__第一章二幕 砂漠の大樹_/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
ユグドラシル級陸上戦艦。
砂漠化の進むこの世界で移動拠点として開発された陸上戦艦の一つである。
全長凡そ500m全幅60mの大型艦で、巨体に見合った重装甲に、大小のビーム兵器、大型レールガン、ミサイル発射管、機銃を備えており、戦艦の名に恥じず単艦の戦闘力も高い。
さらに高度に
戦闘での消耗を考えなければ無補給での長期行動が可能であり、母艦・強襲艦としての運用にも充分な能力を発揮する汎用性の高さが売りの艦種である。
砂漠の一角に半ば埋もれた・・・・・・一見すると岩山にも思える残骸はそんな艦の成れの果てであった。
この艦こそがアルス・マグナの住処にして、フレスベルクの止まり木なのである。
元々は大戦争で大破したまま放置されていた艦であり、現在はこの砂の地に影響を及ぼす国どころか運用していた国さえも既に存在していない、もはや主なき鉄塊であった。
大破とはいえ厚い装甲で護られた内部はほぼそのままの状態を保っており、走行は不可能とはいえ、動力機関や居住区、食糧生産プラント、整備工場は稼動可能で、これ幸いと勝手に住み着いているのだ。
「んー、大体落ちたかな?」
アルスは鼻をすんすんと鳴らし、吐瀉物を浴びた体の臭いを確認するが、元々研究者畑の男だ。
多くの同僚がそうであったように、アルスも然程身なりや体臭に気を使う方ではない。
研究者になる人間など男女問わず昔からそういう傾向が多いものなのだ。
と言うよりも、研究や論文の作成などで泊まり込みや徹夜なども多く、どうしてもそちらに手が回らず、そんな人間が多くいれば自他の身なりを気にする者も少なくなり、めかし込んでも気にされないではする甲斐もないため身嗜みが疎かになるという悪循環に陥っていくのである。
むしろアルスはその中では気を使っている方だと言える。
「まあ、いいか」
気を使っている方なのだ。
シャワーを止め、タオルで乱雑に体を拭き、Tシャツにズボンという実にラフな服に着替える。
因みに下着も含め、全て艦に残っていた軍の物資である。
浴槽が無いのが玉に瑕だと思いながら、アルスは足早に格納庫へ向かった。
格納庫にはアルスの乗機であるフレスベルクが収納してある。
そして先達て助けた少女がコクピットを掃除中なのだ。
話は少しばかり過去に遡る。
少々乱暴な機動を行ったため、酔った少女に胃の中身を頭から被せられた結果、コクピットも
操縦者であるアルス本人も惨憺たる様相を呈した。
アルスはAIに自動操縦で帰還しろと発した後は終始無言で、少女は泣きながら謝罪の言葉を絞り出し、変な気を利かせたフレスが妙に爽やかなラブソング流す。
歯の浮くような歌詞が鼓膜を、饐えた臭いが鼻腔を刺激する混沌とした状況と状態の中でアルスは思った。
甘酸っぱい恋と酸っぱい臭いを混同してねえだろうな、この馬鹿AIと・・・・・・
本気でAIを初期化するべきか考え始め、AIの再教育の手間暇やリスク等のメリット・デメリットを秤にかけ、僅かに初期化に傾きかけた頃に計ったように艦に到着。
取り敢えず思案を中断し、コクピットから出るなり掃除道具を持ってきて少女に清掃を指示し、頭から被った吐瀉物を洗い流すためにシャワールームに駆け込んだのが先程の話である。
(そういえばあの娘の処遇はどうするかな?)
今更ではあるが、現実問題として避けては通れぬ話でもある。
しかしあのまま見捨てるという選択肢を選ぶ程、非情な男でもないのだ。
親類縁者がいるなら話は簡単だ、送り届けてやればいい。
だが人体実験の被験者にされていたとなると、あまり期待は出来ないだろう。
どこかの街に送っていくか?
とはいえ伝手も無い若い女1人で生きていくのは難しいだろう。
遠からず街角で春を売るか、誰かの食いものにされるかが関の山といったところだ。
どこかに預けるにも、アルスには頼りになる知り合いも伝手も無い。
となるとこの艦に住まわせるか?
この艦の食糧生産量を考えれば、1人で消費しきれるはずもなく過剰供給状態だ。
消費量が1人分増えた程度で、供給量を上回ることも有り得ない。
むしろ余った食糧を収穫して、売り捌くために人手が欲しいくらいだった。
部屋も一般兵卒用の狭苦しい相部屋どころか、将官等が使う1人部屋も余っている。
(特に問題もないかな。まあ、あの娘次第だな)
他に生活の当てがあるならそうすればいいし、希望すればここで面倒を見てもいい。
度を過ぎた事をすれば放り出せばいいと結論した。
因みにアルスはまったく気付いていないが、世間一般ではこれを『囲う』と言う。
正確には微妙に違うのだが、そう捉えられても文句は言えないだろう。
勿論、この時代、この御時世とはいえ、あまりよろしい行ないとは見られない。
「あ、おそう、じ・・・おわりました」
格納庫に戻ったアルスを迎えたのはそんな一言だった。
「 ああ、じゃあ後はやっておくから、シャワーでも浴びてくるといい。ここを出て突き当たりを右に行った所だ。ドアの前に箱が置いてある、着替えが入ってるから自分で適当に見繕ってくれ」
因みに女性士官用の支給品である。
ここには女物の服などそれしかないし、この朴念仁にファッションなど分かる訳もない。
ならば自分で選ばせればいいと、支給品を箱ごと持ってきたのだ。
「あ、えと・・・・・・あの、あり、がとうございます・・・・・・・・・・・・・・・と、ころで」
「うん?」
「あなたは、だ・・・れ、なんでしょうか?」
当然の疑問だった。
この少女にしてみれば、目が覚めたら機動兵器のコクピットの中。
そして成り行き任せで、見知らぬ男に見知らぬ所に連れ込まれたのだから。
「ああ、そうだな。俺の名前はアルス。アルス・マグナだ。君の乗っていた車が事故で横転したようで、砂漠で投げ出されてるのを見つけたんだ。あのまま放っておけば死んじまうし、 取り敢えず拾ってきた」
「えっと・・・・・・そうですか、ご、しん・・・せつに、ありがとうございます」
「ん、それで行く当てはあるのか?どっかに家族がいるならそこまで送っていってもいいが?」
「家族?」
少女は不思議そうに首を傾げて、家族、家族と何度も繰り返していた。
どうも妙な違和感があった。
今の会話でも、変なところで言葉に詰まったりしている。
他者との対話に慣れていない様でもあり、言葉を選んでいる様にも思える。
だがアルスにはこの奇妙な喋り方に覚えがあった。
「・・・・・・自分の名前は分かるか?」
「名前・・・?えっと・・・・・・」
フレスベルクのAIは擬似人格自己学習型であり、まっさらな状態からアルスが育て上げたものだ。
この種のAIは育成に時間がかかる上に、同じ教育を施しても、さらにはコピーしても不思議な事に何かしらの差異が発生する。
既存のAIよりも、それどころか時には人間以上に細やかで曖昧な命令にも対応できる柔軟さがあるが、品質が安定しないという欠陥を抱えているのだ。
この欠陥を克服するために、様々な試みがなされたがコストと品質の安定化の壁を越えることは出来ず、今だ趣味人の物から脱却できずにいるのが現状である。
少女の喋り方はそんな育成中のAIに似ているのだ。
インプットされた膨大な言語の中から、目的に合った単語を選択する際のラグ。
ある程度の下地が出来ているならまだしも、まっさらな状態からの育成ではどうしても無駄な処理が発生する。
例えるなら会話する度に、辞書を最初から最後まで読んでその中から単語を選択するという行為をしていると言っていいだろう。
無論、会話する度に処理の最適化が行われていくことで、このラグも消えていくのだが。
(人体実験の影響か?薬物・・・・・・いや、脳を弄られたか?)
アルスは恐らくは後者と当たりを付ける。
会話の中で単語の意味を思い出しながら喋っているのだろう。
脳とは一種の生体コンピューターだ。
処理速度こそ1000年以上前のコンピューターにさえ劣る。
だが創造力、学習力、対処能力、つまり考えるという事においては現在のコンピューターでさえ真似の出来ないものだ。
先に挙げた擬似人格自己学習型AIならば・・・・・・と、一時は注目を集めたのだが、今一歩のところで及ばないのが現状だ。
脳はその1割が
グリア細胞とは神経の固定、栄養補給に情報伝達の高速化といった神経細胞の維持や補助を行う細胞だ。
だが神経細胞のみによって行われると考えられていた脳の高次機能が、実のところグリア細胞によっても行われるなど、補助や恒常性の維持といった静的な役割りのみならず、動的な役割りも担っている事が判明した。
こういった脳の研究が進むことで、想念技術・・・・・・
つまり脳波によって機械やコンピューターを操作するブレイン・インターフェースの発展にも繋がった。
生身と同様に動かせる義手・義足の開発など恩恵も大きかった。
だが、同時に負の側面も顔を出したのだ。
代表的なところでは兵器の遠隔操作だ。
しかし結局のところ上手くはいかなかったのだ。
思考で操作するより生身で操作する方が、人間という生き物はやりやすいのだろう。
少なくとも今の技術では・・・・・・
だがここで頭のいい馬鹿共は考えた。
脳波によって間接的に動かすのではなく、直接機械に組み込んでしまえば、兵器を自分の体と同じ様に動かせるはずだと。
発想自体は昔からあったのだ。
そんな兵器が出てくる娯楽作品も少なくはなかった。
だがどんなに技術が発展しようと、本来ならば創造の産物で終るはずだった。
人の作る技術は、人のための物だ。
人を道具にする技術など、人が作っていいものではないのだ。
だが先の戦争で、それは・・・・・・実現してしまったのだ。
敗戦濃厚な国が起死回生を夢見て、超兵器の開発を行う。
これは創作作品のみならず、現実にも有り得る話なのだ。
いや、敗戦国のみならず突飛な発想の武器・兵器は少なくないのだ。
運用が困難な巨大戦車、巨大過ぎて現地で組み立てねばならなかった列車砲、サックと銃を合わせた物、鍔と柄の部分が拳銃になっている剣、Gでパイロットが死ぬ有人迎撃ミサイル、特攻兵器に氷山空母、
モグラ戦車に敵を同性愛者に変えて混乱させる化学兵器などなど。
実際に造られた物、敵への欺瞞工作として見せ掛けの開発をした物、研究途中で中止された物、構想だけで終った物と様々だ。
だがどんなに馬鹿馬鹿しい構想だろうと、そしてどんなに非人道的であろうと・・・・・・実際に計画され予算を組まれれば、それは実行されてしまうのだ。
先の戦争で人間の脳を組み込んだ人型機動兵器が実戦投入されたように。
使い物になるのはそれこそ数万分の一・・・・・・つまり1機の製造に数万人の命を犠牲にした悪夢の産物は・・・・・・戦果を挙げてしまった。
結局は数の差で潰されてしまったが、凡そ5倍の戦力差を覆す戦果こそがこの兵器の戦禍だったのだろう。
そのために、さらに夥しい人数が人体実験の犠牲になったのだから。
様々な欠点のある人型兵器が登場した理由は、人間の脳を組み込むのに適したのは人型だという理由が大きい。
他にも機動に耐えられる強度を持った合金の開発、電子戦闘が行き着くところまで行ってしまった結果、妨害手段によるレーダーの有効範囲減少、誘導兵器の無効化による近接戦闘頻度の上昇と同時に、戦場の多様性により高い汎用性を持った兵器の需要があったというのもあるが。
その後、対抗するために人型機動兵器の開発が各国で進められることとなった。
もっとも、性能が高くても部品の・・・・・・そう生産性の悪い部品である脳を使う機体ではなく、数を揃えられる有人機が主体であったが。
だが有人機となった今でも、人型機動兵器はこう呼ばれる。
フレームギア
それは人間を、機械の歯車として組み込んだと揶揄する名だ。
(あの車輌に積まれていたのは彼女1人だけだった・・・・・・脳を弄られているとなると、FGの生体部品用ということか?
既に処置されたという事なら、彼女は成功例ということになるな・・・・・・
断定するには情報が足りんが、何の成果も出ない被験体を1人だけ移送するとは考え難い・・・・・・・・・
少なくとも何かしらの実験でそれなりの結果を出していると考えても――――)
「ルルス・・・・・・」
研究者の性というべきか、思考の海に没頭し始めたアルスを現実に引き戻すように少女が口を開いた。
「ルルス・・・・・・本当に?」
「は、い・・・・・・た、しか、私はルルスと呼ばれていた気がします・・・・・・」
「名字か?」
「名字?・・・・・・家名、主に親から、受け継ぐ、な、まえ・・・親?お、や、家族・・・・・・」
「ルルスは、基本的には名字の方だな。他に覚えて・・・・・・あー」
アルスは言葉に詰まった。
少女の様子から、あまり思い出させない方がいいと判断して、話題を変えようとしたのだが結局は同じ事を聞いてしまったからだ。
「おぼえ、て・・・・・・すみません、おぼえて、はないです」
「・・・・・・・・・ライム」
「?」
「覚えてないなら、ライムでどうだ?気に入らないなら別に
「いえ、ライ、ム・・・ライム、でいいです。ライム、と、およ、びください」
「あ、ああ。そうか。ならいいんだが」
これ以上余計な事を言わない方がいい、そう判断したアルスは少女・・・・・・ライムに改めてシャワーを浴びてくる様に促がし、格納庫を出て行ったのを見届けると大きく溜息を吐いた。
「どうもこういうのは慣れんな。で、フレス――どうだ?」
掃除をさせていたのはフレスベルクに身体検査をさせるためでもあった。
機体周囲の生体スキャンも可能だが、あくまでもレーダーの一種としてなのだ。
コクピット内部ならば、パイロットの状況を確認するための機器が組み込まれているため、より精確な検査が可能だ。
「念入りにスキャンしましたが、体の方は概ね健康体ですね。加速度病も問題ないでしょう。臓器に異常も見受けられませんし、手術痕も少なくとも私の機器では発見できませんでした。ただ・・・・・・」
「脳の方か?」
「はい、頭部には僅かですが手術痕がありました。異物が埋め込まれてはいないようでしたが、脳のどの部分に手を加えたかは分かりません」
「分からない・・・・・・人為的な手は最小限ということか?」
「はい、
「原子核レベルか・・・・・・」
「また僅かですが、グリア細胞の活性化もみられます。個体差と言える範囲ですので、関係性は不明ですが」
(体の方は健康体か。FGの生体部品にするなら、脳だけでいいはずだ。となるとそれとはまた別の実験か?
だがそこまでの精度で手を加えたとなると、確実に物にする技術を確立したか――いや、確実にできるなら彼女1人を移送していたのはおかしい。
そもそも移送する必要が――やはり何か他の――すると――)
再び思考の海に沈んでいくアルスだが、断定に足る情報がまるでない以上は考えても無駄だと思い直し、苦笑を浮かべた。
「しかしマスター?ライムはないと思います。レモン位はありますよ」
「何の話をしてるんだ、お前は?」
ライム<レモン。胸の話だとは最後まで気付かないアルスだった。
「いえ、何故ライムなのかと。熱帯原産の柑橘類ですよね.。女の子っぽい名前だとは思いますが」
「いや・・・・・・ルルスときたからな・・・・・・ルルスとはな。リュルならまだしも・・・・・・」
「ご存知なのですか?」
「リュルって言うのは、スペイン辺りの名字だ」
「スペイン・・・・・・確か
「ああ、もう存在しない国だ。そしてルルスってのはリュルのラテン語読み・・・・・・ライムンドゥス・ルルスって知ってるか?」
「ライムンドゥス・ルルス・・・・・・人名ですか?それで少し縮めて、女の子っぽい響きに?」
「まあな〜咄嗟だったからな。些か安直だったとは思うが」
「どういう人なのですか?」
「2000年以上昔の宗教家だ。錬金術師として有名だがな」
「錬金術・・・・・・古代化学ですね」
「ああ、ライムンドゥス・ルルスは概念を記号化して、それを組み合わせて真理を表そうとした。宗教的な真理だがな。
この方法は様々な方面に影響を与えたという。錬金術にもな・・・・・・
そしてある思想を生み出すことになった」
「ある思想?」
「神に等しい智慧と力を得る方法・・・・・・