朝日新聞2008年10月24日

ロマン派時代のミューズ

 06年から静岡文化芸術大学が企画してきた室内楽演奏会シリーズは、浜松市楽器博物館の歴史的ピアノを使って、19世紀室内楽に新たな光を当ててきた。これまでもピリオド楽器によるショパン協奏曲の室内楽版など、ユニークなレパートリーを取り上げてきた。今回の公演「ロマン派時代のミューズ」(20日、名古屋・宗次ホール)は、特別に小倉貴久子が所蔵する1845年製のピアノを使ったメンデルスゾーンのピアノアンサンブル。演奏は小倉(ピアノ)、桐山建志(バイオリン)、花崎薫(チェロ)。

 19世紀の室内楽には、大ホールで聴くとしおれてしまう、路傍の花のごときレパートリーが多くある。プログラム冒頭のバイオリンソナタがその典型。家庭の子女が合奏をしているような味わいは、現代楽器では絶対に表現できないものだ。

 だがこうした木造の温かさだけが、ピリオド楽器の持ち味ではない。定番レパートリーでも、親密な響きの中で初めて、内心に秘めた情熱を打ち明けてくれるということがある。それを存分に見せつけてくれたのがチェロソナタ。金属フレームをほとんど使っていない木製の楽器は、驚くほどチェロの響きと合う。そして共鳴の中から、思いもしない色彩が次々に生まれてくる。低音はティンパニ、フォルテの和弦はトランペット、高音のパッセージはフルート。第3楽章のアルペジオなど、本物のハープのようだ。

 後半のメーンであるピアノ3重奏曲第1番は仰天するような速度で弾がれたが、これが作曲家の指定したテンポなのだという。こうした実験的な試みも含め、営利を目的としない手作りの音楽会のだいご味を、極めて完成度の高い演奏で存分に味わった。

(岡田暁生・音楽学者)

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