中日新聞2018年10月9日夕刊

19世紀流行の音に迫る

シューマン編曲のバッハ演奏会 

無伴奏バイオリン」にピアノ和音

クラシック音楽は作曲家が書いた通りに演奏されなければ、というイメージがないだろうか。歴史的にもそんなことはなく、ことJ. S. バッハ(1685〜1750年)の曲は、著名な作曲家が手掛けた編曲版が無数にある。その中で、今はほとんど耳にしないシューマン編曲の「無伴奏バイオリン」全曲演奏会が今月名古屋である。無伴奏なのにピアノ伴奏付きー。いったいどんな音なのか。 (南拡大朗)

 映画の夕イ卜ルにもなった舞曲「シャコンヌ」で有名な「無伴奏バイオリンのための三つのソナ夕と三つのパルティー夕」は、バロック時代の1720年に作曲された。1997年出版の「バッハ作品総目録」で調べると、抜粋を含めて二十世紀末までに七十三もの編曲版が挙げられ、メンデルスゾーンにブラームス、サンサーンス、ラフマニノフ、ブゾーニといった大作曲家も名を連ねていた。
 ロマン派の作曲家シューマンの編曲版は1854年。今の私たちにとって当たり前の「無伴奏」に、十九世紀の熱烈なバッハ信奉者が、なぜわざわざピアノ伴奏を付けたのか。
 今回の演奏を自ら計画したバイオリニストで、愛知県立芸術大の桐山建志教授は当時の流行を指摘し「十九世紀はより充実した和音が求められ、バイオリンの単音だけの演奏は考えられない時代だった」と説明する。無伴奏でも演奏会が成立する、という考えは逆に十九世紀末になってから広まったのだとか。
 今ではバッハの無伴奏曲の単音は、「架空の和音を想像して聴く」ことが定着している。シューマンはピアノ伴奏によって“解答例”を示したわけだが、桐山教授は「無伴奏で想像していたのとは全然違う和音があった」 と再発見に驚く。 実演ではテンポの揺れや音の強弱など、シューマンが描いた□マンチックなバッハの表現を追究する。
 「どういうスタイルで演奏しても『これがバッハだ』といろ瞬間がある」と桐山教授。自身、バッハの時代の様式を再現する古楽演奏に長<取り組んできたが「もともと古楽という発想自体も新しく生み出されたもの」と断じる。今年はバッハ生誕333年。150年以上も昔のシューマンの編曲が、最新のバッハ演奏になるかもしれない。

演奏会は二十日午後六時、栄の宗次ホールで。ピアノ小倉貴久子。4000円。問い合わせ 同ホール=電052(265)1718

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