山本五郎左衛門

やまもとではなくさんもとと読む。

・・・何故自分はこんなマイナー魔王を紹介してるのか不明だが、まあやってしまったものは仕方ないのでいってみよう。

稲生物怪録に出てくる魔王。

話の内容は備後国(広島県)三次に住む稲生平太郎(のちの武太夫)が主人公。
寛延二年(1749年)五月の末に隣家の権八という相撲取りとともに肝試しに百物語を行なった。
それからしばらくは何事もなかったが、7月1日から毎日怪異が発生するようになる。
若いながら肝の据わった主人公は平然と過ごしとうとう7月の晦日に現れたのが山本五郎左衛門であった。

自分は日本では山本五郎左衛門といい、人でも天狗でもなく魔王の類であると自己紹介している。

日本ではということは他の国にも出没してるってことか?
これでルシファーとかだったら笑うぞ・・・日本名は山本五郎左衛門さん?(笑)

また当人が書いたとされる三好実録物語では山本太郎左衛門となっている。

肝の据わった平太郎を気に入った山本さんは木槌を渡し、怪異があって困るようならこれを使い呼ぶといい、すぐに自分が助力に来ようと言って去っていった。

付記によれば木槌は50年は人に見せてはいけないと戒められたそうで、8月3日に小屋の隅に渋紙に包んで埋めたのをはじめ、転々と埋めた場所を変え、宝歴8年(1758)移住した際、床の下に埋めたのを享和2年(1802)6月8日に国前寺に預けたとされ現在も寺宝として保管 、年に一度1月7日の祭りの日にだけ如意宝ばけもの槌として公開されている。

槌の使い方だが、稲生物怪録では名を呼びながら振る、三好実録物語では西南の間の椽(たるき)を叩く、平田篤胤の巻き物では北に向かって「早く山本五郎左衛門来たれ」と言って柱を強く叩くとされる。

槌の部分は六寸ぐらい、柄の長さは一尺あまりで丸木の皮を剥ぎ取っただけの物だが、黒く塗ったように見えたという。

この話は様々な作家によって小説化されており、稲垣足穂の「山ン本五郎左衛門只今退散仕る」やモチーフにしただけだが泉鏡花が「草迷宮」 というのを書いている・・・けど現在はあんまり知名度がない魔王である。

姿は裃姿の大きな武士の姿で現れている・・・また平田神社所蔵の図画は三眼の烏天狗の姿だそうだ。