27 冷たい頬




触れていることさえも、それが空虚に思えて。
そこに存在するはずのもの、確かに手に触れているものなのに。


感じることが出来ない、失われた何か。


かすかに残る温かみが示すものは何か。
その「かすかさ」が示すものは何か。


もう戻ることのない、失われた何か。


だんだんと、その温かみさえも失われていき、
気づけばそこに残っているのは、物体としての彼だけになる。


もう、存在としての彼はいない。
意味を持った彼はいない。


そこにあるのは、物体。存在の証明が出来ぬ、モノとしての彼。
それはもう彼ではなく、普遍化したモノとしての存在。








触れた頬には、冷たさしか残っていない。
すべてを洗い流す雨も、この冷たさだけは、奪うことがない。
温かさを奪った結果生まれた冷たさは、無に等しい存在なのか。
奪いつくされたものから生まれる無こそ、この冷たさの正体なのか。


彼の懐からあふれ出す赤い生ぬるい液体さえも、その温かさを失っていく。
すべては水に流され、残るのは彼の体、モノとしての彼、存在不確定な彼。
気がつけば、もうかき消されてしまった、命の灯火。


失ってしまったモノ、それはあまりにも大きすぎて。
失いたくなかったモノ、それはあまりにも儚すぎて。
手に届くほどに近くにあったのに、それを守ることが出来なかった。
目に見える距離にあったのに、それを目で見ることは出来なかった。








彼女の頬を伝うもの、それはただ雨ばかりか。
あふれ出した悲しみの象徴、それはただ雨ばかりではない。


指先で触れる彼の頬、そこには温かさはもう残っていなくて。
それでも、彼女は何度でも彼の名を呼び続ける。
戻らないとわかっていながらも、彼女はその名を呼び続ける。


大切なもの、自分よりも大切なものを失った瞬間。
人は、どうにもならない悲しみを抑えきれずに、感情を抑えきれずに。
悲しみを具現化した雫がいくら流れ出そうとも、その悲しみは癒えることなく。
悲しみは、永遠という呪縛に、人を縛り付けるものなのか。


いつまでも降り続ける雨に、悲しみの雫は洗い流される。
それでも、悲しみは止め処なくあふれ続け。
終わりの見えない悲しみに、彼女はその悲しみに嘆き、悲しむ。


物言わぬ彼の身体を、彼女はそっと抱き寄せる。
彼女の温かさが、ほんの少しでも彼に伝わればいい、それだけを願って。
失われて、蘇ることのないものを、ゼロの可能性にすべてをかけて取り戻すために。
無理だと分かっていても、それでも彼女は、信じ続ける。
信じなければ、壊れてしまいそうだから。


冷たい頬に、そっと口付ける。
温かさは、戻らない。どれだけ抱きしめ続けていようと、決して戻ることはない。
消えた灯火を再び灯すことは出来なくて。


もう、戻ることは出来ない。
分かっていてもなお、彼女は奇跡という名の幻想にすがりつく。
いつか再びめぐり合うことが出来ると信じて、彼女は彼とともに、深き眠りにつく。


二人は眠る、寄り添いながら。
その冷たい頬を架け橋にして。