「クソッ!!なんで…なんでなんだよっ!」


叩いた壁にヒビが入った。
カッコわりぃ…物に当たって、喚き散らして、ガキじゃねーんだぜリキッド。
何度も打ちつけたせいで内出血でグロテスクに変色した拳が情けない。

1人きりの談話室。

アイツのこと弟…じゃねぇ、妹だと思ってたんだろ。
なら兄貴として笑って送り出してやれよっ!


「チキショー…」


泣いたって…いーだろ…―

















白を基調とした居慣れない部屋に残されて数時間、リキッドはヒマだった。


本でも読もうにも、この部屋にある本ときたら
薄学なりキッドには到底理解できない難しそうな物ばかり。

会話をする相手といえばドクター高松だけだが
彼は特戦部隊の面々が出て行ってからずっと仕事をしてる。


リキッドは特にすることもしたいことも無いまま、椅子に座って、
カタカタと聞こえるキーボードをBGMにボーっとしていた。




「暇なら手伝いなさい」


快適な室温のせいで眠りそうだったリキッドを高松の声が現実に引き戻す。


「手伝うってなにをだよ」
「そうですね、コーヒーでも淹れてもらいましょうか」
「獅子舞と似たようなこと言いやがって…」



卓上の鍋敷きの乗せておいた、まだ沸かしたばかりの湯をコーヒーメーカーに注す。
映画で見るようなアンティークのそれは時間をかけてコーヒーを下のガラスに溜めていく。

また静かになる部屋の中。

フラスコ状のガラスポットに半分ほど黒い原液が堪ったところで
リキッドは2つのカップにそれを移し
片方にだけ砂糖とミルクを注ぎそちらを自分の手元に残すと
もう一方の何も甘味していない方を、ワークデスクでマウスを操っている右手の少し外に置いた。



「おらよ、なんで俺がこんなとこ来てまで雑用やんなきゃなんねーんだよ」
「文句言ってるとモルモットにしますよ」



なんで隊長の知り合いはこーゆうやつしか居ねーんだ…
類は友を呼ぶっつーけどまさにそれだよな。


そう思っても口に出さないのは
この男は曲がりなしにも、あの隊長の友人で
やはり相当の無茶をする人間であると知っているから。

しかも単純明快なハーレムと違い、どこか得体の知れない感が拭えない高松。
そんな男と2人きりで居るこの部屋はお世辞にも居心地のいいところではなかった。


リキッドの頭の中は早くを連れてここから退室したい
という願いでいっぱいだった。


ブラックコーヒーを苦い顔一つせずに飲む高松は
そんなリキッドの心情を察して、話題をふることにした。








「貴方はあの子をどう思ってますか?」







極力高松を見ようとしなかったリキッドだが、親近感のある話題に反応してこちらを見たので
パソコンの画面越しに目が合った。



のことか?そーだなぁ……
最初は本気で弟って思ってたけど女だったし、今は弟みたいな妹ってとこかな」



この部屋に来て初めて笑顔を見せるリキッド。
その表情は青年というよりまだ少年。
それも世の中の汚泥や駆け引きを知らない無垢な笑顔。




「だったら耳の穴かっぽじいてよく聞きなさい」


コーヒーを受け皿に置いてリキッドを見上げる高松は
先ほどまでとは違う雰囲気を纏っていた。




すげぇ迫力…
こいつ実はかなり強ぇんじゃねーか?


鋭利ではないが圧迫してくる高松の存在感に、リキッドは口に溜まった唾液を飲み干した。




「ハーレムの命令には従うこと、いいですね」
「は?」
「なに間抜けな顔してんですか。いいのか悪いのかどっちか聞いてるんですよ」
「イイも何も……あの獅子舞に逆らったら殺されるぜ。最低3回は」



何を言われるのかヒヤヒヤしていたのに
極当たり前に普段していることを言われ、思わず軽口もこぼれる。

だが、高松はそれを咎めることなく、小さい溜め息を吐いて



「そうですか」


と、残りのコーヒーを静かに飲み干した。



「それが何だよ」
「いえ、貴方は頭悪そうですから忠告したまでです」


重い雰囲気を脱ぎ、最初と同じ飄々とした口調で、即座に仕事に戻る。



めちゃくちゃムカつく…親しくもねーのに馬鹿呼ばわりかよ。
流石は隊長の知り合いだぜ。











「………どうやら起きたようですね」


突然そう言って高松はベッドに向かった。

真っ白なカーテンをサッと開けると寝ていたはずのが上半身だけ起こしていて
眠そうに瞼を擦っていた。

リキッドは慌ててカーテンの中に入っての顔を覗く。



!」
「リキッド…?おはよ……ふぁ〜ァ」
「身体大丈夫か?どっか痛くねぇ?」
「ん〜…腹減った…」
「食欲があるなら点滴する必要はないですね。飛空艦戻って好きなだけ食べなさい」



呆れた物言いでドクターが言うと、はそっちを見て不思議そうにする。



「お前ダレ?」
「私はDr高松です。ハーレムの旧友とでも言っときましょうか」
「ハーレムの友達?ふ〜ん。オレ。よろしくな」
「知ってますよ。ハーレムから聞きましたからね」
「そっか。んで、なんでお前ココにいんの?」
「ここは私の職場ですから、私が居るのは当たり前です。アンタらが居るほうがオカシイんですよ」
「ってことはココ飛行機ん中じゃねーの?んじゃリキッド帰ろ」
「お、おう。そだな」
「……んん?」


ベッドから跳び降りたの動きが止まる。
そしてなにかを確認するように足を動かしたり辺りを動き回ったりしだした。




「どーかしたか?」
「なんか、股がゴワゴワする」
「あっ…そ、それはな///」


説明しようとするリキッドはどう言ってイイか解らず赤面してしまった。

それでもは答えを待ってジッとリキッドを見つめるので
リキッドは更に照れてワタワタ意味の無いジェスチャーを繰り返すので
高松が助け舟を出した。


「ガーゼで処置したからでしょう。専用の物なんて無いんですから我慢しなさい」
「処置ってオレ怪我なんかしてねーよ?」


皮パンをいじり、股間の不快感を少しでも減らそうとする


「貴方は女の子になったんですよ、意味わかりますか?」
「……?狽っ、生理きたとか?」
「知ってたんですか、意外ですね」
「そっか…オレ生理きたんだ」
「ええ。おめでとうございます」


一応社交辞令で祝いの言葉を言うドクターには照れることなく、ありがとうと返す。
俺はまだドクターのように言えない。
こっちが妙に照れくさくなっちまう。



「リキッド、みんなにも知らせてーから早く帰ろ!」
「いや…あいつらもう」
「もう赤飯炊いて貴女の帰りを待ってますよ」


リキッドは言いにくいことを全部代弁してくれる高松に内心素直に感謝する。


「なーんだ、もう知ってんのかよ。ビックリさせよーと思ったのに…」
「してましたよ。写真に撮っておきたいような顔で」
「えー!見たかった〜!!高松ずりぃよ、オレも見たい見たい!見せろ!!」
「無茶言ってないで飛空艦に戻ったらどうです」
「ちぇっ、ケチくせーの」


は裸足だったのに気づいて、ベッドの下にあった自分の靴を履く。
先にドアの前まで行ってを待つリキッドに高松が近づいてきた。

軽く見下ろすくらいまで距離を縮めると、に背を向けてリキッドの前に立つ。



「くれぐれも忘れるんじゃないですよ」
「獅子舞に逆らうなってんだろ?わかってるって」
「心配なんですよ。理解能力も自制心も乏しい人は、特に」



このヤブ…俺を何だと思ってやかんだ、クソッ!




「高松ジャマ〜!」



靴を履き終えたがドアを塞ぐ高松の脇の下を潜って
ヒョッコリとリキッドに顔を見せた。


「おし、帰るか」
「うん!」


は自分の頭と同じくらいの高さにあるリキッドの手を握って
高松を見上げた。
今まで眠っていた大きな瞳が高松の顔をしっかりと映す。



「じゃーな高松、また来るな」
「俺はもう来ねぇ」
「どうでもイイですけど来るときはお茶請けでも持ってきなさい、そしたら歓迎しますよ」
「わかった!ばいばーい!!」













帰ってみたらそこは狂宴でした。
byリキッド




「うぉっしゃー!飲め飲めっ一気だ!!」
「ギャハハハ、ちゃんイー飲みっぷりだぜェv俺惚れちゃいそう」
!今日を機にお前はもっと女らしくだな…」
「うおぉぉお…、こんな祝い酒が飲めるのは、お前のおかげだぁぁあ!」



タライいっぱいの赤飯と鯛のお頭つき刺身。そのた諸々の豪華な料理。
箱詰めで山のように積みあがってるブランデー、ウイスキー、ワインにカクテル、ビールに日本酒の数々。

俺が入隊してから考えても一番ハデだった。
そもそも主役のが帰ってくる前から出来上がってたのはどーゆうわけだよ、このオヤジども。



「リキッド飲んでっか――!?」
「飲んでますよ(うおっ酒くせぇ…)」
「あ〜ん?オメー素面だなぁ…。G!それ寄越せ」



Gの飲んでいた樽のビールを無理やり奪う隊長。
加えていつもに輪をかけて楽しそうな笑顔。



「オリャ―――!全部飲んでいーぜっ、坊や!!」
「んばぼぉおっ!!」
「だはは!ビールのシャワーじゃん!!すっげぇゼータク!」
「オメーにもやってやんぜvくらえ!!」
「冷て――ッ!」



頭からキンキンに冷えたビールを浴びる俺と
浴びせた張本人のハーレム隊長は樽に残ったビールをしっかり飲んでやがる。

すげーテンション。



「んじゃー隊長の俺から祝いの言葉でも言ってやるか――v」
「隊長、ビシッときめて下さいよ〜vv」
「任せとけ!!おらッこっち来い」


勢いに任せてジャンジャン飲んでいた隊長が
カラオケセットのマイクを持って立ち上がり
直径1mはあろうタライの中の赤飯をしゃもじで食ってるを呼ぶ。





“ハーレムの命令には従いなさい…”

なんでかドクターの言ってたことが俺の頭を横切った。
わぁってるつーの!!


それより隊長になんて言うんだ?
やっぱドクターみたく『おめでとう』の一言でも言ってやんのか。
でもこの人のことだ、もっとトンでもねーこと言うに決まってるぜ。




、女だからって男に負けんじゃねーぞ」
「あったりまえじゃん!」
「甘えるな強くなれ、誰にも負けねぇくらいな」
「…うん?」



隊長どーしたんだ。
そんな静かに言うからが戸惑ってんじゃねーか。



「隊長飲みすぎたんですか?」
「ちょっと黙ってな坊や、大事なとこだぜ」
「なんだよロッドまで…」



ロッドだけじゃない。マーカーもGも…どうしたんだよ?

宴会に合わない顔つきで隊長とを見つめる同僚達。
いつもみたいなチャラけた表情じゃなくて
かといって、戦場で見せるようなマジな顔でもなくて

どこか遠いところを見ているような…















「オメーは除隊だ」




隊長はマイクを口元から遠ざけて、生の声でそう言った。




「じょ…たい?」
「隊長命令だ。今夜寝たら明日の朝に船降りろ」

「なんで?」
「任務中にぶっ倒れるヤワな隊員なんざ、うちにゃいらねーんだよ」

「オレ弱くなんかねーもん」
「敵国のど真ん中で気絶するやつがか?」

「それは……任務終わって…ちょっと気ィ抜けただけで…」
「つまり自爆兵があそこに居たら死んでたっつーことだな。違うか?」



が何か言いたそうに唇を動かす…
が、それ以上なにも出てこなかった。

ハーレム隊長はの髪を掴んで上を向かせる。




「弱ぇ女はいらねぇ」




なに言ってんだ、隊長。

アンタが言ったんじゃねーか。男でも女でもだって…

いくら酔ってるからって冗談きつすぎるぜ。




は大きく見開いた目を閉ざすことなく
小さな口が結んで、ギリッと、強く歯を噛み締めて


「……わかった」


はっきりと返事をした。



「そーか、本部じゃ高松に世話になれや。兄貴にも話は通ってっからよ」


コクンと首を小さく縦に振り
持っていたしゃもじを赤飯の中に突きたててドアのほうに向かう。



「あっ…おい!


走り去ろうとするを呼び止めた。
何を言うのか考えないで、ただ、声をかけた。

が泣いてるんじゃないか、と思って


「荷物まとめてくる」


クルッと振り向いた


「すぐ戻ってくるから宴会続けてていーよ」


笑顔だった。





「飯残しとけよ!!全部食ったら怒るからな!!」
「ちょっ…待てよ!」


開けっ放しのドアを通っては自分の部屋まで走って行った。
バタバタと走る音が止まって部屋の扉を開けて閉めた音が聞こえた。



…笑ってた。
弱いとか言われるのが大っ嫌いなが、あんなこと言われて笑って…





「なんつーこと言ってんだよ!この獅子舞!!
酔っ払ってても言っていい冗談と悪い冗談があんだろッツ」



後のことなんか考えてなかった。
が傷つけられたのにカッとなって、自分の身の心配なんかしてられなくて

俺は隊長の襟元を掴んで
そう怒鳴った。


だかど隊長は俺の睨みなんかでうろたえるような人じゃねーから
手近に合った酒瓶に口をつけて
俺の給料をギッたときの人を小馬鹿にしたような口調で



「俺ぁ冗談だなんて一っ言も言ってねーぞォ」
「んじゃーなんだ?除隊だなんて本気で言ったのか?!」



隊長の言い方に切れて暴れる俺をGが後ろから羽交い絞めにする。

目の奥が熱い。
もしかして俺泣いてるのかよ…


頬に熱い液体が流れるのを感じて、ようやく自分が泣いているんだと自覚する。

隊長はさっきにやったことと同じことを俺にした。
前髪を引っ張られて、嫌でも隊長と目が合う。
身長差が10cmもない俺でも、無理矢理上を向かされれば首が痛い。





「俺が冗談言ってるように見えたか?あ?」


今度は真面目な声。
重低音の男声は俺の耳に深く傷を付けるようだ。
畏怖するも、ここで引き下がるわけにはいかない。

仲間を切り捨てるなんて俺にとっては最低最悪の行為だ。
どんなに恐かろうが見過ごせない。






「いらなくなったら捨てるんじゃ、ただの…ただの我侭だろ…」


のこと連れてきたのはアンタじゃねーか。


「そんなやつに…」
「飼い主の資格はねーってか?」



引っ張られていた毛根の痛みが消えた。
ペタリと濡れた髪が額にかかったことからして、抜けたわけではないようだ。
尋常じゃない力に握られていたせいで
解放された髪の束は握られていた形のまま落ちてきた。

さっき被ったビールが冷たい水滴になって垂れてきて、目の辺りで違う液体と混じる。
それを拭って隊長を見た俺は

信じられないものを見た。





「だからお前はガキなんだよ…」


隊長の青い瞳が、虚ろに、歪んで見えるのは
俺の気のせいだろうか?


「手元で甘やかすだけが飼い主じゃねぇだろーが」


目の前の男が…泣いてるように見える。
だけど、
笑っているようにも見える。


「“可愛い子には旅させろ”って言うしな」


首を回して後ろに居る同僚達を見ても
隊長と同じような顔でいた。

俺は…それを見てようやくわかった。





「隊長…俺、すんませんでした……」
「おいおい、男の泣きっ面なんざ巣立ちの門出にゃ場違いだぜ」
「…はい……」
「泣くなよ、あいつにゃシャキっとしたとこ見せてやれ」


コップの水を顔面にかけられる。
おかげで泣いてたのなんかわからなくなったと思う。

渋る目を擦って涙の跡を消した。




が戻ってきたら宴会の続きだ、しっかり盛り上げろよオメーら!」




隊長もみんなも…寂しくないわけじゃない。
湿っぽい別れや言葉をなにより嫌う人だから、耐えてるんだ。






を除隊させるって決めたあと

この人はどんな気持ちで俺たちの帰りを待ってたんだろう。



どんな気持ちで帰ってきた俺たちを迎えてくれてたんだろう…









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