この部屋に来る前、アイツと擦れ違った。
小さな背中には入隊後に総帥から送られた荷物を背負っていた。
「フ…。明日からは静かに読書ができる」
寂しげに残された家具。
半年以上勉強に使ったこの机も、主が居なくなっては今日でお払い箱だ。
私がこの部屋に来る理由も目的もなくなった。
「少し…暇になるな」
アイツがやりかけたままの問題集をゆっくり…
閉じた。
翌日の正午を少し回ったころ
酔いつぶれた大柄な男たちの中、一番細身の身体がダルそうに起き上がった。。
「く…しまった。私としたことが…」
かなり寝過ごしてしまった。
頭が重い。流石に朝まで飲み続けては大分響いているようだ。
片付けられることの無いまま放置された無数の酒瓶。
同僚上司はソファに沈んでいたり、床に転がったりと散々な状態だった。
そんな中で自分を目覚めさせた物音が耳に障る。
行方を捜せば、テーブルの上で絶え間なく振動している
上司の携帯電話の存在に気がづいた。
「ハーレム隊長、お電話のようですが…」
「っせ〜な、オメーが出ろ…―ぐがー…んがー」
仕方ない…
ハーレムは普通の時でさえ起床時間の遅い男だ。
規則正しいマーカーが寝過ごすほどの宴の後では素直に起きるわけがない。
背面ウィンドウも見ずに、マーカーは通話ボタンを押した。
「はい」
『ん…?誰だ、マーカーか?』
やや擦れた感のある低めの声がマーカーの名を出す。
マーカーの記憶の中でこの声に当てはまり、ハーレムの私有携帯の番号を知っていて、
なおかつ自分の名を出す人物。
それは一人しかいない。
「はい。お早うございます、マジック総帥」
『ハーレムはどうした?何かあったのか?』
「いえ、隊長はまだ寝ておられます」
『ナニッ!?今すぐに叩き起こしてくれ』
一言二言めまでは”総帥”の声であったが、
最後のは、どうも”総帥”と言う立場ではなく”長男”という意識が強まったように感じた。
「隊長、マジック総帥からお電話です。起きて下さい」
「…ァ〜、兄貴だとぉ?」
ハーレムは頭を振ってまだ眠っている身体を無理矢理起こすが
酒は抜けてるが眠気の抜けないといった様子で頭を掻きむしりながら
マーカーから電話を受け取った。
「くあ〜ぁ…よぉ兄貴。俺ァ寝起きで機嫌わりーんだ、用なら後にしてくんねーか?」
『ハーレム、お前というやつは…少しは規則正しい生活をしなさいっ!!』
電話の向こうの人物…総帥が怒鳴った。
余りの大声に、受話口のハーレムはおろか、離れているマーカーにまで
会話は筒抜けだ。
「あんだよ。…金でも貸してくれんの?」
『そういうことは、前に貸してあげた分返しきってから言いなさい』
「じゃあ何だよ」
『出動命令だ』
「またか、で…今度はどこだ?」
『F国だ。場所はわかるな、数日中に潰せ』
F国…書類上ではガンマ団と友好同盟を組んでいたが、どうも最近怪しい行動が目に付いていた国だ。
ともあれ表向きは同盟国にあった国へ出撃ということは、ついに同盟を破棄してきたのか。
それともこちらから破棄したのか。
どちらにしても我々特戦部隊を向かわせるのだから、よほど総帥の逆鱗に触れることをしでかしたのだろう。
愚かなやつらだ。
耳をすまし会話を聞きながらマーカーは軽くそう推理を組んだ。
ハーレムの様子をチラリと見たが、
どうやらヤル気は十分すぎるようだった。
「ふ〜ん…いいぜ、今すぐ行ってやらぁ」
F国の首相、それはハーレムが毛嫌いしていた相手だ。
以前なにかのパーティに強制参加させられた時に侮蔑とも言える言葉を吐かれ
マジックに諌められなければ眼魔砲を放つところだった。
その内容はハーレムにすれば到底許せることでは無かった。
「あのクソたぬき…俺の部隊をゴロツキ呼ばわりしやがった。絶対ェぶっ殺してやる、いいだろ?」
『ああ、好きにしろ』
まだ寝ぼけているのか、マーカーが起きていることも忘れ
記憶に残る屈辱心を露わにする。
一瞬ではあるが、特戦部隊長の立場を忘れ、子供のように感情的に笑った。
そんな弟の思考を察してマジックは続ける言う。
『一応は気をつけるんだぞ。仮にもガンマ団の同盟国だった国だ。一筋縄には…』
「兄貴、生憎だがな…“目標完全撃破”。それ以外の報告はできねーぜ」
マジックが釘をさすつもりで言った言葉は、
”隊長”の顔に戻ったハーレムによって遮られた。
『ふ……こういう時だけは良い弟だよ、お前は』
「へっ、俺たちを誰だと思ってんだよ」
『そうだったな。頼んだぞハーレム。吉報を待っている』
ピッと通話ボタンを切る。
久々に来た自分が望む仕事内容に、口元が緩ませながら後ろを振り向くと、
マーカーと、何時しか目覚めていた2人の部下がハーレムを見ていた。
「任務っすかァ?」
「………」
寝乱れた髪を整えるロッドは、心なし楽しそうに笑っている。
「おう、ターゲットはF国だ。…おいオメーら」
「へへ…わぁってま〜すv」
「最後まで言わせろよ。……手加減無用だ、完全にぶちのめして来い。いいな…!」
「………はい」
普段によりも気合の入ったハーレムの言い方に一同は気がはやる。
酒では解決できない鬱憤を止め処なく解消できる唯一の時間。
これからこなすであろう任務を想像するだけで、喜びに似た感情を得たマーカーは笑った。
国を落とすとなれば期待できそうだ。
青龍刀も血を欲しがっているころだろう…
「リキッド坊や、起きろ任務だ」
マーカーは足元で深々と夢見入りしているリキッドの顔の上で酒瓶を傾けた。
数種類ブレンドされていることが分る黒っぽく濁ったはワインは、リキッド目掛け一直線に落ちる。
「狽モがっ!?なにすんだよ!こんな朝っぱらから…眠ィな」
「寝ぼけるな。もう昼をすぎている」
「マジ?頭イテ…」
「も起きろよ、お仕事の時間ですよ〜」
ロッドは、夕べ宴会の最中にひっくり返されたテーブルに
今だ縛り付けられてるの頬を軽く叩いて起こそうとする。
しかしは、何か悪夢でも見ているのか
色の悪い顔を歪ませるだけで、なかなか起きようとしない。
「お〜い、生きてっかぁ?」
「死んでいたら返事はできんぞ」
「人の十八番とるんじゃねーよ」
お得意の揚げ足取りをマーカーにとられ、少々不機嫌に言い返しながら
テーブルを正常な状態に戻して本格的に起こしにかかる。
「ちゃ〜ん?起きねーと獅子舞サマに食われちまうぜ〜」
「そーかそーか、ロッドはそんなにボーナスいらねぇんだな」
「隊長〜そりゃないっしょ。起こすためのジョークなんすからぁ」
「んなこた、こーすりゃイイんだよッ」
テーブルの前でしゃがんでいるロッドをどかして
ハーレムが死にそうな顔で眠るの胸倉を掴んだ。
「おらおら!テメエ起きねーと頭から食っちまうぞ!!」
力を込めた右手を、ガクガクと前後左右に激しく盛大に揺する。
は縛られているテーブルの脚に後頭部を数十回とぶつられ
景気よく出血させながら小さく呻いて
暗闇にいた瞳を光の前に晒した。
「う…あ、オハヨ…朝飯なに?」
「バカ言ってんじゃねぇ、身体起こさねーとおっ死ぬぜ」
「死ぬって…仕事ぉ?!」
なんでこんな朝っぱらからなんだよー!と駄々をこねる。
「ほんとキッついよなぁ。いてて、身体中バキバキ鳴る…」
「あっリキッド、もうコレほどいてよ〜」
「ん、ああ。もうイイよな」
まだ寝ぼけ眼のの縄を、同じく寝ぼけ眼のリキッドがほどきだす。
おぼつかない手つきだがを拘束していた縄は徐々に床にトグロを巻いていく。
完全に縄が取れ、自由になったは
オーバーに身体を動かしその場で飛び跳ねる。
「くあーッ!肩こったぁ」
「そりゃ半日以上座りっぱなしじゃな」
「つーかリキッドが助けてくんねェからだろ!
昨日ハーレムたちが酔い潰れた後に解いてくれたって……ッう…」
「狽ィい!?」
「G、そこを動くなっ」
うめき声をあげながらは後ろへ倒れ掛かった。
リキッドは慌てて手を伸ばしたが、その手がを支えることはなく
むなしく宙を切っただけだった。
リキッドが手を伸ばすのと同時に響いた声の主は、マーカー。
長年の仕事のせいで、アクシデントやハプニングに慣れているマーカーは
倒れかけているを見て
届かない手を伸ばすよりも、より有効な方法を叫んだのだ。
そのおかげでは、床に尻餅はついたものの
すぐ後ろにいたGの足に阻まれて後頭部の強打を免れた。
しかし危なかった…
もしGが動いていたら、今頃は床もも血まみれになっていた。
「なんだなんだぁ?」
「大丈夫か?!」
「あれま、派手にコケたよーで」
現場を見ていなかったハーレムとロッドも
倒れているを抱き起こすリキッドを見て現状を把握した。
はリキッドの腕の中で苦しそうに頭を押さえた。
「なんか…すげぇ気持ち悪ぃ…」
「平気かよ?隊長、は休ませといた方が」
座り込んで前かがみになるの頭に手を添え、リキッドがハーレムに口添えする。
「ばーろォ、特戦部隊が病欠なんてアホくせぇ、仕事は仕事だ」
「けどッ…」
「リキッド、オレ平気だよ。ちょっとグラってしただけだって」
「…そんならイイけどよ、マジで大丈夫なのか?」
「うん!もう元気!つーか腹減った!!」
いつもの笑顔を見せられて納得するリキッド。
も嘘をついてるわけでもないらしく、皿に残ってる食べ物を漁りだす。
内心ほんの少し気にしていた他の者も
安心して鼻から息を通した。
「ったく、只の立ちくらみならそう言えや。心配して損したぜ」
「大方流血のしすぎが原因でしょう」
「んーや。特製ピザやったきりで、なぁーんも食わせなかったからだろ」
「………寝不足も有り得る」
子供の養育環境としてココほど悪いところは他にない。
「おい、なんだ、そのザマは…」
完全にF国を占拠したその日の夕方。
返り血でベトベトになった制服で帰ってきたリキッドが、その手に抱いているのは
「それが…コイツ全滅させたとたん倒れちゃって…」
完璧に寝入っているだった。
リキッドはただただ心配そうにの様子を気にしている。
ハーレムは特戦部隊らしかぬ態度でオロオロしっぱなしの部下から
眠りについている小さな身体を受け取ると、手近なソファに寝かせて外傷を調べる。
「別にどこも折れてねーな、怪我もしてねーし…」
改めてきちんと少女の状態を確認して、ハーレムは呟く。
横たわる身体は目立った外傷も遠距離攻撃を受けた痕もない。
毒ガスの類だとしたらもっと苦しんでるか下手をすれば仮死状態までいってるはず…。
判定、なんも異常無し。
「隊長…平気なんすか?」
「多分な、起きたら飯でも食わせてやんな」
「えっ!?」
ハーレムがそう言うとリキッドは素直に驚きの声をあげる。
このオッサン、良いところも…
「後でちゃーんとお仕置きはすっけどなv」
「そーっすよね」
やっぱり無かった。
「ところでリーちゃん、任務どーした?」
「任務なら今ロッドたちが…」
「さっさと任務に戻れって言ってんだよ、上司の前でサボるたァ見上げた根性だな」
「い゛やぁぁぁああ!!」
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