レコード芸術 2021年2月号 新譜月評

大木 正純●

 クラヴィーア(チェンバロおよびフォルテピアノ)の小林道夫とヴァイオリンの桐山建志が2014年から翌年にかけて愛知県立芸術大学の室内楽ホールで行った都合8回の連続演奏会をライヴ音源とする8枚組! 驚くなかれ、神童時代のミニ・ソナタ群や2曲の名高い変奏曲、さらにはシュタートラーによる補完作品などはもはや言うに及ばず、たとえば《ソナタ》ニ長調K306では第1楽章や終楽章のために書かれたが破棄された断片まで拾い上げてレコーディング(ほかの曲にもそのような例がいくつもある)した、完全全曲盤という言葉でも足りないくらいの徹底した収録内容である。演奏会がいかなる意図のもとに企てられたかについては説明がないが、少なくとも文献的な意義が強く意識されたプロジェクトであったことは間違いあるまい。一方で聴く側にはそれなりの覚悟が必要だ。何しろCDで言うなら、3枚目までの3時間あまりは、ほとんどK6からK31までの可愛らしい初期作品ばかりなのだから。4枚目の冒頭に、K301のあの聴き慣れた愛すべき主題が現れたときには、正直なところほっと胸を撫で下ろしたものである。もちろん終始すぐれた演奏で、文字通りの全貌を聴くことができるこの超大作の意義の大きさはまったく疑う余地がない。それにしてもモーツァルトのヴァイオリン・ソナタ、何とまあたくさんの名曲があることだろうと改めて感じ入ったのは幸せな経験だった。

中村孝義●

準 これらが録音された2014年から2015年といえば、ここでチェンバロやフォルテピアノを弾く小林道夫がすでに80歳を超えているが、実に矍鑠たるもの。その彼がモダン楽器もピリオド楽器も能くする桐山建志と組んで、モーツァルトのクラヴィーアとヴァイオリンのための作品の全集を録音した。これは2014年と2015年に各4回ずつの演奏会を、桐山が務める愛知県立芸術大学の室内楽ホールで実施し、その模様をライヴ録音したものである。CD8枚にも上る断片まで含めたこれだけ多くの作品(しかもモーツァルト!)を、さしたる大きな傷もなく演奏し切るということは容易ではないことで、それだけでも大いに賞賛に値することである。ブックレットにも記載されているように、演奏会では、必ずしも作曲年代順に並べて演奏されたわけではないが、このCD全集では、すべての曲がほぼ作曲年代順に並べて収録されており、CD1から順に聴いていけば、モーツァルトの鍵盤楽器とヴァイオリンのための作品が、どのような歩みをたどって創作されたかが分かるという意味で、文献的にも非常に貴重なものといえることだ。順に聴いていて思ったのは、モーツァルトの作品がピリオド楽器で演奏することにいかに馴染むかということだったが、それだけに、モーツァルトの作品のみで構成された演奏会で、これだけ多くの作品全てを、出来不出来なく生命感と説得力をもって演奏することの難しさも並大抵ではないということだった。

 

戻る