レコード芸術 2020年5月号 新譜月評

大木 正純●

推薦 ほぼ1年ごとに1枚と、ペースは決して速くないが、エルデーディ弦楽四重奏団によるベートーヴェン・ツィクルスが着実に進行している。4人それぞれがほかに多くの仕事を抱えている − たとえば第2ヴァイオリンの花崎淳生は、昨年ショスタコーヴィチでレコード・アカデミー大賞に輝いた古典四重奏団の第2ヴァイオリン担当でもある − という事情がおそらくあるにしても、先を急がず、ひとつひとつを大切に歩んでゆく姿勢は、いまどきむしろ讃辞に値することではないだろうか。このたびの新録音は第12番。これで「後期」は残すところ第15番1曲となった。
 演奏は今回も非常にすばらしい。さながら壮大な夜明けの情景を思わせる第1楽章は、中・低音の充実した、骨太の響きに支えられて、堂々たる迫力とともに歩み出す。そのおよそ小細工のない正攻法は、4人の豊かな経験からおのずと導き出されたものに違いあるまい。第2楽章では一転、色合いががらりと変わる。中空に漂うような、響きの独特のタッチが絶妙だ。全編、無類の美しさに満ちた15分20秒を聴いて、この変奏曲楽章が後期屈指のページであることを改めて納得した次第。ここで心がしっくりと潤えばこそ、そのあとにくる第3楽章の生き生きした躍動がいやが上にも心地良く感じられようというものだ。終曲に現れる滑らかなカンタービレにも、円熟した大人の品格が乗り移っている。

中村孝義●

 1989年に東京藝術大学出身の4人により結成されてからすでに30年。個々の奏者は、それぞれソリスト、室内楽、オーケストラ、教育など様々な活動を行っており、必ずしも弦楽四重奏専業という訳ではないが、その活動歴を見てもわかるように、非常に堅実、着実にその歩みを継続して続けてきたヴェテラン四重奏団の一つで、わが国の室内楽界に確固たる存在感を示している。ベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲集としては、すでに第13番〈+《代フーガ》)、第14番、第16番がリリースされており、この第12番はその第3弾である。弦楽四重奏を志したものにとってベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲は、いわば究極の目標である。これらの曲を演奏したいがために、あえてソリストの活動を抑えてでも険しい弦楽四重奏の道に挑む人がいるくらいに魅力的な存在であるとともに、容易には克服することのできない難関でもある。彼らはこの高峰に、いかにもじっくりと取り組んできたわけで、結成30年という節目に合わせて、その曲集完成を目指してきたのではないだろうか。さすがに作品に対する4人の意気込みや練度の高さは並ではない。ただこの第12番は、後期弦楽四重奏曲集のなかでもなかなかの曲者で、それが4番目に取り上げた理由でもあろうが、アンサンブルにややざわつきというか、密度の濃さや洗練度の高さが不足する点が感じられなくもないのが惜しい。

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