もうひとりの仙女矢野さんに   
弐の年つりがね草の章
さい見習い仙女がひとり、とぼとぼ歩いてい
ました。仙女にはもう森のなかを飛ぶ力は残って
いませんでした。おとうさんを亡くしおかあさんを
亡くし、心配してくれるひとはだあれもいません。
ほんとうに仙女はひとりぼっちでした。
 でも仙女は、つりがね草の花のなかに隠れてぽ
っちり涙をこぼすことはありましたがそんなにはさ
びしくありませんでした。ひとを幸せにできるおは
なしの魔法をつかえるりっぱな仙女になるのぞみ
が心をほんのり照らしてくれたからです。




女は眠っているこどもの耳もとで
きらきら光る夏の川辺のおはなしをしま
した。するとこどものまぶたに虹がかか
りました。泣いているこどもの耳もとで
男の子となかまの動物たちの冒険のお
はなしをしました。するとこどもの涙に青
い空が宿ってこどもは微笑むのでありま
した。
   ころがある晩、ふくろうがホーホーなく暗
い森を駆け抜けようとして小さい仙女はひどく転
んでしまいました。その瞬間、ポケットの中から
おはなしがみんなこぼれてしまったのです。
 おはなしはチカチカまたたきながら夜の空へ昇
ってゆきました。
 さあどうしたらいいのでしょう。もう仙女にはな
んにもないのです。
 仙女の心はおはなしをしたい気持で溢れそう
になりました。そこで仙女は身につけていた青
いドレスをほどいて海のさかなや空の鳥たち
のおはなしを紡ぎました。
 それから自分の羽や髪や涙で天使やお姫様
のおはなしを紡ぎ、待っているこどもや疲れた
母親に日ごと夜ごと届けにいきました。
ると不思議なことがおこりました。
仙女はすこしずつ透明になってゆきまし
た。そうして光みちるある朝、仙女はふ
うわりと浮かんでゆっくりとなつかしい
矢車草色の空へのぼってゆきました。