地上を丸ごと暖めているように心地よい気温が、それを喜ぶ小鳥のさえずりが耳を癒す。
さんさんと降り注ぐ日の光は人々の心までも穏やかにする。
そして空高くそびえたガンマ団本部の
ココ、総帥室では
芳しい上品なコーヒーの香りが鼻を擽り、
快適な時間を、更にゆとりあるものへと変えていた。
そんなよく晴れた日の午後は…
「ななな、ぬぁんだとォーッ!!」
中年男の大地を揺るがすような大声によってガラガラと打ち壊された。
「ふぅ。いい豆使ってますねぇ、流石はマジック総帥。いいセンスをしてらっしゃる」
「うげぇ〜不味ぃ」
「あーもう、汚いですね…!だから飲むなって言ったじゃないですか」
「だってマジックも高松も美味そうに飲んでるし…」
「これだからアッタマ悪いやつは……ほら、拭いてあげますからこっち向きなさい」
「私のシャウトを無視するんじゃない!!」
コーヒーの零れたの服を真っ白なハンカチで拭いている高松に
マジックは机を重く叩いて、やや真面目な低い声で突っ込む。
しかし高松は、それは失礼しました。と謝罪しながらも、
の世話をする手は休める気配はなく…
諦め半分な溜め息をついて、マジックは椅子に座り直した。
「・・・それより、今の話は、その、事実なのか高松」
「事実です。もう5回以上言ってるんですから、そろそろ現実を受け止めて下さい」
「それじゃあ、本当に…本当にくんは……」
「ええ、女子です」
白衣のポケットから取り出したビスケットをに与えながら
あっさりと告げる。
それを聞いたマジックはといえば、白くなったり、固まったり、時には風化したりと、
かなり分りやすくショックを身体で示している。
その凄まじいまでの落胆ぶりに、高松は「やれやれ」と手をこめかみに当てた。
「ハーレムから聞いてなかったんですか?」
「くんが女の子だなんて…私は一ッ言も聞いてないよ!」
「拗ねないで下さいよ」
「だってティラミスとチョコレートロマンスだって知ってたのに、私だけ、
私だけ知らなかったんだぞ!!総帥なのに仲間外れなんて…グスン。
いいんだ、いいんだ、私にはシンちゃんが居るから!シンちゃ〜ん!!」
「総帥、鼻血出てますよ。って聞いてるワケないですね」
今日、高松はの士官学校入学のために総帥室まで訪れた。
だが、いざ話を進んでいくと、、何故だかマジックとどんどん会話がかみ合わなくなっていった。
何かオカシイと思った高松は、一応『が女である』ことを確認してみたところ
やはりと言うか案の定というか
マジックはが女であることを知らなかった。
ちなみに秘書達はハーレムに(無理矢理)赤飯を炊かされたので事情を知っていたらしい。
となると、ハーレムから直接話を聞いたはずのマジックがどうして肝心の事実を知らないのか。
どうせハーレムがいい加減な説明でもしたのだろう。
高松は1秒とかからず、そう答えを出していた。
「一応言っておきますけど…、悪いのは私や秘書達じゃなくて、貴方の弟ですからね」
「シンちゃ〜ん。パパにはやっぱりシンちゃんしか居ないよォ〜」
駄目だ、最早完全にアッチの人となっている…。
「マジック、その人形ってシンタロー?見せて見せて!!」
総帥椅子に座ったまま後ろを向いてシンタロー人形を抱きしめるマジックの背中に
ビスケットを食べきったが飛びついた。
マジックは涙ぐんでイジケテいたが
愛しいシンタロー人形に対して、初めて好意的な眼差しを持ってくれたを無下にはできず
「ああ、いいともvシンちゃんそっくりだろう?ちゃんvv」
「”ちゃん”って、あっさり順応しましたね…」
「シンちゃんの良さを分ってくれるなら、男の子でも女の子でも構わないさ♪」
「親バカですねぇ」
高松は呆れたような溜め息と共に
マジックから受け取ったシンタロー人形を手にしたを元居た椅子に座らせた。
は物珍しそうにシゲシゲと人形を見つめて
髪の部分を引っ張ったり、丸い頬潰したりと好き勝手に遊ぶ。
「あははは!おもしれぇ〜vv」
「ああ!?シンちゃんを虐めないで!!」
「。総帥がウルサイから止めなさい」
マジックの悲痛の願いも虚しく、容赦なくブンブン振り回していたから
シンタロー人形を取り上げマジックに手渡すと、
マジックは何やら歓喜に叫んびつつ、人形を厚い胸板に沈めて頬刷りしだした。
「シンちゃん!もう絶対離さないからねぇ〜!!」
戻ってきた愛玩人形をそれこそ潰さんばかりにギュ〜っと抱きしめ涙する姿は
とてもじゃないがガンマ団総帥とは思いたくない。
ただの危ない変態だ。
それから数分間、変態マジックは来訪者の高松とを放って
頭がオカシイんじゃないかと心配したくなるくらい人形に散々喋りかけてから
いたく真剣な表情で椅子にかけなおした。
「しかし困ったぞ…」
「マジックさ〜、人形抱きしめてカッコつけてもカッコよくねーよ?」
「それは禁句ですよ。その内慣れますから今は我慢しときなさい」
「はーい」
「人の話はちゃんと聞きなさい…!」
ズガーン!!
室内の少ない埃を巻き上げて、タメなし眼魔砲が炸裂。
「高松〜、生きてる?」
見事に高松のみ直撃。
は何処からとも無く取り出した手ごろな木の枝で
頭から流血して地にとっ潰れている高松をつつくと、
ピクピクしながら血みどろの頭を上げて、マジックを見た。
「そ…総帥、何故私だけ狙うんです……?!」
「ちゃんはシンちゃん人形の良さを分ってくれたからね」
「へっへ〜、人徳の差ってやつだろ♪」
悪戯小僧のように笑って言ったの言葉に、
高松はピキッと青筋を立たせて白衣についた埃を適当に払い立ち上がると、
すました顔でを見下した。
「ふんッ。人徳の意味も知らない変温動物如きが生意気な」
「変温…ッ、それってトカゲとかだろ!!オレは人間!」
「体温調節できる恒温動物なんて私は絶ー対認めません」
「高松のバカヤロー!大人げねーんだよ!!アホバカ変態ッ!!」
「何とでも言いなさい、変温動物」
「く〜!!高松だって鼻血の量は人間じゃねーだろ!!」
「喧しいですね、解剖しますよ」
懐から鋭利な薄い刃物…メスが顔を覗かせる。
も負けじと応戦モードに入ったが
「失礼します」
「あっティラミス!!それ何々??」
「お茶請けのケーキです」
「食べる〜!!」
タイミングよく茶請けを持ってきたティラミスの運んできた菓子に飛びついた。
「だが本当に困ったな」
「さっきから何に困ってるんですか?」
マジックが甚く真剣な表情で呟く。
「ちゃんの、教育方針についてだ」
「教育って…は士官学校に入れるんでしょう?」
「それは男の子だと思ってたからで…」
ケーキを机に置くティラミスの周りを、
まだかまだかと落ち着き無くウロチョロするを横目でチラリと見て
マジックはこれから言う言葉を隠すように、口元に手を当てた。
「女の子と判った以上、士官学校へは入学させられん」
「女子と言っても、は仮にも元特戦部隊ですし、大丈夫だと思いますけど…」
「だが、う〜む……」
マジックは悩んだ。
齢12で特戦部隊入りしたを更に鍛えれば
数年後には相当の戦力になると大いに期待していいだろう。
これはかなり魅力的なメリットだ。
しかし、それだけのメリットとなれば引き換えにする代償もあるわけで、
マジックが悩んでいるのは、そのことだった。
「ガンマ団は女子の入団を許可していない」
「でもが特戦部隊に入ったのは1年も前ですから…」
「そうじゃない!私が言いたいのはだな」
団員は例外なく全て男。
それは勿論士官学校もであり、加えて全寮制という規則がある…。
更に加えて、士官学校は、世界中のちょっと変わった美少(青)年を集めた学校。
そのせいか時々世間とは『ズれた』者が居るのも紛れも無い事実。
(まあそんな生徒は、全校生徒の内の98%ほどでしかないが)
そしてその中に
未発達な子供に性欲を掻き立てる、悪趣味な者が居ないとは言い切れない。
「(…いくら強いからと言って
ちゃんのような可愛い女の子をそんな所に放り込んだら…)」
事件の1つや2つ……
起こっても不思議では…ない。
「〜〜〜ッ!!やはり駄目だ!!
ちゃんがお嫁に行けない身体になったらパパ死んじゃうよ!!」
「なに勝手にを自分の娘にしてるんです!?」
「それに父親としては、可愛い娘に可愛いセーラー服とか着てもらいたいじゃないか!」
「だから誰がの父親ですか。しかも、しっかり本音まで出てますよ」
お茶請けのケーキを美味しそうに頬張るを
後ろから抱きしめて頬擦りをするマジックに高松は的確な突っ込みを入れる。
だがマジックはそんなこと聞いちゃいない。
「よしっ!決めたぞ!!」
シンタロー人形とを一緒に抱いているのと違う方の手で
誰かに誇示するように高らかとガッツポーズを作り
一人何かを決心するマジック。
「ちゃんは普通の学校に入れる」
「はぁ?本気ですか…?」
「ああ本気だとも!何も士官学校に入れなくったってイイだろう?
女の子なんだから!!」
「を普通の…無理があると思いますけどね」
「そうと決まったら早速、近郊で一番可愛い制服の所に手続きしないと♪」
「あ、それなら聖マリア学園がイイですよ。正統派セーラーの赤スカーフです」
「お前が言うなら間違いないな。
ティラミス!聖マリア学園に編入手続きだ。金は幾らかかっても構わん!!」
「はッ!」
慣れなのか、こんな下らない命令にもピシッと敬礼し
部屋を後にするティラミス。
日頃から一体どんなアホくさい命令をされてるのかが聞かなくても解る。
悲しきかなガンマ団秘書課。
そんな中、はと言うと
自分の人生が制服1つに左右されたなんて知る由もなく
高松とマジックの分のケーキも食べつくして満腹になって、すっかり昼寝に入っていた。
この後、諸報告のため総帥室に足を踏み入れたチョコレートロマンスが
口元にクリームをつけたまま幸せそうに眠る少女を見ながら鼻血を出している
中年男2人を目撃することになる。
「はぁぁああ〜……」
広い総帥室に漂うのはやはりコーヒーの香り。
今日もよく晴れた空に雲はなく
窓を開ければ実践練習場に生えた木々のざわめきや鳥達の声が耳に届く。
「マジック総帥、失礼しますよ」
ドアの外からコンコンと小さなノックと耳慣れた質の悪そうな声がしたので、
やる気なさげに扉の方に首だけ向けると
無機質な音を立てて開いたドアを白衣を纏った黒髪の男がくぐるところだった。
「高松か、……仕方ないだろう。溜め息もつきたくなるさ」
「私はよくもったと思いますけどねぇ」
「何故だ?」
「はあのハーレムに拾われて、あの特戦部隊で1年も生活してきたんですよ。
普通から一番遠い環境に居て、いきなり普通になれって言われても無理な話です」
「それはそうだが…」
「『狼少女』という話をご存知ですか?結構な名作なんですが」
ニヒルに笑う高松。
その表情は、やはり性格の悪さが滲み出ているものだったが、
どこか、穏やかさも伺えた。
「その作品なら私も知っている」
狼少女。
実話を元に書かれた話で、生まれたばかりの頃に狼に攫われて育てられた少女2人を
長い年月をかけて人間にするために教育するという話だ。
学生時代に読んだが、確かその物語の結末は
「狼少女は…」
「人間になりきれぬまま、その短い生涯に幕を閉めた
永い眠りにつく彼女たちが見た最後の夢は、狭い家の中か、それとも育った広大な森か…」
そう、狼と人間の狭間で死んでいった少女たちの
哀れで悲しいノンフィクションストーリー。
「果たして狼少女の幸せは、本当に人間になることだったのか。…ちょっとした哲学です」
「高松…何が言いたい?」
「いえ」
眼光を尖らすマジックに、高松は続きを言えずに
短い返事をしただけで、肝心の言葉を飲み込んでしまう。
滞る空気の流れ。
『あははは!くらえ!必殺シシマイ殺しッ!!』
半分開いた窓から風に乗って舞い込んできた明るく笑う声が
重苦しかった総帥室の空気を一掃した。
高松は「まったく煩いですねぇ」と文句を言いながらも
強張らせていた顔の筋肉を緩め、楽しそうに微笑んで見せる。
「……ふぅ」
マジックは先ほどまでとは違う、くだけた短い溜め息を吐いた。
「高松、お前の言いたいことは解る。
だが預かった以上、私にはあの子を一人前に育てる義務がある。そうだろう?」
「はい」
「でなければ私はハーレムに合わせる顔がない」
高らかに響く子供の声をBGMにするには似つかわしくない会話。
しかし、マジックの声に重さは無い。
あるのは…
「そのためには、特別待遇や贔屓はしない。
実技や戦闘訓練も他の生徒と同じようにやらせる」
厳しい総帥としての威厳と
「校内に居る間の甘えは一切許さん」
父性的な雰囲気。
「を明日から士官学校に入学させる」
「ご冗談を。職場まで騒がしくなったら
いよいよ私は自分の体を休める場所が無くなるじゃないですか」
「目が笑っているが?」
「気のせいですよ」
室内の2人の雰囲気は逆に穏やかになっていくが
窓から差し込む光は強くなっている。
まるで外の声と連鎖しているように。
「だが念のため、クラスはお前のところにするから、くれぐれも頼んだぞ」
「承知しました。マジック総帥」
顔を見合わせて微笑む2人。
高松は柔らかな笑みを浮かべた口元から語るように
「教育なんてしなくても、うちの狼少女は自分で生き方を選びますよ。
なんたってあのハーレムが興味示したんですから」
「ああ、あの子にはその力がある…」
青の眼差しは強く
「その日まで私は…あの子を見守っていこう」
今日の日差しのように暖かかった。
『うわぁ!ちゃんって強いね〜。シンちゃんとどっちが強いかなぁ?』
騒音に混じって聞こえた別の人間の声。
ほどでは無いが、男にしては高い可愛らしいこの声の主は…
「あの声はグンちゃんだね。ちゃんと遊んでくれてたのか」
「グンマ様!!」
グンマの声が聞こえただけで鼻を押さえる高松。
赤い絨毯が彼の所だけ黒ずんで見えるのは気のせいだ。
『オレ、オレ♪なぁグンマ、次のロボットは?もっと強いのいねぇの?』
『え〜!もぉ無いよォ。全〜部ちゃんが壊しちゃったんだもん。グスン』
どうやらはグンマの製作したロボットを相手どって暇を潰していたらしい。
「ははは、予想はしてたけどちゃんは相当強いようだねv」
「買Oンマ様の作品を壊すなんて、なんという愚かしい大罪ッ!!
待ってて下さいグンマ様!今あなたの高松が行きますよ!!」
「高松!ここは最上階だぞ!?」
「グンマ様のためならミジンコほどの問題にもなりません!トオッ!!」
高級そうな窓のフレームに足をかけ、高松は何の躊躇もなく
大空へと羽ばたいた。
愛しいグンマのために…。
『ぎゃーーーッ!!高松が落ちてきたー!?』
『!許しませんよー!!グンマ様の作品を破壊した罪は実験体くらいじゃ済みませんからねッツ』
『わ〜、高松カッコいい!ヒーローみたいだよv』
『ブハッ!!そんなグンマ様カッコいいだなんて…この高松、人生に悔いはありません!!』
『そのままおっ死ね』
『死ぬ前に大罪人を裁かないといけませんねぇ…覚悟しなさい!』
『鼻血吹きながらコッチ来るなぁ!!やだやだ、アッチ行けーー!!うぎゃぁ!』
鼻血の水溜りに滑って転んだ。
鼻血を噴出しながら追いつく高松。
鼻血から逃げるため慌てて起きて逃げる。
鼻血を流出しながら追いかける高松。
呑気に両方を応援するグンマ。
ああ、なんて楽しそうなんだろう。
「シンちゃんがちゃんぐらいの頃も毎日外で遊んでたなぁvv」
マジックは窓を全開にして机に戻った。
机の上に広げてあるのは小さなセーラー服。
作り自体は新しいのに、所々が擦れたり汚れたりしていて
おかしな感が否めない。
ボロボロになったセーラー服を見つめて
「フフ、たった3日間でも、狼少女に普通の学校は窮屈だったか」
赤いブレザーの男は顔をほころばした。
獣のように戦っていた子供を卒業
明日から私は 血肉を喰らい弄ぶ大人になる
その姿はまるで獣のよう…