レコード芸術 2005年12月号 NEW DISC & ARTISTS 7 那須田 務

温かく豊かな音色
ブレのない確かな技巧で
広がる伸びやかな音楽

アルバム・コンセプト
対になった調性
 桐山建志と大塚直哉によるバッハのヴァイオリンとチェンバロのための作品集の第4集がリリースされる。これはバッハのヴァイオリンとチェンバロのためのソナタやヴァイオリンの無伴奏作品からパルティータ第2番の《シャコンヌ》からの鍵盤編曲版などを含む、ひろい意味でバッハのヴァイオリンとチェンバロによる音楽の集大成ともいえるものだ。
 ここに来て、ジャケットの装いがガラリと変わった。文字のデザインに小さな写真を二つあしらったデザインだったが、背景がグレーになってぐっとモダンな感じになった。ライナーノーツに2人のインタヴューや対談が載っているのはシリーズに共通することだが、それも遊び心に溢れていて楽しい。今回の対談の中で、おふたりはチェンバロとのヴァイオリン・ソナタとヴァイオリンの無伴奏作品群が調性的に対になっていることを改めて強調し、それが2つのジャンルを一つのアルバムに混在させるアルバム・コンセプトになったというようなことを話している。

歌と語りの「艶」
もまた大きな魅力
 さて、今回はロ短調作品。BWV10l4とl002に、無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番の異稿ホ長調BWV1006aおよび、J・G・ヴァルターの筆写譜で伝えられる《フーガ》ト短調BWV1026が収録されている。
 いつもながら、桐山建志のヴァイオリンを聴いていると心が伸び伸びしてくる。この無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第1番を聴いてみていただきたい。こうした、ストレスのない、音の伸びやかさはバロック・ヴァイオリンの魅力の一つだが、バロック・ヴァイオリンを弾くすべての奏者がそうであるわけではない。気取りや倣慢さや見栄があれぱ、たちまち音は曇ってくる。桐山のバッハの「伸びやかさ」は、とりもなおさず御本人の人柄だろう。温かくて豊かな音色、大らかなボウイング、ブレのない確かなテクニック、そして、多様なアーティキュレーションによる語りが彩りを添える。静かに、一つ一つの音を確かめるように弾かれるサラバンドのドゥープルには艶やかな光沢がある。この歌と語りの「艶」も桐山の魅力だ。

息の合った
絶妙なアンサンブル
 その前に置かれた、同じ調性のヴァイオリンとオブリガート・チェンバロのためのソナタ第1番では大塚との息の合った絶妙なアンサンブルを繰り広げる。
 第1楽章はしばしぱ見られるような同曲の性格的な側面を強調する解釈ではなく、すっきりとしたシンプルな表現がかえってしみじみとした感興を色濃くしている。
 第2楽章のヴァイオリンには瑞々しい情感がゆきわたり、そこにチェンバロがぴたりと寄り添う。ケレン味や誇張のない、さわやかな感興を残す秀演だ。
 第3楽章アンダンテも同様で清楚な音の佇まいは可憐とすらいえる。
 第4楽章もふたりの交し合う音楽的対話が楽しく、大塚のチェンバロは音色の選択や表現に押し付けがましさがなくて洗練された趣味を感じさせる。
 BWVl006aはギターやリュートによる演奏が圧倒的に多いが、チェンバロとの相性も良好で試み以上の成果がある。
 《フーガ》ト短調も聴きどころだ。桐山のヴァイオリンの激しいアフェクトもさることながら、多彩な音色が対位法的な綾にきらめくような色彩感を与えている。この作品、あまり演奏される機会がないが、この上さらに偽作の可能性ありの一言で等閑に付してしまうのでは、あまりにもったいなさすぎる。

 

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