J.S.バッハ:ヴァイオリンとチェンバロのための作品集Vol.5

バッハ家にあった楽器たち
大塚直哉[おおつかなおや]

 バッハの死後ほどなくして作成された遺産相続分配記録によれば、下記のような楽器がバッノヘの遺産として残されたという。

〈鍵盤楽器〉
チェンバロ:5(化粧張りクラヴサン1、小型クラヴサン1を含む)
ラウテンヴェルク*:2
小型スピネット:1
*ガット弦を張り、リュートのような音が出るように工夫されたチェンバロのこと

〈弦楽器〉
シュタイナー製のヴァイオリン、品質不良のヴァイオリン:各1
ヴィオリーノ・ピツコロ:1
ヴィオラ:3
チェロ:2
小型コントラバス:1
ヴィオラ・ダ・ガンバ:1
リュート:1

 管楽器がここにひとつも挙がっていないのは、それらが教会付属学校や市などの所有物で、すなわちバッハは1本たりとも自分で購入する必要がなかったことを意味するのか、そのあたりの事情はよくわからない。しかし、ここに挙げられている楽器のリストを分類すると、「鍵盤楽器」「弓で弾く弦楽器」、そして「リュート」となるのは、ある意味とても象徴的であるように思われる。この遺産相続分配書には合わせて各楽器の値段も記されている。チェンバロ類を別とすれば、リュートの評価額が飛びぬけて高く、シュタイナー製ヴァイオリンの約3倍の値段がつけられているのが目に付く。こんなに高いリュートを持っていたバッハが実際リュートをどのくらい弾いたのか、リュート奏者たちの反応はおしなべて懐疑的であるのが面白い。すなわち、バッハのリュート作品はどれも素晴らしいけれど、いくつかの例外を除いて、たいていの曲には必ずどこか楽器の生理に反している箇所というか、楽器の性能上どうやって弾いたらいいかよくわからない箇所があるのだという。それでもきっと、リュートの響きは好きで作品を書いてくれたのだろうけれど……、筆者の知るリュート奏者の反応はたいていこんな風にちよっと複雑である。バッハのリュートの作品がタブラチュア(リュートの奏法譜)ではなく、鍵盤用の大譜表で伝承されているものがあったり、バッハの発案でわざとリュート風の音が出るようにガット弦を張るなどの改造をしたチェンバロ(=ラウテンベルク)が2台も遺産に合まれていることを考え合わせても、バッハ自身にとってリュートの響きは好きだけれど弾くのは鍵盤の方が自在であった、という考えは案外説得力がある。こういった反応は、バッハ自身がだれよりも楽器を知り尽くしていた、ということを日々作品を通して体感させられている我々鍵盤楽器奏者にしてみると驚きである。そういえばリュート奏者だけでなく声楽の同僚たちも、ときたまリハーサルの最中に、「バッハは自分がこのパートを歌わなくていいものだから、こんなにどこでブレスしていいんだかわからないフレーズを書くのだ」、とうめき声をあげていたっけ……。鍵盤楽器奏者は、バッハは自分たちが弾くオルガンやチェンバロの名手であったと考えているが、弓奏弦楽器奏者たちも、バッハが自分たちの楽器の名手であったと主張することにかけては引けを取らない。相棒であるヴァイオリンの桐山さんとデュオを組んでずいぶんたつが、その当初から、バッハは自分の方のパートをいつも弾いていたのだと、お互いひそかに思って、譲らない。たとえば鍵盤奏者のはしくれとしては、バッハの肖像画に描かれているバッハの手をみると、弾くのが難しくて名高いホ長調のデュオ・ソナタ(BWV1016)の1楽章のチェンバロ・パートをバッハがやすやすと弾く様を想像できたりしてしまうのだ。しかもバッハは何と言ったって鍵盤楽器奏者として名声が高く、証言もいっぱいあるじゃないか、と主張したいところである。その一方で実は弦楽器奏者としても優れていたらしく、例えば吹男C.R.Eバッハはフォルケルにあてた手紙の中で、次のように述べている

……和声法の最も偉大な精通者、判定者として、彼はヴィオラを強弱自在にあやつりながら演奏するのが、一番好きでした。青年時代からかなりの高齢になるまで、彼はヴァイオリンを澄んだよく通る音色で演奏し、それによって、オーケストラに整然たる秩序をあたえるのでしたが、同じことでもチェンバロを使ってやるよりは、この楽器でやるときのほうがうまくゆくようでした。彼はヴァイオリン属のすべての楽器が持つもろもろの可能性を完全につかんでいました。彼の手になる低音部なしのヴァイオリンおよびチェロの独奏曲がこのことを立証しています。(後略、酒田健一訳)

鍵盤楽器のパートと同じように、弦楽器のパートにも、その楽器の名手ならではのオーラが音符のはしばしにほとばしり出ているのであろう。バッハの独特の優れた弓使いから、バッハはフェンシングの天才であったに違いない、という真剣な主張もなされているほどだ。今回の第5巻に収められた作品は、どれもこういったバッの者楽的、いやとりわけ室内楽的日常のさまを髣髴とさせる佳曲ばかりである。どちらのパートも自分で弾きたいと思うような、緊張感あふれるやり取りに満ちたデュオ・ソナタ、リュートの音楽から霊感を得て音符がそぎ落とされ引き締まった無伴奏ヴァイオリン曲、その無伴奏曲に音を加えてバッハ自身がよく鍵盤楽器で弾いたという弟子の証言を想い起こさせる鍵盤ヴァージョンやリュート・ヴァージョン、また他作曲家のリュート作品をヴァイオリンとチェンバロのデュオにバッハが編曲した美しいソナタ、など……。上記の遺産目録に挙げられていたバッハ家の楽器たちは、いったいどの曲の演奏のときに使われたのであろうか、と想像してみるのも楽しい。

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