※ここでは倉田佐祐理と川澄舞はまだ卒業していません。2月の終わりか3月のはじめ頃と考えてください。
Will [意思未来]
久瀬
ギィ
屋上のドアが開く音、錆付いた鉄の擦れる音だ。今度油さしておかなければならないな、等と久瀬は考えていた。
「おお、寒っ!!」
そう言った屋上への二人目の客である少年がさして寒がる風もみせず先客に近づいていく。
「なんでこんな寒いとこで昼飯食うのかねぇ、お前は。」
久瀬のすぐ後ろまで来た少年は久瀬の隣に座り、椅子の冷たさに顔をしかめる。
「ベンチだってこんな冷たいし。」
「そう言うお前はなんでこんなとこにいるんだ。」
久瀬が箸も止めずに言葉を返す。
「冷たい奴だな、そういう態度とってると友達なくすぞ、ヨウちゃん。」
「・・・・・・・・“ヨウちゃん”はよせ。寒気がする。」
今度は箸を止め言う。ただし眉間を左手で押さえながらだったが。
「寒気はこんなとこで飯食ってるからだろ。」
そう言いながら少年はポケットからお茶の缶を取り出して、久瀬の方に差し出す。
「珍しいことに俺の奢りだ、前生徒会長殿。」
「・・・・・・・・・・・」
相変わらず久瀬は眉間を押さえている。表情は先程より険しくなているようにさえ感じる。
「ほれ。」
少年は一言発し、反応の無い久瀬の顔のあたりで缶を持った手を揺らす。
「・・・・・・・・その呼び方はもっとゴメンだ、潤。」
久瀬は少年―北川 潤―から憮然とした顔で缶を受け取った。
「しかし・・・」
久瀬はポケットから取り出したコーヒーでお手玉をしている―まだ熱いのだろう―北川に言う。
「ここに俺がいなかったらどうするつもりだったんだ?このお茶。」
プシュ
二人の缶を開ける音。
「いたからいいじゃん。」
ずず
お茶を啜る音。北川の答えにそれもそうか―などと思いながら久瀬は昼食を再開させる。北川もそれ以上話しかけようとはせず、二人が缶の中身を啜る音と久瀬が食事をする音だけが屋上に響く。
ギィ
久瀬にとって今日三度目の音。この時期に屋上に人が来るのは稀だが、久瀬や北川のような物好きがいないわけではない。久瀬は別に気にしなかった。
「あ。」
隣に座っている北川はそうではなかったらしく振り向いていた。そして今の声。久瀬はなんとなく嫌な予感がした。
「こんにちは。久瀬さん、北川さん。こんなところにいらしたんですね。」
「・・・・・・・こんにちは。」
「こんにちは、先輩方。」
会う事さえ極力遠慮したい部類の人達だったが、久瀬は挨拶されてそれを無視できるほど図太い人間ではなかった。
「こんにちは。倉田さん、川澄さん。」
人によっては怒りだしかねないほどおざなりな久瀬の挨拶。
「教室にいらっしゃらなかったので佐祐理は探してしまいました。」
帰ってなくて本当によかったです。久瀬の態度を全く気にせずそう言う佐祐理の笑顔が、久瀬には“あははー、逃がしませんよー”とか言ってるように思えてしまう。佐祐理の後ろにいる舞が既に不機嫌な顔をしているのも気になった。
「今さら私に何の御用ですか?」
「久瀬さん、明後日はお暇ですか?」
「は?明後日ですか?」
因みに明後日は日曜なので久瀬は暇だった。が、素直に暇と言ったら確実によくないことになりそうだったので急用ができた事にする。
「残念ですが―」
「大丈夫ですよ、もうこいつ生徒会も辞めてますし。普通の男子高校生が日曜日忙しいわけ無いじゃないですか。」
おい・・・・
「それはよかったです。急に言ったので佐祐理は心配だったのですが安心しました。」
いや、ちょっと待て。
「それじゃあ、11時に駅前の広場に来てくださいね、久瀬さん。」
「いや、日曜日は―」
「へぇ、ひょっとしてデートですか?」
北川がまたもや久瀬の言葉を遮る。
「あははー、実はそうなんですよー。」
そう言って佐祐理が本当に楽しそうに笑った。
「それでは、お邪魔しました。ちゃんと来てくださいね、久瀬さん。」
「いや、ちょっと待ってください!!」
とりあえずこのまま佐祐理を帰してしまうと厄介なことになるのは確実なので、久瀬は立ち上がって引き止めようとする。
「私はそんな所に行くつもりは―うおっ!!」
いきなり目の前に舞の顔が現れる。それも顔がぶつかりそうほど近くに。
「佐祐理を悲しませたら許さないから。」
舞の囁くような一言に久瀬が固まる。
「どうしたの?舞。」
「・・・・・・・・なんでもない。」
久瀬が固まっている間に、そんなことを言いながら二人は屋上から出ていった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
固まったままの久瀬。
「倉田先輩とデートか。あんな綺麗な人とデートできるなんて羨ましいじゃないか。」
固まったままの久瀬の肩に輝くような笑顔の北川が手をのせると、久瀬の首が錆びついたブリキ人形のような動きで振り向く。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「う、あ・・・・・・・。そ、そんな恨めしそうな顔するなって。ほら、あれだ。どうせ飯とか一緒に食うだけだって。」
久瀬の表情を見て、流石に気の毒に思えてきて慰める北川。
崩れ落ちるように椅子に座りうなだれる久瀬。
「はぁ・・・・・・・・・・・・」
魂がでてきそうな溜息をつく久瀬。
「ほ、ほら元気だせって。倉田先輩みたいな人に誘われるなんて客観的に考えればすげぇことだぞ。」
久瀬は北川の顔を見て、再びうなだれる。
「ここのところお前色々忙しかったしさ、いい気分転換になるって。」
なんで俺は日曜日に美人の先輩とデートする男を慰めてるんだ、とか思いながら昼休みを過ぎても延々と久瀬を励まし続ける北川だった・・・・
※ここから登場する「天野
〜日曜日〜
≡10:50 久瀬≡
久瀬は待ち合わせの10分前に来てしまう自分の習慣を呪っていた。もうどうにでもなりやがれ、とか思いながら何気なく広場の中心にある花壇のあたりに目をやると、待ち合わせの相手がいた。備え付けてあるベンチに座っていた佐祐理も久瀬に気付いたらしく、立ち上がる。
「あ、久瀬さんこっちですよ〜」
手を振りながら大声で呼びかけてきた。当然周囲には少なからぬ人がいて、いきなり大声を出しながら手を振り始めた少女に注目する。
勘弁してくれ!!―とりあえず久瀬は佐祐理のところまで走る。
「倉田さん、とりあえず移動しましょう。」
数秒で佐祐理のところまで来た久瀬は相手が何か言い出す前に宣言して行動に移す。
「はえ?あ!待ってください。」
いきなり久瀬が自分の鞄を持って歩きだしたので、佐祐理も慌ててその後をついていった。
≡10:18 相沢etc≡
「で、何で日曜の朝っぱらからこんなとこに出張ってこなけりゃならんのだ?相沢よ。」
天野時雨は相沢祐一、川澄舞の二人と共に駅の広場に面した喫茶店の中にいた。昨日の放課後、祐一に今日ここに来るように言われて来た時雨。理由は聞かなかったが、相沢が絡んでるなら退屈はしない、そう思っていた。
「・・・・・・・・佐祐理がデートする。」
「そりゃ、倉田先輩もデートくらいしたっておかしくないでしょうが。」
「久瀬とデートするんだ。」
「はぁ?誰が?」
倉田佐祐理と久瀬陽の接点が思いつかない。佐祐理と久瀬、時雨は二人の接点はいくらでも知っているが、“デート”という言葉から連想するような接点はなかった。
「だから、佐祐理さんが久瀬とデートするんだ。」
「はぁ!?陽が倉田先輩とデートぉ!?」
「・・・・・・・・アキラ?」
「あ、久瀬
「・・・・・・・・知らなかった。」
「俺も知らないぞ。」
「お前は今年引越して来たとこだろ。しかし・・・」
時雨は目の前の広場を見る。
「陽いないぞ。」
佐祐理は見つかったが、久瀬の姿がない。
「・・・・・・・・11時に来る。」
「だそうだ。」
時雨は再び佐祐理に目を向ける。
「う〜む、デートの話を信じたとしよう。ほんで、俺はなにすりゃいいんだ?覗きか?」
「人聞きの悪い事を言うな。監視だ。」
「監視?」
「・・・・・・・・久瀬の監視。」
「陽の?」
時雨はこれまでの会話で得た情報を整理し、吟味する。
「さっぱりわらん。なぜ陽を監視せにゃならんのだ?デートの邪魔しちゃ悪いだろ。」
「何言ってるんだ、天野(兄)!
「・・・・・・・佐祐理が心配。」
あらら・・・、よっぽど嫌われてるな、陽のヤツ――二人が本気で佐祐理の心配をしてるのを見て時雨は思う。
「そんな心配することはないと思うんだけどな〜。」
時雨は一応友人を弁護しておく。
「・・・・・・祐一、久瀬が来た。」
「む、どこだ!?」
「ほんとに陽来たよ・・・」
「・・・・・・・あそこ。」
祐一は身を乗り出して舞の指差した先を見ていた。
「お!二人が商店街に入るぞ。早く追いかけないと見失うぞ。」
「時雨・・・・、お前別に心配してなかったんじゃないのか?」
祐一と舞が不思議そうに立ち上がった時雨を見上げている。
「こぉ〜んな面白そうなこと俺に見過ごせってのか?」
「お前ってさ、天野―美汐と正反対だな。性格が。」
「・・・・・・・・・反面教師。」
呆然と言う二人に時雨は爽やかな笑顔を向ける。
「よく言われるよ、それ。」
≡久瀬≡
商店街の中に入って30分後。久瀬は佐祐理に連れられて入った店の中をぶらついていた。佐祐理はアクセサリーの置いてある所で立ち止まっていた。店の品物に興味があるわけではないが、佐祐理のそばは居心地がいいとはいい難い。佐祐理本人が苦手なことに加え、周囲の視線もなんとなく嫌だった。
「はぁ、何してんだろ、俺・・・」
ふと、何気なく店内をさまよっていた久瀬の足が止まる。
「ふむ、こんな物まで置いてあるのか。」
ダイヤル式の黒電話だった。独り言を言いながらそれを手に取る。別に意味はないがダイヤルを回す。
ジーーー ガシャ ジーーー ガシャ ジーーー ガシャ
「何してるんですか?」
「うわぉ!?」
「どうかなさったんですか?」
黒電話を置いて慌てて振り向くと、両手に何か持った佐祐理がいた。
「な、なんでもないです。気にしないでください。」
久瀬の価値観からいえば、黒電話のダイヤルを回していました、などと佐祐理に言うのは恥ずかしすぎる。
「はい。ところで、久瀬さんはどちらがいいと思いますか?」
佐祐理は両手を掲げて言う。両手に一つづつ髪飾りらしき物を持っていて、左手は青、右手は緑を基調にした物だった。
「倉田さん、私にアクセサリーのことはわかりませんよ。御自分の好きな物を買えばいいじゃないですか。」
佐祐理は不満気な表情をしたように思えた。この人は俺に何を期待しているんだ――そう思い、久瀬は心の中で溜息をつく。
「では久瀬さんは青と緑のどちらの色が好きですか?」
「青と緑でしたら緑です。」
少し待っていてくださいね―そう言うと、佐祐理は嬉しそうに笑ってレジの方へ行った。
≡同時刻 相沢一行≡
「なんか普通のデートぽいぞ。俺達完全に覗きだな。」
「言うな、時雨。」
祐一達三人は、二人の後をつけて同じ店の中に入っていた。
「もう、やめにしねえ?あんま面白くなりそうもないし。」
「まだ、30分だぞ。しかも面白いとかは関係ない。」
「だけどさ〜、ほっといても大丈夫そうだぜ。川澄先輩もサボテンに夢中だし。」
「サボテン?」
祐一が振り向くと、サングラスをかけたサボテン(音に反応して動く)の前で楽しそうに手を叩いてる舞がいた。
「舞・・・・・」
もう少し付き合ってやるか――疲れたように肩を落とした祐一の後姿を見て時雨はそう思った。
≡久瀬≡
わからん・・・倉田さんはいったい何を考えてるんだ――久瀬は先程いた雑貨屋の入り口で悩んでいた。他人が見たら恋人同士にしか見えないのだが、佐祐理に好かれているとは髪の毛の先ほども考えていない久瀬には楽しそうな佐祐理が不気味に思える。
「お待たせしてすいません。日曜日なので少し混んでたみたいなんです。」
「いえ、お気になさらずに。」
普段学校でしているように、辺り障りのない言葉を返す。
「それではもう少しだけ佐祐理につきあってくださいねー。」
「はぁ。」
相変わらずつかみどころのない笑顔の佐祐理の言葉に曖昧な返事を返す久瀬。その返事でも佐祐理は納得したのか、歩き出した。
「倉田さん。」
「はい?」
「どうして私を誘ったのですか。」
「久瀬さんは佐祐理と一緒にいるのはお嫌ですか?」
久瀬は喉まで上がってきた「嫌です」という言葉を飲みこむ。
「いえ、別に嫌ではないですが。」
変わりに出てきたのは辺り障りのない言葉だった。
「でしたらいいじゃないですか。」
納得はできないが、なんとなく反論できない。
「あ、ここです。」
佐祐理がある店の前で足を止める。久瀬が視線を上げると大手化粧品メーカーの看板が目に入った。
「さ、いきましょう。」
「ちょっと待った!!」
手を引いて中に入ろうとする佐祐理を慌ててとめる。
「私も中に入るのですか?」
「そうですよ?」
何故そんなことを言うのかわからないといった風に、佐祐理は小首を傾げる。
「私は外で待ってますよ!」
「駄目ですよー。」
「いや、駄目って・・・」
戸惑う久瀬を引きずるように連れて、佐祐理は店の中に入っていった。
≡相沢達三人≡
「ここに入ったぞ。」
「入ったな。」
「・・・・・・・・・二人とも入らないの?」
立ち止まった二人に舞が不思議そうに言う。
「いや・・・あのな・・・・そうだ!この店はさっきの店より小っさいから入ったら見つかりそうだろ?」
「・・・・・・・・わかった。ここにいる。」
今、「そうだ」って言ったよな――時雨はそう思ったが、祐一が何か必死な雰囲気をだしていたので心の中でとどめておいた。
≡久瀬≡
「どれがいいと思いますか?」
佐祐理に口紅のコーナーまで引きずられてきて、そう聞かれた。
「どれって言われても・・・・化粧品のことなんて全くわかりませんよ・・・」
「久瀬さんの考えでいいですから。」
笑顔でそう言われて並んでいる口紅を見る。それぞれのケースの下に色のついた紙が貼ってあるが、色の違いがよくわからない。
「やっぱり倉田さんがご自分で選んだほうがいいと・・・」
「ふえ?選んでくださらないんですか?」
「ぐ・・・・。」
泣きそうな顔で言われて、言葉につまる。
なに考えてるんだこの人・・・。久瀬はもう一度口紅の棚を見る。棚には何故か、左端のところに貝殻が置いてあった。横幅5cmくらいの小さめな貝殻で、“貝紅”と書いてあった。
「これはどうですか?」
色とか細かいことはよくわかないので、珍しいものを選んでおく。
「それはわりと淡い色ですので、お嬢さんのような方にはピッタリだと思いますよ。」
いつのまにかすぐ後ろに来ていた女性の店員が営業スマイルで言う。
「お値段の方もそれほど高くありませんので、彼女にプレゼントしてあげてください。」
その女性店員は営業スマイルというには崩れた笑顔を久瀬に向けてそう言った。
≡相沢一行≡
「相沢は塩ラーメンか。意外だな。」
「何を言う、時雨。シンプル イズ ベスト、塩ラーメンこそラーメンの真髄じゃないか。」
「ズズズズ・・・・・・・・ラーメン美味しい。」
3人は既に監視(覗き)をやめて昼食を食べていた。
「しかし、別に何もなさそうだったな。」
祐一が麺を飲みこんで言う。
「というか倉田先輩楽しそうだったぞ。」
「・・・・・・・佐祐理すごく楽しそうにしてた。」
「う〜〜む。」
祐一が険しい顔で唸って考え込む。
「・・・・・・・・・・・佐祐理は久瀬のことを好きかもしれない。」
舞が複雑な表情でぽつりと言った。
「つうか久瀬に気があるようにしか見えなかったって。今日の倉田先輩。」
「う゛〜〜む。」
「麺のびるぞ、相沢。」
「・・・・・佐祐理・・・・」
「川澄先輩も。麺のびますって。」
「う゛〜〜む。」
「・・・・・佐祐理・・・・」
「この二人なんかやだ・・・・」
≡久瀬≡
二人はテーブルを挟んで向かい合っていた。テーブルの端には空の食器が積んである。休日であるが、中途半端な時間であるため客の数はすくない。
「今日は口紅まで買っていただいてありがとうございました。」
佐祐理といる間中考えていたが、どうしてもわからなかった。
「倉田さん、どうして私を誘ったのですか?」
「佐祐理が久瀬さんのことを好きだから、とは考えないんですか?」
佐祐理はいつもの笑顔を浮かべていた。久瀬には何を考えているのはさっぱりわからない。
「私は貴女に嫌われている、と思っているのですが。一応言っておきますが、私はもう生徒会長ではありませんので生徒会の考えなどはわかりませんよ。」
久瀬の言葉に佐祐理の笑顔が崩れ微妙な表情になる。
「久瀬さんは佐祐理のことを嫌いなんですか?」
「嫌いではありませんが、苦手です。」
「苦手・・・・ですか。」
何か考え込むように佐祐理はうつむく。ちょうどその時、ウェイターがコーヒーを運んできた。久瀬が食後に持ってくるように頼んだものだった。久瀬は礼を言ってコーヒーを受け取り、これ以上注文が無い旨を伝える。ウェイターは伝票を置いて去っていった。
コーヒーを一口飲む。落ちついて考えてみると、確かにいい気分転換になったように思えるしそれなりに楽しかったような気もする。
「久瀬さん。」
コーヒーを置いて佐祐理を見る。少し違和感を覚えた。
「これを見てもらえますか。」
そう言って、佐祐理が水をすくうように組まれた両手を差し出す。不可解な行動を不思議に思ったが、身を乗り出し顔を近づけて手の中を覗きこむ。
よく見えない――そう思って顔をさらに手を近づけようとした瞬間、佐祐理の両手が広げられて久瀬の頭をつかむ。
驚い
唇に
頭が真っ
「佐祐理は貴方のことが好きです。」
囁くような声。脳が痺れるようにその働きを止める。
久瀬が気がついた時、佐祐理の姿は既に無かった。無意識に左手の甲で口を拭う。
そこには淡い朱色がついていた。
了