エジプト紀行(2000年1月29日〜2月5日)
| 1月29日 成田集合 |
13:30
成田のツアーターミナルに着く。フィスの添乗員こずえさんの心地よい出迎え。出だし好調。
14:00
全員集合、夫婦3組、姉妹1組、女性2人、男性1人それとこずえさん、計12人。今日から7日間どうぞ宜しく。
16:00 エジプト航空MS865便 定刻に出発
約20時間の飛行機の旅。いよいよ出発だ。
20:30 マニラ着
何も無い空港。トイレでいきなりチップを請求される、もちろん無視する。
02:30 バンコク着 すごい 正に観光地
免税店の嵐に圧倒される。
真夜中だというのに大勢の観光客があふれ、まるでお祭りの夜店にいるような感じ。
エジプト航空MS865便 : 機中泊。
| 1月30日 ギザ メンフィス サッカラ ダハシュール |
12:30 カイロ着なぜか05:30、私は人生を7時間得をした。飛行機の中では計4回の食事。
空港にどでかいメルセデスが迎えにくる。
バスでホテルへ向かう。白い砂漠と青い空そして茶色の建物。
ついにエジプトにきたのだ。遠くにピラミッドが見える。
ホテルの窓からピラミッドが見える。朝食をとり、その後早速観光。
現地ガイド
ハマチャン登場。本物のエジプト人だ。本名はアハメット。
ギザ :
クフ王のピラミッドに着く。巨大なピラミッドを目の前にただただ呆然、これは奇跡だ。
建設当時は全ての壁面に白い石灰岩が張ってあったと言う。
青い空に届くキラキラ光る巨大な三角錐を想像、王の復活の舞台(この7文字はハマチャンの説には反す)。
クフ王のピラミッドの内部に入る。通路は少々ラッシュ気味,入場制限が必要なのもうなずける。
腰を曲げ懐中電灯を持って内部の階段を歩く。切妻式の天井は迫力満点。
玄室は以外に狭い、閉ざされた小部屋でさぞかし圧迫感を感じるかと思いきやこの心地良さはいったい何処から来るのだろう。時間が許せば一人、もの思いにひたってみたい場所だ。
カフラ王のピラミッドは少し高い位置に立っているらしい、クフ王のそれより気高く美しく見える。
ピラミッド、河岸神殿、参道、葬祭殿、スフインクス、この組み合わせは芸術の域。
スクインクスは少々悲しい顔をしていた。
スフィンクス前の広場で駱駝に乗った。結構ゆれるので初めは鞍にしっかり捉っていたが、ゆっくり歩くのは思いのほか乗り心地が良い、このまま砂漠の旅に出掛けてみよう。
太陽の舟、ファラオが今生と来世を行き来する為ピラミッドの近くに埋めていたと言う。いつの日か、これを大空に浮かべてみたい。木製の舟は数10世紀の間旅をし続けたのだろう。
3大ピラミッドを一望できる高台に行った。広大な砂漠に聳える3つのピラミッドを目の当たりにして『う−ん・・・』何も言う事なし。
この景色を目にできただけでもこのツアーに参加した目的は達成できたと思う。
ピラミッドを背景に駱駝で走り抜けてゆくおじさん達(観光客用)が全員アラビアのロレンスに見えた。
メンフィス
: 遺跡跡に建てた博物館。
付近にはスフインクス、ラムセス2世の立像、聖牛アピスの解剖台などがある。
メンフィス博物館2階から見下ろすラムセス2世。初対面なのに寝ている。
ラムセス2世とは長い付き合いになりそうだ。
サッカラ :
シェセル王のピラミットコンプレックス(階段ピラミッド、扶壁、偽扉、柱廊、中庭、祭壇、葬祭殿)
4600年前の建設。複合体と言う言葉を良くあらわしている。
ピラミッドの回りをグルッと一周する、外壁から見渡す限りの砂漠が続く、西へと真っ直ぐ行けばリビアへと続く、国境までは何日掛かるだろう。時間が欲しい。
ダハシュール :
砂漠と赤のピラッミッドと屈折ピラミッド。シャッターチャンスを一日待っても惜しくない風景。
夕方まで待てないのでメルセデスをバックにパチリ。これで我がツアー13人中7人登場。あと6人は登場するでしょうか。
実はデジカメのメモリーオーバーで3人は最後まで登場しません。あしからず。
『光と音のショー』は全員キャンセル、明日1番(アスワン:ハマチャンの駄洒落のバージョンアップ版)に備える。
市内をメルセデスで移動中こずえさんが言った『前に信号があります』、前方に赤信号が見える。
しかし我がメルセデスは平然と交差点に進入、ブラックだ。
それにしても足が痛い、普段そんなに歩いていないのかと痛感する。
膝はわらうし、お尻のほっぺがプルプル痙攣するしで明日の筋肉痛が思いやられる。
1993年開業の5星のホテル、窓からピラミッドが見える : メリディアンピラミッド泊。
| 1月31日 アルシンベル アスワン |
02:45 モーニングコール。
03:15
朝食。朝ご飯というより夜食の気分(とか言いながら、あれもこれもと良く食べた)。
ひたすら眠い。
まだ明けきらぬカイロの街を空港へ向かう。
霧なのか煙なのか街全体が薄いベールにつつまれて不思議な雰囲気を醸し出している。
街の人たちは早起きだ、まだ薄暗いというのにロバの引く荷車が荷物を山と積んで行くのがみえる。
06:00
定刻どうりに国内線はカイロを飛び立った。
こずえさん曰く『エジプト航空の飛行機が定刻で出発するのは奇跡に近い』との事。
私たちはファラオに歓迎されているのだ。
朝靄で薄ピンク色に染まるカイロの街を眼下に見ながら空路アブシンベルへ向かう。
06:00 MS245便でアブシンベルへ(08:20着)。
アルシンベル :
ラムセス2世の大神殿
:
正面の4体の巨像、オシリス神の姿の列柱8体、祭壇には神々と並び、壁には無数のレリーフに登場するにラムセス2世。まさにラムセス2世万歳だ。
大列柱室でラムセス2世に見下ろされながら奥へ奥へと入っていくと至聖所に到達する。
薄暗い神殿のさらに暗い小部屋には三人のエジプトの神像とラムセス2世の4つの座像がある。
年に2回春と秋に朝日が真っ直ぐ射し込んで座像を照らし出すという。朝日に照らし出された神々しい4つの神像を思い描いて厳粛な気分になった。
ネフェルタリとハトホル神の小神殿
: ネフェルタリ王妃の為にラムセス2世が建造した。
レリーフの中のネフェルタリ王妃が美しい。エジプトの三大美女の一人だと言う。
こんな神殿を作ってしまうなんて、余程の美女か恐〜い奥様かどちらでしょうねぇ。
皆さん、アブシンベルの大小の神殿がハリボテだって知ってますか。
知る人ぞ知るなのかな、私はビックリしてしまいました。
コンクリートのドームに山から切り出したレリーフや壁画が元どうりに貼り付けてあるのでした。
その上から土を盛って一見すると小さな丘か山のようでした。
11:05 MS248便でアスワンへ向かう(11:45着)。
アスワン :
アスワンに来た最初の人が思った『なんと犬の多い所だ』、ハマチャンの偉大なる駄洒落。
ナセル大統領の巨大なアスワンハイダム。このダムがアルシンベル大神殿小神殿を100mも移動させたのだ。しかし移動した現代の科学もすごい。
切りかけのオベリスク
:
石切り場でガラベーヤを着たおじさんにモデルを頼む。
恰幅がよくガラベーヤが良く似合っていた。近ずくと私より背が低かった。
お礼にと思い、たまたま10ポンドだしてしまったらそのまま持っていってしまった。
ファルーカで船遊び
: 夕方ファルーカでナイル川に漕ぎ出す。
ナイル川に沈む夕日を眺める。とってもロマンチック。
白いガラベーヤを着たまがい物売りが乗ってきて太鼓にあわせて唄い踊りだす、その唄と踊りが恐ろしいほどあほらしい。
全員で唄いながら舟の上で踊った。
アスワンで最大の客室数を誇るナイル河に浮かぶ島にあるホテル : イシスアイランド泊。
| 2月1日 ルクソール東岸 |
08:45 MS134便でルクソールへ向かう(09:15着)。
ルクソールの風景はどこか違っている、緑が多い、そしてキビが多く植っていた。
野良犬や山羊が多く見られる。
カイロでも感じていたが、ルクソールではより一層、人と動物がともに暮らしている印象をうけた。
ロバ、山羊、羊、牛、馬、駱駝、犬、猫と家畜と呼ばれる動物のなかで豚いがいの動物はすべて街の中でみかけた。
人と一緒によく働いている。
カルナック・アメン大神殿 : 1500年もの間建築し続けたツアー1地番の人気スポット。
40体の牡羊の頭を持ったスフィンクスが並ぶ参道を進むと第一塔門、前庭、第2塔門、大列柱室、第3塔門、第4塔門、第5塔門、第6塔門、中庭、至聖殿と続きトトメス3世の祝祭殿に至る。
南には第1中庭、第7塔門、第2中庭、第8塔門、第3中庭、第9塔門、第4中庭、第10塔門と続く。
その間にセティ2世の神殿、ラムセス3世の神殿、ハネジェムの巨像、ラムセス2世の巨像、トトメス1世のオベリスク、ハトジェプスト女王のオベリスク、アメンホティプ2世の神殿,と巨大な建造物のオンパレードだ。
何世代、何十人ものファラオの願いがこの建造物をつくったのか。ファラオ達の想いのなかで迷子になりそうだ。
ルクソール神殿
:
3kmの参道でカルナック神殿と結ばれていたと言う、今はお店や民家がたちならんでいてぐるっと迂回しないとたどりつけないが、アメン神が舟型の神輿に乗って二つの神殿を行き来するさまは、さぞかし優雅だったでしょうねえ。
神殿の規模としてはカルナック神殿よりかなり小さいが最初に私達を出迎えてくれた第一塔門は威風堂々としていた。
その両側にラムセス2世の座像と立像がたちさらに左側にはオベリスクがある、左右一対のものだったのが右にあったもう一本は今,パリのコンコルド広場にあるそうだ。エジプトにあったオベリスクのうち何本かのオベリスクが世界に寄贈されているそうだ。
第一塔門を入ってすぐ左に塔門に続く高い壁があり2m以上の高さに入口らしきものと更に上に窓がある。
これは何、何であんな所に入口や窓があるの。
何故、なぜ、ナゼ。でアハメッドさんに聞いたところ、『ルクソール神殿が使われなくなって何世紀かの後発見された時、厚い砂の層に埋もれていた為、見つけた人は砂の上にモスクを作ってしまった為出入り口があんな上に。
今も使われているので出入り口は別のところにある。』とのこと。
更にその奥(詳しい場所は忘れてしまったけど)小部屋の壁にはフレスコ画がわずかに残っていた。十字軍の遠征でやって来たキリスト教徒が礼拝所として使っていたのだ。
エジプトの古代宗教とイスラム教、キリスト教が同じ所で布教しているなんて不思議ですよね。人間達は宗教を理由に対立して殺し合いをもするけど、神様ってそんなものじゃないよね。
さて気分を変えてお買い物、ツーリストバザールを一回り、スカーフ、民族衣装のガラベーヤ、怪しげな置物、ガラスの小ビン、香辛料の山、お香、パン、銀製品、装飾品
etc.
あっちから、こっちから『バザールでごザール』『見るだけただヨ』と声がかかる。
ほんとに見るだけで集合場所のカフェに行く。
カフェで熱い紅茶を飲む。アハメッドさんが水パイプを吸っていたので横から試させてもらった。
結構肺活量を必要とする、思いっきり吸い込んでブクブクさせないとタバコの煙が口の中に入ってこない(蛇足ながらプクプクさせるといっても吹いているのではありません、これでも吸い込んでいるのです)タバコの味は良く解らないが口の中に変な味が残らなくて、少し軽い感じ。周りの地元の人たちは1つの水パイプを2〜3人で吸いながらお茶を飲みつつ話し込んでいる。でもカフェにいるお客さんたちの中に女性は観光客だけ、ウーン文化の違いでしょうか。
イシスルクソール泊。
| 2月2日 ルクソール西岸 |
メムノンの巨像:サトウキビと麦とナツメヤシが広がる農地をバスに揺られていくといきなり二つの座像が現われた。
顔が崩れていて痛ましい様子だまわりには何も無いのに何故こんなにも立派な像がこんな所に、と思いきやよーく周りを見渡すと何やら遺跡らしき石の固まりがゴロゴロ、その中で発掘作業をしている人もチラホラ見受けられる。
その昔には葬祭殿があったらしい、当時の輝きも今は昔といったところだ。その先に王家の谷を人目から隠す山々が見える。
ファラオが眠る王家の谷
: 62もの墳墓群、ツタンカーメンもその1つ。
地表から長い坂道を下って行くと入口がある。レリーフやヒエログリフが玄室を守っている。作られた当時のままの美しい色彩が迫ってくる。
ハトシェプスト女王の葬祭殿
: 過去にゲリラが観光客を銃撃した所。
現在は3階のうち2階のみ見学可能。カラフルなレリーフが多い。
近くに貴族の谷、王妃の谷、町の跡がある。
デジカメがメモリーオーバーになった。写真はここまで。書くのも疲れた。
16:15 MS224便でカイロへ向かう(17:15着)。『さあカイロに帰ろ』、ハマチャンの偉大なる駄洒落。
スエズ運河開通式に参列する欧州の貴賓客の宿泊の為に建てた王宮 :マリオットホテル泊。
| 2月3日 カイロ |
カイロ考古学博物館
:
ツアー最後の呼び物。うわさのツタンカーメンの黄金のマスク、黄金の内棺、外棺、王座など写真で見るとは大違い、圧倒的迫力で迫ってくる。見たかったカノプス容器もあった。
ミイラ室には25体ほどの見たがあった、みな生き生きしている。倉庫には100体ほどあるらしい。
1階は古王国時代から末期王朝時代まで年代順に展示されている。
約3時間の見学、ここは1週間見ても見切れないだろう。
観光客、エジプト人、紙と鉛筆を持った小学生と館内はごったがえしだ。
モハメッドアリモスク
: 1800年代のビザンチン=オスマン・トルコ様式のモスク。
50米の高い天井とモスクランプとステンドグラス荘厳な祈りの場。
80米の八角形のミナレットと大小のドームは遠くからも美しい。
中庭にルイ・フィリップスから贈られたバロック・スタイルの時計がある。
コンコルド広場のオベリスクをモハメッドアリが贈ったお礼だと云う。
でも、この大きな時計寄贈されてすぐ壊れてしまい以来一度も動いた事がない。ファラオの呪いかも。
ハンハリーリ市場
:
お土産やまがい物の店がたくさん並んだ通り。何軒かで絨毯と銀製品を見る。
値札が無いのと言語障害で消化不良をおこす。
途中、野良猫がえさをもらっているのに出くわす少し痩せ気味だが凛々しい表情、1つのえさ箱を何匹かで一緒に食べている。カフェに集合しホテルへ向かう。今日はお別れパーテーだ。
ナイル河ディナークルーズ : 歌謡ショウーとベリーダンス、踊り子は山本リンダ似のロシア人。日本人のダンサーもいるらしい。
ザマレックとゲジラのタワーが客室、真中の旧館に24時間営業の銀行、レストラン、ショップ、カジノがある
:
マりオットホテル泊。
| 2月4日 カイロ発 |
11:15 MS864便でバンコク、マニラを経由し成田に向かう
その間機内食4回。うわさのマニラのラーメンもついにキャンセルした。
エジプト航空MS864便 : 機中泊。
| 2月5日 成田着 |
12:55 成田着。手荷物受け取り、自動解散。到着ロビーで写真を一枚。
7日間ご苦労さまでした。皆様お世話になりました。
紀元前2500年〜500年の旅が終わった。
ピラミッドに始まり神殿と葬祭殿と墓。民衆の生活もファラオの生活もここには無い。
エジプトの奇跡の時代。 ...... (むう)
死者と生者が共に暮す街、エジプト・カイロ いつか又やって来ます、絶対に。 ...... (たあ)