アニメ主題歌について

アニメ主題歌とは?ファンならよく考えることではないでしょうか。

『このアニメがすごい!』(宝島社)によればアニメソングの条件は、「覚えやすい」「かっこいい」「他の作品と互換性がない」の3つであるという。この中で一番重要なのが「他の作品と互換性がない」だと私は思う。「互換性がない」というのは要するに、他の作品と取りかえっこが出来ないということである。「覚えやすい」「かっこいい」はそれに付属でついてくるものだと思う。

アニメ主題歌は鉄腕アトム以来、作品の表面的・心理的要素を取り入れた曲作りがなされてきた。特に、「表面」はOPに、「心理」はEDに多く取り込まれている。「タイガーマスク」('69)「キャンディ・キャンディ」('76)などが代表的ないい例である。また、音楽面においてもロックやフォーク、ジャズや演歌といったバリエーションあふれる曲調でもって、インパクトのある印象深い曲も多く作られてきた。このような曲作りはアニメ独特のもので、まさしく「主題歌」といえるものであった。作曲で言えば、私の尊敬する菊池俊輔を筆頭とする渡辺宙明、渡辺岳夫、小林亜星などの音楽陣、歌い手で言えば、私がファンである堀江美都子を筆頭とする水木一郎、ささきいさお、大杉久美子らによって完成度の高い曲が世に出ていったのである。

だが、80年代あたりから雲行きが怪しくなってきた。タイムボカンシリーズ('75〜)でお馴染みの山本正之氏のオリジナル曲「アニメがなんだ」(PIDA‐1016)ではこう言っている。♪「歌とドラマと ぜんぜん合ってない 新しいだけのサウンドで ごまかせはしないぞ」。そう、その通りである。

このことは、宇宙戦艦ヤマト('74)のアニメブーム以降“アニメが商売になる”ことを察知した、一般音楽業界の参入に所以がある。というのは、“タイアップ”という商業的手段を用いて、一般ミュージシャンの曲を番組のテーマ曲に持ってきたため、主題歌が作品の内容とかけ離れたものになって来てしまったのである。私はこのような曲を“手抜きソング”と呼んでいる。なぜならば、作品の主題歌としてあるべき要素が全く見当たらない、もしくは見付けるのに非常に困難であるからである。

けれど、勘違いをしてもらって欲しくないのが、新しい音楽が悪いという訳ではないということである。私の希望としては歌の詞だけは真面目に取り組んで欲しいのである。一番良い例が「ちびまる子ちゃん」('90、'95)ではなかろうか。この作品の曲のほとんど全ての作詞を、原作者のさくらももこさん自身が行っている。「おどるポンポコリン」「走れ正直者」「ハミングがきこえる」など。だが、どれを取っても詞の中にはまる子がどうしたとか清水市がどうのこうのなどという言葉は出てこない。そこにあるのは、作者が作品に描く世界観なのだ。これは上で言う「心理的要素」にあたる。この「ちびまる子」ソングはいい音楽にも恵まれたせいもあるためか、いい仕事をしていて名曲ぞろいだと思う。このように見てくると「ちびまる子」ソングが「他の作品と互換性がない」のは当然であるが、それと同時に「かっこいい」と思えてくるのは私だけではないだろう。他には「こちら亀有公園前派出所」('96)「夢のクレヨン王国」('97)「勇者王ガオガイガー」('97)「おじゃる丸」('98)などを推奨する。

アニメは基本的に子どもから大人まで楽しめるものであるが、やはり視聴者の大半は育ち盛りの子どもたちである。その子どもたちにとって、アニメは娯楽であると同時に教科書のようなものでもある。そんなアニメの顔とでも言うべき「主題歌」を作ることは責任重大である。そして、よく出来た主題歌は後世に歌い継がれていくべきである(というか、過去の例から見てもそういうものは、必然的に歌い継がれているし、ここで3つの条件の中の「覚えやすい」が重要になってくるのであろう)。

以上、アニメ主題歌とはどうあるべきかについて私なりに述べてきた。この事は特に、アニメ製作者、レコード会社側に分かって欲しい。心に残る、記憶に残るアニメ主題歌が作られることを期待して、この文章を締めくくるとしよう。

 

2004.03.13
文/ミイラヒヨコ

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