音楽現代 2020年5月号

注目 ベートーヴェン後期のカルテットの演奏では、楽聖晩年の極めて独自の世界を強調した解釈と、静かな達観の境地を美しく表現する、という2つの傾向があるように思う。当演奏は後者のそれに感じられる。《荘厳ミサ》《第九》という大作をものして肩の荷が下り、いわばフリーハンドで淡々と静かに筆を進めた工房を垣間見せてくれるような演奏だ。冒頭の変ホ長調コードのじっくりとした置き方や第2楽章の弓が弦に吸い付いて進むかの印象を始め、全体に落ち着いた、しなやかな佇まい。もうひとつ刺激的な響きがほしいと思われる瞬間もあるものの、それこそこの団体の名前から関係の深いハイドンの弦楽四重奏の世界=音楽の原点を思わせる美を含む好演奏だ。

戻る