この人いちおし

桐山建志(ヴァイオリン/ヴィオラ/ヴィオラ・ダモーレ)
Takeshi Kiriyama

“3刀流”で挑むヒンデミット

 桐山建志の新録音は、昨年10月の演奏会(東京文化会館小ホール)のライヴ収録。古楽奏者として活躍する彼が、モダン楽器でヒンデミット(1895〜1963)を弾いているのはちょっとした驚きだ。

 「みんなに言われます(笑)。でも実は学生時代からバロックと現代音楽に興味があって、現代作品もずいぶん積極的に弾いていたのです。ところがブルージュの古楽コンクールで1位になり、自分では分け隔てなく取り組んでいるつもりでも、だんだん古楽の仕事のほうが多くなってきたのです」

 1995年に留学したフランクフル卜はヒンデミットの地元。ちょうどその年は作曲家の生誕100年で、市内ではヒンデミットの作品が盛んに演奏されていたという。

 「1年かけて全作品を演奏するプロジェク卜など、彼の作品を学ぶ機会がたくさんありました」

 収録曲の中心は作品11のソナタ集。ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロと、異なる楽器で全6曲が構成されている変則的なソナタ集だ。ピアノは桐山と何度も共演している小倉貴久子が務めている。ここでは、ヴァイオリンとヴィオラのための5曲と、作品25のヴィオラ・ダモーレ小ソナタが収められている。実はこのプログラムを組むきっかけは、そのヴィオラ・ダモーレのほうだったという。

 「ヴィオラ・ダモーレは、現在では聴く機会の少ない、バロック時代の楽器です。J.S.バッハのヨハネ受難曲で使われているのが有名ですが、2000年頃、そのヨハネを演奏する機会が続いたのです。これだけ弾く機会があるならと、自分の楽器を買いました。それでヴィオラ・ダモーレの曲を探してみたら、ヒンデミットのソナタがある。いつか演奏してみたいと考えたのがきっかけです。それと組み合わせるプログラムを考えるうちに、せっかく自分はヴィオラも弾くのだから、3台の楽器を弾く演奏会にすれば、あまり他の人にはできない、自分らしい企画だなと思い、没後50年の昨年に向けて5〜6年前からイメージしていました。でも、楽器を持ち替えるだけのサーカス的なものにするのではなく、それぞれの楽器の作品をそれぞれの楽器の奏者として最高のものにしたかったし、それが実現できた演奏会だったと思います」

 作品11の各曲は、1917〜19年の間に作曲されている。

 「後期の作品に比べると調性感がしっかりしていますね。古典的な調性感とは少し遑いますが、このヒンデミット独自の調性感が僕は好きなのです。ハーモニーの色がとても豊富ですよね。どの曲もカラフルという意味ではなくて、青系統の曲、赤系統の曲、いろんな色が混ざってる曲もある。そんな感じ。ヒンデミットって、食わず嫌いの人が多い気がします。僕自身、今回、演奏会をやってみて、ヒンデミッ卜ってすごいな、面白い作曲家だなと思いました。まったく退屈しません。それに、特に無伴奏の2曲は絶対にバッハを意識して書いていることが窺われるのも魅力です。言葉で説明するのは僕には難しいですが、ぜひ聴いてみてください。バッハと聴き比べてみてください」

 古楽とモダンの境目を分けて考えることはないという桐山。個々の作品に向き合うために、その時代の演奏スタイルでというスタンスだ。

 「ヒンデミットだってもう100年近く前の音楽ですから」。そんな柔軟でロジカルな姿勢を、われわれ聴き手も、もっと吸収したい。今年から来年にかけては名古屋で、巨匠・小林道夫の発案によるモーツァルトのソナタ全曲演奏会にも取り組むという。ぜひまた録音でも、その成果を記録してほしいものだ。

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