アマルナ王墓プロジェクト


『AmarnaRoyalTombsProject』の内容の一部が2002・4・27TBSで『消えた太陽の王妃』として放送されました。
以下はニコラス・リーブスの説を中心に放送内容を私なりにまとめたものです。


◎登場人物
アクエンアテン (アメンヘテプW世)
太陽神アテンを唯一神とする宗教改革を行った有名な王。
神官の権限の拡大を嫌い今で言う構造改革を行うも後に邪神の王と呼ばれる。
一説には恐怖政治を行ったとも言われる。
ネフェルティティ
アクエンアテンの第一王妃。後に改名し王になる。
キヤ
アクエンアテンの第二王妃、ツタンカーメンの母。
ティイ
アクエンアテンの母。
ツタンカーメン
18才の若さで死んだアクエンアテンの次の王。
◎時代
新王朝時代第18王朝

アマルナの王墓

アクエンアテンがアマルナに作った王墓。
アクエンアテンと母ティイが玄室に、小部屋にキヤとアクエンアテンの次女が葬られています。
ネフェルティティの王墓も作られましたが、未完成です。

王家の谷55号墓

ツタンカーメンの時代にアマルナの王墓から移されました。
ティイが厨子の中に、アクエンアテンが木棺の中にそしてカノポス壷もあったそうです。

しかし、ティイの厨子は今はありません。
そして、アクエンアテンの木棺とカノポス壷はキヤのものだと言うのです。

ツタンカーメンの墓

3層の厨子、石棺、3層の棺、そして黄金のマスク。

しかし、厨子はアクエンアテン又はネフェルティティのものではないか?
第1の内棺はアクエンアテン、第2の内棺はネフェルティティ、黄金のマスクはアクエンアテンものではないか?
小型棺はネフェルティティものではないかと言うのです。

第2の内棺の顔はネフェルティティに似ているし、厨子の名前は消した後ツタンカーメンと書き直した。
黄金のマスクの製法と文様はアクアンアテンのもの。

ツタンカーメンが父アクエンアテンの墓をアマルナから王家の谷に移している時、突然死んだとします。
困った神官は傍にあったアマルナの埋葬品を使ったとしたら・・・・
ネフェルティティの為に用意していた内棺を流用したら・・・・

56号墓

セティU世(第19王朝)の墓と言われる。作られたのは第18王朝で様式は王妃の墓。
とすると最初はネフェルティティ又はキヤの墓?55号墓と同様の埋葬品が見られるそうです。

ネフェルティティの墓。

ネフェルティティはアマルナではなく最初から王家の谷に埋葬されたそうです。
『AmarnaRoyalTombsProject』の目的は王家の谷に埋葬されたネフェルティティの墓の発見です。

正確にはネフェルティティの埋葬品はまだ何処からも発見されていないそうです。
王家の谷で新しい墓が発見されたそうです。この墓がネフェルティティの墓との期待が高まっています。
次回の発掘は秋になるそうです。

と、ニコラス・リーブスは語っています。
よく考えるとファラオの生誕の日や逝去の日を聞いたことがありません??。
2002.4.29


ネフェルティティその後

1898年、王家の35号墓のアメンヘテプ2世の王墓の玄室右奥の付属室から
トトメス4世、メルネプタハ、ティ2世、セトナクト、ラムセス3世、ラムセス4世らのミイラが
まとめて発見され話題となりました。

その時、身元不明のミイラもいくつか同時に発見されていたのですが放置されたままになっていました。

英国生まれのエジプト学者のジョアン・フレッチャー博士が率いるチームがここを再発掘
支配者だけに許されている額飾りの跡が有る成人女性のミイラ等数体を発見しました。
更に詳細な調査が行われた結果この成人女性のミイラがネフェルティティ王妃であることを明らかにしました。

何故35号墓に注目したんのでしょうね。
エジプトはまだまだ不思議の国です。
2003.8


 

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