両面宿儺りょうめんすくな

日本書記に記される飛騨の鬼神。

日本書紀に記されている記述は僅かで、仁徳天皇期の65年(5世紀ごろ)に飛騨の宿儺という者がいた。
一つの体に二つの顔があり、顔は逆の方向を向き、頭の頂は一つに合わさり襟首なし。
それぞれに手足が有り、膝は有るが窪みは無し。
怪力で俊敏、左右に剣を佩き、四の手で弓矢も使い、帝に逆らい、人民を苦しめ楽しんだ。
このため難波根子武振熊を派遣し退治したとだけ記されている。

現地伝承では高山市郊外、丹生川村の千光寺などは飛騨国蜂賀の岩窟 、丹生川町・日面地区の伝承では出羽ヶ平(現在の飛騨大鍾乳洞近辺)の岩窟に住んでいたという。

その大きさは一丈(約3m)あったというが、18丈もある巨人だったという伝承もある。

また捕らえられた両面宿儺は抵抗したため、首を刎ねたといわれ体は現地に、首は都に持ち帰られたという。

ちなみにこの首を持ち帰るというのは、鬼などを相手によく見られるもので、ようは復活できないように保管する、権威を示すなどの意味がある。

また服従の証として帝に笏を送ったという話もある。

また現地の伝承では両面宿儺は悪龍を退治したりして民を助けた聖人だとされる。
先の千光寺や善久寺の開祖こそ宿儺だとも言われ、円空仏も伝わっている。
丹生川村の善久寺も同じで、その近くには宿儺が立て籠もり、ついに首を括って死んだとされる洞窟がある。

また飛騨の位山では初代天皇(神武天皇)がここに登山したさい、身1つにして面2つ、手4本の両面四手の 怪神が天から降臨し、王位を授けたので、この山を位山と呼ふようになったという伝承がある。

一般的には宿儺は飛騨地方を束ねる長であり、異形は優れた能力の比喩で、帝の支配に抵抗したため書記では悪と書かれたというのが一般解釈。

ちなみに鬼であるって書いて無いじゃんという突っ込みは不要。
儺の字に鬼という意味がある。

魔法先生ネギま!でも登場・・・京都だがね。そして真祖の吸血鬼に瞬殺される。
ちなみに32体倒すと阿狛・吽狛の封印解放のフラグが立つ・・・なんのことか分からなければながしてください。

自分のシナリオじゃ・・・良いも悪いも○○しだい〜、げふんげふん。