J.S.バッハ:ヴァイオリンとチェンバロのための作品集Vol.1

曲目解説

ヴァイオリンと通奏低音のためのソナタホ短調(BWV1023)

 衝撃的なヴァイオリンの分散和音で始まったかと思うと、突然込み入った和声の間を分け入って進むアダージョ、その後にはアルマンドとジーグという快速な舞曲が続くなどという色々な点で破格の作品であろ。成立年代に関しては諸説あるが、形式上、他のバッハ作品とあまり共通点がない。しかしびっしり書き込まれた数字による豊かな和声と、ホ短調という特別な調性に盛り込まれた独特のアフェクトは、バッハの特に若い頃の作品と共通するものがある。

無伴奏ヴァイオリンのためのソナ夕第1番ト短調(BWV1001)

 不思議なことに、バッハのヴァイオリン作品のうち、無伴奏作品6曲と、オブリガート・チェンバロ付きの6曲の間には、不完全ながらも調性のぺアを作ることが出来る(下表)。

無伴奏ソナタ第1番:g-Moll オブリガート・チェンバロ付きソナ夕第6番:G-Dur
無伴奏ソナ夕第2番:a-Moll オブリガート・チェンバロ付きソナ夕第2番:A-Dur
無伴奏ソナタ第3番:C-Dur オブリガート・チェンバロ付きソナ夕第4番:c-Moll
パルティータ第1番:h-Moll オブリガート・チェンバロ付きソナタ第1番:h-Moll
パルティータ第3番:E-Dur オブリガート・チェンバロ付きソナ夕第3番:E-Dur

パルティータ第2番:d-Mollとオブリガート・チエンパロ付きソナ夕第5番:f-Mollはペアにならず

シリーズ第1巻のこのCDでは《無伴奏ソナタ第1番:g-Moll》と《オブリガート・チェンバロ付きソナタ第6番:G‐Dur》のぺアを取り上げる。平均律クラヴィーア曲集では両巻ともト短調とト長調はとても対照的な性格のものとして扱われているが、ここでも同様である。 1720年の日付を持っ浄書譜で伝えられるのでこの無伴奏ソナタ第1番は遅くとも1720年には成立しているわけだが、実際の作曲時期がそれからどれほどさかのぼるのかは分かっていない。非常にアフェタトの強い和音からなる雄大なアダージョに、主題部の密度の濃いポリフォニーと嬉遊部のヴァイオリン的音型が巧みに続くフーガが続き、さらに優美なシシリアーナのあと無窮動のプレストが圧巻のフィナーレを飾る(バッハ自身[あるいはバッハの周辺の人]の手によってオルガン用(第1,2楽卓)、リュート用(第2楽章)の編曲が残っている)。

ヴァイオリンとオブリガート・チェンバロのためのソナタ第6番ト長調(BWV1019)

 この作品の楽章の一部は、成立がヴァイマル時代にまでさかのぼると言われているが、数回にわたってバッハ自身の改訂の手が加えられており、現在では少なくとも3つのヴァージョンが知られている。第1,2曲は共通であるが、ケーテン時代かそれより少し前に成立したらしい第1稿(BWV1019a)では、第1曲が終曲として反復され、その前に第3曲としてカンタービレ(本CDのトラック8)、第4曲としてアダージョ(トラック9)が置かれていた。また、ライプツィヒ時代初期の第2稿ではカンタービレの代わりにチェンバロのための《パルティータ第6番》から2つの楽章が挿入された。さらに、1731年以降に改訂された第3稿では本CDのトラック10〜14になっている。両端の、スケールの大きい協奏的楽章と、あいだに置かれたのびやかに歌われる緩徐楽章のコントラストが美しいが、そのー方で中央にチェンバロのソロ楽章が置かれているのはとてもユニークである。

シャコンヌ(BWV1004/5)

 原曲は《無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番》(BWV1004)の第5曲(終曲)として知られる。日本ではシャコンヌとフランス語読みで通称されているが、原語はイタリア語でチャッコーナCiacconaと記されている。前述のアグリーコラの情報に拠れば、バッハが無伴奏ヴァイオリン曲を鍵盤楽器でも弾いていたらしい。実際、ソナタ第2番や第3番に関してはバッハ白身(あるいはバッハの弟子)の手になると思われる鍵盤用ヴァージョンが残されている。これらに倣って今回は4度下げたイ短調に移調し、演奏者自身が「必要と思われる和声を加えてfugte von Harmonie so viel dazu bey, als er fur nothig be fand」(アグリーコラ)演奏している。ラ-ソ-ファ-ミというたった4音の下行バス主題の上に252小節の大シャコンヌが繰り広げられる様は奇跡的というほかはない。3部分に分かれ、中間部では同主調に転調する。

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