居ない
居ない
居ない
バタンッ!!
「はどこだ。匿ったら命は無いと思え」
青龍刀をリキッドの鼻先でピタリと止め、静かに忠告とも言えることを伝えた。
場所はいつもの談話室。
「な〜に、またいねぇの?」
青筋を立てたマーカーにロッドが出来るだけ普通に話しかける。
炎でなく青龍刀が出てきたときは、からかわない方が長生きできるのを彼は知っている。
「貴様らも探せ。ただし…手は私が下す」
「わかったからコレ退けて下さい…。」
リキッドはでかい図体を丸めて涙を流していた。
今日で5日目。
逃げ出した回数は優に20回を超えている。
某ゲームの一つ目モンスター並みの不真面目さだ。
逃げ足に至っては有名ゲームのはぐ○メタルより速い。
「ここまで私をコケにするとはイイ覚悟だ…」
経緯を話さなねばなるまい。
あれは5日前のこと、やはりは逃げていた。
しかし、そのときを追っていたのは私ではなくハーレム隊長だった。
「――ッ!どこ行ったァ!!」
「隊長、どうしました」
「いやーよぉ、あいつに報告書押し付けようとしたら一瞬で逃げやがって…」
「リキッドを使ったらいかがですか?」
こそこそ逃げようとしている2色髪の坊やの動きが止まる。
「んにゃ、パシりは2人いた方が便利だろ」
ここで手伝わなければ給料を下げられる恐れがある。
「そういう事なら早速探すとしましょう。行くぞ坊や」
「くそぅ…部屋でリトルマーメード観よう思ってたのに……」
まず我々が足を運んだのの部屋の前。
ここに居れば他を探す手間はなくなる。
「お前が行け、リキッド」
「なんでだよ。マーカーか隊長が入ればいいじゃねーか」
「だめだ。顔を見ただけで逃げる可能性がある」
「オメーなら油断すっかもしんねーだろ、おら開けろ!!」
「自分じゃ捕まえらんねーからって……へぶぅッ!!」
隊長は更に『捕まえらんねーんじゃなくて捕まえんのが面倒くせーんだよ!!』と
リキッドの顔面を壁に思い切りぶつける。
G作のファンシーすぎるルームプレートが大きく揺れ音を出した。
「隊長。に気づかれます」
「っと、そりゃまじーわ」
ぱっと掴んだ頭を隊長が手離すと、リキッドは額を抑えながら立ち上がった。
ダクダクと流れる血を気にすることなく、己の血が飛び散ったドアをノックする。
ふむ…入隊時とくらべたら随分と丈夫になったものだ。
数度ノックをするものの、中から声は聞こえない。
ちらりと私のほうを見てくるリキッドに、目で『開けろ』と気押す。
―ガチャッ
「おーい〜。俺だけど…」
電気すら付いてない部屋。
リキッドが壁のスイッチをオンにすると、切れかけた蛍光灯が何度かちかちか点滅した後
パッと部屋中に光を浴びせた。
脱ぎっぱなしの衣類。初日に壊した内線電話。使用された様子の無い机。
ベッドでは半分ずりおちた毛布が寝相の悪さを物語っている。
の部屋にはこのとき初めて入ったが、まさかこれから毎日訪れることに
なろうとは思いもしなかった。
「居ないみたいっすよ」
「ん〜……だな。ロッドのとこでも当たっか」
「そうですね」
―パタン
・・・・・・・・・・・・・。
部屋が静かになって数十秒後。
タンスが独りでにガタガタ揺れだし、上から2段めの引き出しが僅かに開くと
その隙間をこじ開けるようにして手が出てきた。
「アイツら自分じゃ隠れらんねーからって探さねぇでやんの」
よっこらしょっと掛け声を発しながら引き出しの中から上半身を起こす。
落ちないように気をつけながらも、楽しそうにタンスの上にある物を掴んで登ろうとする。
「ほーんとバカ部隊だよな〜♪」
「否定はせんが、一まとめにされるのは心外だ」
「………」
手に掴んだ物が、タンスの上で座禅を組んでいた私の足だと分かると
は黙って引き出しに再び身体を収納させた。
「それほどハーレム隊長を呼ばれたいのか?」
「待った!それ無しっ今出る…Σのわぁっっ!!」
焦ってバランスを崩したは引き出しに入ったまま転落。
そもそもどうやって入ったのだ。
タンスに入るなど一人では到底無理な芸当だと思うが…
「天井に這いつくばったり、タンスに入ったり…なかなか器用だな」
「や、マーカーなら出来る気がする」
「やらん」
「やらんって事はやる気になれば出来るんだ…」
「常識的に考えろ、大の大人がそんな狭い場所に入れるか」
「う〜〜ん、ハーレムとかでもバラバラにすれば入るんじゃねぇ?」
「そう思ったらやってみるんだな」
「止めねーの?」
「死体の始末はリキッドがやる、私の手が汚れることはない」
どっちの死体でもな。
と笑う私を見て、の顔から血の気が引いたと思うと、青をあっと言う間に通り越し
部屋の隅で『マーカー怖い…マーカー恐い…』と小さく連呼しだした。
ハーレム隊長は本当に遊びがいのある新人を見つけてくることが達者だ。
おかげで私も楽しめる。
「マーカー!居たかぁ〜?」
「げぇっ!?なんで戻ってくんだよっ」
「へっ、オメーの行動なんざ俺はお見通しなんだよ」
意気揚々と入ってきた隊長の声で正気に戻ったは、逃げ場を求めて身を隠そうと
無駄な努力に努める。
隊長に続いてリキッドと…ロッドが部屋に入って来た。
「なぜお前が居る」
「そんな邪険にすんなってv」
尻軽そうな笑みをオプションに付けながら、慣れなれしく肩に腕を乗せてくる。
「しっかし廊下に隊長とリキッドが突っ立ってるの見たときは、何事かと思ったぜぇ」
空の上で相手になる女がいないからと言って、いちいち絡んでくるな。
いくら長い付き合いでも鬱陶しいこと極まりない。
そう思って肩に乗せられた腕を払うと、またも軽い口調で何かを言った。
もはや聞くことも煩わしい。
「捕まえたぜ!ちゃ〜んv報告書の仕・上・げ・やってるれるよなあ?」
私がロッドに構っている間に、隊長はを捕まえて優しげに言った。
恐らく隊長がやったのは印を押しただけだろう。
ハーレム隊長が言うには、肝心の(面倒な)作業は全てが『仕上げ』らしいからな。
「い・や・だ!」
「文句言ってっと泣かすぞ」
「やだね!それハーレムの仕事だろ。自分でやれよな」
「あア〜ん?窓から吊るすか」
ポケットから取り出した刺繍糸(盗品…誰の私物かどうかは言うまでも無い)で
の頬をペシペシ叩く隊長。
音声を消せば、休日の親子のひと時のように見えなくもない。
「おい、報告書くらい書いとけって」
「でも…」
「命あってこその人生だぜ」
聞き分けの悪い後輩に助言をするリキッド。
己の身に染みているが故に言える言葉を添えて。
一番懐いている者にそう言われ、は不満そうな顔でうつむいた。
ヤンキー上がりのわりには子供の手なづけ方がやけに上手い。
「無理なもんは無理!」
「なんでだよ。あんなもん適当に書いときゃいーんだぜ」
「オメー今まで適当に書いてやがったのかぁ?」
「コ、こッ言葉の…あヤ……す。ことっ…バ…――」
「あっ、旅立った」
白目で泡を吹きながら落ちたリキッドの額をが叩くが戻ってくる気配は無い。
ロッドがつま先でつつくと、辛うじてピクピク動く。
逝ってはいないようだ。
しかし今だ首にはハーレム隊長の指が食い込んでいて、赤黒く変色していた。
「んで、報告書…」
「自分でやれ。ってかリキッドが死ぬ」
「…オメー新入りの自覚が足らねーな。ここらでちっと教育してやらぁ…おら行くぞ!!」
いやに楽しそうな隊長とは裏腹に、急速に顔面蒼白になっていく。
これは面白そうだとさっさと隊長に着いていって部屋を出て行ったロッドに続いて
私も部屋を後にした。
なに?リキッドはどうしたかだと?
放置したままに決まっているだろう。
何故私があのディズニー坊やをわざわざ担いでやらねばならん。
そんなことはロッドにでもやらせればいい。
やつがやらないのなら私の知ったことではない。
「書く気になったか〜?」
「死ぬ死ぬ!これ切れたらヤベェって!!」
「答えねーと引き上げねーゾ」
隊長は予告どおり、高度数千mの空中にを刺繍糸で吊るした。
吊るしてから早数時間。
よく切れないものだ。刺繍糸とは意外と丈夫な造りになっているのだろうか?
「ハーレムの鬼!悪魔!!」
「痛くも痒くもねぇぜぇ」
「獅子舞、なまはげ、ライオンまがい!駄目上司ィィ!!」
「……ほ〜れほれ、」
「どひぃィイいい!!切れる!落ちる!死ぬッ!!」
隊長が少し揺らしただけでも、10メートルほど下にいるの位置まで行けば、命に関わる揺れにと変わっている。
その証拠に張り裂けんばかりの声が私の耳を突く。
「報告書くれぇ男ならどどーんと受けろっ!!」
「イデデッ、風で眼が…眼がエグれるぅ…」
もう会話が成立していない。
そういえば今日は春一番が吹くと天気予報が言っていたな。
どうりで強風なはずだ。
ここまでくると目に見えて隊長への悪口が減ってきている。
そろそろ限界か?
「オレが悪かったから、もぉ上げて…くださ…ぃ」
まあ3時間も耐えたのだ。
頭は悪くとも根性が据わってることはは認めてやろう。
「よーし、引き上げろぉv」
「うーっす♪りょーかいvv」
リキッドがまだ回復していないため今回のパシりはロッド。
両手で糸を巻き上げていき右足を縛られていたが生還した。
ロッドの手によって床のあるところに座らせた時、逆さ吊りで頭に溜まった
血液が一気に下降したせいか、ややオカシクなっていた。
虚ろな目を半開きにして壊れたカラクリ人形のように笑う姿には
流石の隊長も罪悪感を覚えたのか、私に流し目を送ってくる。
無言の命令を受けた私は、の首に2度目の手刀を当てたのだった。
「ぬぐを…ロッドぉ、ハーレムがマーカーと……Gィ、リキッドが…無い……」
「んだァ?この寝言は」
「めちゃくちゃウナされてんじゃないっすか!一体なにしたんだよ…」
「何って……聞き分け悪ぃから、ちぃっとばかし、こっから吊るしただけだぜ」
「…ちょっとって言わねーよ、それ」
苦しげにモガいて手を動かすを全員で囲んでいる。
リキッドが復活した後も、はのたうち回りながら我々の名前を繰り返し
わけの分からないうわ言を言い続けていた。
「隊長はいつ起きると思います?俺あと3時間♪」
「そーだな…俺ぁ1時間だ!」
「私は5時間にしておこう。G、お前はどうする」
「……4時間…」
「あのー…やっぱ俺の時もやってたんすよね?その賭け…(起きた時に受けた
謂れのない暴力は、賭けで負けた八つ当たりだったのか)」
確かリキッド坊やの時は、Gが勝ったんだったな。
あの時は酒も入っていて隊長もロッドも私もかなり酔っていた記憶がある。
あやふやな記憶を掘り起こして思い返せば、リキッドだけでなく
他にもなにか色々燃やしたような気が…
まあそれも過ぎたことだ。
「う…んんぅ〜〜〜っ……」
「……起きるぞ…」
外れたか…それもいいだろう。
隊長が何かしらの処置はするだろうからな。
「今回は全員スカのようだな」
「ざ〜んねん」
「ちっ、儲けどころだったのによォ…どうしてやるか…」
「に…二の舞…。(強く生きろよ)」
にする仕置きを考える隊長の横で涙するリキッド。
まったく、いつまでたっても甘いやつだ。
他人を気遣うヒマがあったら、他人を蹴落とす努力でもした方が
よほど時間の有効利用だと言うに…。
「Σぎゃああああ!?はぁっ、はぁ……」
「!正気か?!俺が誰かわかるか??」
「リキッドこそ生きてるか!?ハーレムに砂漠に埋められて、マーカーに火ぃつけられて
そのまま置き去りにされてねぇよな!?」
リキッドは目覚めたの肩をしっかり掴み、意識が確かか懸命に話しかける。
の方は重症で、夢を現実の境目を完全に見失っており
必死にリキッドの安否を確認していた。
「このガキどもは…特に、オメーどんな夢を見ていたんだよ」
「人聞きが悪いにもほどがあるぞ」
「ひぎゃああああ!!!出たぁ!血も涙も、優しさななんてまるで無いオヤジコンビ!!」
気が動転したままのが私と隊長を見て喚きだす。
「隊長は兎も角として、私もオヤジに入るのか…」
「マーカー、お前減給決定」
しまった…つい本音が出てしまった。
時すでに遅し、とはよく言ったものだ。
隊長は査定ノートにマイナス棒を引き終わっていた。
「おい。ピーターパン症候群になってないよな?お前はまだ人生諦めるのは早いぜッ
こいつらみたいな大人にならなきゃイイだけのことなんだからな?」
「酷い言われようだな」
「やったのは隊長だけだぜ〜」
「虐待の黙認は立派な犯罪です…!!」
一人前気取りでをかばうが、は非正気なまま挙動不審に部屋の隅まで逃げ
四つん這いになってフーフー唸りあげている。
ついに野生に戻ったか。
2足歩行より四足の方が似合っているぞ。
リキッドは物好きにも、そんなに近づく。
「、正気に戻れよ!」
「フーッ!!ぐるるる…」
「お前それ以上野生化したら取り返しつかねーぞ!!」
「って、それどーゆう意味だよ!」
リキッドの必死の呼びかけに心を開いたようだ。
噛まれているように見えるが、コミュニケーションの一環かなにかなのだろう。
「おい、助けてやったんだから、俺の部屋の書類リキッドと2人で全部片付けといてなv」
「えっ…俺も…?」
「だ〜か〜ら!オレは無理」
Gとロッドと私が3方を固める。
逃げないようにと先手を打ったつもりだったが、どうやら逃げるつもりは無いらしく
大人しくリキッドの腕に噛み付いている。
「この期に及んで往生際が悪いぞ」
「そ〜そ〜vわがまま言ってっと、まーた吊るされちまうぜぇ」
「無理だって、オレ字ぃ書けねーもん」
「そりゃあ無理だわな。んじゃリキッド、オメー1人でやってこい!」
「決断速ッ!!」
「やったー!リキッド頼んだぜ」
「ちょっ、隊長!そりゃねーっすよ!」
「うるせー。文句はマネ通せ!」
「誰よそれ?!」
騒がしい…。
今に始まったことではないが、以前にも増して騒がしい。
増えた因子がリキッドとロッドの喧嘩に隊長を2乗したような煩さのせいであろう。
―マーカー的方程式―
※(ロッド+リキッド)×ハーレム隊長2=
そんなとき、Gがに問いかけた。
「………読み書き両方ができないのか?」
「うん。だから報告書なんか書けるわけねーだろ?」
「しゃーねぇ、おいマーカー」
ハーレム隊長が頭を掻きながら私を呼ぶ。
「はい」
「オメーが教えてやんな」
「マーカー、持ってきたぜェ」
回想にふけっている間に顔中傷だらけになったロッドがドアをくぐった。
マーカーが時計に目をやると、この部屋に来たときから15分以上が過ぎていた。
「ご苦労だったな」
「自分じゃ探さなかったのね、マーカーちゃんてば…」
「ごめんなぁ、俺も自分の命守るのに毎日毎日毎日…だからお前も精一杯今を生きろ」
本日2度目の涙を流してリキッドは自分の背中にいるに語りかける。
ロッドに捕まった時点で抵抗を諦めたは、大人しくリキッドにおぶさっている。
獲物は順調に進行し、マーカーの元に辿り着いた。
「到〜着v」
「やっほ〜マーカー、20分ぶりくらいだっけ?」
「19分と25秒ぶりだ」
マーカーは冷ややかにスッパリと切り返す。
あいさつのつもりで顔の横まであげた手が物悲しい…。
「ロッド賭けやろーぜ。オレ怒ってるに給料せんぶ」
「そんじゃあ賭けになんねーぜぇ。それよりお前って給料でんの?」
「出ねーの!?」
「さぁて、どーでしょ。まあ頑張ってお勉強してこいよ」
「え〜やだ〜」
「我侭言うやつはこーしてやるv」
ロッドはの脇を持って、頭より高くまで持ち上げると、の身体を
自分の首の後ろに通した。
そして右手で頭を、左手で膝の後ろを押さえ軽く下向きに力をこめる。
「痛ってぇ!!ロッドやめろってば!」
「勉強するか?」
「するする!しまくる」
「ん〜、いいこじゃん。もっとしてやろ♪」
「イダダダダッ、てめー覚えてろよ!」
じゃれ合う2人に、さっきとは異なり燃えるような視線を送るマーカー。
待ちぼうけはそんなに嫌ですか師匠。
「気は済んだな」
「いや、全然遊び足りな…」
「では行くぞ」
「優しくしてあげなきゃダメよんvマーカーちゃん」
「ああ、そのつもりだ」
マーカーはロッドからを受けとり、扉の向こうに消えていった。
「なぁロッド…マーカーのやつ、相当キてなかったか?」
「が燃え尽きねーように祈ってろよ、ボーヤ」
「化けて出んなよ。出るなら俺以外のやつに…おすすめは隊長とか獅子舞とかナマハゲとか…」
「あっ、隊長」
「すんませんッ!!アメリカンジョークっす!いやマジで…って」
「こっちもイタリアンジョークだったりしてv」
「ロッド、てめー!!」
「そう怒んなよ。もしかしてリッちゃん2日め〜?」
「ぶっ殺す!!」
荒れ狂うリビングと打って変わって、静かな部屋に気配が2つ。
机に向かうと、その横に座るマーカーの2人だ。
「さあ、続きをやれ」
「ちぇっ…つまんねーの」
「無駄口を叩くな」
やや気不味い雰囲気の中で勉強は再開された。
ペンが紙を擦る音が聞こえ出すと、マーカーは読みかけの古書を開き
しおりのページから読み始める。
とは言っても、の勉強を見ながらのせいで読むペースは思わしくない。
は隙さえあれば、逃げ出すか、居眠り…良くて落書きを始めてしまうからだ。
昨日は少し集中して読んでいる間に熟睡され、起こすのに30分もかかってしまった。
(正確には起こそうとして投げた本の当たり所が悪く気絶させたため)
「なぁマーカー…」
「今必要なことならば聞こう」
「やっぱイイ」
これは私の推測だが…私はに好かれていない。
少し大げさな言い方だが、特戦部隊の中で一番懐かれてないのは私だ。
何のかんのと言いつつも、拾い主の隊長にはよく引っ付き
ロッドの背に乗っかって遊べとごねるのも、しょっちゅうのこと
裁縫に勤しむGの膝で、よだれを垂らしながら寝こけていたと思えば
暇さえあればリキッド坊やの後をヒナのように付いて回っている。
それに比べて私には余り寄り付いてすらこない。
集団で居る時はそうでもないが、今のように2人になると目に見えて口数が減る。
仕事に支障がないので問題はないがな。
「…あのさ、水飲んできていい?」
始めて10分もしない内にが言ってきた。
集中力が無さすぎる。
しかし、ここで駄目だと言ってまた逃げ出されては余計に面倒だ…。
「5分で戻ってこい」
「うぃーっす!」
椅子から飛び降り、忙しない足取りで扉から出て行く。
よほど休憩が嬉しいのか扉も開けっ放しだ。
それから数秒と過ぎない内に、楽しそうに笑う高い声が遠くから聞こえてきた。
咽の潤いよりも、心の潤いが優先か。
ふぅっと鼻にかかった息が漏れる。
僅かなこの時間だけでも読書に集中するとしよう。
「よ〜お、勉強は進んでっかァ?」
「…ハーレム隊長」
たてがみとも言える金髪を珍しく束ねた姿で入ってきたハーレムは、の座っていた
椅子とベッドを見比べ、迷わずベッドに腰を下ろし煙草に火をつける。
マーカーはそんなハーレムを見て、抱いていた疑問を口にする。
「隊長、なぜ私にの教育係を…?」
「部下思いの俺の作戦だ!!」
「言ってしまっては作戦もなにもないのでは?」
「…いーんだよ。結果良けりゃ全て良し」
「まだ結果は出ておりませんが…」
押し黙るハーレム。
マーカーの的確な突っ込みには立つ瀬ない。
「………オメーが手間取ってたからだよ」
「私が?何にです…」
「たっだいまー!!」
マーカーが言い終えるまえに、缶ジュースを手にしたが戻ってきた。
は煙草を吸うハーレムを見つけると、全速力で窓を開け
部屋に漂う煙を追い払い出しながら叫ぶ。
「あーもう!!人の部屋でタバコ吸うなよ!布団に臭いが染み付くじゃんかっ」
「邪魔したなぁ〜。仲良くやれよ、お二人さん」
「なにしに来たんだよ…タバコ吸うだけなら自分の部屋で吸えよな」
私が…手間取っている?
隊長は一体なにを…
「…オレ勉強するな」
「当然だ」
『ちぇッ』と言いながら不満そうに椅子に座るを、横目で確認し読書に戻る。
しかし目で文字の羅列を追うも、どうも思うように進まない。
集中を乱す原因は、己でもよく分からない。
とにかく、落ち着かない。
だが、ここで自分が席を立っては、に示しがつかないと思いとどまり
部屋を出たがる足をなんとか諌めた。
こんな時は無理に集中しようとせず、思うままに何かを考える方が効果的だ。
アクマで読書のポーズは崩さないで。
まず第一に、この船の者は騒ぎごとが好きな部類が多い。
が入ってからというもの、毎日なにかしら起きる騒動をみんな楽しんでいる
ようだが私はそうでもない。
部屋に一人でいても、けたけましい声と物音が引っ切り無しに聞こえてきて、静かな時間が
壊滅的になくなってきている。
(が寝てからは静かなのでゼロではない)
この間など、自室で座禅を組んでいたとき緊急脱出令のブザーが鳴ったと思ったら
何のことは無い
が興味本位で非常ボタンを押しただけだった。
それはまだマシな方だ。
C地区へ出動した時は、先に居たガンマ団の兵士を15人も誤って病院送りにした。
他にも例を挙げれば、本部と勝手に通信をしたり、支給された拳銃を面白がって発砲したり
テレビで見たボーリングを真似て隊長の秘蔵酒をピン代わりにした事もあったな。
そんな特別なことが無い日も、朝起きてから夜寝るまで始終うるさい。
子供のやることだと割り切っているためか、それ程腹は立たないが、静かな時間
というものがヤケに懐かしく思える。
「マーカーってさ〜、オレのこと嫌い?」
予兆無く放たれたの問いかけに、垂れ流しにしていた思考が
ピタリを塞き止められた。
マーカーは眉をピクリと吊り上げを見る。
「なぜだ?」
「だってオレと居るとき恐ぇ顔してばっかだし、喋ってくんねーし」
「それはお前も同じだろう」
「オレは…マーカーがうるさいの嫌いだと思ったから……」
私に気を使ってたというのか?
しかしは私が苦手だったのでは?
いや、待て。
そもそも其れが私の勘違いだとしたら…
自問自答を繰り返す。
だがには、そんなマーカーの姿は不機嫌そのものにしか見えなかった。
そのため少々口を濁しながら
しかし真っ直ぐマーカーを見て、は言葉を続けた。
「だから出来るだけ頑張ったけど…やっぱフツーに喋る」
「………」
「煩かったらゴメンなッ」
椅子の上で足の裏を合わせ、身体を前後に揺らしてケラケラ笑う。
途中までは言い難そうにしていたが、最後の一言は、ゴメンと言いながらも
顔も態度も全く悪びれてない。
とは言え、不快な気分にはならなかった。
「…構わん、好きにしろ」
薄く微笑みながらマーカーはに答えた。
「うん!そーする。実は喋んないでいるのってカナリきつかったんだよな」
「ただし煩かったら問答無用で…」
「燃やされねーように気をつけま〜す!」
「フ…分かっているならいい」
思ってみれば私はを煩く思ったことは何度もあったが
煩わしく思ったことは無かったな。
意外な真実に気づかされた。
「あきた〜、つまんね〜、遊びたい〜」
「口を動かす暇があったら手を動かせ、馬鹿者が」
「釣れないぜェ、マーカーちゃんv」
「ロッドのつもりなら全然似ていないぞ」
「自信あったのに…」
ダラけるの頭を本の角で叩くマーカー。
「いってー、覚えたの忘れたらどーすんだよッ」
「もう一度覚えなおせばいいだけの事だろう」
「ところでその本なに?」
「次の課題だ、早くやらんと夕飯を食いっぱぐれることになるぞ」
「えー!!やだやだやだー!!」
―キィ、バタン
「あれ?マーカー、は?」
夕食時の少し前ころになると、マーカーが談話室に戻ってきた。
マーカーの前にも後ろにも、の姿が見えないことに
疑問を抱いたリキッドが、ミッ○ーのぬいぐるみから毛玉をとる作業を止めて問うた。
「まだ続けさせている」
「今なにやらせてんのよ?」
「片仮名だ。ふぅ…」
いつもの席に座り一息つくマーカー。
所定位置で深く座って、少しでも身を楽にしようとする時は、大抵が疲労困憊中な時。
今もそれに違っていないと気づいたロッドが、テンション軽く話しかける。
「苦労してんな、セーンセv」
「変わるか?」
「保健体育なら自信あるぜ」
「お前のは子供に教える内容じゃないだろう、リキッド坊やにでも教えてやれ」
「テメーらなぁ…!!」
「で、授業は順調かぁ?マーカー」
ハーレムが珍しく酒ではなく茶なんか飲んでいる。
手中の湯飲み茶碗には、一筆書きで『金銀財宝』と書かれている。
マーカーはテーブルに置かれた急須に手を伸ばしながら、疲れた主婦のような
溜め息混じりにこう答えた。
「しごきがいはあります」
「ギャハハ、あいつ物覚えわるそーだしねん」
「ああ、なにしろペンの持ち方を覚えるのに3日も掛かったからな…」
ロッドの笑いがピタッと止まる。
ついでに他の連中の動きも、電源がオフになる。
「………3日?」
「ああ、昨日やっと勉強に入れた」
「それでもう平仮名覚えたのかよ……」
「そうだが」
リキッドは自分の幼少時代を思い出し、少し哀しくなった。
ハーレムもロッドも何も喋らないところを見ると、リキッドと似たり寄ったりなのだろう。
そんな中、Gは一人黙々となにかの作業に徹している。
「G、なにをしている?」
「…のルームプレートが汚れていたから……新しい物をな…」
「それも自分で書かせた方がいいな」
「そうか…なら名前は書かないでおく。」
真剣に話し合うマーカーとG。
そのときドアが勢いよく開き、が駆け込んできた。
「腹減ったー!もう飯にしよーぜ!!」
「覚えたのか?」
「うん、終わった!」
「私は覚えたのかを聞いている」
「多分!!」
マーカーは組んでいた足を崩し、笑顔で食事の要求をするをひょいッと慣れた
様子で脇に抱えて立ち上がった。
「食事はテストしてからだな」
「飯食って寝て遊んでからにしよーぜ〜」
「駄目だ」
「やーだー!今日あんま遊んでねーのにッ」
「黙れ、燃やすぞ」
そう言って歩くマーカーの口元に、ほんの少しだけ笑みがあったのを
当事者以外の者は確かに見ていた。
覚えることがいっぱい
やりたいこともいっぱい
誰かといるときは 感じることがいっぱい
誰かのことを1コ知ると 誰かに1コ知ってもらえる
だからヒトといるのが 一番楽しくて嬉しい