  

   



Cotswolds コッツウォルズ
Bourton-on-the-Water ボートン・オン・ザ・ウォーター



綺麗なウィンドラッシュ川が街を横切っており、水辺には鴨が遊んで、川と木々と石造りの家並のハーモニーが美しい村だ。
犬を連れた地元住民と多くの観光客が、川辺で思い思いの長閑な時間を過ごしている。

  

  

  



Cotswolds コッツウォルズ  Bibury バイブリー 


「英国で一番美しい村」 とウイリアム・モリスが云ったらしいが、小川沿いに17世紀の家並みが美しく、長閑に広がる。

  

   

   今となってはどうでもいいことだが、この小川に沿ってP.チャールスとダイアナがデートした。
   『フットパス』と呼ばれる散歩道の入り口にその記念プレートが寂しく残っている。


馬に乗っての散歩も絵になる。

綺麗な小川には鱒が住み、黒鳥や鴨が遊ぶ。

  
蔦が絡まり、雰囲気のある 『スワン・ホテル』。 ここのカーブでアストン・マーチンのオープンと出会った。軽快なエキゾーストノートを残して走り去って行った。
傍らを小川が流れ、可憐な花が咲く 『スワン・ホテル』 の綺麗な庭に座っていると永遠の時が流れていくようで、癒される。


Cotswolds コッツウォルズ Chipping Norton チッピング・ノートン


Manor House 『Heythrop Park Resort』 マナー・ハウス 『ヘイソープ・パーク・リゾート』

マナー・ハウスはすこぶる立派だ。客室となっている建物も良いのだが、後から設置した客室は狭くてお粗末。
本館が内装も含め立派なだけに残念だ。1948年から、自然保護団体ナショナル・トラストによって管理されている。



  
中世におけるマナー (荘園) の領主である下層貴族の邸宅を、ここのように敷地内にゴルフ場やテニスコートを造り、宿泊施設としていることが多い。

  

  
ジャギュアーやレンジ・ローバーなど英国車はこうした風景が本当によく似合う。
Jaguar Ftype は、本格的2シーター・ロードスターで V6 3L・マフラー・センター2本出し と V8 5L・マフラー・左右4本出しがあり、
両方持ち込まれていた。特に、V8 5Lのエキゾーストの咆哮は素晴らしく、痺れる音色にチューニングされていた。




Woodstock ウッドストック  Blenheim Palace ブレナム宮殿


ウィンストン・チャーチルの生家としても知られるブレナム宮殿は、Duke of Marlborough マールバラ公爵の私邸にもかかわらず 世界遺産に登録されている。

チャーチル元首相の祖先にあたるジョン・チャーチルは、1701年に起こったスペイン継承戦争において、 総司令官として数々の戦功を挙げた。とりわけ、スペイン継承戦争における戦闘の一つであるブレンハイム の戦い (1704年) でフランス軍を打ち破った功績により、アン女王よりマールバラ公爵位と共に754ヘクタールの 広大な土地と30万ポンドが与えられた。この前代未聞の大盤振る舞いにより建設されたのが、ブレンハイムの 戦勝記念のブレナム宮殿 (ブレンハイムの英語読み) である。

1987年に『World Heritage Site』に登録

表の庭には人工ではない本物の川が流れていた。

  

  

  
玄関中央の上段にアン女王の肖像画が掲げられている。

ウィンストン・チャーチル(Winston Churchill 1874〜1965年)
7代目のマールバラ公爵の3男ランドルフ卿 (法的地位は平民) の長男
初代マールバラ公爵の肖像画


    
贅の限りを尽くした各部屋の床にはペルシャ絨毯が敷かれていた。  各ホールの天井には絵が描かれており、文字どおり宮殿だ。
  
公爵の戦功を讃えたタペストリーが幾つもの部屋に掛けられている。

肖像画の額縁や飾りは金で覆われている

豪華な赤ん坊のベッド
現在の当主13代マールバラ公爵

プライベート・チャーチを持つ。宮殿だから


ゴルフ場と見まごう広大な芝生の庭

世界遺産に登録されている私邸、恐るべし。キング、クイーンに次ぐ最高爵位=公爵の暮らしぶりとはこういうこと? United Kingdom 凄過ぎる。



Oxford オックスフォード  


オックスフォード大学の中に街があると云ってもいいだろう。オックスフォード大学とは38のカレッジ (寄宿舎) と専門学科の総称。

  

Christ Church College クライスト・チャーチ・カレッジ

  
12世紀の修道院だった建物で1546年ヘンリー8世がカレッジと大聖堂として創設された最大規模のカレッジ。ハリーポッターの撮影でも使用された。

   

Merton College マートン・カレッジなど

   
マートン・カレッジは1264年イングランド大法官ウォルター・マートンが創設したイギリス初の寄宿舎カレッジで、世界で最も古い歴史を持つ。



London ロンドン


Piccadilly Circus & Eros
ピカデリー・サーカスとエロスの像
Regent St.から一筋西に入った飲食街

1090年からの歴史を持つBig Benは女王在位60年を
期にエリザベス・タワーと呼ばれるようになった。

Savile Row  Gieves & Hawkes
サヴィル・ロウの老舗テーラー 『ギーヴス&ホークス』

Hyde Park The Serpentine
水鳥が群れなす広大なハイドパークのサーペンタイン湖畔で暫し休憩
ハイド・パークからピカデリー通りを渡ると、バッキンガム宮殿のある Green Park だ。



London  Buckingham Place バッキンガム宮殿  


1837年ヴィクトリア女王の時代から王家の本宅になっている。

  
エリザベス女王夫婦が住んでいるだけだが、2名のために約500人が働いている。夏の間はエディンバラのホーリールード宮殿に避暑に出かけるので2名もいなくなる。

  
宮殿前にそびえるヴィクトリア女王の金像 (Victoria 1819〜1901年、1838年から在位63年7カ月で歴代最長)

ウィリアム4世の死去に伴い18歳で女王となったヴィクトリアの 「体格は、147cmで76kg。性格は我がままで短気。教養は浅薄。血友病の因子を持っていたのでは?
イギリス人の血は256分の一でほとんどドイツ人のイギリス女王。」(ウイキペデキアの『ヴィクトリア(イギリス女王)』参照)と殆んど良い記載がない。しかし、
反ユダヤ主義が強い中で初めてユダヤ人にナイト爵を授与し、「正しいと思う事を当然のこととして実行したのは私が最初である。とても嬉しかった。」と述懐している。



London   British Museum 大英博物館 


世界から集められた約800万点の遺物、美術品、書物等が収容された世界最大の博物館。入場無料、フラッシュ撮影OKと云うのもうれしい。

ギリシャ神殿風の威風堂々とした外観

古代エジプトの象形文字の解読に繋がった
ロゼッタ・ストーン。すごい人だかりだ。
世界最古の文明・アッシリアの遺跡


  
ギリシャ・パルテノン神殿の神々の像。ギリシャから返還要求が出ている。

ガラス器は2500年以上の歴史があるという
イランのペルセポリス(紀元前500年)で
ガラスの香水瓶が多数出土している
西暦25年頃の古代ローマのポーランドの壺
ウエッジウッドがレプリカを再現

エジプトのミイラの展示も充実。
余りにリアル過ぎ撮影を控えた。

    
Mosaic mask of Tezcatlipoca テズカトリポカの仮面



英国で出会った車

  
レンジ・ローバー           アンティーク車 モーリス・マイナー?         ベントレー・リムジン

  
        カントリーでは兎に角よく見かけたマツダ・ロードスター  ヒストリック・ヒーリー3000         ジャギュアーの新車、Fタイプ
         日本でより確実に沢山走っている。オープンにして。                          日本では7月販売開始と云っていた。

  
ジャギュアー・ステーションワゴン             新型レンジ・ローバー               アストン・マーチン
   
ロールズ・ロイス       ベントレー・ドロップ・ヘッド・クーペ            ベントレー                ロンドン・タクシー

これらの他に、写真は撮れなかったがジャギュアーEタイプ・ロードスター、ロータス・セブンも2台見かけた。
写真は英国車を中心に撮っているが、例にもれず、英国もまたワーゲン、アウディー、BM、ベンツなどドイツ車が一番多く、
フランス車、日本車が次ぐ。日本車では、マツダロードスターが圧倒的に多い。マツダを初め、オープンカーが目立って多いのが特徴。

緑に囲まれたカントリー・サイドのワインディングをロードスターで走るのは実に最高と思われるが、
見かけたのです。コッツウォルズで、アストンが、Eタイプがオープンにして実に魅惑的なエキゾースト・ノートを奏でながら疾走するのを。





<英国を旅して思う事>

英国は、王室・貴族の国であるという事。王室・貴族のため、あるいは王室・貴族に認められること、またそれらの庇護のもとに
事を進めようとする既存の力が圧倒的である。王侯貴族の土地、宮殿・私邸、諸施設が圧倒的威容を誇り全国のあらゆる場所で眼に飛び込んで来る。

反面、ビートルズに象徴されたように、既存の権威に反逆し、あらゆる場面で打ち壊していこうという新しい力も強く感じられる。
「服装で階級が分かる」と云われてきた英国ではあるが、日常のロンドンの街かどでそのような光景は見受けられなかった。
山高帽やシルクハットをかぶり、こうもり傘を持ち歩く英国紳士を見てみたかったのだが・・・・・。

他方において、歴史ある自然を愛し守っていこうとする努力も盛んである。ナショナル・トラストの運動である。
しかしそれとても、その背後に王侯貴族の影と臭いがするものである。

私は王侯貴族が愛し育てた英国の手作り品が好きだ。愛してやまない。英国車、家具、靴・服・鞄等の服飾品、陶磁器、嗜好品等々。
しかし他面においてそれらを生み育てた、王侯貴族の権力をほしいままにする姿には抗いがたきも抵抗心が沸く。
ニュウ・ボンド・ストリートにマルベリーの店がある。かつて神戸に店があった時代には、古い英国の伝統的な紳士用品を扱っていたのだが、
今日では、デザイナーも変わり殆んどが婦人用品で、イタリアンブランドを真似たものの様に様変わりしている。
この店が現在の英国を象徴しているように感じて仕方がないのだ。そこに寂しさを感じてしまうのだ。
私は英国に対してあまりにも中途半端な心情を抱きつつも、英国は英国であり続けてほしいと思ってしまう。英国の流儀永遠たれと。

少々回りくどくなったが、端的に云うと、王侯貴族の権威主義は好きになれないが、彼らが育てた英国の手作り品を愛してやまない。
それが、ロールズロイスやジャギュアー、アストンマーチンが英国資本で無くなっていくように、英国の流儀が消えていくことに寂しさを感じてしまうのだ。


チャーチやバブアーなど英国の老舗ににも寄ったが、欲しいものがない。
スイスでバリーに行った時もそうだったが、日本の店の方が良いものが充実しているのだ。
ギーブス&ホークスでスーツをオーダーするのは恐れ多すぎ、かつまた滞在の時間の関係で果たせなかった。
この前亡くなった元フォーク・クルセーダーズの加藤氏は英国に滞在していたこともあり、ここでビスポークしたスーツを
カッコ良く着こなしていた。彼は英国車党でもあり、アストン・マーチンなど3〜4台所有していた。伊丹氏、加藤氏の死が悔やまれる。


英国国教会 (聖公会) を英国ではプロテスタントの一派としているようである。案内中にそのように説明していた。
プロテスタント諸派とは異なり、教義上の問題でなく、ヘンリー8世の離婚をカトリック教会が認めなかったのでローマ・カトリックから分裂したのだ。
ローマと袂を分かったとはいえ、イングランド教会は決してプロテスタントではなかった。ヘンリー8世はもともとプロテスタントを攻撃する論文を
発表して教皇レオ10世から「信仰の擁護者」という称号を与えられており、それを誇っていた。
また、カトリックに戻ることを画策したりもしている。祈りに際して、プロテスタントと違い、ひざまずき十字を切って、
聖母マリヤに祈りを捧げるなど典礼的にはカトリックとの共通点が多い。さらに、英国国教会は国王(女王)が首長でもある。
私の認識は、聖公会とプロテスタントは違うものなのだが、オックスフォードのクライストチャーチをプロテスタント教会という
イギリスでの解説は現時点では疑問のままである。クライストチャーチは英国国教会でしょうと云う私の質問にはイエス。
だったらプロテスタントではないでしょうには、いやプロテスタントだと云うのだから。


兎にも角にも天気に恵まれた。画像でもお分かりのようにウッドストックで曇ったのみで、雨の日なし。これは英国としては驚愕の事実です。



よかった! また行きたいところ
残念! もう行きたくないところ
ジャギュアーかアストン・マーチンのロードスターでカントリーのワインディングを駆けながらもう一度ゆっくりと周ってみたい。
バッキンガム宮殿
ニュー・ボンド・ストリート
ハロッズはじめデパート



「我は王なり、国王なり。この国は我の国なり。」 Kingdom、王の国たるUnited Kingdomは階級社会である。
王族、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵が法的身分として存在し、絶大な富と権力を持っている。そして、この階級社会を
維持するために下層貴族を設けた。下層貴族とはそもそもは貴族階級に属するわけではなく平民なのだが、事業で儲け、
広大な土地を有したものを貴族の側に取り込むために設けたものだ。そのためにも、カトリックの修道院などを廃止し、
土地を彼らに買わせるなどしたのだ。かくして、奴隷制度をなくした現代社会においても尚、階級社会が現存しているのだ。

英国はやはりモーター・スポーツの根付いた国であった。雨さえ降っていなければ、ときには少々の雨でさえロードスターをオープンにして、愉しんでいる。
沢山見かけた、マツダ・ロードスター、ジャギュアー・Eタイプ、Fタイプ、ロータス・セブンにビッグ・ヒーリー、モーガン、BMW・Z4、
アストン・マーチンやベントレーのガブリオレ、こんなにもロードスターやオープンカーを愛し、その愉しみ方を知っている国は他にはないだろう。



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