「あんたらは『人間以外の存在』をそっちに引き込もうとしている。それだけの覚悟があるのかってことさ」

 口調こそ変わらないものの、その青年の言葉が皆に突き刺さる。

「だって……この儀式みたいので完全な人間として生まれ変われるんだろう?」

 と、祐一。

「まあな。でも……『もと人間でない』という事実は消せないぜ? 一応こちらで色々細かな調整はするけどな。あんたらの『言霊』いかんでは……」

……そう準備は着々と進んでいた、闇の中で……

 

妖魔夜行in kanon〜闇から呼ぶもの〜

〜終わらない追想曲の裏話その2〜

 

 

物見が丘で準備が淡々と進められていた、その頃。百花屋ではてんてこ舞いの忙しさだった。

「隼人さん、これどこに運べばいいんですか?」

「ああ、それは、その奥にある棚に入れておいてくれ」

 大きな荷物を持ったエリナはその小さな背に似合わない力で荷物を運んで行く。荷物に隠れて彼女のポニーテールにまとめた髪が揺れているのが見えた。

「隼人、この資料はどこにおいて置けばいいのかしら」

「あ、それ使うからこっちに持ってきてくれ」

 資料を碧から受け取ると、彼はやっと落ち着いたようにカウンターの椅子に座る。

「大変そうだね」

「………そう思うならもっと早く来れないかね……霧人君?」

 隼人は振り向きながら人の良さそうな笑顔を浮かべる神叢霧人に声をかけた。霧人は仕事先から直行したのだろう。白衣を着たままだ。

「それにしても随分忙しそうだね。何かあったの?」

「いや、何か久方ぶりに物見が丘の『人化の法』が成功しそうなんだとさ、で、俺達で戸籍やら、周りの記憶操作やら結構忙しくてな」

「なるほどね……所でそんなに忙しいのに3人だけかい?」

 霧人は百花屋の中を見渡す、見える範囲には隼人を入れて3人しかいなかった。

「ああ、秀二は人間として人化の法に参加中。で、他のメンバーは……と、こんな時間か、悪いけど霧人、少し店のこと頼めるかな」

「別に良いが、どこに行くんだ?」

 コートを羽織った隼人は、顔に笑みを一瞬だけ浮かべて、

「何、事件の後始末にね」

 それだけ言い残して、さっさと店をあとにした。

 

 一方、物見が丘

 ここは儀式の行っている場所から少し離れた場所。

「ねえ、本当に来るの」

「間違いありません。絶対来ますよ」

 神野恵美は警戒したまま、隣にいる竹中徹に声をかけた。

「そんな事より……」

「何よ?」

「制服のままで寒くないいですか?」

 徹は眼鏡を指で上げながら疑問を口にした。彼は厚手のコ−トを着て防寒装備が完璧なのに対して、恵美は、制服を着ただけであった。

「フ、甘いわね」

「何がですか?」

「そんな物は気合でカバーよ」

 彼女は腰まで届く長い髪をかき上げながら、艶っぽい声を出して答えた。

「……行動と台詞が合ってませんよ」

「…………まだ来ないのかな?」

 恵美が、誤魔化すように物見が丘と反対の方向を見た。すると、そちらから、何個かの黒い点が、だんだんと近付いてきた。

「もしかして、アレが……」

「そうです、儀式の力を狙ってきた奴等です」

「結構、数居るわね」

「いつもより、少ない方ですよ」

 徹は皮肉げに肩を上げた。

 恵美は無言で自分の横に置いてあったトライデント(三つ又槍)を持ち上げる。

「また、そんなにごつい物を」

「そう?」

「……全く」

 徹は溜め息を吐くと、かけていた眼鏡を外した。

「じゃあ、行きますか」

「そうね」

 2人はその場から跳ねるように走り出した。

 

5分後

 

「ま、ざっとこんなもんね」

「………」

 2人で築き上げた死体の山を前に徹はどこか憮然としない物を感じていた。

「どうしたの徹?」

「おかしいと思いませんか?」

「なにが?」

「見てください……どの死体も、いわゆる式神と呼ばれる弱い妖怪達ばかりです。ここの力を狙うんだったら、もっと大物が来ると思うんですよね。例えば……」

「例えば?」

「……狢とか」

「正解です」

 その声と共に巨大な火の玉が2人に襲いかかってくる。

「キャッ」

「危ッ」

 2人は寸前で死体の山を盾にしてかわした。

「誰だ! て、聞くまでもないけど……誰だ!!」

「お前の言う狢さ、狐」

 空ににやけた笑みを浮かべた男が空中に立っている。

「狐、あなた達の力……いただきますよ」

「……狢にしては随分汚いじゃないか」

「汚い? それは最高の誉め言葉ですよ、狐!!」

 にやけた笑みを浮かべたまま、男は、徹に殴りかかった。

 徹は咄嗟のことで反応できずに辛うじて後に飛ぶことによってダメージを殺した。

「クソ狢が!」

 徹は自分の体の回りに無数の火の玉を浮かべると次々に狢に放った。

「温いな。もっと、力を見せてくださいよ……狐!」

 飛んでくる狐火をギリギリで交わしながら再び間合いをつめる。

「これで終わりです。剛焔煉獄弾」

 徹の顔の前に手を突きつけると、炎の塊が浮かび、そして放たれた。

「チッ」

 寸での所で体を妖狐の姿に変え避ける。

 だが、物見が丘に轟炎があたり爆散した。

「………一撃は防げましたか、だが、何度もあたれば儀式は失敗ですね」

 狢は嬉しそうに笑った。

「……ねえ、さっきから私のこと無視してない?」

 恵美は、笑いおどける狢に鋭い一撃を打ち込む。だが、狢はそれを呼んでいたようにかわすと再び空に浮き上がる。

「お嬢さん、物騒な物は捨ててください」

 あくまで紳士的に、笑う。

「ねえ、徹?」

「何ですか恵美さん?」

 狐の姿をしたまま徹が答えた。

「同時攻撃行くわよ」

「了ー解っす」

 恵美の背中から美しい黒い翼があらわれ全身を包み込みと、姿を西洋の甲冑に見を固めた天使へと姿を変える。

「行くわよ」

 恵美が大きく翼をはためかせ、狢との距離を詰めると、同時に、先ほどより早い槍の突きを打ち出す。

「っく」

 狢は初めて焦りの顔を浮かべながら寸前で槍をかわす。だが、

「これが本命だ。喰らえ、狐火乱弾」

 徹の咆哮と共に先ほどの狐火が狢を捕らえる。

「まだまだ!」

 狢は、そのまま、身体を振り炎を振り払う。

「……何処を見ているの。セイントブレイカー!」

 光が恵美の前に溢れんばかりに収束すると狢に向かって弾けた。

 エネルギーの奔流が、容赦なく狢に叩き付けられる。

「これで終わったでしょ?」

「ええ、多分」

 空に浮かびながら恵美は、徹に囁く。

「………クククククク」

「あれだけ攻撃を受けて……」

「さすが、と言った方がいいかしら」

「まだです、まだ私達は負けていませんよ」

 ゆっくりと体を起こしながら、狢が不適に笑った。

「私……達?」

「まさか!」

「そうだ、私はいわば陽動。今頃、私達の仲間が力を手に入れているでしょう。そしてこれでアナタ方も終わりです! 葬焔豪煉刃!!」

 狢の放った炎の刃は、真っ直ぐに儀式場に向かって飛ぶ。これを避けたら人化の法は間違いなく失敗するだろう。そして狐達の思いは叶わない。

 恵美は突然の出来事に自分の身を挺して炎の刃の前に飛び出した。

(隼人!!)

 恵美は目を閉じて咄嗟に隼人の名前を呼んだ、その時。

 炎の刃が突然、恵美を守るように起きたつむじ風に完全に止められる。

「な、一体誰が!?」

「…………お前の仲間はもういない。さっさと降伏すれば命だけは助けてやる」

 物見が丘を悠々とした動きでゆっくりと隼人が近づいてきた。

「隼人……」

「遅くなって悪かったな」

 隼人は恵美を軽く抱き寄せてキスをする。

「さて、もう一度言うが、あとはお前だけだ………ここで死ぬか?」

 その言葉に自信過剰は何もなかった。ただ淡々とその一言を狢に告げる。まるで最後の審判を言い渡すかのように。

「ふざけるな!」

「……せっかく助けるチャンスを上げたのに」

 隼人が左手を真っ直ぐ狢に向ける。

「せめてもの情けだ。苦しまないように……逝け!」

 隼人の周りに漂っていた風が左手に集まり収束していく、それは傍目からも解るほどに大気を歪め白い固まりとなった。

 狢は奇声を発しながら大きく腕を突き出す。

 隼人は限界まで高められ、長く鋭い槍となった風を解き放った。

 風の槍は寸分狂わず狢を真っ直ぐに突き抜けた。

「ゲハッッッ」

「……俺も甘いな。咄嗟に急所を外すとは……な」

 隼人は、軽いため息と共に狢を穿った槍痕を見ながら呟く。

 その傷跡は、僅かだが心臓から逸れていた。

「な、何故だ、何故殺さない!」

「う〜ん、強いて言えば儀式も終わったみたいだしな。元々、俺は狐と狢の戦いに関してはノータッチだ。儀式さえ終わってしまえば、後は当事者だけの問題」

 隼人は、先程までの殺気を放っていた姿が嘘のように、めんどくさそうに呟いた。

「それに……恵美さえ無事なら、それでいいしな」

「じゃあ、お前その女の為だけに?」

「まあ、そうだな」

 右腕で恵美を抱いたまま隼人は答えた。

 その言葉に唖然とする狢に対して、徹はいつもの事だと思いながら横に首を振り、恵美は隼人に抱かれたまま赤い顔をしている。

「馬、馬鹿な。ただそれだけのために私達は負けたというのか……」

 それだけ言い残すと狢の体は力無く地面に倒れた。

「……徹、後のことは妖狐に任せたからな」

「解ってますよ……ところで長には?」

「まあ、逢わなくても良いだろ? じゃあ後で戸籍持ってくるからヨロシク!」

 隼人は徹に微笑みながら言った。

 一方、腕に抱かれたままの恵美は、じっと隼人を見つめた。

「ねえ、隼人?」

「なんだ?」

 恵美は隼人に満面の笑顔を浮かべた。

「……いい加減に離せ!」

「って、うわぁぁぁ」

 恵美は隼人を思いきり突き飛ばすと、優雅に髪をかき上げる。

「さあ、帰るわよ隼人」

「ヘイヘイお姫様」

 隼人は苦笑いを浮かべながら恵美と一緒に物見が丘を去っていった。

 徹は、そっと空を見上げながら新たに人化の法で人間に生まれ変わった狐達に想いを馳せ、そっと一人微笑んだ。

 

……星がまた1つ、願いと共に流れた……

 

(あとがき)

 さて、ハデス氏の所に2作目の投稿となる神水晶です。

 今回も、ハデス氏が描いた終わらない追想曲の三次創作ですが……はい、オリキャラしかでてきていません。

 今回の話は本当の意味で、裏話となるわけです。秀二や祐一達が儀式をしていた裏ではこんな事件があった……みたいな。

 もう1つ裏話を描いたら、今度はこの設定を使い長編を書きたいと思います(多分、ゆっくりと進行予定(爆))。

 少しでも楽しんでいただけレバー(自分の肝臓を抑えながら)幸いです。

 あと、今回↓におまけを書きました。妖狐の長と隼人の会話です。よかったら読んでくレバー(自分の肝臓を抑えながら)と思います。

  

 

 

 

(おまけ)

 

「隼人」

「よお、長か。儀式はどうなったんだ?」

「ここに儂がいる事から自ずとわかるであろう?」

「そうだな……で、長。娘達を人間界に送るのはどういう気分だ」

「……難しいの。まるで、嫁に出すような気分かの」

「……どうだ、呑むか?」

「……酒か。悪くない」

「………」

「…………」

「……………」

「…………隼人」

「なんだ?」

「………長いこと生きてきたが、この気持ちは変わらんな……」

「……心配か?」

「うむ、また過去の様なことが起きなければいいが」

「確かに人間の心は変わりやすいかもな……だが、それだけじゃないさ。彼奴らの事なら心配ない。俺が保証するさ」

「……そうか」

「………ああ」

「さて、儂はそろそろ丘に帰るとするか」

「300年ぶりに酒を飲むのに、早いな」

「………儂とてあの頃のように若くはないという事よ」

「……送ろうか?」

「いや、大丈夫だ」

「じゃあ、な」

「また酒を飲み交わす日までの」

「………………帰ったか。何か気分がいいな。今日は久しぶりに飛ぶか」

 

 巨大な鳥が風を巻き起こし空に消えていく。その場には、長く生きた者共の想いが飲み交わされた酒椀だけが残されていた。

 残された酒に月が、全てを知る月だけが、緩やかに揺れていた。