〜Stigmata on the Unborn〜




















満天の星空、寝静まった街、そしてそれを一望できる静かな丘。
動乱の治まらぬこの世界であってすら、穏やかな風景は完全に失われるわけではない。
人々は束の間の癒しを求め、時にそれらを訪れる。

そこには、その日も人影があった。


人影は、何をするともなくただ夜景を楽しんでいた。
そもそも、格別に用があってそこに居るわけでもなかった。
永き時を経て積み重ねられた疲労を和らげようと、適当に場所を探して行き着いたというだけである。

既に夜行性の生物が活発になるほどの夜だと言うのに、彼は気にした風も無い。
いくら穏やかな風景とはいえ、環境がそれに比例して穏やかだとは限らない。
まして単身で、照明も持たずに人が惚けていて構わないはずがない。

尤も、彼もそんなことは承知の上であった。
それでも動じないのは、迫り得る危険を意に介する必要性すらない些末な出来事としてしか認知していないからこそ。
現に夜行性の肉食獣どもの襲撃など、彼にとってはわざわざ危険と捉えてやる気にすらさせない下らないことだった。


人に在らざる者の証たる、美麗な翼を携えたその人影は、邪魔を嫌って既に周囲から生物の気配を一掃している。
この世界に存在し得る大半の者にはまず不可能な所業ではあったが、彼にとっては造作も無いことだった。

不自由を知らぬ、理の下に護られた存在。人はそれを神と呼び、崇拝していた。
そして彼はその「神」そのものであった。

何も知らぬ人間は、今も彼の眼下の家並みの中で静かに眠っていることだろう。
元来手も届かぬ位置に在る存在が、自ら目視することも叶うような場に居ようなど、想像できまい。


そんな場違いな存在は、夜景を楽しみ終えると、次の退屈凌ぎを考え始めた。
暫しの思考の後、何か思いついたのか、彼は指を一度打ち鳴らした。

と同時に、彼の眼下の街の周囲に、無数の影が出現する。
どこからか集ってきたわけではない。文字通りそこに「出現」した。
そして彼がもう一度指を鳴らすと、その影の群集は一気に街に押し寄せる―――





―――数分、ほんの数分。
街が突然の騒動を経て、再び沈黙するまでには、それだけあれば十分であった。
ただし、同じ沈黙であっても、内実は違う。
明日までの束の間の眠りに支配された沈黙でなく、何時までも覚めること無き眠りに支配された沈黙。
今や、街に動くものは無い。
騒乱と永遠の沈黙を齎したはずの影も、もう見当たらなかった。夜闇に融けて消えたように、何の痕跡も残すことなく。
残されたのは、闇に不釣合いな紅い無数の水溜りと、乱雑に引き裂かれた、つい先程までは人の形を成していた歪な形状の肉の塊だけ。
狂気的な芸術作品と成り果てた街は、それでも静かに闇の中に存在し続けていた。


丘の上で、彼は街を見つめていた。
それなりに離れた位置ではあったが、彼の知覚には数分の内に起きたこと全てが届いていた。
満足げに、彼は静かに笑う。その笑みは、惨禍を齎す者のそれとは程遠く。

玩ばれた人々は、一体何を想って逝ったであろうか。
中には他ならぬ彼への祈りを胸に、その見えざる手に掴まれた者も居たのだろうか。
次々に冥界へと引き込まれる魂たちの声は、もう生者たちに真実を届けることも無い。
ただ一人、引き金を引いた存在のみが、全てを知りながらも笑い続けていた―――


―――やがて、街が再び陽光の下に照らし出された頃には、既に彼の姿は無かった。
彼は今日も、気侭に世界を廻る。自らの気に入る玩具を求めて、人知れず飛び回る。
…否、何も彼を気取れなかった。例えそれが、天使たちであろうとも…。


造物主の意とは離れ、されどもその意に縛られながら、この世界は静かに歩み続ける。
再誕の時よりの宿命を背負わされたまま、何時までも…。




























うしろがき

雑ですが、この世界の在り様。

玩具です玩具。それ以上でもそれ以下でも有り得ません。有り得ないのです。
その事実は、今だ未来に過ぎぬものにすら押された宿命の烙印です。

これ単品だと何も語ってない部分もあるので、ワケワカンネかもしれませんがそれは今後。
…あればね。つーかあれ。(他力本願?