胸が痛むざらついた過去の記憶からふと我にかえって、八戒は空を振り仰いだ。
夏の終わりの眩しい陽光が容赦なく降りそそぐのを、片手で遮って目を細める。
あの頃の荒んでいた自分が嘘みたいだ。あの頃は息をするのさえ辛くて、気を張り詰めていないと崩れてしまいそうになる予感にいつも追い詰められていた。
独角に抱かれたことは後悔していない。その事実がもたらす罪悪感と胸の痛みが、あの頃の自分には必要だったのかもしれないから。
悟浄や三蔵に言えない秘密を抱えていることが僕をひどく慰めた。
いや、それより何よりも。
独角は、悟浄によく似ていたのだ。
嘘のように思える程それは過去のことなのに、あの頃感じた痛みだけは不意に甦ってくることがある。
ふぅと八戒は溜め息を洩らし、頭を軽く振って思考を切り替えた。
独角は強いひとだった。今朝見かけた人影が本当にもし彼ならば、何がそれほど彼を変えてしまったのか、それがひどく気がかりだった。
八戒は気を取り直すと再び路地の奥をあてもなく捜し歩き始めた。
午後の空気の中に少しずつ夕暮れの気配が混じり始めていく。やはり見間違いだったのだろうかと八戒が諦めかけたときだった。
うらぶれた酒場が並ぶ狭い路地を見るとも無しに覗いて立ち去ろうとした瞬間、その中の小さな店から出てくる男の姿が目の端に映る。はっと息をのみ、八戒はきびすを返して建物の影の薄暗がりに消えて行こうとするその人影に走り寄った。
「待ってください!」
振り返って立ち止まった男の前で八戒は息を整えながら、二の句が継げずに佇んだ。
「―――独角。」
無表情に自分を見下ろしてくる男は確かに昔なじみの男であった。しかし間近で見るとその荒んだ様子が圧倒的に押し寄せるほど、記憶の中の彼とは随分違ってしまっていた。 痩せてこけた頬、険のある目付き、ひどく悪い顔色、そして何より他人を寄せ付けない研ぎ澄まされた気配。
「久しぶりだな。」
八戒の姿を認めてふっと独角の表情が弛む。その様子にほっと胸をなで下ろして八戒はようやく笑みを浮かべて言葉を継いだ。
「本当ですね。―――僕この近くに住んでいるんですけど寄って行きませんか?夕御飯ぐらい御馳走しますよ。」
市場の向こうの家へと歩く途中、彼らはあまり言葉を交わさなかった。
下街の狭い路地を抜けるそこかしこで八戒に声をかけてくる人々がいる。八戒はここで受け入れられて暮らしているのだと気づかざるを得なくて、独角は暗い瞳を八戒の背中に向けた。
「ここです、どうぞ。」
思っていたより広い家に案内されて薦められるままソファに掛けた独角は、綺麗に整頓された室内を見渡し二人分の生活道具が無造作に置かれているのに目を留めた。
「よかったらゆっくりしていってくださいね。夜になれば悟浄も帰って来ますし。
―――あのひとあなたの消息をいつも気にかけていたんですよ。」
ふわりと微笑いながら振り向いた八戒は、いつの間にか険しい顔付きに戻っていた独角にびっくりして言葉を詰まらせた。
「お前ら、結局一緒に暮らしてんのか。」
「ええ、まあ。」
乾いた声色に八戒は驚いて短く答える。
独角は片頬を歪めて皮肉気な嗤いを洩らした。目の前で穏やかに佇む八戒に、昔砂漠の夜に見せた危うさの面影はない。あれから三年が経って、自分の上にも八戒の上にも平等に流れた時間がもたらしたものにこれ程までに差が開いてしまうとは。
運命の無情さを独角は思わずにいられなかった。暗い目をして自分を眺める独角に、八戒は真顔になっていつ切り出そうかと考えていた疑問を口にした。
「ひとつ、聞いてもいいですか?他の方々、いえ、紅孩児さんはどうしたんですか?」
紅孩児の名を耳にして、独角は不自然なほどにびくりとした。そしてそのまま片手で顔を覆う。声を押し殺して肩を震わせている様子に泣いているのだろうかと八戒は慌てたが、そうではなかった。独角は嗤っていたのだ。低く、それこそ泣いているのと何等変わらない面持ちで。その背中に漂う孤独の影を八戒は胸が痛むほどに感じていた。
愛しいひととよく似たその真っ直ぐな心がここまで打ちのめされている様子は、否応なく自分達が傷つけ合っていたあの頃を思い起こさせた。
あの頃の僕もこんなふうに見えたのだろうか。
八戒は掛ける言葉を見つけられずに立ちつくした。
「ヤツはもういねぇよ。いなくなっちまった。―――もう、この世界にいないかもしれない。」
ぞわりと背筋が粟だつような声だった。
「捜して、捜して、こんな東にまで来てしまった。もう、諦めなくてはいけないかも知れないのに。」
いたたまれなくなった八戒は無意識に独角に腕を伸ばした。それに気配だけで気がついた独角は自分に差し伸ばされた腕を取って乱暴に引き寄せた。
薄い背中に立てられた指の強さが、彼が今まで抱えてきたであろう痛みを彷彿とさせて八戒は一瞬抗うことすら忘れてしまっていた。
独角の唇がなすがままの八戒の首筋に触れてくる。びくりと身体を震わせて、ようやく逃げようと身を捩る八戒を独角は更に強く抱きしめた。
「お前が悪いんだぜ?じっとしてろよ。」
固く瞑っていた瞼を開け、八戒ははっと目を見張る。独角の肩越しに窓の外が見えた。そこから覗く空は既に暗くなりかかっており、黄昏の気配に満ちていた。
もうすぐ悟浄が帰ってくる。心臓を掴まれるような痛みを感じて、八戒は自分を抱こうとする男に必死で抗った。しかし二廻りも体格に差があるのだ、ソファに組み敷かれてしまうと自由はもう取り戻せそうになかった。
どうしよう、と慌て始めた顔色の八戒のシャツの胸倉を掴んで、独角は思いきり縦に引き裂く。びりびりと布の裂ける音に、悟浄に抱かれるときには味わったことのない恐怖を感じて八戒は身を竦ませた。
その八戒の様子を見て満足そうに口許を歪ませると、独角は無残にはだけさせられた白い胸に接吻けを落とした。
「や、やめてくださいっ!」
八戒は身を捩りながら叫ぶが、独角の腕の中から抜け出すことは不可能そうだった。無駄な抵抗を試みる間にも、独角は白い胸にいくつも赤い跡を付けていく。
「あいつがこれ見たら、何て言うかな?」
ふふっと含み笑いを洩らす独角から、八戒は顔を背けて拳を握りしめると唇をぎゅっと噛み締めた。
悟浄は足早に家路を急いでいた。
もっと早く帰ってくるつもりだったのに結局もう晩飯刻かぁ。
八戒の待つ家に帰る。それだけのことがこんなに幸せな気持ちにさせる。足取りも軽くドアを開けようとした時だった。中から争うような物音が聞こえてきて、悟浄は瞬間ぞっとしてドアを蹴り上げた。
「八戒!」
薄暗い室内に息を飲んだ悟浄は慌てて明かりのスイッチをつけた。
「―――――!」
目に飛びこんできた光景に悟浄は言葉を失って凍りつく。
半裸の八戒を組み敷く男。―――独角。
「悟浄っ!」
深い深い緑の瞳がこれ以上ないというほど見開かれる。
「よう、久しぶりだな。」
低く揶揄するようににやりと笑う独角の言葉を耳にして、悟浄はようやく放心状態から我にかえった。
「てっめーっ!何してやがる!どけっ。八戒から手を離せ!」
叫びながら飛びかかってくる悟浄の腕を掴まえると独角は再び笑った。
「何、勘違いしてんだ。誘われたのは俺のほうだぜ。―――なぁ、八戒?」
偽悪的な独角の態度に八戒は息を詰めて逡巡した。どう答えたらよいのか八戒が僅かに迷ったその一瞬の合間を堪え切れず、悟浄は「八戒」と悲痛な声で名を呼んだ。
自分が付けたものではない接吻けの跡が、八戒の胸にくっきりと浮かび上がる。それを見た悟浄は逆上して、掴まれた腕を振り解き渾身の力で独角を殴り飛ばした。
そのままわぁぁーっと言葉にならない叫びをあげて、床に転がった独角を何度も殴りつける。頭を抱えてそれを受けていた独角は悟浄が腕を振り上げるふとした隙を見逃さず、機敏な動作で飛び上がった。そのまま悟浄の後ろに回り込み、彼の背中に強烈な肘鉄を喰らわせた。
ぐふっと嫌な声をあげて悟浄が崩れ落ちる。それまで呆然と成り行きをみていた八戒は悟浄のその様子にはっと我にかえった。
「や、やめて!悟浄っ、独角っ、二人ともやめてください!」
ふらふらと立ち上がった悟浄の腕を掴んで、八戒は争いを止めようとした。しかし、音が立つほど手荒く悟浄に振り払われ、八戒はその場に立ちすくんだ。
「こいつをまず、ぶち殺す。」
低く呟かれた悟浄の言葉には紛れもない殺気が潜む。
「上等。」
口から一筋血を垂らした独角も、よろりと壁に寄りかかりながら立ち上がると、煽るように薄く嗤った。
「やめてくださいっ!二人きりの兄弟なのに!」
八戒の叫びは二人の耳には入ってない様だった。八戒は拳を握りしめて二人の男の戦いを前になすすべもなくたたずんだ。
バキッ、ボキッと鈍い音が室内に響き渡る度に、物が壊れる耳障りな音がそれに続く。悟浄と独角の殴り合いは二人ともボロボロになってもまだ終わりそうになかった。
悟浄はあんなに独角のことを案じていたのに。
―――僕の所為だ、やめさせなくては。
真っ白になった頭を二、三度振ると、八戒は再び彼らの間に割って入ろうとした。
「邪魔すんじゃねぇ!」
どすのきいた怒鳴り声を悟浄から浴びせかけられて、八戒の頭にもカッと血が昇る。
「いいかげんにしてください!話も聞かないで!」
悟浄は己の怒りに我を忘れているようだった。八戒が怒鳴りつけてくるのにも気をとめず、ましてや振り返ろうともしなかった。
いや、見たくない答えを見つけてしまいそうで、振り返りたくなかっただけなのかもしれない。
自分の声に耳を貸そうとしない悟浄を見るのはこれが初めてだった。普段あまり見ることのない悟浄の猛々しさに八戒は一瞬怯んだ。その怯んだ隙間に自分と悟浄を隔てる溝が出来てしまいそうで、八戒はそれを打ち消そうと更に大声を上げた。
「やめてくださいって言ってるのが解らないんですか!」
どんっと卓を思い切り拳で叩く。剥きかけの林檎と果物ナイフがその衝動で跳ね上がった。銀色に光る刃に引き寄せられるように八戒はそれを握り締めた。
怒りと不安で目が眩みそうになる。自分の手から滴る赤い血を見つめながら、八戒は低く呼びかけた。
「―――悟浄。」
押し殺したその声色に悟浄はようやく我に返った。
今、八戒は変な声を出さなかったか?
悟浄は独角に対峙する気を張り詰めたまま、ちらりと八戒を振り返った。その目の端に赤いものが映ったのに気がついてぎょっとする。
「八戒!」
両手から血をだらだらと滴らせて、八戒がその無残にはだけさせられた胸の前で刃を握り締めたまま立ち竦んでいた。
「馬鹿っ、何やってんだ。血が出てるじゃねぇか!」
悟浄が八戒に気を取られた隙を見逃さずに、独角は後ろから悟浄を蹴りつけた。完全に避けきることは出来ずに、悟浄は卓に頭から突っ込んでいく。
「っつー。」
卓の角で切ったようだ。片手で頭を押さえて立ち上がった悟浄の額から、髪と同じ色の血がどくどくと溢れ出して頬を伝わり落ちる。
「悟浄!」
八戒の息を飲む声が響く。悟浄は独角をぎらりと睨むと、再び八戒に向き直った。
「危ないだろ、それをよこせ。」
「いやです。」
じりじりと距離を詰めてくる悟浄に八戒は後ずさった。踵が壁に当たる。はっと背後を振り返ろうとした、意識が僅かに逸れた瞬間を見逃さず、悟浄は八戒の手からナイフを取り上げた。
「│││消えろ。ここから、今すぐ!」
悟浄は振り向きもせずに、はぁはぁと肩で息を付く独角に怒鳴りつけた。悟浄の肩が震えている。怒りの波動が肌を突き刺す冷気のように部屋中に充満していくのを八戒は感じていた。
しーんといきなり静まりかえった室内に三人分の荒い息づかいだけがひそやかに流れる。 誰もぴくりとも動かない時間がどれだけ過ぎただろうか。ふっと独角が歩き出した。そのまま何も言わずにドアから出て行くのを彼らは息を潜めて感じていた。
悟浄は血に濡れた八戒の手をぎゅっと握りしめると、その手に静かに接吻けた。
「早く、血とめろよ。」
ぼそりと感情の窺えない声で悟浄は呟いた。
「え、でも、あなたのほうがひどい怪我なんですし。」
「駄目だ、おまえの怪我治すのが、先。」
流れ出る悟浄の血を見て八戒は強く言い募ろうとした。しかし、ちらりと上目遣いで睨付けてくる悟浄の表情はこれまで見たことのない純粋な怒りに満ちており、八戒はそれ以上強く言うことが出来なかった。
「いいから!―――おまえが、先。」
両手を掴んだまま離そうとしない悟浄の瞳の強さに八戒は目を伏せると、自分の手掌の傷に意識を集中した。熱いものが手に集まってきて、その浅い傷は見る見る内に白い跡だけになっていく。
「次は悟浄の番ですよ。」
手を振り解いて悟浄の頭にかざそうとした細い手首を悟浄はぎゅっとにぎりしめると、身動きの取れなくなった八戒にいきなり接吻けをした。
八戒は驚いて目を見張ったが、そのまま抵抗せずにそっと触れてくるだけのキスを受け止める。柔らかなキスは一瞬で離れて、悟浄はじっともの言いたげに八戒を見つめた。
しん、と痛いほどの時間が流れていく。
悟浄は八戒の手を取って、そっと目の前に掲げた。重なり合う手と手を挟んで緑と赤の瞳が揺れていた。手を握りあったまま身動きもせずに彼らは見つめ合う。
互いの瞳に溺れるように彼らはどちらからともなく再び唇を近づけた。貪り合うのとはまた違う、互いの存在を確かめるような静かな接吻けだった。
永遠とも思われる時間が過ぎて、彼らは始まった時と同じくどちらからともなくふっと名残惜しそうに唇を離した。
悟浄の瞳にはもう激しい怒りはなく、代わりに複雑な色が浮かんでいた。理由を問い詰めたいような、全てをなかったことにしたいような相反する想いが揺れる瞳に、八戒は自分が悟浄に与えてしまった衝撃の大きさに今更のように動揺して、瞼を震わせた。
数度唇をわななかせると、八戒は悟浄の眼差しを痛い程感じながら小さく囁いた。
「すみません。ずっと会いたがっていたのに、こんなことになってしまって。僕はあなたに独角を会わせてあげたかっただけなんです。」
悟浄は口を挟まず、八戒の震えがちな声をじっと聞いていた。
「抱かれてもいいと思った訳じゃ決してないんです。けれど。│││突き放すことも出来ませんでした。あなたによく似たあのひとが傷ついているのを見て見ぬふりが出来るほど、僕は器用じゃないんです。」
「だからって言ったってなあ!」
苦いものを吐き出すように叫ぶと、悟浄は跡が付くほど強く腕を掴んだ。その痛みに八戒は僅かに顔を歪ませ身を捩らせる。
「―――昔僕が貰った慰めを、少しでも返せるかもしれないと思いはしましたけど。」
「昔?―――何の話だ?」
低く腹の底から響くような声を悟浄は出した。
八戒は何を言ってるんだ?兄貴とそんな接点があったなんて俺は聞いてない。
悟浄の瞳が狂おしげに光るのを見て、八戒は自分が不用意な一言を口走ったことに気がついた。
さぁーっと血の引く音がして、八戒の臓腑がギュッと縮み上がる。
「あ、いえ。」
八戒は不自然に口籠った。
「言えよ。」
早鐘のように心臓が打ち鳴らされる。頭の中に響き渡るその音が感覚のすべてを支配していく。八戒を問い詰める自分の声さえ遠い処から聞こえてくるようで、現実感が少しづつ失われていくのを悟浄は他人事のように感じていた。ぎりっと手首が折れるほど握りしめてくる悟浄に八戒は顔をしかめてその手を振り払おうと抗った。
「や、やめてください。―――昔のことなんですから。」
「昔でも何でもいい。言えって!」
悲痛な叫びがこだまする。悟浄は八戒の手首を握りしめる腕に更に力を込めた。
頭が真っ白になる感じがする。
世の中には聞かないほうがいいこともある。そんなこと、解っている。だけど。
悟浄は自分の中に残っている一筋の理性が囁くのにも構っていられなかった。
全部、八戒の全部を俺は手に入れたんじゃなかったのか。
自分の知らない八戒がいる。その事実が悟浄の心を打ちのめした。
静かな部屋の中、互いの鼓動だけが聞こえてくるようだ。
八戒はかなり躊躇ったあと、ようやく切れ切れに話し出した。
「昔、まだあなたが三蔵を愛していた頃、壊れかかっていた僕に独角は優しくしてくれたことがあったんです。」
「三蔵?―――何言ってんだよ!それに、慰めて貰ったって、おまえ……。」
淡々と告げる八戒の衝撃的な言葉を受け止めきれずに、悟浄は怒声をあげる。
びくっと肩を竦ませた八戒の、はだけられたままの胸元から覗く自分以外の男に付けられた跡が視界の隅に入って、悟浄はひどく掠れた声で囁いた。
「―――抱かれたのか?」
悟浄の顔を見ないように俯いたまま、八戒はこくりと小さく頷いた。
二人の間に沈黙が押し寄せる。悟浄は自分の中に巻き起こる嵐に翻弄されて黙りこんだ。
八戒を抱いたことがあるのは自分だけじゃなかったとか、八戒の全部を解っていると思っていたのは唯の思い上がりだったとか、何に対してか解らない盲滅法な悔しさとか、独角に対する怒りだとか。―――いや、それより何よりも。
「―――昔のことですって言っても、許してくれませんか……。」
八戒は震える声で呟いた。どうしたら胸の内を伝えられるのか解らないまま、まだ握り合ったままの手に力を込める。
「ああ、許せないね。俺みたいなくそったれ、許せるわけねぇよ!」
反吐を吐くように悟浄は叫んだ。
自分自身への苛立ちに襲われて、膝が崩れ落ちかける。
過去の自分が未だに八戒を傷つけている。三蔵との間にあったものは、八戒が思っているものとは違うのに、どれだけ二人で生きて来た時間を重ねても誤解を解く事さえ出来ていないじゃないか。
自分の不甲斐なさに耐えられなくなった悟浄は、ぎりっと歯が砕けそうな音をさせて目の眩むような痛みを噛み締める。
歪む悟浄の顔を見つめ、八戒もまた言葉を無くして血が滲むほど拳を握り締めた。