レコード芸術 2018年4月号 新譜月評

大木 正純●

推薦 エルデーディ弦楽四重奏団が東京藝術大学出身の4人で活動を開始したのは1989年のことというから、もう結成30年が間近に迫っている。ドイツ古典・ロマン派を柱に積み重ねてきたそのキャリアは、日本のクヮルテットとしては格別に長い。きま、機は熟したか。いよいよ彼らがベートーヴェン後期のレコーディングに乗り出した。愛好家には耳寄りのニュースだろう。
 劈頭を飾るのは第13番と、結果的にそこからはみ出した《大フーガ》の組み合わせ。幸いできばえは期待に違わない。まず目に付くのは、成熟した、闊達なアンサンブルと音の美しさだ。それでこそ、バランスの上では頭でっかちとも言える第13番の第1楽章が、自由な書法を思うままに操る、ベートーヴェンの破格の器量をくっkりと浮き彫りにしようというもの。一転してあっという間に過ぎてゆく第2楽章を経たあとのスケルツォ風の第3楽章では、噛みしめるほどに滲みでてくる味わいの深さが印象深い。えてして癖の強いリズムの強調に走りがちな第4楽章を思いのほか淡々とやり過ごしたあと、もちろん第5楽章カヴァティーナが最高の聴かせどころだ。ここは重厚に練り上げるというよりも、静かな悲しみを湛えた、スリムな響きで一貫している。《大フーガ》においても、彼らの演奏には巨大性や前衛性の誇張がないが、それでもなお、これは何度聴いても強烈な衝撃からは逃れがたい。異形の音楽だ。

中村孝義●

 1989年に東京藝大出身者によって結成されたエルデーディ弦楽四重奏団が、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第13番と《大フーガ》を併録したアルバムをリリースした。近年は後に書いた第6楽章をベートーヴェンの本意ではないとして省き、《大フーガ》付きの6楽章で演奏されることも少なくないが、ここではCDの利点を生かして、どちらにでも対応できる形である。第2ヴァイオリンの花崎淳生は古典四重奏団にも所属しており、どちらかといえばそちらの活動の方が盛ん。どれくらいの頻度と密度で弦楽四重奏活動をしているのか、関西に住む私には分からないが、そのプロフィールを読む限り、30年近くの間、地道に活動が続けられているようで、わが国では数少ない常設の弦楽四重奏団と考えてもよいようだ。2015年よりベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲シリーズを開始したと記されているが、この第13番はそれに併せて録音されたもののようで、その最初の録音。年間における演奏頻度の多寡はともかくも、一応常設として活動してきたということはやはり意味がないわけではない。第1楽章冒頭を聴いたとき、その響きの厚みと密度の濃さに、この団体の歴史の重みのようなものを感じたからだ。そして全編にわたって、奇を衒わない正統的で落ち着いた表現が印象的だ。ただ全体にややおおらかに過ぎるようなところがあり、今少し曲の核心に鋭く迫るような気迫とさらなる緻密さが欲しい気もする。今後の展開を見守りたい。

神崎一雄●

[録音評] 

 一聴して印象づけられるのは残響に乏しく、あまり広い演奏空間ではないこと。窮屈ではないが、響きが詰まり気味で、のびやかさや音場の広がりに乏しい。アンサンブル音場も横一列横隊的なパターンを感じさせる。アンサンブルを構成する4本の弦のいずれにも、弦ののびやアンサンブル音場での潤いがほしい。弦楽器おのおのの表情はよく捉えられている。 〈90〉

 

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