「はぁ・・・此処にも居ない」
太陽の光を透かせても赤茶が混じることのない生粋の黒髪が
ホグワーツの校舎の外に生い茂る木々の間を抜ける。
時折、人が寝転がれそうなスペースのある場所を見つけては
そこを丹精と言えるほどの美しい顔が覗き込み、
造形物のような眉を少ししかめて溜息を残す。
その繰り返し。
少年・・・トム・M・リドルは一人の少女を探していた。
世界
「ってば、一体何処に行ったんだ」
ぽつりと草に言葉を落とすようにして立ち止まる。
そもそも今は授業中。
本来ならば人探しなどする必要のない時間帯。
なのに何故、彼はと呼ぶ少女を探しているのだろう。
再び力なく歩く彼の足は何処へ向かっているのか誰にも
そう、本人にさえも分からず、ただ探し人を求めて次の足で大地を踏む。
そよぐ風は重さのない向かい風。
を探すのを阻むよりも、リドルの疲れの癒しと云えようか。
木々の鳴く声と野鳥や獣たちの生きる音。
遠くの方で水の跳ねる僅かな音までがリドルの耳に入ってくる。
壮大すぎる自然。
何処から探していいか、凡その見当すらつかない。
幾つめかの木漏れ日場所を見つけ、葉を掻き分ける。
寝転がったらいい感じに眠りにつけそうな木の根元には木の葉が舞っているだけ。
上を見てみても、緑の葉以外に色はなく、風が葉を揺らす以外の音も聞こえず。
外には出てないのでは?
そんな考えが右から左という感覚で頭を横切ってもみたのだが
すぐにかき消されて跡形と残らなかった。
「こんな天気のいい日にが校舎内でサボってるわけがない・・・」
という人間と少しでも関わっている者ならば
どんな鈍い者でも想像は易い。
けれど、という人間と親しい間柄の者ならば
それと同時に外に出た彼女を易々と見つけられないということまで浮かび上がる。
では、たった今。
振り返った先の湖の畔へ一直線に歩き出したリドルは
一体どちらに入るのか。
答えはない。
どちらにも入りえない。
二択を迫れば後者ではあるのだが、それでは足りない。
彼は、の無二の存在。
そして彼にとっても同じくして唯一の人。
この世界に生を持つ数多の命の中の只一人の・・・
「・・・・・やっと見つけた」
惜しみない太陽の光が注ぎ満ち、まるで鏡のように煌きを宿す湖に
彼は探していたものを見つけた。
その声に気づいた彼女は
ぱしゃりと涼やかな水音を生みながら、当然のようにこちらを振り返り
心底嬉しそうな、心根浮れた様子が見られる笑顔をリドルに贈った。
「今日もちゃんと見つけられたね」
「当たり前だよ。僕はキミの恋人なんだから」
ローブと靴、果てに靴下すらも脱ぎ捨てて、湖で一人はしゃいでいた少女。
彼女が彼の恋人、・。
「ああ。そういえばそうだったね」
「そういえばって・・・キミは僕の事なんだと思ってるんだい?」
呆れながら、のローブ等が脱ぎ捨てられている柔らかい草の上に腰を下ろした。
せっせと少女のローブを畳む彼は、意外と家庭的なのかもしれない。
そんな彼に実に楽しそうな眼を向ける彼女。
「そうだなぁ、犬のお巡りさんとか」
「それじゃあは迷子の子猫?」
「そーなるね」
「そんな可愛いものだったら僕ももう少し楽なのに」
「悪かったな、可愛くなくて」
「は可愛いよ。ただ度を越えて厄介なだけさ」
畳んだローブの傍に、靴を左右そろえて並べ
その中に、やはりきちんと畳まれた靴下を入れられる。
「リドルー。これと・・・あとこれも!」
「ちょ、ちょっと!なに脱いでるのさ!?」
「大丈夫だって。ちゃんと下に着てるから!」
の声と一緒にリドルに向かって宙を泳いできたのは
リドルのものとは違うコントラストのネクタイと、真っ白のワイシャツ。
「期待したー?」なんてふざけて見せるとは対象的に
リドルの方は、投げ渡された恋人のシャツと本人とを見比べて顔を瞳のように朱に染めた。
「いくら僕しかいないからって外でそんな格好して・・・知らないからね」
「なーにが?」
「・・・風邪ひいても」
含んだ意味合いは、本当は少し違うことなのだが
そこは正直に言わず。敢て二番手に考えていた事を然も当然の如く伝える。
けれど幾ら温かいとは言っても、まだ季節は冬に近いこともまた事実。
そんな中、ローブも着ずに・・・というよりも水に入るなんて馬鹿もいいところだ。
「あたしが滅多に風邪ひかないことくらいご存知でしょ」
「ああ、そうだったね。キミは風邪もひけない健康体だった」
「それ遠まわしに馬鹿呼ばわりしてるだろ・・・」
「馬鹿だなぁ、可愛い恋人のキミを馬鹿扱いなんてするわけないだろ」
「てめぇ出だしで今なんて言ったよ」
「馬鹿だなぁって」
「馬鹿扱いじゃん。それ」
「どうだろうね」
の赤と黄のネクタイをピッと真っ直ぐにして折り畳みながら
リドルはくすくすと楽しそうに笑った。
珍しく、嘘のない彼の笑顔。
偽りに満ちた彼の生活における、たった一つだけの本音の部分。
彼女の前でだけは演技でも詐称でもない、歳相応の少年の感情を見せる。
そう。
彼女の前でだけ。
「馬鹿にしやがって・・・いいよ。リドルなんか嫌いだから」
ばしゃばしゃと水の中に乱暴に足を突っ込みながら
湖の奥に走りだした。
リドルはそんなを靴も何も脱がずに慌てて追いかけた。
折角畳んだローブも無残に草に落ちる。
ぱさりと、布が地につく音なんて、もう二人には聞こえない。
「待ってよ!ごめん謝るよ」
「ぷっ、なーにそんな真剣になってんの?」
「なっ!僕は本気でキミに嫌われたかと思って・・・」
「さっきは嫌いだったけど、今はまた好きになったから安心していいよー!」
徐々に深くなる湖。
既に先を走るはその細い足の膝近くまでを水に浸しており
スカートも跳ねた水滴でびしょ濡れ。
それは後を追うリドルも然り。
こうなってくれば勿論、足の裏は湖泥にすくわれ、脚は水に囚われて
自然と動きも鈍くなる。
したがって起こり得るのは・・・・
「っどわぁッツ!!」
「!?」
水苔に滑ったのか、勢いよく前のめりに重心が傾くの体を捕まえようと
リドルは大慌てで手を伸ばし、倒れ往く愛しい少女を引き寄せようと奮闘したのだが
コトは少女漫画のように上手くはいかないもので。
助けになる筈の腕は、何故かがっちりと助ける筈だった少女の手に掴まれて。
彼女の顔には不適な眼つきと諦めたかのような口元。
嫌な予感がリドルの脳を右から左に駆け抜ける。
「こーなったら道連れだぁーー!!」
拒否の意を口にする暇なくして
二人は仲良く、広い広い美しいとも言い換えられる水溜りに
その身を余すことなく全て沈めた・・・。
「・・・ぷはぁっ!ごほっごほ、!」
「ぶはーッツ!!げほ!ごふッんが、あー・・・鼻いてぇ」
「・・・キミってやつは、もっと女らしく咳き込めないのかい?」
「突っ込みそこかよ。もっと他にあるだろ」
「それ以外は余りにもキミらしくて、もう突っ込む気にもならないよ」
「そりゃあどーも」
「あーあ、のおかげで僕までずぶ濡れだ。どうしてくれるのさ」
「どうもしないよ。模範生のリドルくんなら乾かすくらい一発でしょ」
それに引き換えあたしは劣等生なもんで、自然乾燥ですよ。
そう言っては倒れたときと同じように勢いよく立ち上がった。
髪から滴る水滴が座ったままのリドルの顔に一斉に降りかかる。
乾いた面が一折としてないプリーツスカートがぴっとりと引っ付いているスッとした脚が
眼前に恥ずかしげなく現れた。
目のやり場に困って彼女を見上げれば
下着の凹凸ラインまでを露にしているキャミソールを纏った悩ましい上半身と
水滴が残るしっとりとした肌の愛しい顔が、晴れ渡った大空を背負って笑っていた。
リドルはごくりと自分の咽がなる音がはっきりと聞こえ
赤らみそうになる顔を隠そうと、無理矢理視線を外した。
だが、らしくない露骨過ぎたその素振りに
どうして気づかないことがあるだろうか?
既には大きな金の眸を不思議そうに揺らしていた。
「どうしたの?」
「何でもないよ・・・。、上がろう。このままじゃ本当に風邪ひくから」
男の事情で顔を背けました。
・・・なんて、馬鹿正直に言えたらどんなに楽か。
濡れた服は危険だ。
彼女の女の部分を露にするだけならばいざ知らず
彼の男の部分までをも晒しかねない。
そんな理性的な考えあっての言葉だったにも関わらず・・・
「一人であがっていいよ。あたしはもうちょっとだけ」
察せない少女にとっては、単なる戯言。
なおも湖の奥へと進もうとする手を、今度は自分からしっかと掴み取った。
「!いい加減にしないと僕だって・・・ぶっ!」
「やっぱりリドルも上がっちゃ駄目。一緒に遊ぼう!!」
捕らえられていなかった方の手のひらいっぱいに溜めた水を
思いきりリドルの顔面目掛けて投げつける。
正しく烏の濡れ羽色だった彼の髪に更なる潤いが増した。
そして瞳に灯る怒りの垢。
「・・・」
水面に波紋が走る。
「僕を怒らせたらどうなるか・・・・知ってるよね?」
ぎくっとの肩が、明らかな恐怖で揺れた。
水に沈んでいるはずなのにも関わらず、彼の動作に水が音をたてることは
ほとんどとない。
まるで水すらが彼を怖しているよう。
「ご、ごめん・・・・・マジで怒ってる?」
「怒ってるし、許さない。僕は必死で我慢してあげたっていうのに、キミときたら・・・」
細身の割りにしっかりとしたリドルの手がの頬に添えられる。
切っ先鋭いレイピアのような言葉加減なのに、優しく肌を覆う手。
それは逆に恐怖を煽る。
目の前にある闇から逃れるべくはぎゅっと強く固く、両の眸を闇に葬った。
・・・・・・途端。
「・・・ぷっ、クク・・・・・ははははは!」
「り、リドル?」
ゆっくり目を開いてみると、少年は珍しく声をあげて笑っていた。
それを見て少女もやっと気がついた。
「ーッ!アンタあたしの事からかってたでしょ!!」
「が悪いんだよ。最初に僕をからかったりするから」
「そんなの理由になってないー!!」
「うわっ、!危な・・・ッツ」
「へ・・おぉぉおおおーーー!!」
ばっしゃーーーん・・・・。
本日二度目の水柱が見事に立ち上がった。
「ぶはっ・・・・あー、二度目となると驚きもリアクションも半分以下だね」
「そういう問題じゃないと思うな。はぁ、なんて進歩のない・・・」
「なんだよ、その哀れみの眼は」
「いや・・・。キミも大概懲りない子だなと思ってさ」
「うるさいよ」
「まあ・・・もうこれ以上濡れようがないから構わないけどさ」
「うわぁー。嫌味くせぇー」
二人とも、水の中に座り込んだまま立ち上がろうとする気配もない。
リドルはを見つめ、は空を仰いだ。
それにつられてリドルも痛いくらいに澄み渡った青空を見た。
会話をするのも忘れ、青い水の中で青い空を見た。
「・・・リドルはさー。今でもマグルのこと嫌い?」
「どうしたの、突然」
「いいから。嫌いなの、好きなの?」
「嫌いだよ。君以外のマグルは一人残らず、大嫌いだ」
「何であたしだけ嫌いじゃないの?」
「そんなコトはどうだっていいよ。好きなものは好きなんだから他に答えようがない」
「そっか。それもそうだよね」
「・・・・今度は僕から質問」
「なに?」
「はマグルが好きかい?」
「・・・正直、好きじゃない人も多いかな」
「同じマグルなのに?」
「うん。だってマグルには自然を汚す人が多いから」
「はこの世界が好きだもんね」
「うん、大好き。リドルと逢えたこの世界が・・・大好き」
「僕はこの世界は好きじゃない。だけどキミと逢えた世界は好きだよ」
「変なの。同じ世界なのにさ」
は全然わかってないね。
嘲笑じゃない笑みを浮かべたリドルはそう言った。
この世に僕とだけ居れば、それでいいのに・・・。
呟く声は、吹きぬく追い風に乗って微かに森に響く。
「・・・リドル。聞いて」
「なに?」
キミのいう事なら何でも聞くよ。喜んで。
「あたしね、生まれ変わったら星になりたい」
「星に・・・?」
「うん。それも地球みたいな星に」
は目を閉じて水からゆっくり身体を抜け出させた。
そして薄っすら明けた眸で空を、周りを見た。
「青い空があって、風も吹いて、海もあって、植物が生きる・・・そんな綺麗な星になりたい」
地上を見守る空になりたい。
唄を囁く風になりたい。
命を育む土になりたい。
キミが、美しいと、好きだと、そう思える星がいい。
祈りを込めて、少女は最後に少年を眸に写す。
「それが・・・キミの夢なのかい?」
「うん」
「じゃあ僕は・・・・その星に生きる只一人の人間になりたいな」
「寂しくない?一人ぼっちで」
「寂しいわけないよ。だってキミが居るじゃないか」
「でもあたし星なんだよ」
「キミが星ってことは、何処に居てもキミと一緒ってことだろう?
離れるコトもないし、僕が死んでしまっても、ずっと・・・ずっと一緒だ」
「あ、そうだね」
「そんな幸せなこと・・・他にはない」
静かな湖畔で紡がれる来世。
二人だけに見える世界。
「じゃあ・・・さ。約束しよ」
「そうだね。約束しないとは忘れそうだし」
「リドルもね」
「僕は忘れたりしないよ」
「そうだけど。その代わりにアンタは嘘つきだから、平気であたしにだって嘘つくもん」
「嘘はつくけど約束は破らない」
「うん。知ってる」
笑顔で絡められた小指と小指。
繋がっているのは赤い糸じゃなくて、約束。
生まれ変わってもまた、キミと一緒にいられるように。
願わくば、生まれ変わるその瞬間までも、ずっとキミと生きられますように。
この美しき世界で
いつまでも、君と共にあれることを。
世界が滅んでも。
ずっと君と一緒に。
ただ、君の傍で・・・。
生まれてきたことも
生きてきたことも
キミと出会えた
ただそれだけのことが
全てに意味をくれた
ありがとう 世界一美しく愛しい人
あとがき。
突発的に書いてしまったリドル夢。
朝凪の中でリドルは実はそんなに黒くない設定。黒いっていうより暗い?みたいなかんじで。
人並み以上にナイーブでデリケート。それでいて防衛本能が強い子。
頭がいいから、どうやったら自分が傷つかないか分かるし実行もできる。
確かに狡猾で残酷な面も持ってるし、自分主義者ではあるけど、人に優しくできないわけじゃない。
真面目な設定だと、朝凪の中のリドルはそんな子です。