風がそよそよと抜ける庭。

柔い日差しが庭全体に降り注がれ、久々に暑苦しくない午前中。

そんな爽やかな時間をぶち壊すのは、
負の気を撒き散らしている黒髪のよく似合う凛々しい顔の男だった。




「本当に・・・・・・・行ってしまったんだな」




窓の冊子に肘をついて、何処ともなく遥か遠くを見つめているシリウス。
その全身からは哀愁とも哀感とも言える雰囲気が発せられている。


「ハリー・・・・」


その姿はまるで最愛の夫をなくした未亡人のようで
見ているこっちが心苦しくなるほど憂いを背負っていた。




「いつまでしょぼくれた顔してんだよ。いー加減に元気だしなよね」



シリウスはコーヒーのカップを2つ持ってキッチンから出てきたを、ちらっとだけ確認するが
それ以上のアクションをとることはなく、また窓の外を眺め切なく溜息を吐いた。

どうやら今の彼は相当病んでいるらしい。


は部屋の中央の机にシリウスの分の青いカップを置き、自分の白いカップに口をつけた。
ミルクの大量に入ったそれは、コーヒーというよりもカフェオレに近く
漂う甘い香りはの鼻をくすぐり、シリウスの鼻に不快感を与えた。



「おい・・・・・・・人が感傷に浸ってる時に、そんな甘ったるいもの飲むな」
「あたしが何飲もうとあたしの勝手です。居候の分際で家主に指図すんな」

「ぐ・・・・・・お、お前はハリーが出て行ってしまって寂しくないのか?」


こくんと音を立てて淡いブラウンの液体を咽に流していく
小憎たらしむ目つきで睨んでみたものの、
指摘されてたのは全く持ってその通りだから言い返せないので
せめて良心を痛ませてやろうと、核心をついた。

するとシリウスの狙い通り、は少しだけ顔を曇らせた。


「そりゃあ・・・・・寂しいよ」

「そうだろ?!だったら、やっぱり連れ戻そう!今なら箒を飛ばせばまだ間に合う!!」


シリウスは途端に生気を取り戻し
瞳を光輝かせながら、そう主張するが・・・・


「駄目!!夏休みは昨日で終わったんだから、ハリーはホグワーツに戻るの!」


断固としてはシリウスの意見に賛成しなかった。




そう・・・・長い夏休みは昨日で終わり、今日からは新学期。

は夕べ、シリウスが眠っているうちにハリーだけをそっと起こし荷物を車に積み込んで
キングズクロス駅まで送り、今しがた帰ってきたばかりだった。

もちろんシリウスは納得なんか欠片もしていない。


「だいたい何故俺が寝てる間に行ってしまうんだ!俺だってハリーを見送りたかったのに!!」
「あんたを連れてったら、ハリーを汽車から降ろしかねないからだよ!!」

シリウスがああ言えばがこう返し

「俺はハリーの保護者だ!離れたくないのは当然だろ?!」
「保護者だったらハリーを学校に行かせるのが義務でしょーが!!」

シリウスが今度はこう言えばがああ返す。

「必要ない!魔法なんて俺とお前で教えればいい!!俺達のほうが教師なんかより優秀な魔法使いだ!」
「それが傲慢なんだってば!セブルスに散々言われたのにまだ分かんないのかよ!」

シリウスが机を叩き熱意で黙らそうとしても
はカップを叩き置いて一層強く叫ぶ。

「スネイプだと?!お前あんなやつの肩を持つのかッ?!俺じゃなくてアイツを選ぶのか?!」
「選ぶ選ばないじゃないっつの!ちょっとは冷静になれバカ犬!」



ずごんッツ
     びしゃっ



「んぐぉっ!狽っちィィイーーーっッ!!」



終いにゃの投げた飲みかけコーヒー入りのカップが、
ただの陶器が当たったとは思えないような鈍い音をたてて
シリウスのど頭(ドタマ)に命中し、その中身を容赦なくぶち撒いた。

ミルクたっぷりコーヒーをシャワーのごとく浴びたシリウスは
着ていたシャツを,3秒以下の猛スピード脱ぎ捨てて、頭を拭きながら喚き散らす。


「何てことするんだ!!普通なら大怪我だぞ!今の!!」
「・・・の割には火傷一つ傷一つ負ってないね」
「そりゃ昔っから散々即死レベルの
の攻撃くらってたからな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


甘ったるいコーヒー臭が気になって、鼻をくんくんヒクつかせながら
『愛』のところをヤタラと強調して、に熱い視線を送るシリウスだが
その熱視線は、ものの見事に拒否された。


「あーもう、馬鹿には付き合ってらんない」
「秤エを捨てる気か?!」
「・・・・・・・・・・・・・・・(どうしよう、本当に馬鹿だ・・・今更だけど)」


上半身裸のままで、これは一大事とばかりにに接近し
涙目でなにやら必死に訴えかける。

この男が名付け親のハリーがちょっと哀れでならない。

頑張れよ、ハリー。
あとあたしも頑張れ。


はふぅ・・・と溜息に近い声を吐き出し、シリウスを横に退かしてドアへ向かう。


「お、おい!!本気で捨てるんじゃないよな?!」
「捨てない捨てない。だから黙ってろ」


がやる気なくそう答えると、シリウスは尻尾があったら激しく振っているだろうと思えるほど
喜びを露にしての小柄な身体を後ろから抱きしめた。


「ちょっとシリウス!重いって、離れろー!」
「嫌だ」
「嫌だじゃない!!離れてよ、もうッ」


首筋に埋められている黒い頭を必至に押し返すが、なかなか離れようとしない。

このままだと、もしかしたら結構不味いことになりかねないんじゃ・・・・と
脳内にイヤな未来予想図が浮かんできたので、
それをかき消すためにベルトホールにさしていた杖を手に取り


「おあずけ」


発情寸前だった犬の鼻先につきつけた。


「うぐ・・・わかった。今は我慢しよう」
「今だけじゃなくて、あと60年くらいずっとしてろ」
「それはナチュラルに死ぬまでって言ってるのか?」
「さあ、どーだかね」


本当にどうでも良さ気な口調で、絡み付いていた腕を解いたシリウスから杖をそらし
置きっ放しだったマグカップに呪文を唱えた。

飲みかけだたカップは宙に浮き、勝手に飛んで行って
中身を流して水の入ったボールの中へとぽちゃんと小さな音だけ残して手間いらずで沈んでくれた。


「珍しいことがあるもんだ。家事に魔法使うのは嫌いなんじゃなかったか?」
「ちょっと忙しいんだよ。見逃して」
「何か用でもあるのか?」
「まあね。これからマッハでホグワーツまで・・・・・・・・・・・・・・・・・あ」


しまった・・・・・。

そう思って口を塞いだ行動は、全く意味がなかった。



「ほぅ・・・・・それはまた、どういう事か聞かせてくれるか?」


低い声の丁寧な言葉遣いに含まれているのは
分類すると、怒りに最も近くとてつもなく厄介な種類の感情。

しかも・・・・この男のそれは他の人間の何倍も激しく強い。


「え?あたし何か言ったっけ?」
「とぼけるな。今確かにお前は”ホグワーツ”って言ったぞ」
「うそ〜、知らないなぁ」


誤魔化せないことなんて百も承知。
それでも言うわけにはいかない。絶対に。

『あんたを独り置いて、あたしはホグワーツに行く』

なんてこと。


言ったら最後、足にすがり付いてでもコイツは行かせてくれないだろうし
もっとありえるのは、自分も行くって駄々をこねるという最悪の事態。

コイツはどういうわけなのか、自分が追われる身である自覚が果てしなく薄い。

は?どのくらいかって?
具体的に言えば、ケチって作って後悔するはめになったカルピスくらい・・・かな。

はい、今そこで馬鹿にしたキミ!
誰だって生涯一度はやるんだよ、貴方は偶然まだやってないだけです!

ちなみに・・・あたしはこの夏休みで記念すべき(約)300回めを経験した。




とにかく、だから絶対に言わない。

たとえ怒りに満ちたこの馬鹿犬に襲われることになったとしても・・・・だ。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「どうあっても言わないつもりか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・それなら俺にも考えがある」


目の前の無駄に高い背丈の体がゆらりと動く。

やっぱり来るか?!
来るなら来い!返り討ちにして、ふん縛って、地下室に閉じ込めてやる(んなモンないけど)


拳を握り構えるが、シリウスは何をすることもなくの横を素通りし
そのままドアを出て行ってしまった。


「え?シリウスどこ行くの?!」
「ちょっと待ってろ!すぐ戻るからッ」
「わ、わかった・・・」


姿のない声だけの指示に従っては拍子抜けしつつもシリウスが戻ってくるのを
ひたすらぼーっと待つことにしたが、それから1分もしないうちにリビングのドアが開いた。

戻ってきたシリウスの手にあるのは、何の変哲もない白い小箱。


「なに?その箱」
「お前がハリーを送って行ってた時に来た届け物だ」
「そっか、受け取っといてくれたんだ。ありがと」


荷物を受け取ろうと手を伸ばしただったが
シリウスは彼女の手をひょいっとかわして、箱を自分の頭上まで掲げた。

これでは小柄なは背伸びをしても届かない。


「シリウス、それ寄越せ」
「『ホグワーツに・・・・』の続きを素直に言うなら喜んで」


小箱を持った右手をスッと胸元辺りに移動させ
まるでホストのような礼をするシリウスに、のボルテージは順調に上昇中。


「渡さないと晩飯
にするよ」
「だったら味付けは塩コショウで頼むぜ」

「飲み物はミルクでいい?砂糖と蜂蜜たーっぷりの」
の口移しでなら腹が破裂するまで飲むさ」

「追い出すぞテメェ・・・」
「お好きにどうぞ。その時は俺の荷物の中にきっとお前がいるぜ」


うわ・・・本当にやりそうだよ、こいつなら。

口喧嘩がそれほど強くないはすぐに言葉に詰まってしまった。
言葉遊びなら賢いシリウスの方が昔から何枚も上手だったから
こうなることは予想していた。

次なる手立ては・・・・どうしよう。
考えてない。



「・・・・・ところでこれの送り主って誰なんだよ?」


この場面には不似合いなすっ呆けた質問をするシリウス。


「誰だ・・・ってあたしが知るか。包み紙かなんかに書いてなかったの?」
「なにも書いてなかったぞ。ただ・・・・・」


こんなモンがクッションに使われてた・・・。
そう言いながらシリウスがズボンのポケットから出したのは

もしゃっとした白い髭の塊り・・・・・・・・・・。


「・・・・今、ふっと思いついたんだが・・これの送り主ってダンブルドアか?」
「違ったらそれこそ怖いよ」
「だな・・・。けど普通こんなもんクッションに使わねぇよな」
「そーだね」


(何考えてんだ、あのお茶目なじーさん・・・)


この時ばかりは2人の心の中が綺麗にシンクロした。



「それはそうと、ダンブルドアからの物なら渡してもらわないワケにいかない」
「その台詞そっくりそのまま返す。
 ダンブルドアからの届け物なんて、面白そうな臭いがぷんぷんするモン渡せるかよ」


ふふんと得意そうに笑うシリウス。
こういうところは学生時代から全く変わってない。


「返せ」
「言え」

「返したら言ってあげる」
「言ったら返してやる」

「返せったら返せ!!犬焼きにして知り合いの中国人に食わすぞ!」
「犬焼っ・・・・!?」


一瞬シリウスの頭に、丸焼きにされて皿に盛り付けられ、
顔も知らない中国人に食される寸前の自分の姿ががやけにリアルに描かれたが
ぶるんぶるんと激しく頭を振ってその画をかき消し


「それが何だ?!そんなの学生時代にしょっちゅうお前にやられかけてたから今更怖くない!!」

「ちっ・・・まだ覚えてたか。結構根に持つタイプだね、シリウスって」

「あんな特殊な体験そうそう忘れられないぞ。ふつう」


「今でも時々夢に見る。お前が火の猛ったフライパン持って追いかけてきた、あの地獄の鬼ごっこのことを・・・」

「懐かしいねぇ。そういや一回セブルスのローブに火が移ったことあったよね」

「ああ、あの時ばかりは俺の代わりになってくれたアイツに心の中で礼を言った」


「あはは。まあ大事にはなんなかったんだからセーフってことで・・・・・・・・・・・・・隙ありィっ!!」

「狽、おッ!?」


が杖をナイフのように投げてシリウスの手中にあった囚われの小箱に命中させた。

弾かれた小箱は高く弧を描いた後、地中の法則に従って真っ直ぐ落下しだしたところで
シリウスの肩を使って宙に舞ったによって救出された。


「へっへーん。油断大敵」
「汚いぞ!お前と会話してると俺の注意力がなくなるの知ってるだろ?!」
「そんなのあたしのせいじゃないし・・・逆切れすんな」


降りかかるようなシリウスの文句を一切無視して、は小箱を開けた。
中に入っていたのは筒状になったメッセージカードだけ。
他には何一つとして入っていない。


ダンブルドアの考えてることは分からん・・・。

はそう心の中でぼやきながら、メッセージカードを丸めている麻紐をほどくと
中からガラスの小瓶が姿を現した。

一見何も入ってないように見えるが、よく見ると
ほんの一滴だが無色透明の液体が底で粒になっているのが確認できた。


肝心のメッセージカードの方には


”お茶目な白髭爺からの贈り物は成功の涙”


と、達者な字が綴られていた。



「・・・あーあ。ダンブルドアは何でもお見通しか」
、その瓶の中身なんなんだ?」
「不死鳥の涙」
「そんなもん一体何に使う気・・・・・・・・・・・狽チまさかお前!?」
「流石・・・多分正解だよ」


瓶を傾けて明かりを反射させながら笑うの顔は
どういうわけか清々しいくらいの爽やかさだった。


「最近夜中にコソコソなにかやってるとは思ってたが・・・・・・あれは禁薬だ!今すぐやめろ!」
「冗談言うな。あとはこれ入れさえすりゃ出来上がりなんだからね」
「もうそこまで完成させてたのか?!」


は驚愕するシリウスを尻目に
さっさとリビングを出て階段を上り自室のドアを開いた。

シリウスもその後ろに正しく犬のようについてきている。



「考え直せ。もしお前の身体に何かあったら・・・!」
「あー、うるさいうるさい。大丈夫だって、問題無し!!」
「大有りだ!!自分の魔法薬学の成績覚えてないのか?!」
「覚えてますとも。自慢じゃないが赤点以外とったことない!」
「本当に自慢じゃないな・・・」
「うるせー」


そうこう言いながら、はベッドの下から大きな木箱を取り出し、その蓋を開ける。

中にあるのは色とりどりの液体が揺れる瓶や、原型がないほど砕かれた何かの実。
それに様々な動物の臓器や干物。極めつけはまだそう古くない・・・・むしろ新しい血のついた
ドラゴンの物と思われる巨大な牙と爪。どちらも使用済みらしく少し欠けている。

シリウスは許可なしに両手を突っ込んで更に箱の中を漁る。

直後、右手によく分からない感触を感じたので、それを引っ張りぬくと、
出てきたのは・・・・・何故か大量の綿毛。

続いて左手が布のようなものを掴んだので引っ張ると
出てきたのは・・・・・白衣。しかもサイズがやたらでかい。


「それ、知り合いの変態ドクターから昔貰ったやつ」
「お前どれだけ知り合い居るんだ?」
「・・・・・・・・・・・変な知り合いだったら無駄にいっぱい居る」


確かに。
の口から飛び出す”知り合い”ときたら変人だらけ。
その数は正確には分からないが、相当の人数だ。


無謀にもシリウスは未知なる空間にまたも手を差し入れると、今度は大物を掴んだ。

ざらざらとした表面にビールジョッキより少し細いくらいの太さ。
引っ張ろうとしても中々に重く、心なし逆に引っ張られてる気がしないでもない。

勇気を振り絞って両手でそれを引っ掴み、思い切り引き抜いた。



「ぎゃーーーッツ!!」
「何やってんの、馬鹿!早く中に戻せ!」
「戻せって・・・第一何でアナコンダなんか入ってるんだよ!しかも生きてるぞ!!」


長い胴体をくねらせたソレは機嫌が悪いのか、強く巻きついてきて離れないので
仕方なくシリウスは魔法で引き剥がし眠らせた。

よくよく見てみれば、その蛇は体長1m以上あり、
とてもじゃないが木箱に収まっていたとは思えないのだが
その辺はのことだ、何か魔法を使ってどうにかしてたんだろう・・・

そう無理矢理自分を納得させるシリウスだった。


シリウスがそうしている間に、はゴチャゴチャした箱の中から
薄い朱色の液体が入ったガラス瓶を引き抜き、ベッドの上に全身を投げ出すように乗って座り込んで
あろうことか服を・・脱ぎだした。

同室で起こっている、その奇跡のようなチャンスに気づいたシリウスはゴクッと生唾を飲んで
迷うことなくベッドに・・・・と言うより、に向かってダイブした。


ー!ついにその気に・・・・へぶぅっ!!」
「なってねぇよ変態。つーかあっち向け馬鹿野郎」


覆い被さられる前にの拳が野犬シリウスの頬にダイレクト・ヒット。
幻の左ストレート炸裂。

軽く2mほど吹っ飛んだシリウスに向かって
右手のガラス瓶を見せながら、


「これ全身用の塗り薬なの!!」


と、簡潔な説明をした。
それを聞いたシリウスの顔が、途端に真剣になる。


「・・・本当に、やるのか・・・・・?」

「当然!止めても無駄だよ」

「・・・・・わかった、好きにしろ。
 お前が言ったところで素直にやめる奴じゃないのは俺が一番よく知ってる」

「あ、待ってシリウス」


紳士的にも部屋から出て行こうとするシリウスを何故か呼び止める。


「手伝ってほしい事があったりするんだけど・・・」
「・・・・・・・・何だ?」
「背中。・・・塗ってくんない?自分じゃちゃんと塗れないだろうから」
「喜んで!」


瞬速で駆け寄り、から薬を受け取る時の目ときたら
それはもう・・・・一言で言うならおあずけをとかれた犬のよう・・・。


「ああ・・・夢にまで見たの生肌・・・・・v 柔らかい・・vV」
「うわぁ、背後からとてつもなくオゾマシイ気配が漂ってくる・・・・」

「滑らかな触り心地・・心地いい体温、・・・・・・・・・・・・・・美味そうだな・・・・・」
「シリウス、マジで怖いから」

「なぁ、このまま押し倒していいか?」
「あのアナコンダの餌にされたい?」
「・・・・いや、万に一の望みを込めて言ってみただけだ。忘れてくれ」


作業は思いの、難航した。

理由は想像に易いもので、少しでもシリウスの手つきが厭らしいものになると、
が厳しくストップをかけるためだ。

おかげで背中一つ塗るのにやたらと時間がかかってしまった。


「さて、じゃあ次は前と下だなv」
「そう。だから出てけ」
「そんな殺生な?!ここまで誘っておいて放置プレイは酷いぞ!!」
「最初っから背中だけって言ったでしょーが!!出てかないなら強制的に気絶してもらうけど・・・」
「何か問題が起こったらいつでも呼んでくれ」


ごごごごっ・・・と、のバックに炎が見えたシリウスは
早々と、だが渋々と退場した。

部屋に独りきりになったはシーツで隠していた上半身を晒し
腕から肩、そして胸と腹にかけて丹念に薬を塗りこんでいく。

ひやりとした感触に敏感な身体はいちいち反応するので作業は難攻を極めた。


「っ・・・シリウスに塗ってもらった時は我慢しながらやったけど・・・こりゃキツイ」


己の神経の過敏さを呪いながら、黙々と続行する。
そして10分もすぎた頃、やっとの思いで全身に満遍なく薬を塗り終えたのだった。



「ふぅ・・・・・・さてと、最後の仕上げは・・・・やだな」


手の中にあるものはダンブルドアから届いた小瓶。
この不死鳥の涙を、ある箇所に垂らせば・・・・・薬の調合が正しければ、即効で効果が出るはず。

唯一の問題は、自分一人では垂らす時の条件を100%は満たせない・・・ということだ。


こればかりは、他人に頼まなければならない。

そしてこの家にいる自分以外の人間はシリウスだけ・・・。



「嫌がってても仕方ない!覚悟を決めろ!!」


己に活を入れるつもりで、頬をぱちんと叩く。
そしてシーツで身体を覆い隠し、息を軽く吸い込んで・・・・・


「シリウス、入ってきて」


ドアはすぐに開いた。恐らく廊下に居たのだろう。
シリウスの顔は驚きと喜びが複雑に入り混じったような表情で
を獲物のように見ている。

この男は、また何か勘違いしてるのだろうか?


「先に言っとくけど、誘ってるんじゃないからね」
「・・・・・違うのか?」
「総仕上げだよ、手伝って」


ガラス瓶をシリウスに向かって突き出す。
の金の瞳が色を増したように輝いた。
その艶やかさと来たら太陽と月が一緒になってかかっても霞んでしまうくらいの真たる黄金。

この眼光を前に逆らえる人間なんて きっといない。



「・・・・これを、心臓の真上に垂らしてほしいの」

「わかった」


瓶の中できらりと光る涙を受け取る。



「絶対失敗しないでよね!」


そう言うの顔は酷く赤らんでいた。
それはそうだろう。

心臓の真上に垂らすということは、つまり・・・



は纏っていたシーツを潔く取り払った。
シーツは情け程度に下半身は隠しているものの
象牙のような肌の上半身は、一糸纏わぬ姿でシリウスの眼前に晒される。


「ああ、任せろ」


手の中にある瓶の栓を抜いて、ベッドに肩膝をつく。
視線を交わしお互いに一度頷いた。

柔らかいベッドに女が沈むと一面の白に甘い金の華が咲いた。
覆いかぶさる男。
まるで金を侵食するかのような深い黒。

女は顔にある黄金が埋まっている大きな裂け目を2つとも閉じ、
全身の力を可能な限り抜いて全てを男に託す。

失敗の許されない男。

ミスをすれば、愛する女がどうなるか分からない。
もし何も起こらなかったとしても、女が自分を許さないだろう。


男はゆっくりと正確に、女を生かしている物が埋まっている上に己の顔を移動させ
何度も、何度も、
繰り返し微調整をして、確実に真上と呼べる場所を探す。


だが目で判断するのには限界があることを理解した男は
そっと・・・指先を膨らみの合間に置いた。

その瞬間、女の身体はびくっと小さく跳ねたが、
それ以上の反応はしなかった。

それは男を信頼し、委ねているという確なる証。


胸の中心から左の膨らみにかけての狭間に指を這わせる。

じっくりと目的の場所を探す。




そして、・・・見つけた。
何所よりも格段に女を生かしている臓器の動きと熱を感じる場所。

男は瓶をかざし、スローモーションのような動作でそれを傾けた。


宙に落ちる涙。


粒状のソレは男の恐怖と女の期待を一身に受けて
白い肌にぽたりと触れて・・・・・・消え失せた。



「・・・あっ」


どくっと弾けたように女の心臓が鳴く。



「ん・・・ぁ、ッ!!はっ、ンぐぅ、あ・・!ぅああァ――――ッ!!」
!?」


悪夢から逃げるように姿を見せた金の双眸。
そこから惜しみなく零れ流れる無色の液体たち。

詰まる呼吸。
酸素が肺から、脳から、血管から
全て抜き去られていくような消失感が容赦なく全身を襲う。


全身の毛穴が開き、ほとばしる汗が
まるで体内で蠢く血よりも滾った(たぎった)熱を抱いてシーツに染み込み

涙が落ちた心臓は、灼けるように、燃え上がるように
女の神経と精神を殴りつけ締め上げる。


いつもは愛らしい唇からは、絶頂を迎えた夜の声と間違うほどの
艶やかかつ張り裂けんばかりの音が出たかと思えば

次の瞬間は耳を塞ぎたくなるほどの
苦痛に濡れた切り裂けんばかりの奇声が悪魔のように姿を現す。

そして身体の髄からむせあがってくる醜悪な鉄の臭い。


男のオトコの部分を刺激し魅了する肢体が
痛みに耐え切れず無防備に全てを曝き、暴れだす。

清潔な爪が、この時ばかりは凶器のように己の白い首を突き掻き毟り
スプリングを壊すほどの力で脚がベッドを叩きつけ
跳ねる肉体は耐え難い苦しさから解放を求め、何度となく跳ね上がる。


投げ出された四肢と裸体。

たまらず男は女の自由を奪った。

正しくは、起き上がらせ自分に抱きつかせた。
女自身を傷つけていた爪を己の背に回させ
頭や顔、背中を撫でこすり、痛みを和らげてやろうと奉仕した。


男にとって女の苦痛は見るに辛すぎて

だけど変わることはできなくて


苦肉の策だ。
己が無力だと悟ることが分かりきっていたのに。



女は捧げられた自分ではない身体にしがみつく。
短い爪が皮膚を何度も引っかき、男の背には幾つもの赤い痕が出来上がった。

チェリー色の唇から伝ったルビー色の血に気づいた男はそこに指を挿れ、
女のために更に己の身体を犠牲にした。

骨を割かれるような味わった事のない恐怖に似た痛みが押し寄せるたび
女は男の指を食いちぎるほどに歯をくいしばる。
口内を支配するのは、切れた唇から湧く自身の血と、男の指から漏れる血の味と臭い。

2種類の血が女の嗅覚と味覚を侵す。



そして最奥より生まれ出る最大の激痛。



己が張り裂けたような、激しい高鳴り。




肉が、骨が、脳が、心が・・・・悲鳴をあげた。






「ーーーーーーーー・・・・がはっ!!」




直後に、女は随分昔に飲み込んでいた異物を吐き出すかのような思いで
胎内に溜まった息を吐き出した。





徐々に、徐々に、男の腕の中の女が小さくなっていく。

それだけではない。


背の中ほどだった髪はしゅるりと伸びだし、呻き声はほんの少し高く幼くなり
細身の身体は女らしい肉付き減らし、より華奢になっていく。
水々しい肌には若さ特有の弾力が戻って生まれたばかりのパールのように輝いている。


男は汗まみれの女の顔を覗いた。



・・・・・・・成功だ」



安心しきった声で、男は女に
シリウスは、に現実を告げた。


「はぁ・・・・はぁ・・・・・・・・・・・・・ほんと?」
「嘘なもんか」


見ろ、と
転がっていた空の薬瓶にの顔を映す。

映し出されたのは、童顔にしても若すぎる顔。
常識的に考えなくても30代の顔じゃない。



「この顔は間違いなくあの頃、学生時代の・・・お前だ」



は自身の作り出した禁薬によって

見事、若い頃の肉体を取り戻すことに成功した。




「よっしゃー!!大成功!流石あたし!!」
「本当に恐れ入るな、お前には」
「もっと褒め称えていーぜぇ!!」


高笑いをあげながら誇る
姿が姿だけに、やたらと愛くるしく懐かしい

・・・・のだが、


「取り合えず、服着ろ。襲うぞ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ」


自分が素っ裸であることを忘れて、仁王立ち状態だった

次の瞬間

シリウスを殴り倒し部屋から追い出して、
いそいそと用意してあった昔の制服を着だしたのだった。










、一つ聞いてもいいか?」


着替え終わったと復活したシリウスがリビングに戻ってきた頃には
薬の作用で苦しんでいた時間は思いの他、長かったらしく
時計の針は既に10を半分以上過ぎていたので、2人は少し早めの昼食をとっていた。


「なに?」


卵のホットサンドを頬張る
歳不相応に幼く見えて、彼女に恋をしたばかりの当時を思い出し
シリウスは頬を赤らめつつ、言った。


「思ったんだが、何も禁薬を作る必要はなかったんじゃないか?
 縮み薬でも記憶はあるわけだし・・・」


そう、ただ若返るだけなら
わざわざ危険な禁薬で命を賭ける必要なんてない。

縮み薬をほんの少し改良して効果を持続させるようにすればいいだけ。
それほど簡単なことじゃないが、少なくとも禁薬を作るよりずっと簡単だ。

だがはウインナーを齧りながら言い返す。


「駄目だよ。だって縮み薬じゃ魔法力も当時に戻っちゃうじゃん。
 それじゃハリーのこと護れないよ」


あたしは身体だけ戻りゃいーの!
手のひら半分ほどのハムサンドを口に詰め込みながら言い切った。


が若返った理由。
それは何を隠そう、ハリーを護ること。

ホグワーツにダンブルドアが居るからと言って、何事もないとは限らない。
現にハリーは今までにも何度か命の危機に晒された。
そして、今年以降も何かしらあるはず。ハリーは数奇な星の下に生まれた子だ。

何も無いことは、多分無いような気がする。


だったら自分が行って護ればいい。
大切なものは自分の手で護らなければ駄目だ。手放すな。

この手でしっかり掴んでいなくちゃ。

もう・・・何一つとして、失いたくないから。




「それに・・・・」


はスープ皿の中のミネストローネをスプーンで掻き混ぜながら


「「縮み薬の改良なんかより禁薬作るほうが面白そーだったから」」


示し合わせたように全く同じ台詞を被せてられて驚いてシリウスを見る。
何気なしに言った独り言だっただけに、その驚きは大きい。

ぱちくりと目を見開いたの顔を見たシリウスは
またも、得意げにニヤリと笑った。


「それが本当の理由だろ。お前の考えることくらい俺はお見通しだ」

「・・・・・ちぇっ、シリウスの阿呆ー」


負け惜しみにもならない悪口を言いつつ冷えたミルクを咽に流し込み、残りのサラダを平らげる。
やっぱり根性使い果たした後のご飯は格別に美味しい。


「さーてと、ごちそーさまでした!」
「俺も。ご馳走さん」


チキンのパイシチューを食べ終えたシリウスが、の分の食器もかたす。
準備は、片付けはシリウス。

一緒に暮らすようになって何となく決まった役割分担だった。

でも、この役割分担も1年ばかりお休み。


水を出して食器を洗い出したシリウスの背中に
は穏やかに話しかける。



「シリウス、それ片付けたら行こっか」

「何所にだ?」

「あのさぁ、何のためにあたしがこの身体になったか忘れたわけ?」




シリウスの手がぴたりと止まった。




「俺も・・・・行っていいのか?」

「うん。一緒に行こう」

!!」


持っていた食器をぼしゃんと水が溜まったボールの中に取り落とし、
驚きと喜びに満ちた顔をに向けそのまま突撃に近い勢いで抱きついた。
再会した頃に比べ、格段に筋肉が戻ったシリウスの腕は、
痛いくらいに少女に返った愛しい人を抱きしめる。


「そんなしがみつかなくたってイイじゃん。男らしくねーぞ、シリウスくん」

「・・・・・置いてかれたら」

「え・・・?」

「・・・・置いてかれたら、どうしようかと思った」

「・・・・・・置いてかないよ」


もそれを拒まず、自分よりずっと広く大きい背中をぽんぽんと軽く叩いて
まるで幼子をあやすような仕草でシリウスを宥めた。


「あたしは、もうシリウスを独りにしたくない」

「最初は置いていこうとしたくせに・・・」

「まあね」


でも・・・・本当はもの凄く迷ってたんだよ?

でもこれは言わない。
言葉にすると、アンタは調子にのるから。



「あたしは留守番しててもらうつもりだったけど・・・・お許しも出たからね」
「許し?」
「これだよ、これ」


ダンブルドアからのメッセージカードをひらつかせ
シリウスに手渡す。

カードには短いメッセージの上に、確かに


”勇猛なる魔女と果敢なる騎士へ”


そう書かれてあった。



「・・にしても果敢なる騎士かぁ。・・・・・・ぷっ、似合わねぇ〜」
「それ言ったらお前だって勇猛じゃなくて喧嘩っ早いだけだろ!」
「なにおー!!シリウスこそ果敢じゃなくて無鉄砲なだけじゃんか!」
「無鉄砲とはなんだ!!俺はただ・・・」
「猪突猛進なだけ?」
「それについてはお前は人のこと言えないと思うぞ」
「うっ・・・・・」


自覚しているところを突かれて言い返せない。


「そーいう事言ってると置いてくぞ!!」
「すみませんでした」


あっけなく頭を下げる犬。

ああ、情けない・・・。



「ふ〜。話も済んだところで・・・・・行きますか!」
「ああ!」


は久々に足を運ぶ学び屋を思い
シリウスは大事な名づけ子に会えることを思い拳をあわせ



「「いざホグワーツへ!!」」



早速ダンブルドアのいるであろうホグワーツの校長室に
フルーパウダーを使って直行する男女が1年後、

仲良く3人で帰ってくることを棚上に飾られた古今の写真たちは祈りながら見送った・・・。



勇猛果敢な2人のグリフィンドール生に光在らんことを。















全てを救う輝きがキミの中にある

僕はそれを知っているよ

光と闇の架け橋になれるって
キミならきっと 希望と絶望の手をとって笑える












*あとがき*

長っ!!長すぎるよ!!
これから話始まるはずなのに自分的には、これを書き上げて完全燃焼気味。
駄目じゃん、自分。