レコード芸術 2006年1月号 新譜月評

高橋昭●

 桐山建志と大塚直哉によるJ・S・パッハの『ヴァイオリンとチェンバロのための作品集』第4集で、今回のテーマは「ロ短調」で書かれたふたつの作品である。
 ヴァイオリンとオブリガート・チェンバロのソナタ第1番ロ短調BWV1014では、第1楽章冒頭のチェンバロの導入部で右手と左手をそれぞれ表情豊かに演奏し、その上にヴァイオリンが入ってくるのが魅力的。ヴァイオリンは音色が変化に富み、響きも豊かで、桐山はていねいに弾きながら音楽の変化する流れを十分に生かしている。第4楽章ではヴァイオリンが引き総まった表情で音色の変化を際立たせ、覇気のある演奏を聴かせる。
 同じくロ短調で書かれた《無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ》BWV1002で、桐山はのびのびと弾きながら雄弁な演奏を聴かせる。この演奏の特徴はそれぞれの舞曲楽章ばかりでなく、それに続くドゥーブルの性格を強調していることで、アクセントのはっきりした演奏で変奏の性格を浮かびあがらせている。
 チェンバロのためのホ長調組曲は《無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ》第3番の異稿で、バッハ自身の手による編曲の可能性が強い。チェンバロで弾かれると別の魅カが生れる。この曲はさまざまな楽器で演奏されているが、チェンバロによる録音は少ないだけに資科としても貴重である。
 他に1920年頃に作曲された《ヴァイオリンとチェンバロのためのフーガ》ト短調BWV1026が録音されている。この曲は無伴奏ヴァイオリンのために書かれたものに通奏低音をつけた感じで、桐山の落ち着いた演奏がポリフォニックな進行を明確に浮かび上がらせている。

平野昭●

 桐山と大塚のバッハのヴァイオリンとチェンバロの作品集はこれが第4弾。いつしか楽しみにしているシリーとなっている。安心してバッハの音楽を楽しめる精度の高い演奏だ。若い2人に対する言葉にふさわしいか否かは別として、彼らのバッハには風格さえ備わってきたように思う。といって、表現の若々しさ、新鮮さはいっまでも真新しく保たれている。今回の二重奏はBWV1014の「オブリガート・チェンバロ付きソナタ」で、教会ソナタ様式による緩急緩急の4楽章構成の「ロ短調」だ。そして彼らが考えたこのシリーズのカップリングで《無伴奏ヴァイオリン・パルティータ》第1番BWV1002の「ロ短調」が収録されている。桐山のヴァイオリン・ソロに対して、今回の大塚のチェンバロ・ソロは組曲「ホ長調(《無伴奏ヴァイオリン・パルティータ》第3番の異稿)だ。どの作品を取り上げてもレヴェルの高さは安心してパッハの音楽を楽しめるものとなっている。とくに彼らの学生時代からの二重奏アンサンブルの音楽づくりということではその呼吸がすぱらしい。演奏者が互いに相手を信頼しきって、音楽を楽しんでいる。と言って彼らの信頼の共通根底にはバッハの音楽への信頼と共感があり、まるで即興活奏のように聞えるパッセージでさえもバッハの音楽の様式感の中で行なわれている。また、教会ソナタ様式が単なる緩急楽章のコントラストではなく、ホモフォニックな構成とポリフォニックな構成という音楽語法の対照であることも明確に表現されている。無伴奏作品では桐山も大塚もパルティータが本質的には舞曲連鎖の組曲であることを意識してひとつひとつの舞曲のテンポやリズムの連いを見事に弾き分けている。また、大塚のチェンバロが多彩な音色をコントロールしているのも、チェンバロが完全な独秦楽器として豊かな音楽表現ができることを改めて教えてくれるのが嬉しい。〈ルール〉のようなゆったりとした流れで音色の美しさに酔い、〈ジーグ〉のエネルギッシュなカ強さで精神を覚醒されるのも大きな楽しみだ。

三井啓●
[録音評]2004年8月と2005年3月、牧丘町民文化ホールが、山梨市に編入されたためか、新名称の山梨市花かげホールで録音。名称が変わっても響きのよいことにはまったく変わりがなく、このCDでも相変わらず豊かで、美しい響きを聴かせる。その美しい響きをともなってヴァイオリンのつやっぽい、しっとりした音色も、チェンバロの透明で、つややかな音色の美しさにも魅了される。〈90〜93〉

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