先生の著書を手にASKの旧友たち、いや戦友かな
 6月14日武蔵野市のスイングホール11Fで、あたたかい人間の声とことばで人の心の平和を紡ぎだすことができるのではないかと、声とことばで物語を語り、聞いて楽しむ一日の集いがひらかれました。主催は響きあうことばといのちの会ですが、おはなし柿の木会・産経吉祥寺語り教室・実践学園朗読教室・櫻井ゼミ・子どもの本を楽しむ会・ゆうやけ文庫など6グループのメンバーが一堂に会し、師櫻井先生を囲んでの楽しい集まりでした。

さあ、なにが はじまるの?
二部の司会者三田村さん

一声社社長さん


司会者君川さん 語りもされました


語られた宮川さん、曲田さん、相原さん

先生と研究セミナーの仲間

劇作家・さねとうさん

柿の木会の芸達者たち

安房直子の作品を語った厚子さん
 イラク戦争という悲しみから、語り合うことを通して平和を願う輪を広げたいという思いが生まれ始まった会でした。今日ここで紡がれたことばは参加者98名のこころにからだに沁みてゆき、語られたものがたりは神話、童話、民話の再話、ライフストーリーとさまざまなかたちでありましたが、語りの地平を拡げゆたかにするものであったと信じています。
 人間の声とことばを聞き、心を交流させることはこんなにも幸せなことなのでした。わたしたちはこれから世の中がどのような変化を遂げ、またもしやそれがこの地上に住む者にとって過酷なことであろうと、わたしたちに響きあうことばさえあればこころをつなぎ乗り越えてゆけるとそんな風に感じたのではないでしょうか。

 語るものがたりを選択することはおおかたの語り手にとって意思であり意志でありましょう。よってものがたりを選択することはひとつの立場を選択することでもあります。個人的には柿の木会の青木さんが語られた長い名の息子。その絶妙な語り口、そして徴兵制をからませた再話は民話の再話についてひとつのヒントを投げかけていただいたと感謝しています。ものがたりにはそのもののいのちがあります。そのうえに語るひとの魂がこもったとき、聞くひとのこころに響くものがたりになるのでしょう。それはその時その場かぎりのゆらめくような、だからこそ忘れがたい命なのであります。

 もうひとつ付け加えるならものがたりの選択はそれをなりわいにしているひとなどをべつに考えますと、語り手のやむをえない内奥の求めによる、なにげない選択と思いながら実はそのひとにとって深い意味があるのだとわたしは感じます。失われたものを取り戻したいという希みがそうさせ、語ることが語り手自身の癒しになります。そのように発せられたものがたりはたとえ拙くとも、ひとのこころを揺り動かす力を持ち得るのです。
 しかしながら、語り手はそれとは別にこの地に、この時代に生きるものとしてのこころざしも、そしておおくのひとに心地よく聞いていただくための技量も目指してゆかなければなりません。 会の最後に語られた櫻井さんの”エロスとプシュケ”今宵この場で聞くことができたひとたちはしあわせだったと思います。語りにはひとの魂を揺るがす力があるとわたしたちはあらためて知りました。
 かなたに高い山があります。ひとりひとりが目指すものはそれぞれではあるけれど、ひとつの境地を見せていただいたことはわたしたちの歩き続ける勇気になりました。
 終りに教えをうけたみなからこの月70歳の誕生日を迎えられた櫻井先生に深紅の極上の70本の薔薇が贈られました。どうかいつまでも語りつづけてください。ここにいてくださってありがとうございました。