朝日新聞 6 月12日夕刊

よみがえる古楽ピアノ

 相も変わらず古楽器演奏が盛んだ。浜松市楽器博物舘が手持ちの楽器を用いて出し続けている「コレクションシリーズ」も、最新の「月光/春」(コジマ録音LMCD1859)ですでに15タイトルとなった。今回の主役は1808〜10年にウィーンで製作されたフォルテピアノ。まさにベートーベンが活躍していた頃に作られた楽器で、製作者の名をとって「ワルター・ピアノ」と呼ばれている。

 今日のピアノとは異なり、ダンパーをはね上げるメカニズムのため、演奏にも今とは異なる技巧が要求されるのだが、この楽器の性格を知り尽くした小倉貴久子の指を得て、その音色が鮮やかによみがえった。

 聴き慣れたはずの「悲愴」や「月光」が、初めて出あった末知の世界の音楽のようにすらきこえる。はねあげ式のフォルテピアノだからこそ生じる独特の強弱、指のタッチ、間の取り方など、まさに目からうろこが落ちる気分に。バイオリンの桐山建志との共演による「春」も、大いに聴き応えがある。

 さらに興昧深いのが、原典資料に基づく室内楽稿の「ピアノ協奏曲第4番」(同、LMCD1858)。伴奏は、管弦楽の代わりに弦楽五重奏が受け持つ。ピアノと弦の対比が効果的かつ新鮮で、一層身近に感じられる。一方「交響曲第2番」(同)は何とピアノ三重奏版。小倉・桐山に花崎薫のチェロが加わっての合奏は絶妙だ。なるほど200年前の人たちは、この曲を聴くばかりでなく、こうして家族でも演奏して楽しんだのかと納得すると同時に、自分でも弾いてみたくなった。

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