悟浄が部屋に戻ると、八戒は起き上がって明りを灯しているところだった。
「もう、起きていいのか。」
「少しくらいは体を動かさなくては。あんまり甘やかされても…。そういえば悟空はどうしたんですか?」
「帰らせた。あんなうるせぇと見舞いにこられても、よけい具合悪くなっちまうだろ?
まあ、そんなこといいから、そこ座れよ。」
軽く肩を押し遣り八戒を椅子に掛けさせた後も、自分は突っ立った姿勢のままで悟浄は腕を組んでいた。

そのまま、どのくらいそうしていただろう。普段は笑顔の下にあるひどく真剣な面持ちで、八戒は悟浄を見上げていた。そう、彼には悟浄が何を言い出すのか、概ね想像がついていた。
いつもの自分なら、こんな羽目に陥っても、笑ってかわす余裕はあっただろう。しかし今は無理だ。そんな余裕は、ない。

平静を装って、この沈黙を破ったのは悟浄の方であった。
「悟空からおとついの話、聞いたぜ。けど俺にはそこまでおまえが動揺するっつー理由がわからねぇ。
── おまえ、一体、何を気にしてるんだ?」

「 ─── 言わなきゃ、駄目ですか?」
「ダメとかそんなこと言ってんじゃねぇよ。ただ、俺は」
悟浄が全部言い終える前に、いきなり八戒は腕を伸ばして悟浄の胸倉を掴んだ。
「じゃあ!」
じゃあ、の後、何を続けようとしたのか。
堰を切ったように、心の底に押し込めていた想いが溢れ出し、体の中を駆け巡って傷をえぐる。口を開いたまま、出てくるのは、声にならない声。


「 ── 僕は」
と、押し殺した声で囁く。
「 ─── 僕は、罪の上で、生きてるんです。」

瞬間、悟浄は脳天を貫くような激情を感じ、八戒の肩を痕がつくほどにギュっと握りしめた。
「なんのことだ!何が罪だ。言ってみろ!姉貴のことか?そんなら」
「違う!」
滅多に声を荒げたりしない八戒のその声に驚いて、言葉を見失った悟浄の胸倉を更に強く引き寄せる。
「違う。花喃のことじゃない。
あなたと。
─── あなたと、三蔵のこと、です。」

絞り出すような声で、触れんばかりの距離で、そう囁く。
はっと息を飲む悟浄に八戒は更にたたみかけた。
「僕が何も知らないと思ってるんでしょう。
知ってますよ。あなたが三蔵を愛してたこと!」

八戒っと悟浄が自分の名を呼ぶのにも気がづかず、八戒は激情のままに言葉を投げつける。
何年も溜め込んでいた、おのれの中の昏い激情が堰を切ったように溢れ出す。
絶対に言わないでおく。そんな決意すら押し流していく、激情 ── 。

「あなたに聞きましたよね、本当に僕でいいのかって!」
「そーだよ。おまえでなきゃだめだって言っただろう!三蔵は関係ない。」
その悟浄の返事に、八戒は一瞬昏い笑顔を見せた。
「 ── 僕は見たんです。あなたが三蔵を抱いているのを!」
それを聞き、悟浄は無意識に一歩下がった。その拍子にガタンっと大きな音を立てて、椅子が床に転がる。

「僕は息が止まるほど驚きましたよ。あなたはそれまで僕に一度も見せたことのない顔をして、あのひとを抱いていた。
三蔵だってそうです。あなたたちは、余計なものは全部排除して魂の核だけで愛し合っていた! ─── なのに。」
いきなり声を震わせ、つぶやく。

「なのに、それを僕が壊した。三蔵からあなたを奪い、あなたから三蔵を奪った ── 。」
八戒の激白になすすべもなく、悟浄は呆然と立ち尽していた。
いつも心を寄り添わせ、一緒に暮らしてきた。そんな最愛の人にひそむ、心の闇。

「それなのに、僕はまだあのひとを妬んでいる。僕に傷つけられた素振りも見せずに、誇り高くいきるあのひとに、僕はまだどうしようもなくこがれているんだ。
これが罪でないとしたら、一体なんなんです。」

瞳を固く閉じて心の痛みに耐える八戒の肩に、悟浄は優しく腕をまわそうとして手酷い拒絶にあった。
「触らないで!」
そう言い捨てて、雨が降りしきる夜の中へ走り出そうとする八戒を、悟浄は無理やり押し留めようとする。

「放して!一人にさせてください。こんなこと言うつもりじゃなかったのに!悟浄!」
髪を振り乱して抗う八戒を悟浄は乱暴に引き寄せて、いきなり接吻けをした。そして一瞬動きの止まった八戒のみぞおちに鋭い拳を入れる。

うっと一声呻いて気を失う八戒を、悟浄は注意深く寝台へ運ぶと、枕許の引き出しより昨日医者から手渡された鎮静剤をそっと口移しで飲ませた。
少しづつ落ち着いてくる呼吸をじっと眺めながら、悟浄は衝撃的な八戒の告白について考えこんでいた。


(三蔵とのことを知っていたとはな。あいつのことだから薄々は気づいていたかも知れんとは思っていたけども。 ─── 見られていたのか。)
自分の迂闊さを天に呪いつつ、一緒に暮らしていながら八戒の心の闇に気づかなかったおのれに強い憤りを悟浄は感じていた。
そして八戒自身にさえも、また。


悟浄は思う。
俺はお前を喪うことはできなかった
おまえを喪うくらいなら、すべてを捨て去った方がいい。
あの時、ギリギリになるまで気がつかなかった。
近すぎて、その存在の大きさが、見えなかった。





あの旅の最後、崩れかけている牛魔王の城の中を、彼らは渾身の力でもって敵を倒しながら進んでいた。
遠くのほうからゴォォーンと天井の落ちる音が響いてくる。爆風が髪をなぶる。はるか前方から叫び声が聞こえるのは、一人勇んで先を急いだ悟空が騒音の元を撒き散らしているからだろう。
「 ── ったく。キリがねぇな。」
そうボヤく悟浄に八戒はちらりと視線を向けた。
八戒はこの戦いで、自分の中の想いを封印して、すべてのケリをつけようと、そう決心していた。

悟空の気配のする方に進んでいく三人を、横っ腹から衝撃が襲った。
壁に開いた大きな暗闇から、何か得体の知れないものがたてるイヤな音がする。ズリズリと何か引きずっているような音がだんだん大きくなり、重くこごった障気が穴から噴き出してきた。
「なんだこりゃあ!」
と驚いて、悟浄が飛びすさる。
「人間のなれの果てだ。」
そう三蔵が冷たく言い放つと、その物体は異を唱えるかのように、一声大きくゴォォォっ
と吠えた。
「こんな化け物、相手にしてる時間はねぇ。さっさと行かねぇと、城が崩れてくるぜ。」その人間のなれの果てに興味を失ったかのように、悟浄はきびすを返しかけた。
「待て。こんなもの後ろから来られたら厄介だ。」
三蔵はその物体の頭らしい箇所に狙いを定める。と、その瞬間、行く手からこれまでとは違う雄叫びが響き渡ってきた。悟空の声であった。その叫びを耳にして、三蔵はほんの少し銃身を揺らしてわずかに急所らしい場所をはずした。

ちっと舌打ちして再度銃を構える三蔵を八戒は押し留めた。
「あなたたちは先に進んで早く悟空に追いついてください。悟空一人じゃ何しでかすか、わからないんですから。ここは僕に任せて、先に行って!」
「そんなこと言ったって。八戒。」
進みかけていた悟浄はその言葉を聞いて、二、三度頭を振った。
「大丈夫です。すぐ追いつきます。」

断言する八戒に三蔵は一瞬考える素振りを見せた。が、一声わかったと普段と変わらない声色で言った。そして、顎で悟浄に進めと指し示す。
三蔵と八戒はお互いを見つめた。そして三蔵の瞳の中にすべてを承知している色を見つけ、八戒はすこし顔をほころばせた。
行くぞ、と促す三蔵に従って駆け出そうとした悟浄に八戒は声をかけ、にこりと花がほころぶような笑顔で名を呼ぶ。
「悟浄。それじゃあ ──── 。」

その後に続けて何を言おうとしたのか。突然崩れ落ちてきた天井の轟音にかき消され、八戒の言葉が途切れる。もうもうとした土煙の為にその姿は遮られ、ただその向こうで死闘の始まった気配だけがしていた。

もう一度、行くぞと声をかけてきた三蔵に従いながらも、嫌な予感がふつふつと湧いてくるのを悟浄は止められなかった。それでも彼は前に向かって走り続けるしかなかった。


土煙の中、人外のものと対峙しながら、八戒は心ここにあらずといった面持ちで中空を眺めていた。

悟浄。これから先は僕はあなたの一番の友人に戻る。それ以外の心は、もう持たない。
ここで死ぬか、生き延びるかは、天にすべてを委ねよう。自分の命で賭をするのも、たまには悪くない。そう思いませんか?

ふわりと透明な笑みを浮かべると、八戒は目の前のこごった闇へと歩き出した。



轟々と音を立て、城が崩れようとしていた。主を失った城は、その形を維持するだけの力をも放出して、崩壊の速度を上げ始める。
悟浄ら三人は崩れ落ちる城を外へ向かって走り出した。走りながらも悟浄は心の中で八戒の名を呼び続けていた。しかしその呼び掛けにいらえのあるはずもない。矢も立てず、立ち止まり城の内奥へ駆け戻ろうとする悟浄に気づき、悟空は慌てて呼び止めた。

「悟浄!どこに行くんだよ!」
「るせぇ。八戒を捜しに行くに決まってるだろーが。」
「この中を突っ切ってか?八戒のとこにたどり着く前に、お前が飲みこまれるぞ。」
冷静に三蔵が諭すと、悟空も珍しくもっともらしいことを言った。
「八戒がそんなヘマするワケねぇよ。むこうから脱出してんに決まってるって。それにあっ
ちに戻ろうったって、もう道ないじゃん。」
悟空にすら言わずもがなのことを言われて、後ろ髪をひかれる思いで、二人に連れられて行く。

いいのか?戻らなくて、本当にいいのか?
自分自身に語りかけてくる焦躁感とは裏腹に、もう戻る方法すらないことを状況は目の前に突きつけてくる。

と、真っ青な空が目の前に広がった。城を抜けたのだ。後ろを振り向くと、そこにはほぼ崩れ落ちた砂と岩の廃墟が延々と広がっていた。轟々という音はまだ続いている。
悟浄の胸の中に沸き上がる音もまた、ごうごうと鳴り響く。
砂煙をたてる廃墟の前に悟浄は立ちすくんだまま、ただ八戒が現れてくるのを待ち続けた。


一刻近く過ぎただろうか。いや、それはもっと短い時間だったかもしれない。砂煙も轟音も収まり、そこにはびゅうびゅうと風が吹き渡っているだけになっていた。にもかかわらず、八戒はまだ姿を表していなかった。

爪が手のひらを喰い破るほど強く拳を握りしめて、悟浄は立ちすくんでいた。その隣では悟空が膝を抱えてじっとうずくまり、大丈夫、大丈夫と呟いている。ただ三蔵だけは、一人こうなることをある程度見越していたような瞳で雲を追っていた。

悟浄の背中を、ぞくりと悪寒が走る。
ぴくりとも動かなかった悟浄が、いきなり廃墟と化した城へ向かって駆け出した。
「どこ行くんだよ。」
慌てて腰を浮かしながら問う悟空に振り返ることすらせず、悟浄は口の中でひたすら八戒の名を呼び続ける。

八戒を喪う。八戒を喪う。八戒を喪う ──── 。

狂気のように自分を苛んでくるその想いを吹き飛ばすかのように、名前を呼ぶ。
身体中が冷たい。心臓がえぐられるようだ。その喪失の恐怖に必死に抗いながら、悟浄は砂を掘りおこして行く。

八戒を喪う。打ち消しては沸き上がるその想いに苛まれながら、悟浄はあんなに強固だと思っていた足元の基盤が、ぐらぐらと音を立てて崩れ落ちていく予感を止めることができなかった。
隣にいるのが、当たり前だと思っていた。当たり前すぎて、お前の存在の大きさにすら気づかなかった。

頼むから生きていてくれ。そうしたら、もう二度と、その手を放したりしないから。

全身全霊をかけて、おのれの半身の名を呼ぶ悟浄を、三蔵は痛ましげに見て、目を伏せた。
急展開を見せて堕ちて行く自分達の行く末には、闇が待ち受けているかもしれない。悟浄にもおのれにもそして悟空にも、すべて最悪の結末を迎えるのかもしれない。
―――八戒、戻ってこい。
三蔵はなにかわからないものに、そう、祈った。


誰かが自分を呼んでいる声が聞こえる。ああ、そんな哀しい声を出さなくても、自分はここにいるのに。
呼んでいるのは、あれは、悟浄?

─── そうか。天は僕に生きろと、言ったのか。それもまた、いいだろう。
この先の未来はまだ見えない。でも生きるしかないのなら ─── 。


砂の向こうにキラリと光る物を見つけて悟浄が駆け寄る。それが八戒の眼鏡だということに気がつくには、そう長い時間は要しなかった。


砂から引き出された八戒は、岩や石に押しつぶされて身体のあちこに深い傷を負っていた。半分以上意識を失ったままの状態で、微かに耳に届くのは仲間達の安堵の声であった ── 悟空の声が聞こえる。泣いているのだろうか……。三蔵の声も聞こえるのに、なぜ

悟浄の声だけ聞こえないのだろう。
その疑問が頭をもたげてきて、八戒は目を開けようと試みてみる。まだ暗い視野の中にぼんやりと人影が浮かび上がる。それは八戒を放心したように見つめ続ける悟浄の姿であった。それを見て、今度こそ本当に八戒は意識を手放した。


「おい八戒!八戒どこだ?」
大声で呼びながら、悟浄はふと目を離した隙に姿の見えなくなった八戒を捜していた。 食堂でやっと目当ての人物を見つけた悟浄はぶつぶつ文句を言った。
「ったく。怪我人はおとなしくねてろ。ほら、さっさと部屋へ戻る!」
悟浄とあきれたように八戒がたしなめた。
「ここは宿屋なんですよ?そんな大声だしたら他のお客さんに迷惑じゃないですか。」
「ふん。こんな田舎のぼろ宿、俺ら以外の客なんかいるわけねぇだろ。」
そう憎まれ口を叩くと、悟浄は八戒の腕を取り歩き出そうとした。が、無理に引っ張られたせいで傷が痛んだのか八戒が小さく呻くと慌てたように悟浄は手を離した。
「あ、すまねぇ。そんな力入れたつもりなかったんだけどよ。」
「そんなに気を使ってもらわなくても、もう大丈夫ですよ。」
にっこり笑ってそう宣言する八戒に、悟浄は背を向ける。その物言いたげな背中を八戒は見やり、嘆息した。

砂の海より助かってからずっと、悟浄は僕を手元から離そうとしない。そのこと自体はうれしくないと言ったら、嘘になる。けれどせっかくの決心が揺れてしまうのは、困るのだ。

八戒の心中に気づいた素振りもなく、悟浄は話を続けた。
「なあ、だけどよ。マジそのくらいで痛むんなら、まだしばらくはこっから動けそうにないな。」
「ゆっくり休ませてもらいましたからね、もう大丈夫なんですけど。」
八戒は大丈夫と繰り返した。
「でも、悟浄。あなたの方こそ全然眠っていないんじゃないですか?夜中に僕が目を覚ますといつも起きてるじゃないですか。」

背を向けたまま、何か悟浄がつぶやいた。
「え?今なんて言いました?」
「眠れねぇって言ったんだよ!」
今度は叩きつけるように言って、そのまま部屋に戻って行く悟浄の後ろ姿に八戒はしかたなくついていった。

宿の一室に戻ると、寝台に無理やり押しこまれそうになったのを防いで、八戒は今の話を続けた。
「眠れないってどういうことですか? ─── 何か気になることでも?」
しばらく待って、相手に返事をする気がないのを見て取ると、小さな声でぼそりと続けた。

「僕のことはもう、構わなくてもいいです。あなたは」
三蔵のところへ行ってください。そう続けようとした言葉は途中で宙に消えた。それは悟浄が八戒の首筋に顔を埋め傷に障らぬようにその身体にそっと腕を回したせいだった。
八戒は自分の鼓動が早まっていくのを感じていた。
「眠っている間に、おまえがどっか消えちまうような気がして。らしくねぇよな。でも、あんとき砂に埋もれたおまえを捜している時のこと思い出す度、手が震えてくるんだ。
── なあ。このまま一晩中、おまえを抱いていていいか。そうすればきっと眠れると思うから。」

普段の悟浄からはまったく想像もつかない声音でそう耳元で囁かれて、八戒に抗えるはずもなかった。
そっと悟浄の背中に腕を回す。
「僕でいいなら、側にいますよ。」
「ばか。おまえでなきゃ、だめだ。」

そうして、悟浄は夢さえ訪れない、ひさかたぶりの深い眠りに落ちていった。


自分の身体に腕を回したまま安心したように眠る悟浄の体温を感じながら、八戒は一人考えていた。
─── いいのか、本当にこれで。もう友人以外のものにはならないと、そう決めたはず
なのに……。これではまるで…。悟浄、あなたはどうするつもりですか。三蔵だってあなたを待っているのではないんですか。

─── 悟浄は、僕のことを何と思っているのだろうか。
温もりは感じるのに、とてもせつなくて、つらい。想いが千々乱れていく中で、一つだけ確かなことがあった。それは悟浄から手を差し伸べられたのなら、それがどんな理由から出たものでも、自分からその手を振り払うことはできないだろう、ということ。


チチチと小鳥のさえずる声がする。ひんやりとした夜明けの大気が、窓の隙間から入ってくる。いつの間にか眠っていたらしい、八戒が目を覚ますと、目の前にはこちらをじっと見つめる悟浄のまなざしがあった。
「よく眠れましたか?」
「ああ、おかげさまで。」
そう言いながら不躾なほど顔を見つめてくる悟浄に、どうかしましたかと尋ねるのだが、
その返事はなかった。
「おまえ、長安に戻ってからどうするか決めてるか?」
「いえ、別にないですけど。でも、長安に戻るかどうかも、決めてませんけどね。」
さり気なく答えて、床から起き上がろうとする八戒の腕を掴み、悟浄は強い調子で言った。
「じゃあ、俺と一緒に暮らさないか?」

八戒はその言葉に驚き、目を見開いたまま声も出せずに呆然としていた
前に一緒に暮らしていた、その意味とは違うニュアンスをちゃんと受け止めてもらえたらしい。そう悟浄は気がついて、笑う。
しかし八戒は目をそらすと自分を追い詰め続けた悟浄と三蔵のもつれあう姿を脳裏に浮かべ、ずきりとまた胸の痛みを覚えた。
「ずっと、一緒に暮らそう。」
もう一度言い直す悟浄に耐えかねたかのように、声を荒げて八戒は問うた。
「何言ってるんですか!それを僕に言うんですか?」
「何のことだ、八戒。」

「 ─────他に言わなきゃいけない人が、いるんじゃないですか?」
一言ずつ絞り出すように発せられた言葉に、僅かに動揺を見せ悟浄は肩を震わせたが、すぐに八戒の手を掴んだ。
「何言ってんだ。おまえじゃなきゃ駄目だって言っただろう。」

「 ──── 本当に、僕でいいんですか?」
数分の沈黙の後で、八戒はそう静かに尋ねた。

そう。自分から手を離すことなんて、できるわけないんだ。
あの夜見たことは、この胸にしまっておくしかない。
── 三蔵、すみません。僕にはこの想いをなかったことにすることはできない。
許してください。


一粒涙の零れた八戒の瞳に、悟浄はそっと接吻けた。







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