〜笑顔〜
3月11日
ぼくの体にわるいとこがないかしらべるための入院だって先生言ってた。
ぼくは元気だって言ったのに、お父さんもお姉ちゃんも心配しすぎだよ。
でも蒼一朗と潤がこの日記ちょうくれたからちょっとラッキーかも。ふたりのおこずかいで買ってくれたらしい。
潤が「蒼一朗がこれにしようって言ってさ、お前だってこんなの嫌だよな。」って言って蒼一朗とちょっと口げんかした。
潤はあんなこと言ったけど、この日記ちょうなんか魔法の本みたいでかっこいい。
潤が元気になったら新しいひみつ基地につれてってくれるって言ってた。
あさってくらいに退院できたらいいのになぁ
・
・
3月17日
きょう先生にわるいとこがあったからもうちょっと入院しなくちゃいけないって言われた。
そのことを二人に言ったら、
潤は「その先生まちがってるからすぐ退院できる。」って言って
蒼一朗は「早くなおるようにおとなしくしとかなきゃ。」って言ってまた口げんかした。
病院はたいくつだけど、この二人がいっつも来てくれるからそんなにたいくつじゃない。
潤が先生にないしょでチョコレートを持ってきてくれた。
はぁ、新しいひみつ基地ってどんなだろ
・
・
3月20日
潤も蒼一朗もきょうはこれなかったみたいだけど、お姉ちゃんがきてくれた。
チョコレートが見つかっておこられちゃったけど、なんだかいつもよりちょっとやさしいかった。
ふたりともこなかったしチョコレートは取り上げられちゃったけど、
ひさしぶりにやさしいお姉ちゃんだったからうれしかった。
・
・
3月21日
「きのう来れなかったから。」って言ってふたりが花たばもってきてくれた。
黄色の花で、潤と蒼一朗は「そのへんにさいてた花とってきた。」って言ってたけど、きっと花やさんで買ってきたんだと思う。
きのうお姉ちゃんがきたこと話したら二人ともチョコレートもってっちゃったことをおこった。
潤は「ひどい姉ちゃんだな。」って言うから、
「お姉ちゃんほんとはやさしいんだよ。」って言ったら蒼一朗が「どこがやさしいんだ。」っておこった。
二人ともおこってるお姉ちゃんしか見たことないから知らないけど、お姉ちゃんは本当にやさしいんだ。
いつかお姉ちゃんとなかなおりさせなきゃ。
・
・
4月 1日
もう4月になっちゃった。もうすぐ新学期がはじまっちゃう。でもこのごろしんどくてあんまり起きていられない。
病気、ひどくなっちゃったのかな
・
・
4月 3日
ぼくがなかなかよくならないから、潤と蒼一朗がプロミスリングっていうのをくれた。
うでにつけてたら、ねがいごとがかなうって言ってた。
「俺たちも一弥が早くよくなるようにおねがいしたから。」って、二人ともプロミスリングしてた。
・
・
4月 4日
ぼくのへやがかわった。こっちへやの方が早くよくなる、って先生が言った。
・
・
4月 5日
今日はお姉ちゃんがきた。ずっとなにも言わないから、ぼくが「どうしたの?」って言ったら
「なんでもないよ。」って言って帰っちゃった。
・
・
4月 6日
今日もお姉ちゃんがきた。たくさんおかしをもって。ぼくがびっくりして「いいの?」ってきいたら「いいの。」って言った。
お姉ちゃん先生に見つかるまでずっといっしょにいてくれて、いろんな話をしてくれた。しごく楽しかった。
パタン
青年は半分以上が白紙の日記帳を閉じた。口から溜息が漏れる。目頭が熱くなり、自分が泣こうとしていることを感じた。
「で?」
涙を押さえ込み目の前の少女に問い掛け、テーブルに置かれたカップに手を口に運ぶ。
「どういう意味ですか?」
顔をしかめる。カップの中身はすでに苦くてぬるい液体と貸していた。たが少女は誤解したらしく、うつむいて黙り込んでしまった。しょうがないので再び青年から口を開く。
「この日記を何故私に読ませたのか、ということですよ。貴女は私に何を期待しているのですか?」
少女が口を開く。
「大学では舞と二人で暮らすことになりました。」
ただし、うつむいたままで。
「そのため荷物の整理をしていたら、その日記帳がでてきて・・・ですから・・・」
そう言ってまた黙り込んでしまう。
「わかりませんよ。私に“これ”を読ませた理由にはなっていませんね。」
そう言って日記帳を目の前にかざす。少女は黙ったまま。青年に聞こえるのは周囲のあまり好意的ではなさそうな囁きだけ。
(なるほど、この状況ではどうみても
今の状況をほぼ正確に理解した青年は、苦笑をもらす。唐突にその苦笑も表情から消える。一瞬の後青年が顔に浮かべたのは“意地悪そうな”笑み。何故目の前の少女が―おそらく嫌っているはずの―自分に、わざわざ会ってこの日記帳を読ませたのか、その理由がわかった気がした。
「なるほど、『“これ”には自分への恨み延々と書いてあるかもしれない。だからさっさと処分してしまおう。』そういうわけですか。」
(少々陳腐なまねをするが、)
少女がはっとして顔を上げる。
「なるほどねぇ。正直貴女のことは“誰にでも愛想のいいいけ好かない女”、そう思っていましたが・・・私は貴女のことを誤解していたようだ。」
(これくらいは許してくれよ、一弥。)
「違いますっ!!」
少女は椅子を蹴るように立ち上がった。先程とは別人のように力強い声。
「あの子は大切な弟でした!!そのあの子が残した物を処分するなんて思いません!!!」
少女の表情には明らかな、怒り。青年は初めてこの少女の笑顔以外の顔を見た気がした。
「しかし、貴女はその大切な弟の形見を他人に渡そうとしている、読みもせずにね。違いますか?」
「ッ――――!!!」
少女は椅子に崩れ落ちる。
「佐祐理には・・・あの子の残した物を・・・持つ資格はありませんから・・・」
悲痛な声。少女は再びうつむいていた。
「でも、貴方は」
少女が正面から青年を見つめる。
「貴方なら。あの子の親友だった貴方にならその日記帳を持つ資格があるはずです。」
「これはこれは・・・、まさか・・・覚えているとは思いませんでしたよ。」
「覚えていますよ。貴方と北川さんは、いつもあの子と一緒にいましたから。」
「多分・・・多分佐祐理は嫉妬していたんです。」
「嫉妬?」
「ええ。あの時の佐祐理には、貴方達のような友達はいませんでしたから。」
ですから嫉妬していたんです、そう言った少女は笑みを浮かべていた。青年の知っている“愛想のいい”笑みではなく、触れれば砕けてしまいそうな“儚い”笑み。そして少女はまたうつむいてしまった。そして、沈黙。
「どうやら私は本当に貴女のことを誤解していたようですね。」
再び沈黙を破ったのも青年だった。
「“これ”は貴女が持っているべきですね。」
そう言って青年は立ち上がる。テーブルに日記帳を置いたまま。あまりに予想外の言葉だったのだろうか、少女は顔を上げまさに“呆然と”青年を見ていた。
「待って!待ってください!」
立ち去ろうとする青年を慌てて引き止める。
「佐祐理には持つ資格がありません。久瀬さんもそう思っいるのでしょう?」
「言いませんでしたか?『誤解していた』とね。」
「でも、でも・・・・」
まだ何か言いたそうだが、混乱しているらしく言葉にならない。あの鉄仮面のように頑丈な少女の“笑顔”をはがしたことが―何故かはわからないが―嬉しく、青年は少女の中にあるわだかまりが弱くなる言葉を言う。
「
「でも、でも・・・佐祐理は・・・」
「とりあえず読んでください。誰も読まないなら紙屑でしかないですから。その上で私達が持つべきであると思ったのであれば、最近益々馬鹿になった方に渡しといてください。」
そう言って青年は立ち去った。それでもまだ納得できないのか、少女は日記帳を見つめている。
「一弥・・・お姉ちゃんで・・・本当にお姉ちゃんが持っていてもいいの?」
テーブルの上に置かれた日記帳を手にとって呟く。
「忘れていました。」
立ち去ったと思った青年の声に、少女は反射的に日記帳を抱きしめてしまう。
「礼ですよ。あいつの日記を読ませて頂いたことの、ね。」
伝票を手に今度こそ青年は立ち去っていった。
はっきりその時の顔をみていなかったけれど、少女は初めて青年の本当の笑顔を見た気がした
fin