2015.10.31(土)
ホテル、オペラ・カデに着いてから外で一服やったら倒れかかってびっくり。14時間くらいか。部屋はきれいだが扱いにとまどう。しかし、外国のものを日本も真似たんだなと思う。丁度、月が半月プラスアルファで出ている。

2015.11. 1(日)
4:30起床、フロントreceptionでBonjour,monsieur,je fume.煙草を外で吸います。通りを向こうから来る二人の男性にBonjour.Bonnuit,good night.の応答。Je vous remercie.で再びホテル、タバコはまだきつい。lune月が出ていて天気はよさそう。テレビでAVもののCMが、気にせず、フリー、libreかしら?双子座がやけに光る。Pardonが抜けている。
7:40頃出たか、cadet駅で10枚チケット14.1ユーロ。しかしルーヴルかどこかで6枚落として10ユーロ近くの大損、サイフに入れるべきだった、ポケットじゃなく。メトロに3つ乗って、M7オペラ座でM8LaMotte-PicquetGrenelleでM10BoulognePontDeSt-Cloud行きをJavalで降りて川の手前、ミラボー橋を渡る。途中から見えるLaTourEiffel。Passent les jours et passent les semaines Ni temps passe Ni les amours reviennent Sous le pont Mirabeau coule la Seineミラボー橋の下セーヌは流れる、目的終了。マロニエなのかプラタナスか、赤や黄に映える。橋を戻って自由の女神像。信号無視の人がとてつもなく多く、自己責任だあ、とか日本でおもむろにいったりするのがウソみたい。車だって速いのだが。途中、犬を放してラッシュする人、何名か、結構こわい。このあたり黄色と白の葉が並んで落ちている。
mirabeauミラボー橋、自由の女神側から、左側後方にエッフェル塔がある。

水鳥もいて葉の間からエッフェルを撮るがうまくはいかず、しかし予定になく、エッフェル塔、思っていたよりも脚部は湾曲していない、四角い台座に見えたが、エレベーターは斜め、結局列に並ぶ、小一時間か、17ユーロ。途中から垂直に乗り換え、登っただけのことはある。セーヌ川沿いに船、それほど遠くなく凱旋門、ルーヴル、さっきのミラボー橋や自由の女神、あれが多分ノートル・ダムかと、見えるものがこれまたいいもので、街並も統一感があってきれい。いちばん上まで登るのをsommetというのを、あとで辞書引いたら頂上で、サミットの事だとわかり、なるほどの冷や汗。鉄骨。下りは途中から階段を、少し膝が痛くなるがなかなか地上に到着しない。いきがかりで階段になったが面白かった。こうやって毎日人が並んでいる場所があるってのがすごい。2階だったか、店でキーホルダー4.9ユーロ買う。下に降りて出店でパンとコーヒークレーム4ユーロ。ちょっと食べたり飲んだりで意外と出費か。アメリカのお兄ちゃんが鉄柵で、手錠をかけられた真似をしているのが面白く、supermanといったが、受けてもいなかったか。

ここらあたりからきつくなる。シャイヨー宮の先の地下鉄駅へ。ところがシャイヨー宮が上り坂できつい。向こう側で一服。ポリスの人が自転車のかっこいいのでさっそうと。そういえばエッフェル塔では機銃に迷彩服の軍人さんが3名、本物は違う。手荷物を持たないでいると、塔でもルーヴルでも全く素通り。エッフェルでは女の子のスマホをチェックのひとがいつまでもチェックしていて、女の子は、いやあっていう感じ。どこかでチェックの列が止まると、基本、そのままなのかどうか。凱旋門まで、地下鉄から地上に出て、その先からもういちど地下へ。知らないうちに、チケット売り場が奥にあると思って9割方あがってしまう。このまま素通りしそうだったが、こりゃいかんと登りきらずに途中で降りる。屋根まで10ユーロ近いみたいだった。罰金の高さもだが、説明しきれん。

駅、メトロの駅は車内のどこにいても外の駅名が見えるので降りる時、間違えない。シャイヨー宮の向こうで乗る方向を間違えたときは、一回出てまた新しい切符で入る事になりいい勉強。どうしようかと思いつつ、ルーヴル。15ユーロ。1時間以上待ち。入口のピラミッドまで長い。ようやく地下に降りて、来てしまったからにはこれだけは見ようと思っていたサモトラケのニケのポスターがある。グッドタイミングかと捜すがわからなくて案内のお兄さんに、ル・ビクトワール・ド・サモトラケとか尋ねたら、何いってるのかわからないという顔だったが、ニケ、といったらとたんに親切になったような。ビクトワールだから、勝利なので、自分が覚えたときのニケでは通じないと思っていただけに、うれし、しかもお兄さんの顔もぱっと変わって急に親切にしてもらえたような。まっすぐいって一階上にあがると教えてくれる。Merci beaucoupといえる。

ニケは大きかった、うれし!本物に会ったんだ。モナリザにも40年以上ぶりに再開。こちらはやっぱりガラス入りで、そこは今ひとつだが、たいていの名画がずらりとそのまま、しかもカメラOKかどうか、みなさん写真撮りまくり。ミロのビーナスは一回見ただけでそのあと発見出来ず、本当に見たかどうか。ジェリコのメデューサ号の遭難、ジェリコは偉大なリアリズムで描いたというが、その隣の隣に、ドラクロワの民衆をひきいる自由の女神があるというオドロキレベル。その自由の女神の顔は浮世絵みたいに見えたがそれでいいのか。ちなみにエジプトの皿は小鹿田焼に見えたがそれでいいのか、とは思いつつも、自分なんとか記憶できるようにしているのか。5:30頃、ボロボロ、途中、2回、エスカレーターでこけた女性、階段でも同じくつんのめる男性を見る。ハードだ。あんまりお腹がすいたのでショコラとブドウジュースか、緑の缶。レシートにはpommeとあり、りんごかも知れないが5.7ユーロ。

地下鉄M7、その前にコメディ・フランセーズ前に出ていて、バンド演奏をしばらく見る。cadet駅についてしばし付近を。するとfranprixというローソン風なものがあり、青リンゴ・洋梨・ヨーグルト・オレンジジュース、初めてクレジットカードに挑戦するが、ボタンを押すタイミングが悪く、desole,desole,Merci.すみません。合計3.66ユーロだが、洋梨もりんごも0.8ユーロちょっとで、一個105円くらい。途中切符も落としたので、一枚新たに買ったので、こうしてみると今日は60ユーロ、8300円くらい、仕方ないか。予定なくも有名どころをまわってしまってうれしいといえば、よかった、いきあたりばったりだが。

2015.11. 2(月)
どこから始めたものか、かかったお金、カルネ10枚チケット14.1ユーロ、パンテオン7.5ユーロ、クリスマスカード5ユーロ、サクレ・クールでたかられてしまって2ユーロちょっと、晩のサンドイッチ2.57ユーロ、合計32ユーロか、4300円くらい、わるくない。サクレ・クールではちょっと油断、なんでここのエレベーターのチケット販売機は、メトロと同じみたいだがと、のほほんと近寄ってたのが運のつき。その前から見られていたに違いない。緊張が薄れて目的意識がぼんやりしてたときに、Non、といい忘れる。それにしても今でこそ笑っているが、あれは何だったんだろう。署名して、から始まって、今思うに、階段を昇れないひとを助けようみたいな事をいってたのか、小銭を出したらいきなり用紙をひっくり返してきて、そこに小さく5ユーロと書いてある。あなたも利用するんでしょみたいに言ってたのか、販売機に近づいたのが運のつき。これはいかんとje pars.だが、小銭だけは、とったものは戻さないということで、向こうも追いかけて来ない。ちょっと温泉旅行気分だったか、ここまで歩いてサクレ・クールに来るとまで思っていなかった。

4:00あたりに起床。朝は自前のpommeりんごとpoire洋梨で6:00前に。ホテルから200メートルもないはずのロレット駅を捜すが、ホテルの位置を間違っているのか、どんどん歩いてまだ暗いが、路上で寝ている人、シュラフにくるまったままの人、それにつけても縦列駐車のうまい国、などと思いつつ。あとでわかるが、ホテルの位置を間違えていて、帰国後に見ると市販のJALの地図では正確だったが、そのJALの地図の中のメトロの路線図が、起点終点の全てを記入していなくて、これは初めての者には使えないと全く見なかった次第。空港からホテルまで車で連れて来てくれた人から頂いた、JALPAKのポケット地図には起点終点まで描かれてあったので、そこを切り取って移動する。一度失くしたものと勘違いしてあわてた場面ありで、命綱、初日にバスに乗らなかったせいか、バスは結局腰砕けになってしまい、レストランは入ればなんとかなるもんだろうが、食べてる人を見ると、一皿の量の多さに圧倒される上に、11ユーロあたりからのセットばかりで、うっかりするととんでもなく食べ残しそうで引いてしまいそのままとなる。トイレを借りたい時にはカフェに、ということでもあったが、そういうタイミングもなく歩く。

歩き回っているうちに、ストラスブールというメトロの駅を見つける。200メートル先のはずが、どこにいるのか。窓口でカルネ、un carne,sil vous plait.幸いM8メトロ8番線だったので昨日と同じくミラボー橋へ、毎日ここまで散歩するのが予定だが、ところが雲の上にまだ暗くてエッフェル塔はすぐ近くなのに全く見えず、セーヌの両岸は、今日から仕事か、車ががんがん走っている。RERのC線の駅もあり、RERは、ここは小さい駅だったのでうまく乗れたんだとあとでわかるが、川岸側が時々半分地下というか、小さい崖の横とでもいうか、列車は2階建てで、メトロよりも風圧大、働く人に戻った感じ。このRERはメトロと異なり、出口でチケットを回収するらしく失くせない。リュクサンブールで降りたら公園に感動。広い。カモメは尾っぽが黒、くちばしの根元が赤で先っぽが黒、胸が白、羽の外側がグレー、脚は赤、眼の周りは黒。ぶらぶらしているのに映画の中。

でもってパンテオンへ。ところが10:00からで時間待ち。パンテオン前の大学図書館にトイレあり。戻ってオデオン座を見つける。閉まっているがすきまから少し中が見える。またパンテオン。どういうつくりなのか、地下に降りるとジャン・ジャック・ルソーの棺は手作り屋根のついたような家風、向かいに宿敵ヴォルテールの、こっちの方が強そうな棺、キュリーご夫妻の棺、ジャン・ジャックの孤独な散歩者の夢想を思いだしたか、ここにあるのがうれしいようないいのかなと思ったり、マリー・キュリーは放射線の影響からか、身体が透けて見えたという、本当かどうか、そんな話を思いだす。いちばん見たかった、アンリ・ベルグソンは、プレートも見るが発見できず、内容はみんな忘れたが、あの哲学者がどこかにいるならご挨拶くらいはと思っていたのに残念。「哲学というものはどう見ても、哲学というその言葉を自分で定義していく作業に他ならないではないか」、と確かいっていた。どの本もむつかしいのに、ときどき急に哲学というものの間口の広さを見せてくれて、そこに誰しもひかれたのではないかと思っているが。ここも地下から上がる時の螺旋階段の途中にトイレあり。一階はレジスタンスの歴史関係のスペースがあり、ジャン・ムーラン関係の書籍も展示してあったか。レジスタンスは過去の事とはいえ、他国と接しつつ、ひとつの国を共有する労力について思う所あり。

foucaltパンテオンの中の、フーコーの振り子。理屈がわからないわけではないが、ついて行けない。

ノートル・ダム寺院に出てしまっていた。さらに地図を見てポンピドゥー・センターに出るが、みんなスマホなのに、こちらはいまでは売られていない20年くらい前の地図。いかにも旅行者なのにちょっとひやひやもするが、そのポンピドゥーの敷地内なのか、テレビで見たことのある、ニキ・ド・サンファルの噴水があるのにこれまたびっくり。本物なのか。色あざやかな、くるくる回る、とぐろを巻いたヘビや、上下するくちびる、横に回るハートマーク。有名であろう作品が、周囲の壁には落書きもあるのに、さらっと置かれてある。テレビよりも小さい噴水だったが、こんなシチュエイションで見せてくれているのかと感謝ものとなる。
niki01ニキの作品。動く仕組みは彼女の恋人が作成している。
niki02大きな場所ではないが、写真が広く写る。カメラにも好かれているのだろう。

朝、早くから動き出したので、いったんホテルに戻り、14:00。持って行くといいとネットにあったカップラーメンにて昼食、日本では食べないが、食べてると笑顔に。しかしそのとき丁度部屋の係の人が来られる。休憩後、フロント、レセプションで、あらためて朝行きかけた200メートル先のメトロの駅M12のロレット駅の場所を聞く。右に出て左に行くが、それでも別の駅cadetと同じM7のペルチエ駅に着いてしまい、すぐそこのはずなのにまたも発見出来ず。さらにうろうろしていたら、このあたりやけくそ気味になっていたか、結局というには運がよかったのかも知れないが、M12のロレット駅の次の駅のサン・ジョルジュ駅を見つける。Metroporitanの駅は、あまりにも風景になじんでいて、発見しにくい上に、出入口が道のあちこちにあったりしないのでそこは大変。アベッス駅まで、実際そうだったのだが、少し山を登っている感じ。そこからサクレ・クールまでずっと坂を登る。だいたい何で行こうとしているのか。あとで思いだしたが、「幸せはパリで」だったか、KBCで見た映画に出てくる、何だか高い場所はここいらではと思ったからだが、登る事登る事、むかしは市内ではなかったのかも知れない。その前だが、アベッス駅から出るときも、変形五角形とでもいうような形で、5倍に拡大したグランドピアノのようなエレベーターで地上手前まで出たが、出るとすぐに切符の不意打ち検閲があってびっくり。あせる。出るときは改札がないので、捨てたりしないでよかった。罰金は35ユーロくらいじゃなかったろうか。そのあとか、サクレ・クールで署名にまいったのは。

やややけくそくらいには立ち直るが、今度は下りの道をホテル方向目指して降りる、というか、そのアベッス駅がもうわからなくなってしまっている。駅を見つけるとアベッス駅のひとつ下のピガール駅。多分今風になっているとは思いつつも、近くなので少し歩いて、ムーラン・ルージュを外から見る。丁度夕方か、風車が回り始める。さらに下っていくと店が多くあって、色合いが個性的、ついにM7のペレチエ駅に着くのだが、すぐ近くにあるはずのホテルが見つからない。ペレチエ駅を見失わないように、どうでもわからなかったら一駅でもメトロに乗るしかないと思っていたのに忘れる。しまったとは思うものの、ちゃんと目的を持っていますよという顔をしとかないと思うのがきつくなる。歩く。
cadetmezasiteこういう時に、何々通りはどっちですかs'il vous plait.と聞く所。その何々通りがわかっていない。

なんとしたことか、パサージュpassageに入ってしまう。もううれしいやら。しかもPASSAGE VERDEAU,PASSAGE JOUFFROY,PASSAGE PANORAMASと、3つも。古本屋さん、絵画の店、古代ベトナムの本、タンタンの本、宝石や占いの石、切手屋さん、サインいりブロマイド、絵カード、リベラやフリーダ・カーロの画集。通り抜けたら、GRANDS BOULEVARDSという、とにかくメトロの駅があり一安心。自分の地図では、駅名が変わっているらしく、リュ・モンマルトルという駅だったみたいだったが、乗り換えてcadet到着。昨日のfranprixでまたもサンドイッチ。終日迷ったし、昨日とはうって変わって寒くて、ノートル・ダム寺院の上に上がる列はパス。買物に挑戦で、パンテオンの近くでクリスマスカード2枚買ってみるが、cinqユーロ5ユーロと店のひとがいっているのに、5ユーロ札を出して、おつりが来るのを待っていた、まだまだ。でも捜そうとしてもわからないに違いないパサージュ、むかしは新しかった古いアーケード街。ベンヤミンは70年前か80年前か、どんな風にこのアーケードを歩いていたのかと、その感覚はつかめず通っただけだが、自分には予期せぬ発見。
passage01パサージュの中、昼間は明るい。屋根に注目してしまう。

2015.11. 3(火)
6:00起床、7:00過ぎホテルにて朝食。M7をPALAIS ROYALで乗りかえてM1でリヨン駅。ここからが全くわからず青春もの、しかしかんちがいしてはいけない。SNCFの機械、といっても何がSNCFで何をRERというのか、未だに用語は掴めないが、とにかく機械で何となくFONと打っていたら、選択画面が出て来て、FONTAINE AVONがある。8.85ユーロ、思い切って購入。改札を通るがここからがチンプンカンプン。駅自体も大きく、TGVの表示がずらり。事前研究不足。昨日とおとといで、大観光になったので、一日無駄にしてもいいかと、ネットで少ししか見なかったmilly la foretミリィラフォレを目的とする。あとで見たらパリから50キロくらい南にある村で、知らないでよかったともなる。

リヨン駅構内。切符は買ったものの、ああここまでかと思いつつも、どれかのホームに出てみて、駅員さんか車掌さんと思える、ホームに出ている人にje voudrais aller a fontaine avon.尋ねる。二人の人、赤い服のひと、haut上にあがってgauche左、次のホーム、スマホのひと、japanais?といい、sonyのスマホで、haut上とMウーエルといわれる。こちらが駅のいろんな番号の仕組み、何がホームで何が列車の事とか、要するに全くわかっていないが、そこがわかっているのを前提として教えてくれる。親切なのにまだうろうろ。ダイヤグラムも貼ってあるが字が小さくて読めず。HALL3のあたり、向こうにインフォーメションが見えたか、そこへ行く為に、Rという改札口思い切って切符を通す。もう間違ったらsortie出口へ一目散。そこで罰金まではないだろうと。8.85ユーロはあきらめて、他の観光をしたらという声おおあり。

その前、地下鉄M1は、ルーヴルとか有名な所を通るのか、この電車はどこそこには工事中で停まりませんとか、足元にご注意下さいも日本語、ホームはホームドアつき、座席はカラフル、日本みたいにボタンを押さないでも全部のドアが開閉するという、最新式。
M1seat座るよりも見とれてしまう。

インフォーメーション、人がかなり並んでいる。切符を見せると、といっても地下鉄と同じ切符で、小さい印字が異なるだけだったが、すぐわかるようで、マルギーズといわれ、これがいいヒントになったか、画面のいちばん右に、マルギーズと読め、HALL3とある。結局何階にいるのか、HALLの意味もわからずいくつもあるホームのいちばんはしっこに、マルギーズ行きらしき列車あり。ちなみに帰国後調べるが、マルギーズという地名も方向も結局わからずじまいだったが、急いで列車に乗って発車を待つ。ところが少しして気がついたが、この列車に乗っているのは自分ひとり、なんと出発ではなく到着したことが画面に出ていたわけで、よっく見ると構内にTAXIの人が結構いて、小さい白板に、お客さんの名を書いてある。大観光地。国内からもというわけで、いつ列車が到着するかも大問題なんだと わかる。

しばらくして一番大きな電光掲示で、マルギーズを発見。ところがHALL1となっているが、他の列車もそうみたいだったが、寸前まで到着ホームVOIEが出てこない。10:19発なのに、10:00あたりにやっとLと出る。そういうシステムなのか、ぎりぎりになって表示しないと何か大騒動になるのか。なんと超快速らしく、途中全く素通りして、10:51MELUN、10:56BOI LE ROI、その次だったか。ちなみにHALL1はAからN、HALL2は、5から23、HALL3はAからNが、何番線ということか。このかん、目的意識が強いとトイレまで考えないということか、なんて考える。パリではまれにあっちにトイレのマークを見るが、2回表示を見つけたが2回とも発見できず。リヨン駅は大きすぎて、もう一回同じようには乗れそうにない。

フォンテーヌ・アボン。大きい駅ではないが降りる人がかなりいて、バス、タクシーも何台かいたが、すぐにすっからかんで、どうやらお城行きの人が多いらしく、あっという間に自分だけに。ちょうどインフォーメーションがあり、女性と男性、milly la foretに行きたいと伝わって、女性がタクシーを読んでくれて、駅の、バスとは反対側に誘導してくれる。Merci.男のひとが、バイバーイといってくれた、うれし。

しばらくするとTAXI。来てもらえる。帰りもそうだったが、スキンヘッド風の、フランス映画の、今思いだしたが、トランスポーターそのもの。アドレスを聞かれるが知らず、チャペル・ド・コクトーとしか言えなくて、研究不足が最後までたたる。スマホで調べてくれる。前に自分がネットで見たときは、20ユーロだったというのがあったが、車はとことん走り、30、40ユーロになり、C'est loin?遠いのですかと聞いたら、four キロメートルといわれるので異和感。あとで観光案内所でも感じたが、わざわざフランス語を使わなくてもいいというか、へたなフランス語を使ってくれるよりも、英語で喋ってほしいという感触を持つ。こっちは英語の方だとさらにおぼつかないので、まいる。確かに英語が使えて、ただし挨拶の所だけは、Bonjourすなわち敵意はありませんよ、という方が、いいように思えて来る。

結局48.5ユーロ、チップ2ユーロ、チップがうまく渡せてOK。礼拝堂の正面。丁度12:00だが、閉まっている。Il est ferme.閉まっているといったら、張り紙を読んでくれて、14:00から開くと教えてくれる。Je attends.待つのはこっちの問題。とにかくOK。とはいえ2時間、どうしようかと村の中を、礼拝堂を見失わないように、行きつ戻りつしつつ動いていたら、静かそうな村と思いきや、少し行ってから角を曲がると、いきなりにぎやかなのにびっくり!。どうやらここがmilly la foretの中心。カフェもありバーもあり、奥に案内所もあるので、帰りはここでTAXIを頼んだらとか、実はまだまだ甘いのだが、さらに奥に有料トイレを発見。2サンチームを何回も入れて勘違いに気がつく。2サンチームなら3円ではないかと今思う。別の硬貨ならと10サンチームを2つ入れたら開く。ポリスPOLICE MUNICIPALEもある。そもそも角を曲がったときに、中央に屋根つきのおおきなスペースがあり、帰国後、むかしからある市場だと知る。店はその周囲にあり、BOURANGER-PATICIER盛況で、エクレア2.3ユーロを買って昼食。そういえばリヨン駅のホームとは少しはずれた所に大きな金網があって、あれっと思ったか見てたら、中にポリスの人が待機しているようで、緊急時に備える感じ、帰りもリヨン駅で兵隊さん、昨日も見たが、3人1組で行動するとわかりだす。

時間をつぶすどころか、見るもの多し、KUBOTAという文字に、日本人?とか、14:00まで枯葉の量が違う、車の下までぎっしりとなど、はたまた向こうに教会があるとか、いつのまにか14:00近くまで。礼拝堂前、女性が一人入って行く。やっと入れるかと思いきや、正面のシャッターは開いたが鍵はかかったまま。丁度フランス人のご夫婦、同年齢くらいの人も来ていて、3人で待つのだが、まだまだ。

そこで今思ってみればラッキーでもあったというのか、ご夫婦が、le weekendに気がつかれて、11/1-12/31は、週末しか開いていない。しかも午後のみ。そういえばネットで読んだ記事でも、よく調べるようにと書いていたひとがいたわけで、よもやここまで来るとも考えず、ご夫婦は車で帰り、とにかく外からの写真を撮るのみで残念。残念だがコクトーと自分では、これだけでも出来過ぎだとも素直に思える。コクトーに悪いか。前にコクトーの映画で、オルフェ、というのを、うちでひとに見せたが、今から見るとたいした技術ではないように見えるのか。しかしこれが20世紀の初め頃からのひとだったと、説得するのも余計なお世話というものだろう。自分はオルフェや双頭の鷲といった映画にはびっくりしたし、ポトマック、という本の中のアニメで、善悪を越えているかも知れないがそれでもやっぱり悪、を見たような気もしてたので、かげながら尊敬、ということで、これくらいのご縁で、まあ本日の目的は果たす。
millylaforet正しくは、Saint-Blaise-des-Simplesサン・ブレイズ・デ・サンプルというらしい。コクトーの眠っている所。

millylaforet04近くにある一次大戦の碑。

村、町と呼ぶのかも知れないが、案内所へ。14:30前。なんと案内所は丁度閉まりかけだったというか、礼拝堂が閉まっていたと伝わったか、てきぱきと電話して、閉まってますね、と確認。その案内所にコクトーのデザインのある皿があったのがなかなかよくて、je peux regarder.見てもいいですかというと、鍵は事務所にしかないとてきぱき、そして案内所の女性はさっさと案内所を閉め出す。その前にTAXIも呼んでくれて15ユーロと金額も確認、ここで行きのタクシーに通じるのだが、Engishは話せないの?と聞かれる。結局きちんとこなしていて、結果としては親切だったのが文化の違いか。あっというまのこととはいえ、さっきあのご夫婦がいなかったら、あのままあそこに、そしてすぐにこの観光案内所に来なければここも閉まっていて、そうなると、まあ開いている店に頼むことになるんだったろうが、夕方すぎまでいたに違いない。ここは車でないと来れそうにない。
millylaforet02写せていないが、古い古い三角屋根の市場の周囲に、にぎやかしく新しい店が並んでいる。

millylaforet03エクレアを買う。ハーイ、言葉わからないでしょ、どれどれ?っていう感じで親切。あっというまに買えてしまう。

millylaforet05観光案内所。早くに閉まったが救われる。

10分くらいでTAXI来る。これまたスキンヘッドの人、途中の空が広くて景色がいい。Maisseという駅でおろしてもらう。14ユーロ、チップ、おつりからじゃなくて別ポケットから2ユーロ、Merci.こちらこそ。メッセはどうも無人駅のようで、切符の販売機が動かないという英語の人がいて、自分もためすが買えない。初めに買ってないと罰金に違いなく、何十ユーロになるのかと思っていたら、どうやら硬貨が足りないのをそのままにしていたらしくやっと買える。全く方向がわからず、何回もパリは2番ホームだと何度も確認。行きと同じく8.85ユーロ。列車到着。車内の路線図を見るが、行きのフォンテーヌ・アボンが見当たらず、位置関係わからず。車窓、途中からは日本の郊外から中心部に行く時と同じ感じで、ラストはあっという間にリヨン駅に着く、prochine arretプロシェナレットリヨンという風にいってたのとわかるのが遅すぎ。コクトーの礼拝堂との関係か、途中の風景で、長方形に三角屋根という感じの家が好きなのかなどとも想像。まあ想像。
maisseメッセの無人駅。さすがに心細くなる。

リヨンを降りて、続いて地下鉄M1へ。ところがメトロの切符が2回ともはじかれる。たまらず駅そのものをいったん出るが、あとで思うと、あそこは前の8.85ユーロの切符がまだまだ使えていたわけで、それを入れるべき所に、いきなりどこから来たのか、地下鉄の新しい切符がきたのではじかれたと思われる。いずれにせよ印字されてしまったので、ここでまた切符の無駄づかい。先日6枚落としたのでこれで8枚、10ユーロ以上の損となる。駅の外に出ると、灰皿、初めて灰皿を見る。また別の外国のひとが、まだ長さの残っている煙草がとりあえずないか捜すのを見る。別に変なことをしているわけではないが、こういう日常性というのか、署名のゆううつが一掃される。これも日常。再びメトロを外で見つけて、またも10枚セット14.1ユーロ、M1、M7、franprixでサンドイッチ、クランベリーのヨーグルト、1個だけ買うので2個パックのひとつをはずしつつも、いいのかなと思いつつ、りんご、poire、7ユーロ近く。本日の合計108ユーロ15000円、タクシー代が聞いたが、コクトーの建物、外だけだったが、村というか町も気持ちよく、一生に一度と思えばOKだろう。あのまま礼拝堂の前にいたらとまた思いだす。

夜テレビ。TF1という放送局か。
溝に何か落とした落としたと4、5人の男が騒いでいる。二人の警官がどぶをさらうと、泥棒がかぶりそうな目指し帽がふたつ出て来る。
木の枝をYの字に切って、金鉱探しのように霊感で動く男。死体が見つかる。
結婚式で娘のパパが長々と喋る、別にけがをして包帯を巻いた男を、その父親背負ってやってくる。ホテルのトランクを乗せる台も使い、式場に駆け込む。娘がケーキのナイフを、今、式をしている相手につきつける、ここまでは、なんか笑いとしてはありそうな。次にその娘の母親が娘を踏みつける。

2015.11. 4(水)
5:30起床。6:30でかける。フロントにBonjour monsieur,je me promene.散歩に出ますといっているつもり。暗く周辺確認。近くにあるはずのメトロの駅の研究。あたりはきらびやか、といってもまだ車のライトくらいだが、まぶしかったりこてこてしていない、電飾が少ないせいか、気候や緯度の関係か。

曇、やがて雨が降り出すが、誰も傘なんてさしていない、というか数時間後にはまた曇、少し日差しも。全然雨なんて気にしないのがここ流みたいで、それでも雨が強くなると傘も見かけだすが、派手な傘ではなく、たいてい黒い。大量には降らないようで、フードのついた服が多く、気楽に濡れている。

やっと駅を発見。ホテルから実にすぐ近くだが、街の区画が、2等辺三角形だったり台形だったりするので、それで勘違いしたり戻れなくなったりしているのに気がつく。帰りの飛行機で話した同年代のひともいっていた。三角形だったので迷ってしまったと。何のことはない。サンドイッチを買ってるfranprixの先をさらに進んで、石造りの教会、その横に穴ぼこみたいな感じでロレット駅を発見する。とにかく安心。結局ホテル近くのcadet駅に戻ってM7、オペラからM8でポージュ広場近くまで。着いたはいいが7:30広場には鍵がかかっていて、いるのは鳥だけ。周囲を回るとここも警護3名、ひとつ隣の通りを歩くとここにも3名、重要な所なのか。信号が赤に変わると、電子式というよりも機械式という感じで、反対側が同時に緑に変わる。バスティーユに出てしまい一周するうちに8:30開いている。子供の遊び場あたりは、一見コンクリートに見えるが、歩くと柔らかい。木が三重というか3列に4方向。噴水も4つ。中央にルイ13世。噴水の周囲のライオンの頭の数も13かと数えるが16。ここでついに傘をだすが、明るい緑でレタス柄、こんなのさしている人もなくて、気になる。周囲の建物のレンガはやっぱりフランス積みか。にわかには思い出せない。ぬれているがベンチに座るとさらにいい公園というか広場。ランニングの女性、よく見ると青白赤を控えめに配色している自分くらいのランナーも。さすがにここは天気のいい日がよさそうだった。
vosges日本ではなかなか見ることのないフランス積。長いのと短いのが交互になっている。

バスティーユからM1でHOTEL DE VILLEまで。ここでまた迷う、すぐ先にノートル・ダム寺院があるはずだが、いきなり方向を間違えたに違いなく、しかも周囲は大きな歴史のありそうな建物ばかりで、ノートル・ダムほどの教会が全く目に入って来ない。こういうときに、セーヌ川はどっちと、本当は人におたずねする所だったと今になって気がつく。最初が90度の間違いだったらしく、かなり歩いてしまうがノートル・ダムに再び。何のことはない。この寺院の裏手にトイレがあるので、簡単ひと休憩のつもり。ところがトイレはferme,closedとなっていてびっくり。この街のトイレ事情はお聞きしつつも、多分10:00あたりを過ぎないとここも開かないのだろう。

まあノートル・ダム見るだけとして、川沿いに、しまった事に川を見ていて背中にすきが。一服していたらいきなり先日と同じく署名、Non,je marche.いいえ私は歩く、と、わけのわからんことをいって退散しようとするが、一瞬打ちポケットに手を入れられたようでヒヤリ、さらに10メートルくらい先から今度は、do you speak english?と署名用紙を持った人が近づいてくるが、こちらはNonのひとことですむ。免疫は出来たものの。いつのまにあらわれたんだろう、スキおおあり。他にも人もいたし近くには兵隊さん3名もいたが、それはそれっていうことで、それぞれ生きているって事と、きびしく理解。理解までの事だが。

特別に目当てもなくなり、ポン・ヌフ橋。橋の真ん中あたりで降りると遊覧船乗場。いろいろショックでBonjourとCombienいくら、としかいえなくなっている。14ユーロ。切符売場にトイレ、船内にもトイレあり、うーん川に流すのかなんて事は考えず、船は出る。橋の柱の間に進入禁止のマークがあったりして、ルールあり。いろいろ見えて、エッフェル塔のそばでUターンして一時間。下船後ポン・ヌフの橋を渡り終えて、そこからM1でコンコルド広場。だんだんすてばち的に、聞いたことのある場所には行ってみようとしている。さすが観光の街。おらあのんびり歩くだけで、今さら知って何になる、と思っていたのはつい何日前か。広場の大きいこと。オベリスクがどーんと建っていて、どうやって運んだんだと思っていたら、何だか運ぶときの図面が描いてある。広場内で工事中の建物の前に、その建物の絵と少し上の空まで描いた壁があり、しかもこれが立体で、幕一枚で隠していないのにもまいる。
concordeここまでの表をこしらえて、奥で工事をしている。一見すると新しい建物があるようにも見える。

さらに歩くと公園。24時間空いているらしく、いきなり静かに。動けば迷子になりそうで休憩。適当に歩いているのにいろいろ出て来る。公園を出ると今度は、グランド・パレス。聞いたことのある名前。さらに、いさましそうなモニュメントがあり、近づくとアレクサンドル三世橋ということで、川の両サイドに、高い柱、その上は騎馬か、建っている。橋の近くのヨット、マストに器用に登っている人あり。橋を渉ったあたりからか、交通事故らしく、ピーポーがいきなり戦争みたい、橋の上ではクラクション、何の事故か、人が降りて来ている。全体にささっと動くのは、この国方式の渋滞防止策でもあるのか。橋を渡るとこれまた遠くに大きな建物が。ところが地図を見てたら、これがアンバリッドらしくて、いかずにはおれない。

アンバリッド、正面まで1キロメートル近くあり、このせいもあるとはいえ、おごそか、兵士が入口で守っている。第一次対戦の古い戦車か、鋲が大きく、厚い鉄板のキャタピラー、これがごろごろ進んで来たら、すごい武器を装着したように見えたにちがいない。教会が中にあり、大戦中の写真、そもそも第一次大戦が今日の世界に影響していると、この頃自分も聞き知り始めたが、帽子をかぶっちゃ駄目の禁止マーク、しばし座ってから正面のロウソクに一本、3ユーロ。建物の反対側にも出入口があり、ここにも兵士、みんな背も高く、これは特に自分などは、猿とそう変わらず見えるのではと勝手にヒヤヒヤ するが荷物類やバッグなど一切持っていないせいかするりと通る。よく見ると建物の周囲に溝があって、防塁となっている。古い大砲が周囲にずらり。アンバリッドじゃなくて、むかし、廃兵院と習ったからか、どーんと歩いただけとはいえ、何だか逃げるわけにも行かず。

近くにM8があり、このメトロも見つけにくかったが、地下のパン屋さんで3.9ユーロ。14:30前にホテル。部屋の掃除があって一度下に降りるが、15:00まだ早いが一日とする。合計21ユーロくらいですむ。切符がまた通らなかったところ一カ所あり。早くホテルに戻ったのは、これ以上フランス感覚、思いこみとはいえ、そいつを保てないと思ったかも。テレビを見る。

2015.11. 5(木)
最終日。3:30起床。あらためてホテル事情など。ベッドは広く枕は合う。いわゆる掛けふとんが、このアールデコ風というか、細長い毛布があってこれを使うのか最後までわからず。歯ブラシ・スリッパはないと聞いていたが、歯ブラシは持ってきて、スリッパは結局掃除が行き届いていていらない。洗面所、洗顔するとき水をためるレバーが蛇口のうしろに針金と間違えるくらい細いのが、レバーとしてついている。トイレの排水ボタンは水タンクらしきものの上に、ボタンではなく小さいふたのように、つまりはオシャレに出来ている。トイレブラシも置いてあり、汚したらそれはご自分できれいにということ。テーブルは広く、テレビがあっても道具置き、メモ書きには困らない。窓の横に室内あたため器。仕組みはわからない、一回だけ使ってみる。ポットがないと聞いていたので、電圧にあったのを持ち込んできたがその通り。

5:30車の往来は既にある。メトロにてオペラで降りる。オペラ座からうまくRue de la paix平和通りを見つけてバンドーム広場へ。初めはそんなに大きくないと思うが歩くとそれなりに大きい。周囲に建物、ボーシュ広場と異なり、中央を車が行き来しているが、分断されている感じはない。中央に新しい建物か臨時のモニュメントなのか工事中。ゴミ収集の車、このあともだが9:00過ぎまで清掃作業をよく見る。ゴミを入れるかごのサイズも決まっているようだ。若い男女集団がオペラ座からこのバンドーム広場にかけて、道で騒いでいる。先日もだったが、朝のタクシーはどれも赤ランプで、お客さんが乗っているのか。バスも走りだす。

その、さっきの5:30のメトロは、乗客でいっぱい。アフリカ系のひとかとかわからないが、車内はしずかで、もくもくと仕事へ行くといった風景。バンドーム広場からオペラ駅へ戻るあたり、まだ暗いが、おいおいスーツケースで動く人もあり。先日見つけたパサージュを、再び捜すにはまだ早すぎると再びcadetに戻るが、ところがホテルの前の道を、ところでもう少し進んだらと、ホテルを見失わないようにときどき引き返しつつ進むと、なんと、先を左に曲がると道の右側にパサージュはあった。passage ベルドーを通り抜け、次のJOUFFROYは閉まっていて掃除をしているみたいと、回り込んでその次のpassageパラダイス。そこから戻るとJOUFFROYが開いているので通るが、さっきの閉まっている所の手前で、掃除中の人に、monsieur.まだ通れないと言ってくれる。Merci.朝からできたてらしき細長いパンを持って歩く女性がいて、どこでどう作っていて、今ここを歩かれておるのか、知りようもなく驚くばかり。
vendome朝の晩ドーム広場。

7:00過ぎホテル、簡単朝食。コーヒーか紅茶を聞かれて、Non Merci.といったが、Nonを伝えきれずにコーヒーが出る。パリ観光では、朝からいきなりコーヒーは厳禁とみる。10:15チェックアウト、s'il vous plait.荷物を夕方まで預かってもらうが、Pourriez-vous garder ma valise,s'il vous plait.などとむりして慣れぬ自分にとっては大長文だが、全く通ぜず、そのあともa seize heure ou dix-sept heureとかいってたが、フロントのひとはさっさと荷物を収納室に運んで行く。J'arrive.私は着く、フランス語では、待って待って今行くよ、みたいな意味と思っているが、そういうとさらっと通じたみたいであいづちもらう。

M7。車内でアコーディオンの演奏。PONT NEUF駅で降りるが、階段を登りきって、やれ開けたかと思った瞬間、理解できる油断。またも署名につかまる。これで4回目。アレルギーになってしまいそう。かえってショックが薄らぐかも知れないが、それでもこのあとart橋の向こうで署名をやっている所では、橋を渡りきらずに引き返す。art橋では、男女集団の女性からs'il vous plait.と声かけられるが、どう見ても観光客のこちらにs'il vous plait.はおかしいと、すげなく通り過ぎる。
pontart01Pont des Arts芸術橋。外から見ると目立たないが。

pontart02床が板になっている。

ヌフ橋の真ん中、昨日は気がつかなかったが、金網に恋の鍵、その鍵を売っている人もいる。Pont des artsを少し歩いてからまたヌフ橋に引き返して、再び川下り。11:15今日の船はガラス張りで1階のみ、14ユーロ、小学生の遠足集団と一緒、その小学生たちが盛んに手をふっているのか、川沿いからは大人が手をふったり面白いポーズをとったり、pompier消防士さんたちのボートか、そこでもたくましい人が盛んに手をふっていて、小学生も感激している様子。こちらはフランス的上品さと人との距離感について考えてしまっているがよもや答など出る訳もなく、あっという間にエッフェル塔。昨日今日とbateau船に乗ったのは、よく、これぞ一番みたいに言われる記事を目にしていたが、昨日は特に感激もせず、まあ複数だと違うのかも知れないが、念の為にもう一度乗って感覚を試してみたかった所。結局は、そういえば自分は隅田川の川上りでも、さほど感激しなかったので、自分には不向きかも知れないと次第にわかりだす。まず船はほぼ一定の速度で動く、視点はやや上方を360度動く、近くから遠くまで。このあたりの空間認識と時間の経過とが、うまく一元化出来ていないということか。あるいは耳学問の相対性理論で、列車に乗っているときは自分が観測者の位置に素直に立てるが、船の上だと、基準座標系の上にうまく立てないのか、ともかくも列車からの景色とは明らかに違うので、おすすめ自体は本当だろう。

ミラボー橋までは行かず、エッフェル塔、今日は足元がかなり湾曲して見える。エッフェル塔が周囲を見渡しながら地上と天国とをつなげて行くようなイメージは、ロラン・バルトがいっていたような。だから両岸をつなぐ橋を垂直にしているんだともいっていたような。
eiffel02おそらくこう見えるといいのかも知れないが、むりだった。

急にうしろの席の人が、ブリジットバルドー号があるというので、見るとその通り、どうしてアルファベットを見ていてすぐにわかるのか。古い建物にはときおりテレビのアンテナあり。ちょうど一時間。よかったといえば、署名でもなんでも、やってきなはれという気分になれたが、もういやとも思い、実際にはさっき署名につかまったヌフ橋を避けて、遠回り、ところがそこが遠すぎたか、歩いて歩いてCHATELETという駅。いくつもの路線が重なっているのか、他の駅では感じなかったが、構内が広くてなかなかM7のホームに出ない。cadetに戻って切符の販売機の練習を少し。空港までをみると10ユーロになっていた。地下鉄経由RERで空港へという親切なんだろうが、自分には無理で、旅行社頼み。

パリのファッション、若い人はブルージーンズで上着が黒のひと多し、ただしその黒、どういったらいいか、ちからのある黒が多くて、そこがシャレている感じ。黒というと、30年くらい前からか、黒の呪縛といっていたか、やたらと黒で決めるという流行があった気がするが、黒は気高いが、気高くみせたいという方向に、それでいいのだが、上下ともぴったりあわせて質感がむしろ行き過ぎたような気がしていたので、その意味では新鮮。少し上の年齢のひとのスカーフが、多くはないが、おしゃれ。cadet駅。なんと若い男達が、道を通る女性に次々と、Bonjour mademoiselleとしきりに声をかける。女性陣は逃げるように。何の勧誘なのか、このあとこのあたりをうろちょろしてたが、長時間やっていた。

パサージュをあとはうろつく日。日本の浮世絵、忠臣蔵とか市川海老蔵とか。本屋さんの本にPAIX EDITEUR 30 PROMO NOUVEAU PRIX 16 とか書いた紙が乗せてあるのがどうも、元値と今の売値が書いてあるんだとわかりかける。印籠大事典が90から35に。souvenirという文字だけが読め、文は読めないが写真集で、昔のパリと今のパリの、同じ場所を並べた写真集、田舎から都会に変わった所も多いようで、立派なレリーフの像のような扉があった所が普通に店になっていたり、樽置き場が公園に整備されていたりと、知っている場所だったらさらに面白い。一冊だけ本を買う。
parischats

PASSAGE JOUFFROYにて、10ユーロ、写真集で、フランス語英語表記、「PARIS CHATS」、日本でも買えそうなものだったが、コクトーとFOUJITA藤田が一緒に写っていたり、全て白黒だが、コレットあり、年をとったジャック・プレヴィール、サガンも写っているが彼女はタイプライターを使っていたんだと今昔を感じたり、なんと決定的瞬間のカルティエ・ブレッソンの撮ったものも2枚あって、うち一枚は、確かに決定的瞬間といえそうなもの、どなたが撮られたのか墓石の前に座っている猫の写真なども。実はそれなりに売れる本なのか、店内に入ったら、新しいのを出してきてもらえる。ここでも喋ったのはBonjour.くらいで、観光大国、いわずともわかるという感じで少々あっけない。

店めぐり。古い絵はがき。コレクターがおられるのか、地名別になっているようで、実際に使われたもの、たまに使っていないものもあり。第一次大戦時のかぶとや写真、PASSAGE PANORAMASの終わり近くには、なんと折り紙の店があり、2ユーロでメトロの切符を折ったものなんてある。GYOZA BARというのもあるが中は見ず、タンタンの本の1948年ものは今よりももうちょっと大きいのかとか、イサドラ・ダンカンが横向きのポーズだがもう少し肌を見せている写真集17ユーロを見たり、飲み物の自動販売機が地下鉄のホームくらいにしかないのに気がついたり、ロレット駅そばの教会に入ったり、さっき本を買った店にまた戻ったりする。
passage02パサージュ、朝一番の光景。この時間はまだ通勤の抜け道にしている人が通っているだけだった。

passage03本屋さん。かなりの人が立ち読みをしていた。

passage04ショーウインドウ。

passage05何のお店か。3=4。

この本屋さんでまた発見。ガラスの向こうに、セリーヌのVOYAGE AU BOUT DE LA NUITという本を見つける。ひと目、「夜の果てへの旅」の原書だと気がつく。こういう原題だったのか、もちろん中身など読めないが、セリーヌの本が今の世にきちっとガラスの奥に展示してあるのに感激する。夜の果てへの旅は、主人公がロバンサンだったか、フランス語でこんなに悪口雑言がたたけるのかといわれていて実際読んでみるとそうだったとか、そういえばセリーヌの医者としての論文は、センメルヴァイスの業績についてだったはずとか、ごちゃごちゃながらも覚えていたみたいな事が出てくる。そのセンメルヴァイスは、手洗いによる消毒をひろめようとして不遇な一生を送ったひとだったとか、セリーヌはヒューマニストだったが一点曇りがあって、次第に反ユダヤ主義に傾いて、戦後はデンマークに救われ最後は奥さんといっしょに鉄条網を周囲に敷いた家で暮らしたとか。そっかあ、セリーヌの悪口雑言また読みたいなあと思う。今そのセリーヌを平然と並べている本屋さんの見識!。

16:30再びホテル。8時間トイレにいってなく、トイレはこのあと空港で。テレビではしゃれて見え、実際に見てもしゃれていたが、カフェでゆったり読書といった気分はとうとう掴めず。空港までのワンボックスカーで自分と同年代らしきご夫婦と話すと、やっぱり街の三角形ぶりに苦労したらしいので、自分だけではなかったかと安心。オルセー美術館が珍しくかなりすいていて、8人くらいしか並んでいなかったというのを聞き、そこは残念。近代絵画を展示している所だったらしい。毎月第一日曜日は美術館が無料とか、ユーロ圏は10月中旬から11/1までがハロウィーンとか、しかしあんまり調べると、すいていると思ったら逆だったなんて事も自分だとありそうで詳しくは聞かず。

旅行会社のいいとこ。出国手続。いきなりJALのカウンターまで案内されてスムーズに。その分勉強にはならないとはいえ、迷うのは確実。おみやげ、チョコ2つ、小銭を減らそうとジュースとか。飛行機に囲碁将棋ソフトがあり、自分には囲碁は強すぎ将棋は弱すぎだが間がとれる。機内食でお腹はもういっぱい。オレンジ色のバガージュは結構傷ものとなる。

2015.11. 6(金)
夕方日本着。

反省事項。Tシャツや下着は7日行程くらいなら洗濯バッグよりも必要枚数持っていった方がラク。最初の日にバスに乗っていたらまた異なって見えたかも知れない。モン・サン・ミシェルというのが有名だが、帰国後に研究してみると、どうにもオプションのツアーで行った方が確実ぽい。自分が使ったつもりのフランス語は全部揚げたが、結局はBonjour monsieur.必要で、女性にはBonjour.のみの方がよかったような、何故かというに、お店だとmadameときちんというよりも先に女性の方が、何ですかというスタイルをとるのでmadameというのが間に合わない事が多々あった。あとはJe voudrais allerどこそこへ行きたいくらいだけだったか、これをくださいというのも使わなかったし、場所をたずねようにも、メトロの駅が見つけにくいにせよ、駅と駅との距離は短く、何かを捜していますというような場面もなかった。とはいえ要注意!、けが病気紛失とか、大きなトラヴルに遭遇しなかったからいえてるだけではある。あとは服装で、あんまり旅行者に見えないようにという話と、行ってみたら、何だか華やいで見えて自分の服装で遅れをとっている気がしたというような話と、ひとそれぞれで、これは何ともいえない。思い切って大きいバガージュで、チェックアウト後も荷物が預けられる所なら、なんでもかんでも持っていくのもいいかも知れないとも思いたくなる。帰りのワンボックスで一緒だったご夫婦のご主人の方は、トレーナーというか、今うちから出て来たみたいな格好で、奥さんにはどう見えていたかはお節介だが、なんだか真理がありそうだった。自分は動き回りやすくポーチとかは持たずと決めたが、いかにもあちこち回りたい旅行者に見えたのかと思うと、人相と服装とが一致しすぎていたのかも知れない。どなたかがネットで、フランス人は愛想がないというが実は親切なんですよと書き込まれていたがその通りだと思った。多民族国家ゆえかなどと大盤ふるまいしそうな所でやめるに限るが、人情とは異なるが、あとで思うと実は親切だったんだと気がつく事多々となった。
cadetカデット駅構内。感謝。