日差しが窓硝子にきらきらと反射していた。そろそろ本格的に冬と呼ばれる季節でありながら、小春日和と言えるような陽気がその陽の中には満ちていた。窓を開けてしまえば肌寒さが勝るのだろうが、こうして明るい部屋の中に居る限りは穏やかでゆったりした気分が身体を包み込む。
 八戒は小さく欠伸をするとぐっと伸びをして、一生懸命課題に取り組む子供達を見渡した。家の離れで塾を開いてからもう三年が過ぎていた。最初の子供達が巣立ち、その弟妹等が顔触れに交じり始めた事が西への旅が終わってからの時間も同じように過ぎたのだと知らしめる。
 そろそろお茶を振る舞ってやろうと、ざわざわし始めた子供達を笑顔で制して用意してある菓子と茶器を取りに八戒は台所に向かった。
 戸棚から湯飲みを出そうとして八戒はふと食卓の上に置かれた包みに目を留める。それは今朝悟浄に持たせたはずの弁当であった。
 出掛ける前にも忘れないようにって念押ししたはずなのに、もう。
 八戒は少し不本意な顔をして腕を組みながらその包みを見つめた。
 小遣いが足りないと悟浄が愚痴るからわざわざ弁当を作ってあげているのに、忘れていくなんてあんまりだと思う。
 悟浄が帰って来たらどんな嫌みを言ってやろうかと考え始めた八戒の脳裏に昨夜の会話がふっと浮かんできた。
「なぁ、八戒。ちょっと小遣い足りないんだけどさぁ。」
「またですか?先週もそう言って臨時を渡したばっかりじゃないですか。」
「それはそれ、今日は今日だって。」
「もう、渡したらその分だけきっちり使っちゃうんですから。今回は駄目ですよ」
「え、マジ?そんなこと言われたら、昼飯も食いに行けなくなっちまうって。ほら」
 そう言って何故か威張って見せてくれた財布の中身は溜め息が出る程侘しいものだった。
「解りました。立派なお弁当作ってあげますから、それでいいですね?」
 呆れた口調でそれでも頑として要求を撥ね除けられて、悟浄は情けなさそうな顔をした。
 そんな話をしておいて忘れていったんだから、何も食べられなくても自業自得だと、くすりと笑いを洩らす。
 でも。可哀想かなぁ。
 ほどよく開いたお茶の葉っぱがくるくると舞い踊る。
 天気も良いことだし、少し早目に御開きにして散歩がてら届けに行ってあげようか、と八戒は滅多にないことを考えていた。


 悟浄が仕事場にしている事務所は寺院に程近い場所ながら、ごみごみした市場の裏通りに面している為、お世辞にも上品とは言えない界隈にあった。三蔵の法衣は最初のうちこそ周囲の住人から胡乱げに敬遠されていたが、街のごろつきより彼のがらは悪いと次第に知られるようになり、最近ではめっきり一目置かれる存在になっていた。またそれにしたがって事務所自体も親しみは持たれつつも、迂闊には近寄る者のいない独特の雰囲気を備えるようになっていた。
「で?」
 うんざりした声で三蔵が面々に問いかける。連絡会議と称してそこには悟浄や悟空の他にも数人の事務所のメンバーが顔を揃えていた。しかし三蔵の求める答えは誰からも返って来ず、奥の一室の中は行き詰まりを見せ始めた状況が白々しいまでの沈黙に変わろうとしていた。
「なあ、三蔵それより飯」
 すっかり飽きてしまった悟空が呑気に言い終えるより早く、いらついていた三蔵は拳を振り上げた。
「わあっ!」
 大袈裟に身を竦めてみせる悟空をからかってやろうとして、悟浄がにやにやしながら口を開きかけた時だった。
「こんにちわぁ。」
 場違いな程のんびりとした声が外からかけられる。
 それを耳にしてゆらゆらと椅子で上手いこと重心を取っていた悟浄はバランスを崩してずり落ちそうになった。
 八戒?なんでここにいるんだよ。びっくりさせやがって。
 照れ隠しのように内心で毒づいた悟浄は、思ってもいなかった場面での八戒の声にうぶな恋人同士のように、何故かどきどきしながら立ち上がった。
 誰だよ、と言いながらドアを開けようとした連絡員より早く、八戒に気づいた悟空が表口に飛び出していく。
「八戒、珍しいじゃん。どうしたの?」
 にこにこと子供のように腕を引っ張って中に招き入れる悟空にお返しとばかりに微笑んだ八戒は周りを見回した。
「えっと、悟浄います?」
「おう、どうしたんだ?」
 精一杯、平静を装って悟浄がさりげなく戸口へと向かう。悟空が開けっ放しにしたドアの向こうからは表口でのやりとりは丸見えで、事務所の面々が興味を隠し切れない顔をしてこの様子を窺っていた。
「いやですねぇ、お弁当忘れてったでしょう?せっかく届けに来てあげたのに。」
「あっ、すまねぇな。すっかり忘れてたわ。ごめん。」
「もう。」
 握った拳を口に当ててくすくす笑う八戒を前にして悟浄は相好を崩した。人前でデレデレするのはちょっと、という僅かばかりの考慮も八戒の笑顔の前では吹き飛んでしまう。 二人の世界を作り始めた彼らを憚る事なく、悟空は羨ましそうな声をあげて間に入った。「あー、いいなー。悟浄だけ。」
「そう言うと思って、ほら、悟空にも。」
 八戒は子供用に作ってあったお菓子の袋を悟空に手渡した。
「うわっ。」
 眼を輝かせてそれを覗き込む悟空に三蔵はげんなりして、ようやく奥の部屋から出て来ると八戒に声をかけた。
「今、時間あるか?ちょっと見て貰いたいものがある。」
 顎を癪って中を示した三蔵に八戒は従って、悟浄と肩を並べて事務所の奥へと入って行った。
 八戒は一時期三蔵と疎遠になっていたこともあり、彼がこうやって事務所の中まで足を踏み入れたのは実は今回が初めてだった。だから、凛としたその匂い立つような綺麗な姿に他のメンバーが目を奪われてぼんやりしたのも無理はなかった。彼らのその表情を見て悟浄はちっと舌打ちしかけたが、振り向いた八戒の訝しげな顔にそれ以上何も言えずに、三蔵の正面の椅子に彼を座らせ自分は寄り添うようにその後ろに立った。
 一応部外者禁とされている場所に招き入れられて、当然のように腰掛ける八戒の落ち着きとその容姿にまだ見とれている同僚を、彼を以前にも見かけたことのある者がそっと小突いて注意を促した。
 テーブル全体に広げられた長安城下の市街図には幾つか赤い印やら書き込みがしてあるのが見て取れる。
 はて、と言う感じで首を傾けた八戒の肩に悟浄はさりげなく腕を廻した。何事かと顔を赤らめた同室者をものともせず更に八戒の髪に顔を近づけようとした悟浄を、八戒は地図に目を落としたまま、はしっと振り払う。その無造作な仕草と至極残念そうな悟浄の様子を見比べて、三蔵を除くそこにいた全員が見てはいけないものを見てしまった気のする、何とも言えない居心地の悪さを身に覚えた。
「それでだ、今長安を騒がしている行方不明事件のことは聞いているだろう?」
 仕切り直すように三蔵は声の調子を変えて、広げられた地図の説明を始めた。
「人目のあるところで人が一瞬にして消え失せ、その後には怪しい印が残されているだけ。というあれだ。」
「ええ、勿論知っていますよ。今、長安中がその噂で持ち切りじゃないですか。」
 への字に口を曲げた三蔵に八戒は言葉を続けた。
「あれの調査、三蔵が命ぜられたんですか。で、意味解りました?あの印の。」
「解らないからこうやって馬鹿共の顔見てんじゃねぇか。」
 苛々しながら煙草に火を点けた三蔵に八戒は気の毒そうな顔を向ける。
「この赤い印がついているのが被害者が消えた現場だ。
 ったく、こんな雲を掴むような話、押し付けて来やがって。これが妖の仕業じゃあないかと上は疑ってるらしいが。」
「なるほど。」
 小さく呟いた八戒は頭の中をフル回転させるような顔をして、そのまるで無関係に見える印を指で辿り始めた。
 白く形の良い指先が地図の上を辿るのをじっと見つめる自分以外の視線の存在に、僅かばかりの嫉妬とそれを遥かに凌駕する優越感の混じった複雑な表情で悟浄は八戒を眺めた。 そんな視線が注がれているのにも頓着せず考え込んでいた八戒は、しばらくして急にああ!と叫び声を上げた。
「これ、冥鴻の呪の陣形の応用じゃないですか?ほら、足で踏む陣を拡大するとこんな感じになりません? かなり歪ですけど、ここから、こうなって…。」
 すっと地図の上を渡る指が書き出していく図形に三蔵はふーっと息を吐いた。
「そうか、気が付かなかったな。」
 八戒と三蔵が交わす言葉はかなり高度なもので、二人が何を話しているのか解らずに胡乱げな表情でその場にいた全員が互いに顔を見合わせた。
「おい八戒。何だよそれ。めいこうって。」
 悟浄は驚きを隠せない様子で、恋人は自分より遥かに出来の良い頭脳を持っていることを今更のように思い出していた。
「古くから伝わる呪術ですよ。あんまり古すぎて伝える人もいなくなってしまった代物のはずですが。誰かが復活させたんですね。」
 感慨深げにそう言うと、八戒は出されたお茶を美味しそうにすすった。
「たしか、異界を開くとかいう内容の。でもこれだけアレンジしてあるとどうかなぁ。まあ、大掛かりな術には違いありませんけどね。」
 さらりと世間話のようにすらすら答える八戒に尊敬の眼差しが集まるのを見て、三蔵は苦虫を噛み潰した顔をした。
「おまえら何人いても役に立ちそうにないな。」
「しょうがねぇじゃん。」
 あっさりと言い放つ悟空の隣で悟浄はもっともだ、と言わんばかりに肩を竦める。
 しばらくじっとその地図を眺めていた三蔵は、おもむろに顔を上げると八戒に向き直って改まった声を出した。
「なあ、八戒。お前、ここ手伝う気ないか?」
「は?無理ですよ。こう見えても僕、忙しいんですよ。ーーでも。」
 一旦口をつぐんで八戒は三蔵の瞳の奥をじっと見つめた。その中に他意がないことを確かめようとした自分に、八戒は思わず笑いをこぼした。
「この事件について少し、僕なりに調べてみましょうか?ここまで呪が行われているのなら、次狙われる所も絞れるかもしれませんし。こんな派手なことしようとしているのがどんな方なのかも気になりますしね。」
 にっこりと満面の笑みで答えた八戒は、ふと壁の時計を見やり驚いて立ち上がった。
「いけない!思いの外長居をしちゃいましたね。すみませんが、僕はこれで。」
 そう言ってぺこりと頭を下げて出て行きかけた八戒の見送りに、悟浄はさも当然の如く表口まで肩を並べた。
 普段に比べれば素っ気ないと言えるほどの態度を崩さずにおとなしくしていた悟浄は、八戒と小声で会話をし始めると同時に表情を弛めた。
「おう、気をつけて帰れよ。」
「子供じゃないんですから。」
 くすくす笑いながら八戒は一段、戸口の外へ降りたって悟浄を見上げた。
「そうだ、今日のおかず何がよかったですか?」
 ニヤリと頬を歪めると悟浄は八戒の耳元に顔を寄せそっと囁いた。
「おまえ。」
「もうっ、そんなことばっかり言って。」
 こんな往来で睦言を言われるとは思ってもいなかった八戒が、微かに頬を赤く染める。
 後に残された面々には彼らが何を話しているのか知る由もなかったのだが、そのあまりに人目を憚らない様子に皆辟易として、何も見なかったことにしているのが窺えた。ただ、悟空はそういった事に無頓着なのかそれとも既に慣れてしまっているのか、まるで気にした様子もなく割り込んで八戒に纏わり付いた。
「いいなあ、俺も八戒の御飯食べたいな。」
「じゃあ今度御馳走しますよ。是非三蔵も連れて来てくださいね。」
 にっこりと念押しして八戒は昼中の喧噪の街へ消えていった。





「たっだいまー。」
 冬の夜は訪れが早い。いくら暖かかった日とはいえこの時刻になるとかなり寒さが身に染みる。首を竦めて悟浄が帰宅した頃合いには既に陽はとっぷりと暮れ落ちていた。
 凍えた身を震わせて悟浄は部屋の中を見回した。暖かく居心地のよい居間にはちゃんと夕食の支度がしてあるのにも関わらず、八戒自身の姿は見えなかった。
 いつも、向かえてくれるのに。そう、子供じみた事を考えながら悟浄は奥の八戒の書斎を覗き込んだ。
「はーっかい?」
「あ、お帰りなさい。すみません、気が付かなくて。」
 そう言いながら、ぱたんと分厚い本を閉じ八戒は立ち上がる。
「それ、今日の?」
 いろいろ書き散らした紙をひらりと手に取ると、悟浄は興味深そうに眺めた。
「おまえさ、本当は学者とかのが似合ってんじゃないの?」
「まさか。これ以上社会性がなくなったら、困りません?」
 笑いながら居間へと促す八戒に、悟浄は苦笑した。以前より随分変わったとはいえ、外面のよさに比べると中身の社会性はやはり多少落ちるからな、と悟浄はすっと目を細めて口元をほころばせた。
「あ、そうだ。三蔵からこれ預かってきたの、忘れてた。」
 そう言って小脇に抱えた包みを無造作に八戒に渡した。
「何ですか?あっ、これ!」
 八戒の顔色がぱっと輝いた。
「ちょっと、悟浄。今、すごく無造作に扱いませんでした?これ、希少本なんですよ。寺院のだと思いますけど、よく持ち出しが出来ましたね。」
 ぶつぶつ言いながら再び椅子に掛けてそれに見入り始めた八戒に、悟浄は哀れっぽい声を出した。
「なあ、そんなの後にして、飯食おうぜ、飯。」
 食事、と言いつつ己の腰に手を回し頬を擦り寄せてくる悟浄を、八戒は怪訝そうに見上げた。
「昼に言っただろ。夕飯はおまえだって。」
「ーー了承した覚えはないんですけど。」
 八戒の呆れた口調には気が付かない振りをして、悟浄は八戒を抱えたままとりあえず腹ごしらえに居間に向かった。


 夜更け、なんやかんやと誘いを掛けてくる悟浄を振り切って、八戒は三蔵から借りた本の頁を丁寧に繰っていた。ぎっしりと崩し字で埋められたそれを目で追いながら、八戒は内心で溜め息をこぼした。
 次に狙われそうな場所の特定は出来そうだけど。誰が狙われるかまでは……。
 八戒は傍らでようやくおとなしく新聞を読み始めた悟浄に意識を向けた。
「悟浄。」
「ん?」
「被害者の共通項って、解っているんですか?」
「んー、それがなぁ。あるような、ないようなって感じでさ。年齢性別は勿論、職業とかも全然関係ない奴ばっかりなんだよな。強いて言うならさぁ…。」
 言いよどんだ悟浄に小首を傾げて八戒は続きを促した。
「一言で言うとちょっとだけ変わり者、って感じかなぁ。いるだろ?集団の中にいても、妙に存在の浮く奴って。」
「じゃあ、僕達も狙われる可能性があるわけですか?」
 自分で言いながら要領を得ない顔をする悟浄に苦笑しながら八戒は答えたが、何かを思い出したようにふっと真顔になった。
││そういうのに興味を示す人物に、心当たりがない訳でもない。
 八戒は以前、旅の途中で出会った闇の住人を思い出していた。八戒を気に入ったらしく、自分たちの一員にして連れて行こうとしていた旅の一座の主を務めていた一永と名乗った麗人の姿が脳裏に浮かぶ。
 あのひとたちならこれだけのことをやりとげる力はあるだろう。けど。あまりにも大仰と言えば大仰だ。闇の住人と呼ばれる者にはいささか派手すぎる今回の仕掛けに、八戒は断定するのはやめようと心に留めた。


 そろそろ寝ないと明日に差し障りがあるかも、と八戒は時計を見遣って調べ物をしていた本をそっと閉じた。ぐっと伸びをすると傍らの悟浄に声をかける。
「さすがに夜は冷えますね。」
「おう、おまえ体温低いしな。暖めて欲しい?」
 にやっと悪戯っぽく悟浄は笑う。その顔があまりにも楽しそうで、八戒もつられてくすりと笑った。
「さあ。どうしましょうね?」
「遠慮すんなよ。」
「してませんってば。」
 立ち上がった悟浄が座ったままの自分の肩に腕を廻してくるのに手を重ねながらも、八戒は気のない声で誘いをかわした。
「八戒。」
 廻された腕に僅かに力が込められる。
 瞳を上げた八戒と悟浄の眼差しが絡み合う。互いの鼓動を近くに感じて、体温が一度上がるような衝動が沸き上がる。赤い瞳の中に自分の姿が映るのを見て、八戒はそっと目を閉じると顎を差し出した。
 薄く染まった唇が僅かに開かれる。その仕草は悟浄の琴線をいたく刺激したようで、彼は思わず八戒を力いっぱい抱きしめるとその唇に顔を近づけた。
 しっとりとした唇が八戒を押し包み、柔らかく歯を割って舌に絡みついてくる。八戒は悟浄の腕を掴んだ手に力を込めると、その先をねだるように自分から舌先を絡ませた。
 瞳を閉じてキスを交わしていると周りの音は何も聞こえなくなっていく。次第に身体を委ねて力を抜いた八戒を、悟浄は椅子から抱き上げた。あまり背の変わらない長身に腕を絡ませ悟浄はキスをしたまま寝室へ向かう。
 人気のなかった寝室はひんやりとしていて、接吻けに酔っていた八戒も薄く目を開けた。
「寒…。」
 ふと洩れた言葉に悟浄は口許だけで笑った。
「大丈夫。今、あったかくしてやるから。」
 ぽすっと小さな音を立てて八戒をベッドに降ろすと、悟浄は細い肢体を組み敷いて形のよい手を掲げるようにそっと取った。
 指の付け根を舌先でなぞりあげる。手を取ったまま、もう片方の手で八戒のシャツのボタンをゆっくりはずしていく。悟浄が触れる全てが熱くなってきて、八戒は奥歯を噛み締めて眉根を寄せると悟浄から逃げるかのように顔を逸らした。
白い耳と首筋があらわになったのに目を留めて、悟浄は唾液で濡れる指から顔を離して耳の後ろを尖らせた舌ですうっとなぞった。
「あっ、ん。」
 漏らした声とともに八戒は身体をぴくりと震わせた。
「悟浄っ。」
 艶めいた声で名を呼ぶと、八戒は自分にのしかかる男の首に手を廻した。そのままぎゅっと抱き締める。
「そんなことすると俺、我慢出来ねぇぜ?」
 笑いを含んだ声で、悟浄は唇が触れそうな距離で囁いた。それを聞いて八戒は閉じていた目をうっすらと開いた。
 熱に潤んだような緑の瞳が見上げてくる。その目に己を欲しがる光を見つけて、悟浄は
熱に浮かされるように八戒の身に僅かに纏わり付いていたシャツを剥ぎ取り、ズボンを引きずり下ろした。
 白い裸体が悟浄の身体の芯を捕らえる。八戒の中心で既に頭をもたげ始めているものを悟浄は待ち切れないように口に咥えた。
「いやあっ。」
 びくんと大きく八戒が跳ね上がる。手順を無視して与えられる強すぎる刺激に八戒は何度も頭を振った。
 縋るように悟浄の髪に絡み付く八戒の指を取り、悟浄は八戒自身と共にその白い指も一緒に口に含んだ。自らの猛り始めたものに触れさせられ、一括りにするように悟浄の舌がそれらに絡み付く。
 熱くぬめった感触に八戒は腰を振りながら身を捩る。そうすればするほど余計に、溢れ出す快感が刺激されて身体を震わせた。
「ああっ、や、んっ。」
 八戒自身を口に含んだまま、握らせた指を悟浄は上から掴むときゅと力を入れて扱き始めた。悟浄の舌が先端を割り零れ出す透明な液体を塗り広げる感触と、自らの手で扱かれる羞恥で八戒は瞳を閉じたまま快楽に身を委ねて腰を揺らし始めた。
「やあっ、んん、あっ、悟浄っ!」
 八戒の声に解放をねだる響きが混じり始める。悟浄は握る手に更に力を込め一際強く扱いてやった。
「あ、ああーっ!」
 八戒の掠れて上ずった紛れもなく快楽に満ちた声が響く。
 白濁した熱いものが迸る。愛しそうにそれを受けて悟浄は濡れた指を八戒に絡ませた。まだピクピクと蠢く八戒自身からようやく口を離すと、悟浄は大きく足を開かせて八戒の更なる奥をさらけだした。既に綻び始めている八戒を舌先で軽くつついてやる。
 そのちょっとした刺激にも敏感になっている八戒は逃げようと腰を浮かしかけた。
 ひくひくと動いて悟浄を誘う八戒にとうとう堪え切れず、悟浄は自分の猛り狂った熱いものをそこに押し当てた。
 二、三度、八戒に許しを請うように先端だけを押し付ける。
「っ、悟浄っ。」
 八戒の唇から洩れる呼びかけには濡れた懇願が潜んでいた。それを確かめると悟浄はゆっくり八戒を押し開いて中に侵入を始めていく。
 綻び掛かっていたとはいえ、慣らさずに挿れられて八戒は息を詰めた。
「ほら、息吐け。」
 悟浄の声にも焦りの響きが混じる。その声ももう届かない八戒の様子に、悟浄は親指の腹で八戒の傷痕をそっとなぞる。薄い肌を刺激されて八戒の力が一瞬抜けた。その僅かな隙に悟浄はずるりと八戒の中へ根元まで突き入れた。
 身体の最奥で悟浄を感じる。八戒は目も眩みそうな幸せにうっすらと口許を綻ばせた。
 普段の潔癖な姿からは想像もつかないほどの艶めいたその表情に我を忘れて悟浄は律動を始めた。ゆっくりと動き出すと八戒自身が絡み付いてくるようで、悟浄は知らず知らずのうちに夢中になって腰を打ち付け始めた。
 何度も何度も抉るように八戒を貫く。
「んんっ、あ、ああっ。」
 髪を振り乱して八戒も悟浄に合わせて腰を揺らめかせた。
 繋がった処が熔け出していく。
 悟浄が中に居る。八戒は真っ白な頭で愛しいひとの熱量に打ち震えた。
 こんな身体の奥にコミュニュケーションの最後の一つが残っている。
 溢れ出す気持ちを止められなくて、八戒は悟浄にしがみついた。
「 や、あーーっ」
 一際高い声を上げて、八戒は熱いものを吐き出した。きゅっと締め上げる感触に悟浄も堪え切れず八戒の中に思いの丈を迸らせた。


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