日向薬師本堂(国重文)
境内の紅梅と白梅     06/03/09
通称日向薬師と呼ばれる日向山霊山寺(真言宗)は、寺の縁起によれば、行基が薬師如来の託宣により、大山の東方山麓に白髭明神と熊野権現の二神の援助を得て、霊木に薬師如来像を刻んで一堂宇を構えたことに始まり、霊亀2(716)年の開祖と伝えられているそうです。本尊の薬師三尊像(国重文)は、関東以北に残存する鉈彫りの仏像で素朴な力量感あふれる彫法は、弘明寺十一面観音像と並ぶ鉈彫り彫刻の二大傑作といはれているそうです。現在では正月三ヶ日、1月8日.4月15日に開扉され拝観が可能だそうです。開創以来、朝廷の尊崇は厚く、暦応3(1340)年鋳造の銅鐘(国重文)の銘文には、平安時代の村上天皇や鳥羽院から梵鐘を下賜されたとあります。また三十六歌仙のひとり相模は眼病平癒を祈願して参籠し、源頼朝は大姫の病気平癒に、政子頼朝夫人は安産祈願のため、ここに参詣しているそうです。

室町時代には、鎌倉公方足利基氏から錦幡(県重文)の献納を受け、戦国時代には後北条氏から60貫の土地寄進を。さらに江戸幕府からは60石の土地寄進と本堂再建(1660年)修築援助を受けているそうです。

近年宝物庫が建立され、阿弥陀如来、四天王、十二神将など、室町時代の24点にのぼる仏像、厨子(いずれも国重文)が集められていて拝観が出来ます。

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