「たーいくつ…おかわり」



お昼を1時間ほど回った時間帯の食堂に居るは、
ぶすーっとした顔で本日の昼食である中華丼をもりもり食べて
同時刻に席に着いた他のテーブルの学生よりも、圧倒的に早く己の丼を空にしていた。


そしてそれを友人に差し出す。



「なんや?」
「おかわり」
「そんくらい自分で行けや」
「腹へって動けねぇ」
「ほんなら今食った分吐き出して食っとき」
「やーだー、新しいの食いたいー。ウメダぁ〜」
「自分の足で行かんかい」



ズビッと取り出したハリセンでの頭部を軽快に叩く。
は小さく舌打をして、面倒くさげに厨房へ足を運んだ。

今しがたに”ウメダ”と呼ばれた関西弁のこの少年。歳は14、5歳といったところ。
ツンツンと短めに立たせた深い緑の髪が印象的な青年だ。


が入学初日の挨拶で『サボテンがいる』とウメダを指さした時は、
凛々しく整ったこの顔も面白おかしく崩れて乱闘まがいの騒ぎになったが
今ではすっかり意気投合したもよう。


何はともあれ中途入学したと、今現在で最も親しい人間だ。
そして今までで一番歳の近い親しい人間でもある。


ちなみにが女だと言う事は、マジックから全生徒に説明してあるので、
ウメダのみならず、士官学生全員が知っている。



当初マジックは、を男として入学させる方向で高松と話していたが、
どうせその内バレることだと考え直し、あえて最初から通告する形をとった。

下手に隠して後でバレるよりも、そうした方が生徒への影響もショックも少ないと判断した故のことだ。




「牛丼天丼親子丼〜、これから食うのはかき揚丼〜♪」
「そや、知っとるか?」
「んー?なにを。っつかたこ焼き焼けた?早く食いてぇんだけど」
「マダや。ええから、人の話聞かんかボケ!せやないと食わせたらん!」



果たして歌と称していいのか首を傾げるような歌詞を、堂々と歌いながら席に戻ってきた
ウメダはたこ焼きを焼く手を止めずに2度目のハリセンをかました。



「ってーな!『本場のたこ焼き食わせたる!』って言ったのお前じゃん!!」
「そやったか?まあ過去を振り返るんは関東人の悪い癖や。すぱっと忘れとき」
「オレそもそも日本人じゃねーやい」
「小さいこと気にしたら負けやで。お、そろそろ食い時やな」
「おわ、美味そ〜v」



ウメダは器用に手首を返して、アルミ製の串でたこ焼きを回転させ、の興味を湧かせる。

どうやら早くもの手懐け方をマスターしたらしい。



「名づけて『食い倒れ人形も倒れられんほど美味い!ウメダ印の特製たこ焼き』完成や!
う〜ん、我ながら会心の出来やなv心して食うんやで!」
「わーいv略して『ウメたこ』いっただっきまーす」
「勝手に略すなや!!これやから素人はアカンわ」



はまだ鉄板で湯気を噴いてるたこ焼きを、2個いっぺんに串に刺して
両頬の頬袋に蓄える。
焼きたての熱さにはふはふ口を動かすが、顔はその美味しさに綻んでいる。



「見たか?!それが大阪の味や」
「ん〜、むぐ〜vv」



”至福”と顔に書いたように吟味するに、
ご満悦なウメダは、ふと忘れかけていた事を思い出した。



「っと、忘れるとこやった。、お前マジック様が帰って来たの知っとったか?」
「はふっ!?ほほほはほ??」
「しかもDrと特戦部隊、それとシンタロー様も一緒やそうや」
「へぶふ?!」
「刺客の人らも皆揃って仲良ぅご帰還って話やで。皆無事でなによりやな!」



カラカラと陽気に笑う。
しかしはむしろ・・・



「むぐ…ごっくん!ッそれマジ?なぁウメダ!!マジック達帰って来たの?!なぁってば!」
「んげぇ!?ほぉッ、ほんま・・・やァ!首絞め・・んなや、し・・・死ぬッ」



出来立てほやほやの熱い、たこ焼きを無理矢理胃まで送り込んだ直後、
ひらりとテーブルに飛び乗って、火が着いたように物凄い剣幕で胸倉を激しく前後させくるに、
己の命の危機を感じずにはいられないウメダ。



「オレ行ってくる!」
「ッげほ、って、ちょお待てぇ!たこ焼き置いてかんかい!それ俺の昼飯やでー!!」
「代わりにオレのかき揚丼やる!それでいーだろッ、じゃあな」




そしては、ウメダの罵声も聞かずに、
まだ熱いであろう鉄板を素手で抱えて突風のように走っていった。

ウメダには、翔風が起こったような気さえするほどの勢いだった。



「はぁ〜、忙しないやっちゃなぁ・・・」



ウメダは、締め跡がついてるであろう自分の首を擦りながら、グルリと辺りを見回した。

他の学生は食事を終えてしまったのか、いつの間にかウメダの周囲には誰も居なくなっており
食堂に一人残されてしまっていた。
仕方なしにがおかわりをしたまま手付かずだったかき揚丼を食べようと
の居た席に呆れながら目を移すと・・・



「・・・ッあんのクソガキがぁ〜!いっぺん本気でしばいたる!!」



がテーブルに乗った拍子そうなったのだろう。
白いテーブルに、数個のかき揚と大盛りの白飯が見事にぶちまけられていた。

















「たぁーかぁーまぁーつぅぅーーーーーッツ!!!」


バァン!!

引き戸を壊れんが勢いで開けたの目に飛び込んできたのは




「・・・・・・あれ?」




誰も居ない白い部屋。

ピッタリ閉められた窓、キュッと結ばれたカーテン。きっちり整えられたベッド。
片された机の上で薄っすらほこりが積もったパソコン。


主が居なくなった日から変わらない室内。





「・・・高松?おーい・・・高松どこ〜?」



置いてけぼりにされたと気づいたのは、数日前。
泊りがけの実習訓練から帰って来た日

真っ先に”ただいま”を言おうとした相手が


・・・居なかった。




夜まで待っても、来なかった。



一回部屋に戻って、毛布と食べ物持ってきて、朝までここで待ったけど、来なかった。





昨日も、一昨日も、その前も、授業が終わって部屋に戻る前に寄ってるけど・・・



やっぱり居なかった。



来なかった。




「居るんだろ〜?どこだよ」




グンマも居なくなってた。


マジックもティラミスも、チョコレートロマンスも、


オレが合宿で居ない間に、皆居なくなってた。


みんな、みんな、みんな




「ウメダの嘘つき・・・高松帰ってきてねーじゃん」




高松がいつも座っている椅子に腰を下ろす。

床に着かない足をブラブラさせて
回転木馬のようにクルクル回してみるが面白くもなんとも無い。


普段こんなことをすれば、必ず高松から”躾”という名のゲンコツが脳天に落ちてくる。





「つまらん・・・たいくつだぁ・・・」



皆どこ行ってるんだろ・・・。
ウメダがハーレム達も一緒だって言ってたっけ。
あとシンタローも。




・・・・・・・ん?




「シンタローって何処に居たんだっけ?」



オレが特戦部隊の時は何回か会ってんだけど、ここ来てから一回も会ってない。
来たばっかの時にシンタローのこと聞いたら
シンタローは”秘石”っていうマジックの大事なモンを盗んで逃げて・・・



「今は、なんとかって島に居るんだよな・・・確か」





じゃあ今は皆その島に居るのか?



「・・・オレも行こっかな〜」
「何処にですか?」

「なんとか島ってとこ」
「何処のことです?」

「だから〜―・・・・・・・・・・・・・・・・高松?」
「なんですか?」




椅子を180度回転させて扉の方に向き直った。

の金の目が、壁に寄りかかってこちらを見てる男の目と重なる。

流れるような長い黒髪と、悪趣味とも言える真っ赤な上着。
根性の曲がってそうな垂れ目も相変わらず。



紛れもなくの口から出た名前の人物だった




「アンタ今授業中でしょう?何でこんなとこに居るんですか」
「え?うわっ!本当だ!チャイム聞いてなかった」
「ったく、役に立たない飾りですね、貴方の耳は」
「ぐぅ・・・」



数日間聞かなかった嫌味が耳に痛い。
高松はクスリと笑うと、ツカツカと革靴を鳴らしながらの真横を通って
反対側まで行って、端から窓を開けていった。



「来たなら換気くらいしといて下さい。埃っぽい医務室なんて衛生的にも生理的にも最悪ですよ」
「勝手に居なくなったくせに」
「気の一つや二つ利かせてみなさい。一応貴方は女なんですから」



窓を半開きにしたついでに、カーテンを結っていた紐を解くと、
久々に解放されたと喜ぶようにカーテンは空気を含んで膨れた。


の心も同じように膨らむ。



「へーんだ、そんなの関係ねーもん」
「おや、さっきまで泣いてたのが途端に元気になりましたね」
「泣いてねぇ!」
「帰って来て早々に泣きつかれたんじゃ、こっちが溜まりませんよ」
「だから泣いてねーって!!」



泣いてもいないのに、泣いていたと言われて腹がたったは椅子から降り
窓に寄りかかっている高松に近づいた。

すると何やら嗅ぎなれた強烈な臭いに鼻先がピクリと反応した。


ここ最近は嗅いでいなかったが、極身近だった臭い。

これって・・・



「高松・・・どっか怪我してねぇ?」
「してませんよ」
「うそだ!だって高松から血の臭いする!」
「してないと言ってるでしょう。気のせいじゃないですか?」
「違うッ、絶対ぇしてる!!」
「してません」



明らかにウソだ。

よく見れば顔色だって物凄く悪い。あと一歩で死人の顔だ。
臭いは鼻の奥まで届いて吐き気がするくらい強いし

何より高松は姿を見せてからというもの



「なら真っ直ぐ立ってみろよ」



歩くか、寄りかかって立つかしかしてない。


意外かもしれないが、負傷しているときというのは
歩くよりも真っ直ぐ立つ方が辛いことなのだ。

バランス感覚も無くなり、視界がぼやけていれば尚のこと。

真っ直ぐ立とうとすればその瞬間
髪の毛を後ろに引っ張られるように後頭部から落ちるのだ。



高松は、長く沈黙を護り、喋ろうとも動こうともしない。
眉の一つも動かさず、ジッとの足元を見ている。




「・・・・・・・・・流石は、元特戦部隊・…です、ね…」
「高松?!」



チラッと苦く笑った顔を見せながら脱力した高松は、ズルズルとその場に崩れ落ち
壁に背を預けて目を閉じた。


駆け寄ったの顔に、怪我人独特の、あの熱くて重たい呼吸がかかる。




「高松!大丈夫かよ?高松ッ!!」
「はぁ・・・平気・・です、心配い・・ません」



高松の右手が腹部をさり気なく押さえてるのに気づいたは、
退かして傷を見ようとするが、高松は拒否の意向を示して、傷から退かそうとしない。



「手退かせよ!怪我してんだろ!?」
「子供はこんなモン・・見なくていーんですよ」
「関係ねーだろ!大人だったら怪我しても痛くねーのかよ!」
「んなわけないでしょう・・・痛いモンは痛いですよ」
「だったら退かせ!」
「嫌です・・ね。子供の見るもんじゃありません」



大人でも気がめいるような生傷なんて子供が目の当たりにしたら、
それこそ人生のトラウマになりかねない。
高松は朦朧となりながらも腕にかける力は一切緩めない。

衰弱してても純粋な力ならに負けてはいないようだ。

だが、とて、これくらいで引き下がるタマじゃない。




「うぎぎぎぃい!」
「・・止めときなさい」
「い〜やぁ〜だぁりゃッツ!!」



渾身の力を込めて、高松の腕を腹部から無理矢理引き剥がした。
血がにじむ上着のボタンを小さな手で外して開くと
白かったシャツに黒ずんだ赤茶の染みが楕円状に広がっていた。

育った環境故、血に慣れているは躊躇することなくシャツのボタンも外して
患部に直接巻かれていた包帯に手を伸ばすと、




「うあ・・・」




ビチャっと生々しい液体の感触がを待っていた。


巻かれている包帯は見た目よりもずっと血に濡れていて、
少しでも押したら柔らかい肉の感触を味わうのではないだろうか。


これにはも苦虫を噛んだ。




「だから言ったでしょう・・・まったく・・・」
「高松死なねーよな?死んだらダメだからな!!」
「はいはい・・・、いいから誰か呼んできて・・くだ・・・い」
「わかった!オレが戻って来るまで死なないで待っΣブッ?!」
「え?わッ、ちゃん?!」
「グンマ?!」



前を向かずに仕切りに高松を気にしながら廊下に出たは、
ちょうど通りかかったグンマにぶち当たった。



ちゃん今日和v合宿楽かった?」
「あ、うん。飯は美味かった。山菜採りも面白かった」



のほほんと笑うグンマについつられて、イチイチ答えてしまった。
そんな場合ではないのを忘れるな。



「ねぇちゃん、今日病院行って高松と3人でお茶しようよ♪」
「イイよ。でもグンマ、高松今それどころじゃ無いんだよ!」
「どうしたの?」
「あのな、高松が帰って来て・・・あ、グンマも行ってたんだっけ、んじゃあえ〜っと・・・」
「帰って来て・・・そっか!ちゃん。僕すっごく大切なこと忘れてた」
「そう!すっげ〜大切なこと!」



どう説明したらいいかワケが解らなくなったは、グンマの閃きに期待を膨らませた。
グンマはぽわっとした雰囲気を更に柔らかくして微笑み





ちゃん、ただいまvv」





膝を曲げてと視線を合わせ、無邪気な笑顔をに向けた。




「え、あ。おかえりグンマ」
「へへ、”ただいま”と”おかえり”って大切だもんねv忘れなくって良かった」
「”おかえり”・・・あっ!!」




は慌てて医務室に顔を出し、

中にいるもう一人の帰還者に大声で言った。




「高松おかえり!!」



浪々と響く声。
最早虫の息・・・いや、それ以下になりつつある高松の額に
青筋が幾重にも重なって現れた。

ただでさえ一歩手前だった顔色が、完全に片足突っ込んだ状態にまで進行する。




「アンタまだ居たんですか・・・早く行ってきて下さ・・・う、血が足らない・・・」
「ぎゃー!!高松が死ぬッ!!」
「えっ!?高松居るの?!入院したんじゃないの?!」
「ぐ、グンマ・・・様」
「うわーん!!高松死んじゃ嫌だよ〜!」
「大丈夫です、グンマ様・・・!この、高松・・・グンマ様のためなら、死んでも死に・・ません」
「グンちゃーん、高松知らないかい?!病院行く間に居なくなっってしまって・・・」
「マジックーー!!高松が死ぬーーー!!」
ちゃん?!何でココに・・・Σおお、高松!ここに居たか!今すぐ医療班を呼ぶぞ!!」
「お父様ぁ!早くしないと高松が、高松ぅー!」
「マジック早く早くマッハッ!!」
「もしもし医療班か?今すぐ来い!場所は士官学校の・・・」














「はぁぁ〜、今回ばかりはかなり危なかったですねぇ」
「良かったね高松v」
「普段は殺しても死ななそうなのにな〜」
「アンタに言われたくありませんよ



手術から2日が経ち、体調が安定した高松は、面会OK の個人病棟に移された。
立場上、面会時間も多少は融通が利くための授業が終わってから
また3人のティータイムも復活した。

と言っても、病人の高松はお菓子は厳禁なので、
本当にお茶会だが。



「高松、早く元気になってねv」
「はい、勿論ですグンマ様」
「元気になったらハンバーグ作って!!」
「病人を労わる気0ですか。いい根性してますねぇ」
「いーじゃん。オレだけ置いてけぼりにされたんだぜ!」



は頬を膨らませて高松の寝ているベッドの淵に圧し掛かる。
一応高松にぶつからないよう少し気にしながら。



「そういえば私が居ない間はきちんとした食事取ってましたか?
インスタントで済ませてないでしょうね」
「食堂のおばちゃんに頼んだり、ウメダに作ってもらってたから平気だよ」
「そうですか。でも、貴方は今が成長期なんですから、
くれぐれもインスタント製品の食べ過ぎには注意するんですよ。いいですね?」
「はーい」



高松はの額に人差し指を押し付け
深く念を押すように言った。

それを見てグンマがクスクスと可愛く笑う。



「どうされましたグンマ様?」
「高松ちゃんのお母様みたいv」
「高松が・・・母さん・・・?」
「折角ですがグンマ様、それはゴメン被ります。グンマ様の親になるならいざ知らず」
「高松、僕はもう大丈夫だよvちゃんと大人になったからね」



ニッコリと傷を癒すような温かい言葉と笑顔。

島であったコトは、確実に青年を大人に変えた。
純真無垢な子供から、純真無垢な大人へ。



「グンマ様・・・そうですね。貴方はもう立派な大人になられた」



世代は変わる。

歯車は回り続ける。

時間は捲り流れる。



歴史は新たへと塗り替えられていく。




「オレは〜?」
「まだ当分子供ですよ、今のうちに好きなだけ遊んでおきなさい」
「はーい!!ママ」
「誰がママですか!
「ぎゃはは!ママが怒ったー。恐ぇ〜♪」
「後で覚えておきなさい・・・動けるようになったら実験台送りですよ」
「やーだよーっだ!」

















誰かの成長が嬉しくも寂しくもある
それはきっと自然なこと
大事に育てて咲いた花は 幸せの花だった

ほら また新しい花の種がここに
今度はどんな幸せを咲かせようか?