松山市立高浜中学校(1955年3月卒業)同窓会

1955(昭30)年3月、松山市立高浜中学校を卒業した同窓生が19年ぶりに同窓会で再会。小学校と中学校の恩師2人と同窓生27人が道後のホテル椿館に集まりました。面影の残る旧友(70〜71才)との間に空白の時間はありませんでした。

同窓会の様子はすでにブログにしていますが、宿泊した国際ホテル松山と翌日松山市駅まで商店街を歩いた思い出を残しておきたくてこのページを作りました。物忘れが多くなるシニアにはホームページは保管性と検索性に優れ、必要なものが直ぐ取り出せて便利です。

同窓会が3月20日に行われるという情報は逗子に住んでいる須賀君から3月3日に電話がありすぐ参加することを決め航空券とホテルを2セットインターネットで予約しました。

旅程は20日8時20分発のJALで松山へ、バスで道後へ、ホテル着は11時でした。受付をすませてからロビーで記念撮影、会場に入って 同窓会のスタート(12:00)。主催したのは三浦君、幹事に女性の山内さん、山崎さん、司会は大阪から参加した池見君。初めての赴任が高浜中学校であった村井先生は80才。まだまだお元気の様子。話し方は当時のままでした。中学時代の思い出や近況報告、カラオケであっという間に懐かしく楽しい時間が過ぎました。最後は東京から参加の須賀君が締めました。ホテル側は次の予定があり、あまり延長できないとのことで30分ほど延長してもらって15時に終了。三津浜で二次会をするとの呼びかけもありました。

須賀君と私は一番町のホテルへ。朝早かったので少し昼寝をしてから小雨なので夕食はホテルですませました。坂の上の雲に出てくるという新メニュー「もぶり鮓(すし)」(松山鮓)をいただきました。新鮮な瀬戸の魚介が多くトッピングされており美味しかった。日本酒にもよく合います。名前を知らなかっただけで子供の時から食べていたものです。一般には瀬戸の小魚を使ったバラ寿司(ちらし寿司)のことで、我が家では母がトラギスを焼きほぐして、すし酢につけこみうまみを増していました。アナゴの照り焼き、錦糸卵、甘辛く味付けした椎茸、かんぴょうなども混ぜ合わせて(もぶる)いました。季節や家庭によりいろいろ変化がありご馳走の一つでした。

翌21日は朝食後、松山で一番の商店街、大街道を松山市駅まで歩きました。昔に比べてパチンコ店が多くなり、映画館がなくなって大型店に変っていました。人間味が薄れた商店街になっているように感じました。市駅からバスで空港へ。12時55分発のJALで羽田に帰ってきました。


道後温泉のホテル椿館


ロビー (拡大)


村井弘先生と懇談する藤本君 ( 拡大)


村井先生と話しているのは千守君 (左) ( 拡大)


同窓会場 ( 拡大)


左から神山君、須賀君、今城


国際ホテル松山


ロビー ( 壁面の拡大)


小雨の中大街道まで外出


宿泊した部屋 (お休みなさい)


朝食はホテルでバイキング


朝の大街道

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2011年5月5日