桐山=大塚によるバッハへの礼賛と敬愛

平野昭[ひらのあきら/音楽評論]

 桐山建志・大塚直哉による「J.S.バッハ:ヴァイオリンとチェンバロのための作品集」がすばらしい演奏で完結した。こんなに精妙にして音楽的豊かさに満ち溢れたバッハに出会うことはめったにない。桐山の真摯な演奏スタイルにはバッハへの敬愛があり、大塚の知性と感性はバッハへの共感がある。従来のオブリガートチェンバロはややもすると耳障りになるほどチェンバロの響きが派手に前面に出るものが少なくなかったが、大塚のチェンバロは大変に気品と優美さに満ちていて、しかも、一般的に迷信のように誤解されているチェンバロの強弱表現の限界というものを完全に覆し、みごとなデュナーミク感を実現している。また、このシリーズの大きな楽しみは両者がそれぞれ独奏曲を織り込んでいることで、そこにはオーセンティック(バッハ自身による)異稿やバッハの弟子、さらには大塚による編曲なども収録され、無伴奏ヴァイオリンだけで知っていた作品がチェンバロによって新しい世界を描きあげているのを知る大きな楽しみがある。   桐山=大塚のバッハ・シリーズでもっともすばらしいのはテンポとリズムかもしれない。このディスクにはソナタ・ダ・キエサ(教会ソナタ)様式による緩急緩急の4楽章構成のソナタが4曲、パルティータや組曲といったソナタ・ダ・カメラ(室内ソナタ)様式の作品が2曲収録されているが、前者での楽章間のテンポのコントラスト、後者でのさまざまな舞曲のもつリズムの多彩さが本当に見事に弾き分けられている。一切の誇張もない代わりに、従来のバロック作品の演奏では、恐らく浅薄な研究や教育による誤解から避けられてきた自由な緩急法が絶妙なバランスで採用され、音楽表情をより自然な流れの中で生さ生きとさせている。また、付言するまでもないことだが、このシリーズの魅力が桐山=大塚の響きの美しさにあることも忘れてならないだろう。

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