サラサーテ2014年10月 Vol.60
バロックにもモダンにも精通し ヒンデミットのソナタを三種の楽器を持ち替えで演奏 バロックとモダン、双方の音楽に広く精通し、ヴァイオリンやヴィオラなどを複数操(あやつ)る桐山建志。3歳からスズキ?メソードでヴァイオリンを始めた彼は、1998?99年に、難関として知られる古楽コンクール「山梨」とブルージュ国際古楽コンクールで立て続けに優勝。現在はソロ、室内楽、オーケストラのコンサートマスターなどとして幅広く活躍するかたわら、楽譜の校訂や教育活動にも勤(いそ)しんでいる。 そんな彼の真骨頂ともいうべき仕事が、2013年10月に東京文化会館の小ホールで開催したリサイタルだ。桐山は当夜、ヴァイオリン、ヴィオラ、ヴィオラ・ダモーレという三つの楽器を弾き分けてみせた。この通常では考えられないようなプログラムに込めた思いを次のように語る。 「2000年頃にヴィオラ・ダモーレ(1968年製)を手に入れて以来、ヒンデミットのヴィオラ・ダモーレダ小ソナタを演奏会で弾くことがずっと夢でした。それで、どうせならすべて彼の作品で固めたプログラムにしたいなと思って、今回の企画をずっと温め続けてきたのです。13年はちょうどヒンデミット没後50周年の節目だったので、これを逃す手はないと思って。当日の演奏は、先日発表した『ヒンデミット:ヴァイオリン&ヴィオラ・ソナタ集』という2枚組CDでもお聴きいただけます」 日本では目立たないながら、根強いファンも存在するヒンデミット。桐山は、その作風がJ.S.バッハにとても近いと指摘する。 「ヴィオラの名手でもあった彼の作品は、弦楽器奏者に多くの示唆と共感をもたらしてくれます。彼の作品にJ.S.バッハの影響を感じる好例のひとつが、無伴奏ヴィオラ・ソナタの最終楽章の《パッサカリア》。J.S.バッハの代表作である《シャコンヌ》とほぼ同じ形式の音楽で、それがこの作品の演奏時間の半分近くを占めているのだから、否応なくその影を強く意識してしまいます。そしてもうひとつの例が、ト短調の無伴奏ヴァイオリン・ソナタ。この第一楽章と第二楽章の間にフーガを置くと、調性も構成もJ.S.バッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番とまったく同じになるのです」 松本バッハ祝祭アンサンブルのリーダーをはじめ、ヴァイオリニストとして幅広く活躍する桐山。だが、毎回凝った選曲と洗練された演奏で知られ、今年結成25周年を迎えるエルデーディ弦楽四重奏団では、ヴィオラを担当している。 「僕は中学時代からヴィオラの音色が好きで弾いてきて、大学時代も室内楽の約半分はヴィオラを担当していました。大学院に進学する際には、恩師である岡山潔先生からヴィオラへの転向を勧められたこともありました。ですから,束京藝大の出身者で構成されるエルデーディ弦楽四重奏団のニ代目ヴィオラ奏者として来てくれと頼まれた時は、二つ返事で快諾しました。今後は自分が第一ヴァイオリンを弾くクァルテットを新たに組んでみたいという希望もあるのですが、どうにも時間がなくて・・・・・・」 「大江戸バロック」で注目 アクティヴに活動する このように多忙な桐山の近年の活動で大きな注目を集めているのが、通奏低音奏者の大塚直哉とのユニット、大江戸バロックだ。 「ヨーロッパにバロック音楽が大きく花開いたのは、日本ではちょうど江戸時代の初期から中期に重なります。この時代に数多く生まれた宮廷音楽や教会音楽の傑作を、日本とヨーロッパで学んだ僕たちの疾風怒濤のデュオでお届けするプロジェクト。それが大江戸バロックです。大塚君はあらゆる鍵盤楽器を弾きこなすだけでなく、楽器それぞれの特長を巧みに弾き出せるのが素晴らしいと思います」 彼らは昨年、コレッリのソナタ集の録音を発表し、好評を博したことも記憶に新しい。 「1700年に出版されて以来、18世紀末までにおよそ40の版を重ねるなど、イタリア・ヴァイオリン音楽の集大成として君臨するコレッリのソナ夕『作品5』。この曲は瑞々しい気品と生命力が魅力です」 これらの演奏や録音を聴いていて、特に感銘深いのが、塵ひとつ見当たらないほど隅々まで磨かれた桐山の美しい音色。そこには、彼のこだわりが大きく関係しているという。 「楽譜の指示に素直に従って、その音符の連なりをどうすれば最良の形で表現できるか。これは今回に限らず、私が音楽に対して、常日頃から最も大切にしているスタンスです。どんなに良い解釈でも、音が美しくなければ、誰も演奏を聴いてくれませんから。もっと良い音を、もっと美しい音色を、日々追い求めています。これからも、繰り返し聴く度に新しい発見が生まれるような、常に未来を向いた演奏をお届けできるように頑張ります」 |