ちょっと待ってて。

そう言われたら・・・あなたはどのくらい待っていますか?




ょっとの定義




「はぁぁ・・・・・なしてわてがこないな事・・・」


伊達衆が一人、アラシヤマは
コートの長い裾を軽くなびかせながら廊下を歩いていた。

実は今日、彼は2ヶ月ぶりの休日だった。

本当なら今頃自室で友達(無機物)と仲良くお喋りするか、
新しい友達(無機物)作りに励むかして、休日を大いに満喫していたはずなのである。


それなのに、アラシヤマは
何故かしっかり制服を着こんで本部に居た。

東洋ならではの綺麗な顔を不機嫌さで歪めている彼が手に持っているのは、
何の変哲もないタダのノート。
表紙には少し歪な小学生が書いたような字体で””とある。


とは言わずともがな。
元・特戦部隊のルーキーにして現在の士官学生主席に君臨している少女だ。


さて、ではどうしてアラシヤマが士官学生であるのノートなんぞを持っているのか。


それは、先ほど総帥室での出来事に理由があった・・・。






今朝、いつもよりほんの少しだけ起きる時間を遅めて起床したアラシヤマは、
自室でゆっくりと茶を啜り、一人きりの昼下がりを楽しんでいたしていたところに、シンタローから電話が入った。

内容は・・・「この忙しい時に一人で休んでんじゃねーよ!さっさと来い!!」

・・・・という理不尽極まりない用件だった。


それでも心友の頼みとも在らばと
喜んで部屋着から堅苦しい制服に着替え、コートを羽織り、ネクタイを締めて
心持ちを仕事モードに切り替えて、通常20分かかる距離を、僅か3分で本部の総帥室に駆け込んだ。

だが、しかし彼を待っていたのは心友シンタローではなく・・・・・


「ああ、待ってましたよ」


自分が苦手・・・と言うか、恐ろしいと感じる人物トップ3に入賞しているマッド・サイエンティストだった。
(ちなみに残りは特戦部隊に所属中の師匠と、その上司)


「なっ、なしてドクターが!?
わてのシンタローはんは?!」
「アンタのかどうかは兎も角、シンタローさんならB国黙らせに行きましたよ、ついさっき」
「はぁぁ・・つれないお人やなぁ、シンタローはんたら・・・シクシクシク」
「アンタが来るから出かけたんでしょうけどね」


己の忠誠っぷりを、ものの見事に一刀両断された傷心のアラシヤマに
しっかり聞こえるように言うあたりが、この男・・・ドクター高松の性格の悪さをこの上なく物語っている。


「はぁ・・・シンタローはんがおらんのやったら帰らしてもらいますえ」
「何言ってんですか。逃がしませんよ」


そう言って怪しく微笑む高松が使用している総帥デスクには
恐らく押し付けられるであろうA4版の紙が積まれている。

存在感バッチリなほど、高くそびえた5つの山となって・・・。



「わては今日休日どすえ!?」
「煩いですねぇ。手伝うのか実験体になるのか、さっさと選んで下さい」
「選択肢あらしまへんやん!!」


方や休日の危機。
方や生命の危機。

普通なら後者を優先させるのが常識だが、この数ヶ月働きづめだったアラシヤマにとって
今日という休日も前者に匹敵するほど大切なもの。
今ここで弱気になって今日を潰したら最後、また2ヶ月は休みは取れないだろう。

何が何でも負けられない!!


「遠慮させてもらいますわ。わてかてそない暇やあらへんのや」


相手を見下したような物言い。
普段なら絶対に高松には使わない師匠直伝の対応なのだが、
負けられないこの場面を勝つために、捨て身の覚悟で使用したのだ。

だが、所詮捨て身は捨て身。
伸びだした前髪に隠れて見えない部分は汗だくになっている。

高松はそれに気づかない鈍感者じゃない。



「・・・・手伝うんですか?それとも・・・」


にやり・・と限りなく質の悪い笑みで、白衣のポケットに手を突っ込む。
そしてチラリと透明のガラス瓶を、わざと出し惜しむようにしてアラシヤマに見せた・・・。


「(な、なんどすのん!あのドロリとした真っ白の液体!!
 ・・・・気のせいやろか?今・・なんや動きはったような・・・(滝汗)」

「私としては、どちらでも構わないですけど?」


どちらでも構わない・・・。
それ即ち、あの薬品の効果が調べられるのならば
机を占領している膨大な書類を自分一人で片付けるのも苦にならない・・・ということだろう。


アラシヤマは、血の涙を飲んで


「・・・・・・・・・・・・・・・手伝わせてもらいますわ」



休日を己の命のために犠牲にしたのであった・・・。






「・・・・・って、これ士官学校の定期テストやおまへんか」


いざ、作業を始めてみれば
目の前に出された書類は何のことはない

昔やった覚えのある、定期テストの答案たち。


「ええ。今回はちょっと枚数がかさんでしまって採点するのに人手が足りなくて困ってたんですよ」


だったら範囲狭めりゃいいだろ。


「ふぅ・・・せやけど採点するんなんか、わてやなくて他の連中でも・・・」
「何所のどいつの事を言ってるか知りませんけど、その発言は自分の同僚の顔を思い出してから言ってくださいね」
「・・・・・ああ、そーゆうことどすか」


アラシヤマはかなり冷めた口調で呟いた。

頭に浮かんだ同僚といえば・・・


「トットリはんは確か1週間前から敵国の諜報作業に出てはったし、
 コージはんは、どう考えても採点やなんて作業向いてへんし、
 ミヤギはんは休日やったはずやけど顔だけ阿呆やから論外おすからなぁ」

「否定はしませんけど・・・だからアンタ嫌われるんですよ」
「余計なお世話どす・・」


会話はここで一旦切れて、2人が黙々と作業に徹した部屋には
赤ペンが走る軽快な音だけが、生まれては消え・・生まれては消え・・を、ただ不規則に繰り返した。


そのかん規則的に響くアナログ時計の長針は一人で勝手にぐるぐると回り
いつしか短針も左側から右側に移動していた頃には、あれだけ5つの山のうち4つが新たな場所に山となり
未採点である最後の山も残り僅かとなっていた。


「ふぅ・・・随分はかどりましたね。まあ、こんなモンでしょう。ありがとうございました」
「お礼はええどすから、わての休日返しておくれやす」
「そんな事は自分で総帥に頼んでください」
「殺生や・・・」


そんな事を頼んだら最後、きっと笑顔で
「はぁ?いいぜ、くれてやるよ。2日連続休みを1年後にな」

・・・とか言われるに決まってる。



鬱な気分に入りつつ、がたりと安物のパイプ椅子から立ち上がって
かけてあったコートを羽織り、部屋にさっさと戻ろうと作業の後片付けをするアラシヤマ。


「おや、これはのノート・・・全く、何でノートまで提出してんでしょうかね。
 これだから頭の悪いやつは・・・」


ぶつぶつ言う高松に、嫌な予感を感じたアラシヤマはそそくさと
部屋を出て行こうとしたが・・・


「ほな、わては失礼させてもらいますえ・・・」
「ああ。帰るならついでにコレをに持って行ってやって下さい」


白衣からチラチラと例の液体を見せられては・・・断れるわけがない。
こうして最後の最後で、また新たな任務を仰せ使うハメになった。






「こない雑用、役立たずの秘書連中にやらせはったらエェのに・・・」


手の中のノートの厄介物のように見ながら
文句を垂れる。


アラシヤマはをあまり好いていない。

実力は確かにあるが、その精神状態は果てしなく幼稚で単純。
子供というのは、そういう物なのだろうが
元々子供好きでもない上に、人間嫌いの彼にとって、やったら人懐こいは鬼門でしかない。

よって足取りも重くなる。



はんの部屋は・・・・あそこやな」


廊下の一番奥にある部屋のドアにかかっている可愛らしいアートのルームプレート(マジックお手製)を見つけ
ドアの前まで急いだ。

嫌な仕事はさっさと終わらす。
それが彼のモットーだ。


そんな気持ちで壁面にあるブザーを押すが、一向にドアは開かない。

もう一度押す。

・・・が、やっぱりドアは開かれない。


「留守・・・・・やろか?」


だとしたらノートは入り口に置いておいておけばいい。
だが、一応確認のためドアノブに手をかけると、ノブは鍵に引っかかることなく簡単に反転し
ドアが開いてしまった。


「・・・無用心にも程がありますえ」


仮にも女だと言うのに。
男所帯のガンマ団で自分が唯一の喰われる側の性別であることを把握しているのだろうか?

その気になった男たちが体を目的に侵入しかねないと言うのに・・・・。

呆れてものが言えない。



「靴・・ありますなぁ、電気もついてはる・・・」


玄関先に脱ぎ散らかされた靴。
つきっぱなしの電気。

返事はなかったが、居るらしい。


「居留守なんて使うとは思われへんし・・・何かあったんやろか?」



アラシヤマは、迷いながらも中に入った。
がちゃりと重たい音をたてて、ドアが閉まる。


はん?おりますのん??」


入り口から静かな声で呼びかけるが、返事はない。

子供とはいえ、女であるの部屋に了承なしに上がるのは忍びないが
何かあったのだとしたら、シンタローの怒りを自分が買う事になりかねない。

そんなことを思案しつつ、アラシヤマは本格的に部屋に上がりこんだ。


「な、なんどすの。この汚さは・・・・」


一介の士官学生だというのに、その部屋は一人用(当たり前だが)で
アラシヤマたち上層幹部の部屋並みに広かった。

そして言葉の通り、汚かった。

机の上には士官学校で出されたと思われる宿題がやりかけで放置されており
床には年季の入ったウサギやら猫やらのぬいぐるみが転がっていて、アラシヤマの行く手を阻み
終いにはたこ焼きやお好み焼きを食べたと思われる皿まで、そのままにしてある。

部屋の惨状は潔癖の気があるアラシヤマにとって、不快極まりなく
自然と顔が強張った。

そして、ある一点を見つめる。






「・・・・・・・・・・・・・・どうりで返事が返ってきぃへんわけどす」



そんな中ではすやすやと暢気に眠っていた。

アラシヤマは、テーブルのところで大の字に寝転がってるに近づき
軽くその小さな体を揺する。


はん、こないとこで寝はったら風邪ひきますえ」
「ん〜・・・・うん」

「寝るんどしたらベッド行きなはれ」
「ンん・・・・・わぁった・・・・」

「・・・・・全然わかっとりまへんやろ」
「・・ん」


揺すっても声をかけても空返事ばかりで、起きる気配はない。
何を言っても頷くだけ。

そう、頷くだけ・・・・・。


「狽ヘっ!!こ、これはもしかして・・・・最高のチャンス?!」


頬を赤らめながらアラシヤマは、とある名案(?)を思いついた。
そしてドッキドキと胸を高鳴らせ、眠っているに向かって、決死の思いで叫んだ。


「〜〜〜っはん!!わてとお友達になっておくれやすッ!!」



せこっ・・・・!!


だが眠っているには、そんな事は関係ない。
いつもの調子で迂闊に返事をしてしまった。



「・・ぅん・・・・い・・よ」
「ええんどすか?!じゃ、じゃあ心友には・・・・」
「・・・・ん〜。なる・・・」
「はぁぁぁあああ!わ、わてにもついにガールフレンドが出来たおすぅ!!」



喜びに打ち震えるアラシヤマ。
こんなところを師匠が見ようものなら、汚点を消すべく容赦なく燃やすだろう。


「ささっ、ベッドに運んであげますえ。これも心友の務めどすv」


を起こさないように丁寧に抱き上げ
奥のもう一部屋に繋がるドアに物を踏まないように気をつけながら足を進める。
そしてそっと、自分が入れるだけの幅だけ開いた。

こちらの部屋もやはり電気はつけっぱなし。

だがさっきの部屋よりは随分きれいだった。


アラシヤマは部屋の片隅に佇んでいるベッドが、あまり使用された形跡がないことに
少し疑問を覚えるものの、この際あまり気にせずにを寝かせて毛布をかけた。

そして枕元にノートを置いて、
更にその上に”
心友アラシヤマよりv”・・・・と置手紙を残した。



「これで良いどす!はんが起きた時にわてが来た言うんも分かって
 尚且つアピールもできるどす〜v」


無駄にハイテンションに喜んでいるアラシヤマの声に
がぴくっと反応した。


「ふぅン、ん〜・・・・誰か、いんの・・?」
はん!起きたんおすか?」
「・・・・・アラシ・・ヤマぁ?」
「そうどす!わてどすえvV」


まだぼーっとしか起きていないは、アラシヤマを寝ぼけ眼で見つめる。


「・・たし、まだ寝っ・・から、ちょっ・・待って・・て・・・・・・」


ぽふん。

それだけ言うと、は再び金瞳を隠し
枕に顔を埋めた。
直後に聞こえる小さな寝息。

一人残されたアラシヤマ・・・・。



はん・・・”ちょっと”いうんは、どんくらいでっしゃろか?」


問うても、もうから答えは望めない。
何せさっきよりも気持ちの良さそうな寝息をたてて健やかに安眠してしまっているのだから。



「・・・・・気長に待つとしまひょか」


ぽつりと呟いた後
彼はが目覚めるまでの約3時間
初めて出来た女友達、の寝顔を丹念に観察するのだった。














おまけ。