レコード芸術 2017年7月号 新譜月評

 

大木正純

 古典派畤代前後の諸作品をピリオド楽器とモダン楽器とでさまざまに聴き比べてみることは、いまやとりたてて離しいことではなくなりつつある。それでもべートーヴェンの《クロィッェル・ソナタ》を、双方で演奏して一枚のCDに収めるというのは、はなはだ珍しい企画ではないだろうか。いまや必ずしも少なくない、両刀遣いのヴァイオリニストの中でも第一人者のひとりである桐山建志は、なるほどこの場合の適任者に違いない。

 共演のクラヴィーアは、ピリオド版とモダン版とで奏者が交代する。それも前者が大ヴェテランの小林道夫、後者は若い江川智沙穂と、ある意味で対極的な人選を行なっているのには、もちろん明確な意図があったのだろう。実際の演奏に、それがはっきりとした結果として表れている。たとえば全体におっとりしたピリオド版の夕ッチは、もちろん楽器(ヴァルター製フォルテピアノのコピーを使用)の性格にもよるが、また小林の釀し出す悠揚迫らざる空気とも無関係ではあるまい。それに対してモダン版では、何と言っても楽器の威力が桁違いに絶大で、音楽が一変してしまう。とりわけ著しく異なるのはフィナーレだ。ピリオド版の、1拍1拍を確かめつつ進むような主題の弾き方がきわめて特徴的だが、ここはいくらかやりすぎの感がなくもない。結果として、終曲としての高揚感が萎み気味だ。対してモダン版は全体に切れ味鋭く、ぴしりと決まる。

中村孝義

(準) ピリオド楽器演奏の領域(バロック・ヴァイオリン)で活躍する桐山建志が興味深いアルバムをリリースした。べートーヴェンの《クロィツェル・ソナタ》を、ピリオド楽器とモダン楽器の両方で演奏し1枚のアルバムに収めると言うもの。ピリオド、モダンそれぞれの楽器の演奏によるべートーヴェンのソナタ集が、すでにこれまでにも多くリリースされているのは言うまでもないが、同じ奏者がー枚のアルバムに両方の楽器で同じ曲を収めるというのは、これまでちょっとない珍しい試み。現在はピリオド楽器奏者としての活躍が目立つ桐山だが、それ一辺倒ということではなく、モダン楽器も弾き、その良さや意味も十分に心得ている奏者。べートーヴェンという作曲家が、常に先進の楽器をイメージしていたことを考えるなら、モダンの方も無視できないという考えも持っているようで、この点については私も全同感だ。同じ奏者が同じ曲を弾いても、条件が異なれば当然解釈や演奏も変わってくるが、楽器がピリオドとモダンというように変われば、当然かなり違ったものになるという良い例がここには示されており、非常に面白い。もちろん両方に桐山というー人の音楽家の音楽観が通底しているのは言うまでもないが。那須田務氏の解説には、桐山から聴いた録音後の感想なども詳しく触れられており、非常に興味深い。ともに演奏も解釈も十分に聴き応えのある説得カを持ったものだが、私はモダンによるものに一層惹かれた。

鈴木裕

[録音評] このアルバムでのポイントのひとつになっている,楽器自体の皆色感,そしてそれに起因する演奏の細部の違いなどはよく録れている。ただし,音量に関しては同じ条件というわけではないようで(古楽器のほうを大きめに収録している),音量感を把握したい聴き手にとってはもどかしい。ホ一ル・ト一ンの様子でヴォリュームを調節することはできる。 <93〉

 

 

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