レコード芸術 2015年8月号 新譜月評

 

大木正純●

 ヴァイオリン&ヴィオラの名手で古楽にも造詣の深い桐山建志と、鍵盤楽器奏者・大塚直哉のコンビは名乗つて「大江戸バロック」とか。いわゆるバロック音楽の最盛期は日本で言えば江戸時代、というのが命名の由来(?)とは、わかったようなわからないような話だが、このディスクのコンセプトはきちんと筋が通っている。スズキ・メソードの“指導曲集”に含まれる作品の出典を遡り、その中からボンポルティ、へンリー・エクルズ(エックレス)、ヴェラチーニの3人を関連づけて、ここに被らの曲計6曲を収録する、というもの。バロック期から連なる西洋ヴァイオリン音楽の大河の流れの、源流に近い部分にスポットを当てた形だ。

 作曲家3人はいずれもバッハやへンデルとほぼ同時代人。本業は聖職者だったボンポルティ作品はバッハに影響を与えたとされる曲種である《インヴェンション》から1曲(<第4番)を選んでいる。次のエクルズはイギリス人だが、イタリア様式という共通点と、収録曲の第2楽章がボンポルティ曲の終曲の流用という奇遇から選ばれたものだろう。またエクルズの国イギリスで活躍した名手ヴェラチーニは、《12のアカデミック・ソナ夕》から4曲を演奏している。唯一“指導曲集”にはない曲の例外的選曲だという第12番が、印象的なパッサカリアに始まる最も個性的な佳作だ。以上、デュオの流暢で明快な演奏は、これらの作品たちにぴったり。

 

中村孝義●

推薦  気鋭のバロック・ヴァィオリン奏者の桐山建志とチェンバロ奏者の大塚直哉によって結成された「大江戸バロック」(何かちょっとふざけたようなアンサンブル名だが、西洋におけるバロック時代がちょうど江戸時代に当たることから命名されたそうだ)による18世紀イ夕リアの二人の作曲家の作品に、イギリスのエクルズ(わが国ではエックレスと呼び習わされている)の作品を収めたアルバム。このアルバムには明確な制作意図があり、桐山によれば、「才能教育(スズキ・メソッド)」で用いられている指導曲集の原曲を、ピリオド楽器と奏法を使って演奏し、子供たちがより一層音楽に興味が持てるようにしたいとのことらしい。二人の奏者ともにヨーロッパでの研究や活動を経て帰国し活躍している人たちだけに、技術的にも音楽的にも実にしっかりとした安定感を持っており、安心して聴いていられる。あの大バッハが、自分の勉強のために書き写して手元においていたというボンポルティの作品10からの1曲では、桐山の良く歌うヴァィオリンが印象的。大塚の的確な通奏低音の上で、桐山が心からの情感をこめてよく歌い、速い楽章では生命感にあふれる切れ味の良い好演を展開している。わが国でもよく知られているエクルズのソナ夕第11番の第2楽章が、ボンポルティからの引用だったとは。ヴェラチーニの4曲のソナタでも、桐山のヴァイオリンは実に流麗軽快で、作品の質をしっかりと引き出す好演を演じている。

 

神崎一雄●

[録音評] 演奏に近く迫っての収録らしい厳しいヴァイオリンの生々しさが印象的。やや後方にあるチェンバロが柔らかい中に精細な表情を聞かせて魅力的だ。温かい響きを伴いながら両者等しくオンのイメージで、生々しく 躍動的な佇まいで収められている。両者ともに鮮明ではあるが演奏空間にわずかに漂う温かい空気感がギスギスさせないよい働きをしている。 〈90〉

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