「やっと終わった…」
決勝リーグで海南が湘北に勝ったのは、つい昨日の話。
気持ちも新たに陵南戦に向けて、今日から練習に気合いを入れて参加
するはずだったのに…
あたしは教室で課題のプリントをやっていた。
合同制作
「居眠りくらいでプリント10枚も出すなよな…」
しかも苦手な物理。
逃げようとも思ったけどソレで監督に告げ口されたら堪らない。
最悪、課題の追加なんてことになったら洒落にならんしね。
「あ〜あ牧さんと監督に何て言おう」
居眠りで残されたなんてバレたら呆れられる。
「気分が悪くて保健室行ってました」
は却下。
どーせ誰も信じない。
「進路について担任と話してました」
も駄目だな。
1年からそんなこと悩むヤツなんてそうそう居ない。
「今の今まで寝過ごしてました!」
むしろ正直に言ったほうが怒られないだろ。
「…つーかノブがちくってるか」
無駄だから考えるのやーめた。
「終わったか?」
「あっ、ハーイ。たった今終わりました」
頃合を見計らったようにドアが開いた。
中に入ってきたのは、プリントフェチの担任34歳。
ちなみに独身。
先生はあたしのプリントに軽く目を通す。
「よーし、今日は勘弁してやるか」
「どーも」
「もう3時間も寝通すなよ。俺が他の先生に怒られるんだから」
「善処します」
「そうしてくれ」
あたしは鞄にふでばこと教科書を適当に放り込む。
「センセー!さよーなら〜」
大きく手を振って、足早に教室に背を向けた。
向かうのは勿論、体育館。
「もう部活終わっちゃったよな〜」
誰もいない廊下、誰もいない下駄箱、誰もいない中庭。
幽霊一匹いやしない。
そんな薄暗い中を走って足音を響かす。
このぶんじゃ体育館も…と思ったのに予想は外れてた。
明かりが
「ついてるじゃん、何で?」
時間はもう9時を過ぎてるから練習は終わってる。
神さんがシュート練習してるのかな?
―ガシュッ、ダンッダンッダン……ガゴンッ−
近づくにつれてバスケットボール独特の音が大きくなる。
扉の前まできた時、邪魔にならないだろうかとも思ったが気にしないことにした。
パス出しくらいなら手伝えるもんね。
「神さ〜ん?」
「おせー、もう皆帰っちまったぞ」
アタシを出迎えたのは先輩の優しい笑顔
じゃなくて、長年聞き続けてる憎まれ口だった。
「ノブ何してんの?」
汗だくでコートに立ってる男子。名前は清田信長。
幼なじみで一応カレシだったりする。
「見ればわかるだろ、自主練!」
「ふ〜ん」
「ついでにお前も待っててやったんだぞ」
「…ありがと///」
不意打ちの優しさは反則だ!
顔赤くなってるだろーな、くそぉ…
「そ〜いやプリント終わったのか?」
「10枚せんぶ終わらせた」
「うげっ。物理のプリントなんか1枚もいらねーのに」
「しかも難問ば〜っかり」
「恨まれるよーなことでもしたんじゃねーの」
「覚えはありませんなぁ」
こっちを見る目が、ウソこけって言ってる。
あたしは笑って誤魔化し散らばってたボールを一個、何となく拾ってシュート。
―ガシュっ
「おっ入れやがった」
「シュート率はノブよりいいからね〜」
―パツン
「ぐ、2連発…」
「ふふん♪くやしいだろ」
手にした3つめのボールを指で回しながら自慢してやると、ノブは本気で悔しそうにする。
「ところで、何でこんなにボールが転がってんの?」
コート中…とまでは言わないけど、ゴール周辺に何個も落ちているボール。
ただの自主練じゃこうはならない。
「フリースローやってたんだよ///」
「へぇ〜珍しいこともあるじゃん。明日は雪かしら」
「夏に降るか!」
「降ったらノブのせいだよ」
あたしは持ってたボールをノブにパスした。
ノブはパスを受けたまま、きょとんとしてる。
「…??」
「練習、まだやるんでしょ?」
「やる!」
胸元で抱えてたボールを脇に持ちかえたノブの眼つきが、ギラっとゴールを睨んだ。
ノブの全神経がバスケに向いた証拠。
今のノブの眼にはゴールしかない。
構えた手から離れたボールが、少し浅めの弧を描く。
―ガンッ
リング直撃。
流石にちょっとショック受けてら。
「ドンマイ、下手くそなのは今更なんだから次入れろ!」
「わかってらぁ!!」
「20本中6本…3割かぁ、ブザマだね」
「買uザっ!…オレって才能ねえのかも」
ノブが自信喪失してるトコなんか久々に見た。
こりゃ相当きてるね。
「やっぱ湘北戦のこと、それなりに気にしてたんだ」
「…オレがフリースロー入れてりゃもっと」
「もっと楽にだったろーね、ほぃっと」
―ザシュッ
また入った。
今あたしが打ったのはサイドラインの上。
「、お前なんで女バス入んなかったんだ?」
「今更なに?」
「オレ理由聞いてねーもん」
「言ってなかったっけ?」
「多分」
うわぁ、勿体無いって顔してる。
でも教えてやんない。
教える気なんて更々ない。
だって恥ずかしいもん、だから絶対教えない。
「いいからほら、続けよ!目指せシュート率8割!!」
「神さんでもそんないかねーよ」
「やる前から決め付けるな!」
「…言いたいこと言いやがって、生意気な」
ぶつくさ言って、あたしが放ったボールを片手で持ってゴールに走る。
ノブの身体が重力に逆らって気持ちよさそうに宙に泳いだ。
無意識に眼が 意識が 心が
その動きに惹かれる。
「せやっっ!!」
湘北戦の時と同じバックのワンハンドダンクが爽快な音で木霊した。
「もう飽きた?」
「気分転換!!付き合えよな♪」
気分転換といったら1on1。
いつの間にか当たり前になってるあたし達の常識。
「折角コート空いてるんだからオールコートね」
「かっかっか、負けても恨むんじゃねーぞ」
「どっちが!」
始まった真夜中の試合。
高さとパワーは圧倒的にノブに分がある。
でも勝負で負けるつもりはない。
「も〜らいっ☆」
「だー!カット巧すぎんだよ、くそっ!!」
「ノブのドリブルが高いんだよ」
コート中を駆け回るアタシ。
「うらァ!!」
「ダンクすんな馬鹿!」
「とめらんねーだろ、かーっかっかっか!」
コート中を飛び回るノブ。
あたしがバテてコートに座り込んだのは10分後くらい。
結果は3点差でノブが勝ってる。
今の3Pが入ってれば引き分けだったのにな…くそぅ…
「んがー、納得いかん!!ノブもう一勝負」
「フリースローやってからな」
気分転換できたのか、本来の目的を思い出したようだ。
「目標9割だっけ?」
「(増えてる…)オレが納得するまでやんの!」
1on1の時はあんなに楽しそうだった顔が、フリースローラインについたとたんに険くなった。
「リキみすぎ」
あたしはノブの腰を軽く叩いて横に並ぶ。
「フリースローって殆ど感覚だしさ、自信持って気楽にやるのが一番だって」
「そーゆうもんか?」
「情けない顔。NO.1ルーキーって口だけ?」
「違う!来年の神奈川MVPはこの俺だ!!」
うっわ、たんじゅ〜ん。
猿にも笑われるんじゃないの?
「しゃーない、サマがとっておきの秘策を教えよう」
「…何だよ秘策って」
「あ〜、疑ってんな。教えるのやめよっかな」
「買Eソだって!聞いてやっから言ってみろ」
偉そうにも程があるだろ、この猿。
「ごほんっ。で、その秘策ってのはね…」
「ふんふん」
ボールを指で回しながら興味いっぱいの表情で話にかじり付くノブ。
「ゴールを湘北の赤木さんの頭だと思うの」
「………はぁ?」
「ほら、あの頭まっ平らじゃん。だからド真ん中当てるつもりで…」
あれ?無反応??
ちょっと自信あったんだけど…
「なんなら高砂さんでもイイかもしんない!」
外したか?
「………………ぶっ!!」
「おっ、笑った」
「お前それでいつも入れてんのかよ」
「まぁね!」
「ありえねー!!あの頭に…かーっかっかっか!腹いてっ、ぷくくくっっ」
ノブは腹をかかえて床に転げ回りながら大笑いしだす。
「どーだ!あたしの渾身のネタの味は」
「参った参った!ひ〜、マジでアホくせっ!!天才!」
猿にアホって言われちまったよ…あたしってば人間失格?
踏んだろかコイツ。
ギュムッ
「狽ィもっ!!どけよ」
「んだと、アンタよか軽いわ。ボケ!!」
「大事なカレシ様を踏んづけんじゃねーよ!もっとテーチョーに扱え!!」
「るせーやい、大事にするほどデリケートな質じゃねーだろ。」
「どっちがだ!」
「お前だ、この野猿」
むぎゅっぎゅぎゅぎゅぅぅ〜〜!
捻りをくわえて更に踏み付ける。
「ぐおおぉっ、もう踏むなっ!」
「ペットはご主人様の言うこと聞けや!」
「誰がペットだっつの、なめんなSサイズ!!」
「はぎゃっっ!?」
ノブの腹を圧迫させてたあたしの足は、わりとあっさりノブにひっくり返された。
ずっコケたあたしは盛大に尻もちをついてボールに頭をぶつけた。
「っにすんだ!痛いじゃんか」
「ぷーぷぷ♪天誅だ」
「猿の分際で高等な単語使いよってからに…」
「うっし!やるか」
「そうだ、そうだ。あたしの秘策教えたんだから頑張れ」
「おう」
ボールと転がってたノブは勢いをつけて起き上がり、ラインに立った。
瞳は真剣そのものだけど身体の力はいい感じに抜けている。
よしよし。
手にしたボールを手に馴染ませるようにして何回か持ち直し
柔らかく、シュートを放った。
―かしゅっ
宙を流れるボールは
―シュパッ
高く滑らかな弧を紡ぎ
―バツン
次から次へと赤いリングに吸い込まれ
―ガゴッ、
時々外れて
―ゴッ…パサッ
また入って…
「っし!どーだぁ!!」
「20本中13本…うん、なかなか♪」
ガッツポーズで嬉しさを素直に表面に出すノブ。
今度からフリースローやる時はこれ使おう。
「サンキュー」
「どーいたしまして♪」
「明日牧さんたちビックリさせてやろーぜ!」
「えっ///あ……おうよ!」
不覚にも向けられた満面の笑顔に、胸がドキッとしてしまった。
何年見続けても全然慣れない。
むしろノブを好きだと自覚してからは悪化したくらい。
「さーてと、帰りますか!!」
「そりゃそーと」
「あん?なに」
「けっきょく女バス入んなかった理由って何なんだ?」
「さあね」
「何だよそれ!ちゃんと教えろよ」
教えたくない、教えらんない。
「んじゃノブが神さんよりシュート率上がったら♪」
教える気なんて更々ない。
「せっ、せめて牧さんくらいに…」
だって恥ずかしいもん。だから絶対教えない。
「だめ、神さんったら神さん!」
「〜、いいじゃんか。なっ、なっ?」
「神奈川の得点王になれたらね」
「ケチくせ〜こと言うなって!」
「ほら、さっさと帰しましょ〜や」
「っ!?待てよ〜!」
私のプレイは 君のバスケに全部詰め込む
君のプレイが 私のバスケ
君のバスケを 君と一緒に作りたいんだ
それが私のささやかな野望
だから お願い
邪魔しないでね?
END