J.S.バッハ:ヴァイオリンとチェンバロのための作品集Vol.3

曲目解説

ヴァイオリンとオブリガート・チェンバロのためのソナタ第3番ホ長調BWV1016

 バッハのホ長調作品に特有の「壮大さ」をこの曲も見事に有している。その典型が冒頭楽章であろう。ヴァイオリンが装飾されたアダージョの旋律を、そしてチェンバロは和音による伴奏を受け持つ、というとてもシンプルでありふれた構造であるにもかかわらずこの豪華な響きのテクスチャーはどうであろうか。続く第2楽章の非常に緻密なトリオ、美しい旋律をヴァイオリンとチェンバロが追いかけあうカノンによる第3楽章、そしてヴィルトゥオーゾの大胆さと緻密な構造をあわせ持っコンチェルタント(協奏的)な終楽章と、どの楽章もはっきりとした性格を主張している。

無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第3番ホ長調BWV1006

 チェンバロのためのイギリス組曲と同様に、協奏的、すなわちイタリア的な前奏曲と、続くフランス風の舞曲との対照が見事である。イタリア風の舞曲が並ぶパルティータ第1番、第2番に対して、第3番では意識的にフランス色の強い舞曲が選ばれている。これらの舞曲は、どれも宮廷のオーケストラのレパートリーを彷彿とさせるものばかりであるし、また第1楽章はカンタータのシンフォニアにも転用されているように、もともと管弦楽的な発想を含んでいるテタスチャーで書かれている。あたかもヴァイオリン1挺で、オーケストラ伴奏の舞踏会を体験させるかのような不思議な作品である。リュートのための組曲として全楽章の異稿も伝えられている。

組曲ト短調BWV995(無伴奏チェロ組曲第5番のバッハ自身による異稿)

 無伴奏チェロ組曲第5番をリュート用に編曲したもので、「リュートのための作品、シュースター氏に捧ぐ」というタイトル書きを持つ1730年頃のバッハの自筆譜が、現在まで伝えられている。興味深いのは「リュートのため」という表記でありながら、鍵盤楽器用の大譜表で書かれていることである。このほかにリュート用のタブラチュアによる別の筆写譜も伝えられているが、こちらはよりリュート的になるように音が変更されているという。チェロ組曲第5番自体が、無伴奏チェロ組曲の中でも最もフランス風といえよう。チェンバロ曲でいえば、「フランス風序曲」や「パルティータ第4番」とよく似たフランス色の強い楽章構造を持っている。付点リズムが特徴的でゆっくりな部分、その後に続く急速なフーガ。そんな序曲の後にいくつもの舞曲が続く、典型的なフランス風序曲のスタイルをとっている。フランス風な舞曲が並ぶ中で異色なのがサラバンドで、同一のリズムが繰り返される中、不協和な音程による旋律が独特の緊張感を高めてゆく。バッハ自身の発明によるラウテンクラヴィーアのための作品であるという説もある。

ソナタト短調BWV1030a

 フルートとチェンバロのためのソナタロ短調として有名な作品であるが、それとは別にト短調に移調されたチェンバロ・パートのみの手稿譜も伝えられている。これは筆写者は不明であるが、18世紀後半に作成されたと考えられるもので、ロ短調の自筆スコアの書き問違い等の研究からこのト短調稿の方が初期の稿であると考えられている。現代ではこれにフルート・パートをト短調に移調したものを合わせて、しばしばオーボエとチェンバロのソナタとして演奏されているが、このト短調稿の上声部楽器が何であるかは実は明らかでない。調性の点からはオーボエのほかにもヴァイオリンなど複数の楽器に可能性がある。そこで本CDではロ短調のフルート・パートを参考にしながら演奏者自身でヴァイオリン・パートの構築を試みた。ヴァイオリンとチェンバロの右手が協奏的に絡み合う長大な第1楽章の後には、これまた協奏曲の綬徐楽章を思わせるシシリアーノが続く。この楽章は、旋律パートの細かな装飾法も、そしてあたかもバッハ自身の通奏低音奏法を想わせるチェンバロのパートも、どちらもバッハの「演奏法」の実際を偲ばせるものとして昔から注目されている。これに続く織密なアラ・ブレーヴェのフーガが半終止すると、今度は力強いジーグでクライマックスを迎える。なお、ロ短調稿では“第1楽章CAndante、第2楽章Largo”と表記されているが、ト短調稿では“第1楽章Cテンポ表記無し、第2楽章Siciliano”と、異なっている。

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