デフラグとコンピュータウィルス








 ガガガガガガ


 ここは生徒会室。
 人気の少ないこの部屋に特徴的な音が静かに響いている。
 パソコンのハードディスクが回転している音だ。

「……ふむ、流石に長い間放っておいただけあるな」

 彼はこの部屋の主……正確に言うと違うが……久瀬義明。
 久瀬は執務机に腰掛けながら規則正しく並んだ長方形に埋め尽くされているモニタを見ながらそう呟いた。
 このパソコンは生徒会室に配備されたもので久瀬の持ち物ではないのだが、
 生徒会長と言う役職にいる彼がこの組織内でもっとも使用頻度が多い。
 今このパソコンはデフラグをしているのだ。
 言うなればパソコンの中身の大掃除とでも言えば良い。
 このパソコンは長い間デフラグをしていなかったので大変時間が掛かっていた。
 部屋の整理と一緒だ。放っておけば物が溜まる一方で整理が大変になる。

 彼はコーヒーを啜りながら青色で埋め尽くされた画面をもう一度見た。
 水色の長方形が忙しなく動き空白を埋め並べなおされる様子が分かる。
 並べ終わると水色は青色へと変わる。整理終了した証拠だった。
 そしてある程度すると水色だけでなく濃緑色の長方形も表れ始める。
 これはハードディスクの深くに入り込んでいるデータだった。
 それもまた高速に動き濃緑色は青色へと変化していく。

 ふと久瀬はこの様子を見ながら自分がまだパソコンについて知識が無かった頃を思い出した。

『父さん、これは何? 人工生命?』

 彼の父がデフラグを行っている時に尋ねた言葉は今聞くと余りにも滑稽であった。
 久瀬は微苦笑を浮かべる。
 子供心にそれはパソコンの中で”生きている”プログラムに感じたのだろう。
 今の自分では考えられない思考パターンに彼はフッと笑った。


「しかし本当に時間が掛かるな」

 CPUが古いものであるのも理由の一つだった。
 ハードディスクの容量も無駄に多かった。
 彼の家にあるパソコンならとっくに終わっている程時間が掛かっている。
 しょうがないので久瀬は書類整理を始めた。
 パソコンが使えないとどうにも出来る作業が限られてしまう。
 辛抱が切れてキャンセルボタンをクリックしてしまいそうになり、久瀬はそんな自分を抑えるのに必死だった。

 カリカリカリ

 ガガガガガガ

 シャープペンシルの走る音が聞こえ出す。
 だがハードディスクの回転音にはやはり負ける様だった。

「……」

 彼の腕が止まる。
 同時にシャーペンの音も止まる。
 はっきり言って久瀬は鉛筆だとかシャーペンだとか、兎に角文字を書くのが嫌いだった。
 キーボードで文字を打ったほうが早いし綺麗だ。
 それなのに何故こんな効率の悪い方法を取らねばならないのか。
 その理不尽さが彼には我慢ならなかった。
 五月蝿く響く回転音も集中力を削いでいる。

「ふぅ……相変わらずの筆不精に呆れてしまうな」

 久瀬は眼鏡を外し鼻の付け根を指で軽くマッサージしながら呟く。
 余りの集中力の足りなさに自分でも飽きれている様子だった。
 自分は多分CPUは余り高性能ではないのだろう、そう彼は考えた。
 このパソコンと一緒で無駄に容量だけはある。
 だがCPUはそれほど早くない、そんな理由を勝手に考えた。
 それが久瀬が自分自身に出した評価だった。
 彼の成績が良いのも多分に記憶力のお陰である部分が多い事を自覚出来た。

「ふぅ」

 溜息は脳味噌の冷却ファンだな、等と感じる。
 久瀬は自分の頭の回転数が少し遅くなっている事に気付く。
 昨日今日から突然減速を始めたわけじゃあなかった。
 ただそれでも一般の生徒よりは多少早い回転数を久瀬は誇っていた。
 ペンティアムVと言った所だろう。
 だが最新のCPUには敵わない。

「……ふむ」

 ならば高速を誇るCPUを有する人物と言えば誰だろうかと思索する。
 まず最初に出てくるのが美坂香里。
 定期テストで常に自分よりも良い成績を残す学年主席の少女だった。
 彼女にはどうやっても敵わない事が理解できる。
 そしてもう一人、倉田佐祐理。
 彼女は久瀬が知る中で最高のCPUを搭載してるであろう人物だった。
 倉田佐祐理は周りの印象以上に頭が回る事を久瀬は良く知っていた。

「……」

 彼女らは部屋の掃除も頭の中の整理も早く上手なのだろう。
 きっと自分の十分の一程度の時間で済ましてしまうのではないか、と考えた。
 自分は駄目だと久瀬は思った。
 大人数のイメージとは正反対と思える程に久瀬の部屋は散らかっている。
 読みっぱなしの本は平気で机の上に無造作に投げ出されていたし、
 彼のパソコン周りの環境は文字通り足の踏み場も無かった。
 これも自分の少々時代遅れなCPUの所為だと言い訳する。

 久瀬はふと思い生徒会室の窓を全開にした。
 暖房が効いた部屋に心地よい冷気が流れ込んでくる。

「んっん〜〜〜〜っ!」

 久瀬は大きく伸びをする。
 ついでに首を捻った。相当に疲れが溜まっている事が認識できた。
 空を見上げる。
 そこには雲は数える程度にしか無く、気持ち良い青空が広がっていた。
 彼は深呼吸をし脳に酸素を送る。
 すぐに肌寒くなり窓を閉め、またモニタを見た。
 作業状況を知らせるパーセンテージの表示はあまり変化が無い。

「お前はやはり僕と似ているな」

 久瀬は妙にこのパソコンに親近感が湧いた。
 少しだけこのパソコンの様に頑張っても良いかと考えた久瀬は書類整理を再開した。











 ピロリロリーン

「……んっ?」

 久瀬は何だか良く分からない音で目が覚める。
 自分が眠っていた事を認識するまでに30秒程掛かった。
 その様子はまさに生徒会室にあるパソコンと同じで起動するのが遅かった。
 どうやら先程の効果音はデフラグが終了した事を知らせるものだったらしい。
 モニタにはこう表示されていた。


 ドライブ:Cのデフラグが終了しました
 デフラグを終了しますか

 はい いいえ


 無駄な質問だった。
 例えるならば某RPGの【はい いいえ】の二択しかない意味の無い質問と同じ位に無意味だ。
 久瀬は迷う事無く【はい】をクリックする。


「あっ久瀬さ〜ん、起きてらしたんですね?」


 ガガガガガガッ!!


 久瀬にはそんな不快な音が聞こえた気がする。
 多分脳内ハードディスクにウィルスが侵入したのだ。
 生憎とアンチウィルスソフトは久瀬の脳内にはインストールされていなかった。
 何せ彼はこの手の恋愛事の経験は皆無だったので、免疫もへったくれも無かったりする。

「くっ倉田さん……何でこんな所に?」

 ようやく声を掛けてきた女性に久瀬は対応する。
 だがまだ言語系にバグが見られた。
 明らかにその声には動揺の色が混ざっている。

「ふぇ? 佐祐理、今日約束していませんでしたっけ?」
「はい?」

 彼女、倉田佐祐理は首を傾げる。
 約束……久瀬は直ちに脳で記憶されている個所に検索を掛ける。
 程無くしてそのファイルは見付かった。

「あっ!」

 確かに久瀬の脳味噌には彼女と約束をしている事が記憶されていた。

「あ〜あ〜あ〜あ〜あ〜」

 目の前が真っ暗になった。
 ウィルスがどうやら本格的な破壊活動を始めた様だ。
 もし久瀬の脳内を映し出すモニタがあれば、その画面は『あはは〜』と言う文字で埋め尽くされているだろう。
 嗚呼恐ろしきや、コンピュータウィルス【はっぴ〜 あはは〜】
 ニムダもびっくりの危険度である。
 勿論久瀬の脳内限定だが。

「すみませんでしたっ!!」

 彼は活動停止直前の頭を必死に下げる。

「久瀬さ〜ん、いいんですよ。気にしないで下さい」

 にこりと微笑む佐祐理。
 だが久瀬にはその笑顔が少々眩し過ぎた。

「全くもって情けないです。倉田さんとの約束を破ってしまうとは」
「あ〜もう久瀬さん、頭を上げて下さい〜」

 佐祐理の方も困りだしている。
 感染させた本人にもウィルスが侵入したかの様だった。

「この埋め合わせは必ずしますっ!!」

 久瀬は真面目な顔で佐祐理を見詰め言った。

「あはは〜、じゃあ楽しみにしてます」
「はい……あのつかぬ事をお聞きしますが」
「はい?」

 久瀬は慎重に言葉を選ぶ。
 佐祐理の反応を確認しながらゆっくりと言葉を続けた。

「怒って……ます?」
「あはは〜、はい」

 ずっぎゃーん

 そんな音が聞こえたのはやはり久瀬の気のせいだろう。
 頭の記憶媒体は致命傷だ。

「そう……ですか」

 がっくりとうな垂れる久瀬。


「でも……久瀬さんの寝顔見ちゃったらそんな怒りもどっか行っちゃいました」
「……はい?」

 久瀬は顔を上げ佐祐理の顔をマジマジと見る。
 彼女は頬を染めながら舌をちょろっと出して微笑んでいた。
 そりゃあもう可愛くて可愛くて、久瀬の脳味噌をふっ飛ばすには十分過ぎる威力を誇っていて……

 あぼ〜ん

 なんて効果音がどっからか聞こえてしまうくらいであった。


「はっはぇ!?」

 久瀬はそのまま力無く倒れる。
 最早起動は難しいかもしれない。
 当の佐祐理はと言うと何故彼が倒れてしまったのか見当もつかないらしく、おろおろとしている。



 恐るべき威力だ、はっぴ〜あはは〜



 皆様もコンピュータウィルスには十分気を付けましょうね




 The End...



 管理人より
 DA・RE・KAさん、ありがとうございます。
 あたふたする久瀬の前半との落差がいいですね。恐るべし、【はっぴ〜あはは〜】。
 これからも良質な北川、久瀬SSを生産していってくださいね(目をきらきらとさせて)


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