J.S.バッハ:ヴァイオリンとチェンバロのための作品集Vol.1

曲目解説

ヴァイオリンとオブリガート・チェンバロのためのソナタ第2番イ長調BWV1015

 全体を貫く明朗な楽想による明るい雰囲気と、第2・第4楽章における協奏的なスリルに富んだヴィルトゥオジティのためか、現在でも演奏される機会の多いソナタである。どの楽章も共通して、カノンの技法が駆使されている。特に、第1・第3楽章の息の長いカノンが美しい。

無伴奏ヴァィオリンのためのソナタ第2番イ短調BWV1003

 バッハの30代の自筆譜で伝えられるこの作品は、各楽章の充実度においても、またそれぞれの楽想の普遍的な美しさの点でも間違いなくバッハの傑作のひとつに数えられる。ことに第2楽章のフーガの高揚は圧巻で、聴くものを興奮させる。このフ一ガについてマッテゾンは次のように評している。

上記の八個の短い音符が、さしたる拡大もなく、きわめて自然に、全紙一枚分[4ページ]にもあまる対位法楽曲を生み出すほどの豊かな生産カをもっていると、いったい誰に想像できよう。ところが、あの老巧な、そしてこのジャンルにおいてはとくにすぐれた成果を挙げてさたライプツィヒのバッハが、まさにそのような実例をあらゆる人びとの一覧に供したのである。いやそれどころか、彼は曲中のあちこちに楽節の転回さえも導入しているのである。(「完全なる楽長』1739年、酒田健一訳)

フーガ ト短調BWV1000

 無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第1番の第2楽章をリュート用に編曲したもの。同様のオルガン編曲もあるが、このリュート稿のほうがオルガン稿よりあとに成立したと考えられている。もとのヴァイオリン稿と比べると、和声をより明確にするために低音等が付加されているほか、さらに提示部が2小節拡大されている。

組曲イ長調BWV1025

バッハ家を訪れたこともある名高いリュート奏者、S.L.ヴァイス(1686-1750)のソナタ イ長調をもとに、チェンバロの右手・左手とヴァイオリンのトリオにバッハが編曲したもので、一部バッハの自筆譜を含む筆写譜で伝えられる。1曲目のファンタジアのみはヴァイスの原曲にはなく、また2曲目以降は基本的にチェンバロ・パートがもとのリュートのパートを担当し、それにバッハによるヴァイオリン・パートが付け加えられた形をとる。

ソナタ ト長調(ヘ長調)BWV1022

 《ヴァイオリンと通奏低音のためのソナタト長調》(BWVl021、本シリーズ第2巻に所収)や《フル一ト、ヴァイオリン、通奏低音のためのソナタト長調》(BWV1038)と同一の低音に基づく作品。このように同じ低音に基づく異なる作品が残っていることから、この低音はバッハの周辺では一種の作曲練習用の「課題」のようなものであったのではないか、とも推測されている。この《オブリガート・チェンバロとヴァイオリンのためのソナタ》(BWV1022)は、《フルート、ヴァイオリン、通奏低音のためのソナタト長調》(BWV1038)からフルート・パートをチェンバロの右手に移した編曲と考えられている。《トリオ》と比べると、第2楽章が繰り返し付きの2部形式に拡大されているのが目を引く。また、現在伝承されている主要な資料である18世紀後半〜19世紀前半に成立した筆写譜では、チェンバロ・バート譜はへ長調、ヴァイオリン・パートはト長調で記譜され、従来は全音低く調弦したヴァイオリンで弾くものとされていた。バッハに近い資料を欠いているので、証明することは難しいが、これはカンタークのパート譜におけるオルガンと弦楽器の関係のように、全音高いコーアトンのオルガンで演奏するためにヘ長調で記譜されたパート譜が18世紀の後半に「クラヴィーア」のバートとして伝承されただけの、実体はト長調のソナタ、と考える方が自然ではないかと考え、本CDではヴァイオリン・バートは低いカンマートンのト長調、チェンバロはそれより全音高いコーアトンのへ長調で演奏している。

アダージョとフーガト長調BWV968,BWV1005/2

 《無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第3番》第1・第2楽章の鍵盤用編曲。アダージョの方は、バッハの娘婿アルトニコルによる筆写譜によって伝えられる。編曲者がバッハ自身なのかそれとも息子や弟子たちなのか、いまだに決着がついていないが、チェンバロの中・低音域を魅力的に使ったすぐれた編曲である。原曲と比べ、1小節少ない。原曲と同様、半終止で終わっているため、フーガがこの後に続くのは明白であると考え、演奏者自身でフーガの鍵盤編曲を試みた。

ヴァィオリンとオブリガート・チェンバロのためのソナタ第5番へ短調BWV1018

 6つのデュオ・ソナタの中でも飛びぬけて演奏機会の少ない作品であるが、ヘ短調という調性のもつ独特の高い緊張感の中で、美しい楽想が次々とつむがれていく名曲である。ことに、第1・第2・第4楽章の密度の高い対位法がすばらしく、たとえば第1楽章108小節の中で主要テーマが登場しない小節は十数小節しかない。それにもかかわらず単調さとは無縁の、バッハ独特の「うた」が聴こえてくるさまは見事というほかはない。それと対照的に第3楽章では旋律らしいものが一切排され、ヴァイオリンの重音とチェンバロのアルペジオのみが淡々と繰り返される中に、美しいストーリーのようなものが浮かび上がる。

無伴奏ヴァィオリンのためのパルティータ第2番BWV1004

 フランス色の強い舞曲が並ぶ3番のパルティータと対照をなすかのように、すべての楽章名をイタリア表記にした第2番は、長さの点でも、また内容の点でも充実した大作である。チャッコーナ(シャコンヌ)ばかりが注目されるきらいがあるが、それ以外の楽章も、豊かな和声をまとった優れた舞曲となっている。もちろん最後におかれた長大なチャッコーナ(シャコンヌ)が、古今の数あるヴァイオリン曲の中でも屈指の名作であることは疑いがない。

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