レコード芸術 2005年2月号 新譜月評

高橋昭●

 桐山建志と大塚直哉によるJ・S・パッハ/ヴァイオリンとチェンバロのための作品集第3巻で、曲目は《ヴァイオリンとオブリガート・チェンバロのためのソナタソ第3番ホ長調BWV1016、《無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ》第3番ホ長調BWV1006、《組曲》ト短調BWV995、《ソナタ》ト短調BWV1030aだが、注目されるのは《組曲》ト短調と《ソナタ》ト短調である。
 《組曲》ト短調はオリジナルは《無伴奏チェロ組曲》BWV1011だが、リュート用のタブラチュアのほかに鍵盤楽器用の譜表も存在することに注目して、チェンバロで演奏されている。《ソナタ》ト短調は《フルートとチェンバロのためのソナタ》ロ短調として知られているが、チェンバロ・パート譜も存在する。このCDではそれに合せて上声部のヴァイオリン・パートのリアリゼーションを行なっている。これも筆者の知る限り初めての試みである。
 演奏は今までの水準を保っている。桐山の音色も表現もバロック・ヴァイオリンの特徴を十分に生かしてるし、それによってバッハの豊かな感情は十分に伝わってくる。
 大塚は、桐山との共演も含めて好演している。ホ長調ソナタ第3楽章でのチェンバロの序奏の美しい響きと抑えた表情はその例だが、ホ長調パルティータではこの聴きなれた曲から新しい魅カを引き出している。
 ただ、ふたりの意欲は評価できるものの、演奏に今ひとつ洗練された感覚があればと思う。

平野昭●

 バロック・ヴァイオリンの桐山建志とチェンバロの大塚直哉のシリーズ第3弾。教会ソナタ様式によるヴァイオリンとオブリガート・チェンバロのためのソナタ第3番BW
V1016の第1楽章のアダージョが桐山のとても優美で典雅な香りのする美しい響きで始まる。バッハのオブリガート書法のなかでもユニークな伴奏音形をもつこの作品で大塚のチェンバロもこの音楽の響きの豊かさを十分生かした表現をとっている。第2楽章のポリフォニックなテクスチュアも美しく、バロックのヴァイオリン音楽の鮮やかな書法が明確に彫琢され、リズムにも生気がみなぎっている。そして、桐山の華麗で結度の高いテクニックで演奏されている無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第3番BWV1006の鮮やかさも素晴らしい。プレリュードの快通なテンポと見事な複声部の浮き彫り、そして何よりもたっぷワとした響きと艶やかな音色が聴いていて心洗われるような爽快さがある。ルールのゆったりとした流れ、有名なガヴォットのリズムの優美さ、メヌエット、ブーレそして最後のジーグまで繊細な表現が光っている。そして2曲のト短調作品も大きな聴き物だ。興味深いのはバッハ自身による異稿による無伴奏チェロ組曲第5番のリュート編曲版(大譜表で伝承されている)で、これを大塚がチェンバロで見事に表現している。チェロのオリジナルとはひと味もふた味も違ったバッハの音楽の普遍的な美、絶対音楽的な美というものがある。そして、《フルートとチェンバロのためのソナタ》ロ短調として知られるBWV1030のト短調フルート版を、ここでは桐山がフルートのオリジナル版を参考にしながら、ヴァイオリンとチェンバロのソナタとして見事にバッハの音楽の普遍性を表現している。どれもが聴き応えある演奏だ。

三井啓●
[録音評]2003年9月と2004年8月、山梨県、牧丘町民文化ホールで録音。ガット弦のバロック・ヴァイオリンが演奏されており、透明でつやっぽく、やわらかな普色が美しく、響きがまったくもやもやしないため、豊かな表情をもつ細部が鮮やか。やや控えめなチェンバロも粒立ちのよい1音1音が鮮やか。バロック・ヴァイオリンならではの透明な美音をじっくり楽しめるすぱらしい仕上がりだ。〈90〜93〉

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