レコード芸術 2004年6月号 新譜月評

高橋昭●

 バロック・ヴァイオリンとモダン・ヴァイオリンを使いわけて、それぞれのレパートリーを組合せたCD。前者はルクレールの2つのヴァイオリンのためのソナタが2曲変口長調作品12の6とホ短調作品3の5、テレマンの無伴奏ヴァイオリンのための《幻想曲》第9番口短調、後者ではプロコフィエフの2つのヴァイオリンのためのハ長調ソナタ作品56とヒンデミットの無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ作品31の1がプログラムのメインになっている。

 ルクレールの2つのソナタに関しては桐山建志が第1ヴァイオリン、大西律子が第2ヴァイオリンを受け持っているが、2つのバロック・ヴァイオリンの潤いのある響きと引き締まった表惰が結びついて美しい。桐山はいつもよりのびのびと弾いているし、2つのヴァイオリンのそれぞれが作り出す広がりと和声進行の響きの豊かさが魅カになっている。一方で緩徐楽章でのしっとりした響きは優美でメランコリックな感情を自然に生かしている。

 テレマンの《幻想曲》で桐山は強弱と緩急のこまかな変化を生かして豊かな雰囲気を味わわせてくれる。

 プロコフィエフの2つのヴァイオリンのためのソナタでも担当は変わらない。作曲家は2つのパートの時としてかなり自由な-性格の異なる-動きを組合せて豊かな表現を生み出している。桐山と大西の演奏は慎重だが音楽から変化するさまざまな性格を引出している。第2楽章での激しい気迫を反映したアタックでも美しさへの志向は忘れられていないし、簡素な動きの組合せが明快に表現されている。

 ヒンデミットの無伴奏ソナタでこの作曲家は、ひとつひとつの音に細かい感情の変化を秘めさせているが、桐山はその点にも配慮しながら演奏している。

 古楽器奏者の側からの問題提起とも言える試み-実際にはそれほど肩肘張った姿勢ではないにしても-を評価したい。一般の音楽愛好家にとってはレパートリーを広げると同時に演奏も十分に楽しめる。筆者としては「古楽オタク」の蒙を啓くことを期待している。

平野昭●

推薦 桐山建志を中心とした「ヴァイオリン音楽の領城」シリーズ第2弾、前回はチェンパロとのアンサンブルであったが、今回は大西律子とのヴァイオリンのデュオだ。オーケストラ・シンポシオンのコンサートマスターも務める桐山はいわゆる古楽ヴァイオリニストとして輝かしい経歴を重ねながらも、18世紀古典派様式にも精通し、音楽を時代様式の最も洗練された形で表現するカ量の持ち主。今回は同じオーケストラ・シンポシオンのメンバーでもある大西と素晴らしいアンサンブルを繰り広げている。ルクレール、テレマンからモーツァルト、プロコフィエフ、ヒンデミットという3世紀にもわたるヴァイオリン音楽を精緻に彫琢している。テレマンとヒンデミットの作品は無伴奏ヴァイオリン作品。桐山のテクスチュア弾き分けの見事さは、例えぱ、テレマンの3章からなる《幻想曲》第9番ロ短調の第2楽章ヴィヴァーチェや第3楽章アレグロのポリフォニック声部の生き生きとした表惰に端的に窺える。これは重音奏とか多声部奏法というより、ひとりでの二重奏といってよいほど声部の独立性が明確に浮き彫りされ、バロック時代の無伴奏ヴァイオリン音楽のすぱらしさを見事に表現している。そうであればこそ、ルクレールの2つのヴァイオリンのためのソナタ(作品12の6変ロ長調と作品3の5ホ短調)の響きの豊かさは申し分ない。とくに作品3の5は二重奏でありながら、弦楽合奏さらにはこの作品がもつコンチェルト風の趣さえ描き上げている。ガヴォッタの緩徐楽章も叙情的に歌うというより、気品と優美さを繊細に描きあげている。そして、プロコフィエフの2つのヴァイオリンのためのソナタも見事だ。近代の数少ないレパートリーの中での傑作であるが、静かで穏やかな第1楽章に対して第2楽章は犬変に技巧的で、しかも、急速テンポの中で決してホモフォニックではなく、むしろポリフォニックに展開するこの楽章のアンサンブルは大きな聴きどころだが桐山と大西が見事に一体化して複雑なテクスチュアを太い1本の大きな流れとして高揚させている。ちょうど教会ソナタのように緩急が交互に配置された4楽章のコントラストも明確に意識されて描き分けられている。桐山の編曲によるモーツァルトの〈トルコ行進曲〉の二重奏も、ピアノで演奏するときのいわゆるトルコ行進曲ぺダルのアルペッジョ奏複前打音の打楽器効果などもうまく表現している。

三井啓●
[録音評]2003年3月、埼玉県、三芳町文化会館「コピスみよし」での録音。響きのよいホールが使われており、その美しいホール・トーンをともなって、ふたつのヴァイオリンとも肉づきが豊かに、透明でつややかに、かつやわらかな音色で美しく鳴っている。このホールのすぱらしいところがもうひとつある。響きは豊かだがもやもやする聴きにくさがまったくないことで、ふたつのヴァイオリンのそれぞれの音色の細かな表情の動きが鮮やか。〈90〜93〉

 

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